20 二人の捜査
その晩、ヴィレムは劈くような悲鳴で目が覚めた。まだ若い男のものだ。
慌てて飛び起きて剣を佩き、クレセンシアも準備を終えると表に飛び出す。
「なにがあった!」
声がしたほうへ向かえば、胸元を真っ赤に染めた兵が倒れている。鎧を剥がされ、力尽くでやられたようだ。
その付近に兵が集まっているが、手当てをしている気配はない。すでに事切れているようだ。
「ヴィレム様、我々が来たときにはすでにこの有様で……」
ヴィレムは風読みの魔術を発動させる。もし相手が村の外に逃げているのであれば、この短時間でそこまで移動することはできず、間違いなく引っかかるはずだ。
だが、反応はない。
やはり敵はこの村の中にいる。それにしても、なぜ兵を狙うのか。存在を主張してしまうだけだろう。昨日来たばかりの彼らに対して私怨の類が介在しているとは考えにくい。
「ヴィレム様、獣の匂いがします」
「どこに続いているか、わかるか?」
「はい。ですが、その前にここを確認したほうがよろしいのでは?」
ヴィレムは現場をぐるりと眺める。すると、動物の毛らしきものが落ちていた。拾い上げてみると、とても人のものではないと一目でわかる。おそらく犯人の魔物のものだろう。
では、魔物が村の中に存在しているということか。
兵を見ると、心臓を抉り取られた跡がある。殺害だけが目的ならば、このような傷にはならないだろう。首を狙ったほうがはるかに手早い。
ヴィレムは兵たちに警戒するよう告げて、クレセンシアに匂いを辿ってもらう。ときおり、零れた血の跡と思しき赤い点もあった。
そうしていくと、一軒の家の前に匂いは途切れていた。ヴィレムがドアをノックすると、ややあって返事が来るなり村長が出てきた。
「これはこれはヴィレム様、いったいなんの騒ぎなのでしょうか?」
「兵が一人襲われました。山賊が出たのでしょう」
「なんということでしょう……」
ヴィレムは老人を上から下まで眺める。しかし、血の跡はない。彼が魔物をけしかけた犯人だとすれば、血の匂いや痕跡があってもいいはずだ。
「犯人が逃げ込んだ可能性があります。中を探らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ。そういうことでしたらお願いします」
意外にも村長はあっさりと承諾。
ヴィレムとクレセンシアはあちこち探していく。しかし、そもそも家に入った途端、血の匂いが途切れているのだ。これでは追いようがない。
家中の目ぼしいところをすべて探るも、魔物は見つからない。地下室の類や隠し扉もなかった。
「……結局、なにも見つかりませんでしたね」
捜査から帰ってくると、クレセンシアがそう言う。ヴィレムはそんな彼女に首を横に振った。不敵に笑いながら。
「いいや。一応収穫はあったよ。ふと思い出したことがある」
「と言いますと?」
「禁術さ。ブラックベアーに対して人工的に魔物の遺伝子を組み込むことができるなら、人に対してだってできるはず。もう少し早く気付いていればよかったな」
魔術師レムはその疑惑により処刑された。だから、ヴィレムも無意識のうちに、あまり考えないようにしていたのかもしれない。
そんな彼は二枚の布をひらひらさせつつ、懐から小瓶を取り出した。
◇
早朝、ヴィレムは兵を連れて村長の自宅を訪れていた。他の村人たちもすでに起きて集まっている。
ドアをノックすると、眠たげな眼を擦りながら彼は出てきた。
「ヴィレム様、このような早朝から何事でしょうか?」
「犯人が見つかったのですよ」
「左様ですか。いったい、どのようないきさつでしょう?」
ヴィレムは周りにいる住民たちをぐるりと見渡す。そんな彼が襲われないよう、クレセンシアは狐耳を立てて注意深く付近の音を拾っている。
ドミニクたち兵も警戒してはいるが、ヴィレムが信用しているのはクレセンシアだけだ。だから彼女もまた、ヴィレムが心配しなくていいよう全力を尽くす。
「なんでも……数か月前、事件が始まる直前に旅人が訪れたそうですね?」
「旅人はよく訪れていますが、それがなにか……?」
「あなたはその旅人を自宅に泊めたという話があり、それから、家畜が襲われるようになった」
「では、その旅人が山賊であると?」
ヴィレムは首を横に振る。そんな者の匂いはすでに消えているし、それからもうここに立ち寄ってもいないだろう。
「いいえ。それから数か月、続いたのは家畜の被害だけです。そしておそらく、初めの被害者は、家畜を襲った者と同じ者に襲われたのでしょう。ここに来たばかりの村人は、自身に危害が及ぶことを恐れて俺のところへと手紙を出しました。しかし、それでは困る人がいたのです。いえ、困る村だった、と言ったほうが適切でしょうか。なんせ、皆が皆、山賊まがいの行為を働いていたのですから」
「……ひどい言いがかりです」
どよめきが起こる中、村長は小さく呟いた。
顔には焦りが見え隠れしている。
「もちろん、ただの推測にすぎません。仮にそういう行為を行っていたとしても、確認する術はありませんし、処罰することもありません。俺が強引な権力者なら、焼打ちにしたかもしれませんが」
ヴィレムの過激な言葉に、村民たちが震え上がる。逃げるべきか、それともここで口封じをしてしまうべきか。どちらにしたって、兵に取り押さえられるのがオチだ。
「さて、話を戻しましょう。そうして手紙を出したものが、二人目の被害者となりました。これもすでに確認してあります。どうしてか御存じないかもしれませんが、情報を集めた結果がそうなのです。誰一人、手紙を出した主を答えられなかったのですから、彼しかいないでしょう」
いよいよ、村人たちは青くなってきた。
しかし、ヴィレム自身が先ほど言ったように、確認する術はない。この話はすべて、ヴィレムが立てた仮説に過ぎないのだから。
「そしてその襲った者は、あなたです。村長」
「ヴィレム様、いかにあなた様とはいえ、妄言と言わざるをえません。どこに証拠が――」
「これですよ」
ヴィレムは二枚の布を取り出した。どちらも使った形跡はあるが、一枚はまだ新しく、もう一枚はすっかり古びて捨てられたものだ。
「ここには、あなたの細胞がくっついていた。そして一方は数か月よりも前に捨てたものなのでしょう。この二つから取れた細胞には、決定的な違いがある。あなたの遺伝子には魔物の遺伝子が組み込まれたんだ。その旅人がやってきたという時期に!」
こればかりは確かな証拠だ。たとえほかのなにが嘘であろうと、犯人だけは言い逃れのしようがない。
もはや言い逃れはできないと村長は観念したようだ。
がっくりと肩を落とし、俯きながら呟く。
「……その通りですよ。彼は私に言いました。このままでは先は長くないだろうと。足腰も弱り、命の灯はただ消えゆくばかり。誰しもそうでしょう、私は死にたくありません。ところが、あるというじゃないですか。長く生きるための術が。私は彼に身を預けました。それからは非常にいい気分なのです。そう、とてもとてもいい気分なのです。どうして堪えられましょうか、こんなにも血肉で溢れているというのに!」
村長が顔を上げた瞬間、彼の肉体を幾何模様が取り巻いていく。
そして皮膚が変色し、膨れ上がり始めた。体毛は猛烈な勢いで増え始め、全身が灰色の毛に包まれていく。
上がる悲鳴、慌てて剣を抜く兵たち。
ヴィレムはいたって冷静に魔術を発動させた。
幾何模様が浮かび上がり、いくつもの風の刃が村長であった者へと撃ち出されると、まだ完全に変わりきっていなかったためか、手首から先が落ちた。
しかし、ほかの部分は変化が速かったらしく、深い傷が付いただけにとどまっている。
獰猛な獣の叫びが村中に木霊する。痺れるほどの衝撃が体を貫いていく。
ヴィレムはクレセンシアに視線をくれた。
「シア、どうやらやる気のようだ」
「どうなさいますか。倒しますか。捕らえますか」
「一応捕らえるとしようか。なにか吐くかもしれない」
ヴィレムはそんな余裕を持って、敵を見る。すっかり凶暴な獣と化した頭がそこにあった。
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