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25 盗賊たち

 新任の騎士ヴィレム・シャレットが赴任した土地は、東にデュフォー帝国との国境があるだけでなく、異民族の顔割れ族が存在しており、さらに北は諸侯との国境を有している土地だ。


 北の諸侯は小さな領地しか持たず、シャレット領の騎士よりは幾分かましといった程度とはいえ、騎士と諸侯には明確な違いがある。領地を持つ者と、持たない者だ。


 ただ管理を任されている騎士と異なり、彼らの判断一つ一つが大きな意味を持つ。領内が荒れるのも、栄えるのも、すべてはその手の中にあるのだ。もちろん、諸侯も立場上は王から領地を任されていることにはなっているのだが。


 しかしだからこそ、ろくな運営ができていない諸侯の土地は荒れていた。盗賊が雑草のように次々と生えてくるのだ。


 その北の諸侯との国境に近い村落は、自然との境界を壁で仕切っているとはいえ、木製の簡素なものであり、いつまで持つかもわからない。石造りの城と違って、そう長く籠れるようにはできていない。


 村民は救援を求める狼煙を上げるなり、反抗を諦めた。壁を破壊してくる者を押さえようにも、近づけば逆に矢で射られてしまうから。


 家々に籠り扉を閉め、しっかりと開かないように塞いで、震えて待つことしかできなかった。数ならば村民のほうがはるかに多いだろう。だが、なんの訓練もしていない者が、戦いを専門にしている者を相手にすることはあまりにも無謀だ。


 それから次々と男たちの蛮声が上がり始める。柵が破られ、中に入られたのだ。村民たちは青くなって、もはや息を押し殺してなにもかもを見ないようにしていた。そうしていれば、自分のところは素通りしてくれるかもしれない。そんな期待をしながら。


 家の一つに男が取り付き、扉を蹴りつける。古びた小屋はすでに軋んでおり、その一撃で嫌な音を立てた。

 

 そして悲鳴が上がった――。



    ◇



 ヴィレムは遠方から風読みの魔術で村内の状況を把握すると同時に、風刃の魔術を発動させていた。


 敵の数はおよそ二十。どれもこの蛮行に慣れていることから、何度もこうした行為を繰り返していると見ていい。身なりはそこらの寄せ集めの兵といった体だが、一人だけきちっとした鎧を身に付けている者がいる。


「騎士が一人いる。油断するな」


 ヴィレムが告げると同時に、風刃が一人の男の首を刎ねた。血飛沫とともに、悲鳴が上がる。

 それを皮切りに、少年たちを引き連れヴィレムが村内へと飛び込んだ。


 抜剣、そして急襲。いまだ扉に張り付いたままの男を一刀の元に切り伏せる。

 そして少年たちが立て続けに風刃を放った。威力はヴィレムのものに遠く及ばないが、数は多く回避しようがない。男たちは切り刻まれ、次々と倒れていく。


 いよいよ扉から離れた男たちが剣を抜いた。

 が、もう戦えるものは数人しかいない。対してこちらは二十人近い元の数を保っている。

 力でも数でも有利に立った。もう、相手に勝機はない。ヴィレムはごくあっさりと告げる。


「お前たち、降伏しろ。命までは取らない」

「ふ、ふざけるな……! ガキが調子に乗りやがって!」


 勢いよく切り掛かってくる男。ヴィレムは剣を振るわんとするも、それよりも早く槍が男を貫いた。


 血がしぶく中、美しい黄金色の髪が棚引く。

 クレセンシアが槍を引くと、男が前のめりに倒れ込んだ。


「お前は騎士だろう。投降しろ、命までは取らない」


 ヴィレムの言葉に、男は苦々しげな表情を浮かべる。そして、地面をぐっと握る。

 男はゆっくりと立ち上がり、手にした土を放り投げた。それらは錬金の魔法により金属と化し、弾丸さながらに襲い掛かる。


 ヴィレムが咄嗟に発動した、風の壁を張る「風壁」の魔術ですべてを退けるも、そのときには相手騎士は逃げ始めていた。


 追わんとヴィレムが動き始めると、それよりも先に飛び出す少年の姿。


「お任せください!」


 と、威勢のいい彼はあっと言う間に騎士の足を払って転ばせ、そのまま組み伏せた。すらりと抜いたナイフを首元に突きつける。


 そうなるともう、反抗の意志はすっかり砕けてしまったようだ。盗賊風情には相応しい最後だ。騎士としての誇りがあったなら、逃げずに捕縛されることを選んだだろうから。相手に背を向ける恥辱はこの上ないものだった。


 ヴィレムは少年たちに指示を出し、まだ生きている盗賊どもを捕縛する。それから、村民たちの無事を確認し始めた。


 幸いにして、まだ死人は出ていなかった。盗賊が村内に入っていないうちに応戦を試みて矢傷を負った者はいるが、名誉の負傷である。


 それからヴィレムは尋問を始める。


「お前たちがこの村を攻めた理由は?」

「そんなもん、金が欲しかったからに決まってんだろ」

「シャレット領の騎士ではないだろう。ならばルーデンス領の騎士か」


 北の諸侯、ルーデンス領は小さく貧しい土地だ。最近はずっと内乱の気配があるとかで、近寄りがたい場所になっている。


 男は答えない。ヴィレムが申し訳なさそうにクレセンシアに視線を向けると、彼女は狐火を発動させた。


 男は燃える苦痛に、すぐさま謝罪を口にした。

 クレセンシアの力はこうした使い方をすれば、この上ない武器になる。だが……本当に彼女にとってこれでいいのかと、使うたびにヴィレムは悩むのだ。


「ル……ルーデンス領で、騎士をやっていた。だが、作物が取れなくなり、食えなくなった。反乱も増えてきて、やっていけなくなったからこの地にやってきた」


 要するに、ろくに領地を管理してこなかったつけが回ってきたということだ。領主は常に、反乱の危険に晒されている。飢饉や天災といった人力ではどうしようもないものでさえ、責任を取らねばならない。


 あらためてそのことを再認識しながら、ヴィレムは騎士を捕虜にするのだった。大した身代金は取れないだろうが、ないよりはましだ。


 この騎士が治める土地の民にとっては負担を強いることになるが、それはヴィレムがあずかり知らない話だ。


 それから兵たちがやってくると、この周辺の警戒を行ったり、捕虜の輸送を行ったり、はたまたルーデンス領に使いを出したりと、忙しくなった。


 けれど、もうヴィレムがやらねばならないことはなかろう。結局のところ、騎士としてすべきことは領民を守ることであり、脅威は取り払われたのだから。


 ヴィレムは少年のところに行くと、後を任せるよう告げる。

 彼らは任されたことが嬉しいのか、胸を張って答えた。


 それからヴィレムはクレセンシアと一緒に、屋敷へと戻る。二人だけならば、遠慮せずに全力を出すことができ、あっと言う間に都市に着いた。


 今日は色々と働いたが、やはりなによりも大事なのは、クレセンシアとの約束だ。

 ヴィレムはのんびり歩いていくと、繁盛しているパン屋が目に入る。無事、窯は使えるようになったようだ。


「頼んでいたやつ、できてる?」

「ヴィレム様。できてますが、すっかり冷えてしまったので、別のものを焼いているところです。もうすぐ焼き上がりますんで、もう少しだけ待ってていただけますか」


 そう言って、パン職人は新しいものを渡してくれる。

 ほかに待っている者もいるのだからと遠慮するも、彼らは小さな騎士と付き人に微笑むばかりだった。こんなところはまだまだ子供扱いされているのかもしれない。けれどヴィレムも悪い気はしないのだった。


 それから屋敷に戻ると二人で温かくふかふかなパンを頬張る。

 忙しくなってしまった今、調理は屋敷のメイドに任せることも多くなったが、食事は必ず一緒に取っている。そこには騎士と付き人の姿なんかなく、ただの少年と少女がいるばかりだった。


「おいしいですね、ヴィレム様」


 クレセンシアが楽しげに狐耳を動かしつつ言う。


「ああ、おいしい。とってもね」


 ヴィレムもそんなクレセンシアを見ていると、そう言わずにはいられなかった。

 彼女にはずっとこうしていてほしい。ヴィレムはそんな願望を抱く。それは彼の目的である聖域の奪還とは相反する考えだ。矛盾している。矛盾しているとわかっていても、どうしようもなかった。


 いずれすべてが終われば、こんな時間がずっと続くのだろうか。

 戦乱の世に、そんなことを思った。


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