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27 ざわめく心

 ヴィレムはその日、とにかく忙しく入ってくる報告に辟易していた。

 まずは先日の盗賊騒ぎがあったように、北のルーデンス領との国境付近が騒がしいことだ。どうやらかの領内で農民たちが反旗を翻したようだ。この時勢、重税をかけていれば反乱が起きるのも珍しいことではないし、そういうのは大体、時間が経てば沈静化する。正規の兵に敵うものでもない。


 それに付随して、難民がやってくる問題も増えた。

 荒れたルーデンス領では生活できないらしく国境を越えてくるのを日夜監視するわけにもいかない。そこまで兵の数は多くないのだから。


 やってきたのを突き返せばそれまでなのだが、なんらかの対応をするとなればシャレット領の問題として対応せねばならない。


 この土地の食料供給はましになったとはいえ、ほとんどが生活状況の改善に当てられるもので、収容できる人口が増えたとは言いがたい。もともとの生産性が低すぎたのである。


 受け入れるとなれば軋轢が生じるし、そうなったところで農奴さながらの仕事くらいしかない。普段以上に揉め事が増えた分は、わざわざヴィレムが対応せずともドミニクたちがやってくれるのだが、任せっきりというわけにもいかない。


 さらには異民族だ。ヴィレムが赴任してからずっと、なにも問題は起きてこなかったのだが、今になって顔割れ族が頻繁に引っかかるようになった。東のほうでなにかあったのかもしれない。


 ヴィレムは背もたれに大きく倒れ込み、一つため息を吐いた。


「お疲れですね、ヴィレム様。少しお休みになってはいかが?」


 クレセンシアがやってきて、菓子と湯を置いた。いい匂いが漂ってきて、食欲を刺激する。


「ありがとうシア。ではお言葉に甘えるとしよう。これは君が作ったのかい?」

「はい。今日はヴィレム様がどこもお出かけしないようでしたから、作ってみました。どうでしょうか?」


 ここのところ、クレセンシアもヴィレムの手伝いで疲れていたに違いない。

 となれば、率先して休みを取るべきなのだろう。そうでなければ、彼女はきっと、一人だけ休むことはしないから。


 ヴィレムはそんなことを思いながら、麦を焼いて作った菓子を口にする。食感はふわふわしており、砂糖と蜂蜜を使っているようで、ほんのりと心地好い甘みが伝わってきた。


「美味しいよ。君が作るものはなんでも美味しいけれど、今日のは素材もいいね。ふっくらしているし、小麦を使ったのかい?」


 そう言うと、クレセンシアはぴんと狐耳を立てた。


「はい。取れたばかりの小麦を使いました。ヴィレム様が開墾した土地から取れたものですよ」


 この地方でも確かに小麦は作っていたが、その量は多くない。土地が豊かではないため、生産性の高いライ麦や大麦を中心に植えていたからだ。


 新しく開墾した土地に、物は試しと小麦を作付してみたのだが、これなら悪くはない。もっとも、美味かどうかで選択するよりは、飢えをしのげるかどうかが基準となるのだが。


「しかし……そうだな、麦畑が実るということは山賊の類も出てくるだろう」


 ヴィレムは窓から領地を眺める。

 黄金色の麦がなっている耕作地やまだ芽が出ていない畑では、豆粒のように小さな農民がちらほらと動いているのが見え、それから牧草を植えている土地では豚や羊が草を食んでいる。水車小屋が目に入ると、税金も見直さねばなるまい、などと思う。


 彼らには賦役を貸していないため、他の領地に比べれば農業だけに専念できるだろう。しかし、規模が大きくなってくれば、暇そうな手勢にやらせている雑務も、仕事としてやっていかねばならなくなる。


 ヴィレムが従えている子はまだ幼いから素直に言うことを聞いてくれるが、年を取って世間擦れしてくればどうなることか。


 兵役だって、今後は考えていかねばならない。しかし、ヴィレムは農民など徴兵したところで使い物にならないと考えているから、戦時だけ急に増員するわけにもいかず、基本的には兵と手勢だけでなんとかせねばならない。それは兵と魔術師、と言い換えてもいいだろう。


 魔術師としての力が高まれば、そこらの雑兵など数にも入らなくなる。しかし、物量で押し寄せられたらどうにもならないこともある。たとえば、食料を断たれれば魔術師と言えども飢えはしのげない。


 ヴィレムの強みは、他の領ではほとんど見られない魔術師を人為的に育てられることだろう。あの少年たちだけで足りなくなれば、また有望な子を魔術師にすればいいが、それにはまた費用がかかる。


 そうして悩んでいると、ドアがノックされ、慌ただしげに兵が駆け込んできた。


「ヴィレム様、顔割れ族の襲撃がありまして、負傷者が出ました!」

「すぐに向かう。場所は!?」

「中央の通りを進んでいった先ですが、そこにヴィレム様の魔術師たちがおります。彼らが仔細を知っているでしょう」


 ヴィレムはクレセンシアに一瞥をくれると、彼女が頷く。

 彼は残った菓子を一気に口中に詰め込み、扉に手をかける。


「ふえせんひゃ、ふままいがいほう!」

「おっしゃりたいことはわかりますが、話すのは飲み込んでからにしてください!」


 やはりクレセンシアは優秀だ。自分の意をなんでも理解してくれる。ヴィレムはそんなことを思いながら、居館を出ると市中の家々を跳び越えていく。街路は人がいるため、時間がかかるのだ。


 煙突の煙が棚引く中を軽々と飛んで、市壁の門へと降り立つ。すると警備の兵が行先を指し示す。


 二人は黄金色の麦畑を駆け抜ける。

 ここに敵がいれば、絶好の隠れ蓑になってしまうだろう。近づく前にどうにかするほかあるまい。なにより、せっかく実り始めた大事な食糧に手を付けさせるわけにはいかない。敵が火をつける可能性だってあるのだから。


 ヴィレムは口元に付いた菓子の欠片を拭い取る。

 そして風読みの魔術を発動。付近一帯の音をすべて聞き取ると、遠方まで行くことなく幾何模様は消え去った。これ以上遠くでは戦闘中かもしれず、むやみに魔法の存在を知られるべきではないと判断したのだ。


 まだ子供とはいえ一人前の魔術師となるべく育てた配下が負傷したとなれば、相手は並大抵ではないことが窺える。よほど身体能力が高いのか、それとも魔法を使えるのか。


「……ヴィレム様?」

「いや、なんだか違和感があってね。なにかを見つけたわけではないけれど……」


 気にするほどのことではないのかもしれないが、魔術の発動具合がいつもと違っていた。近くで魔術が発動していたり、少し前に発動したものの影響が残っていることは珍しくはない。ならば顔割れ族との魔術の打ち合いにでもなったのか。


 現場に急行すると、腹部に包帯を巻かれた少年が二人と、彼らを診ている少年が三人。どうやら重傷にはなっていないらしい。ヴィレムは胸をなでおろした。


「敵はどうなった」

「今、残りの者が追っているところです。泳がせて住処を突き止めることができないかと」

「大丈夫なのか? 相手はそれなりにやるんだろう?」


 ヴィレムが尋ねると、怪我をした少年が顔を上げた。


「確かに魔法を使っていたようですが、不慣れなようで、誰もが一度使っただけでした。相手の意図はおそらく、こちらに危機感を植え付けて近寄らなくすることでしょう」

「ふむ、自衛のつもりなんだろう。……だが、そもそもこの土地はシャレット領だ。そこを無法者が我が物顔で使い始めたとなれば、交渉の余地もないな。もう、黙って見過ごしているわけにはいかない」


 ヴィレムはいつになく気が立っていた。

 風読みの魔術を使えば気取られる可能性がある。それゆえに、今はただ彼らの帰還を待つしかなかった。


 少年らに再生の魔術を用いて怪我を治しているうちに、じれったい時間が過ぎていく。自ら捜索に行くのも考え始めた頃になって、少年たちが一斉に帰ってきた。ほくほく顔を見るに、成果はあったらしい。


 彼らはヴィレムに軽く挨拶をすると、早速報告を始めた。


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