15 宴
本日2話目です。
パチパチと炎が爆ぜる中、飲み食いする少年たちは楽しげだ。
シャレットの屋敷の裏庭では、オニスズメの肉が丸焼きにされている。香ばしい匂いが漂ってくるだけで、思わず涎が出そうになる。
少年たちだけでなく、そこにはシャレット家のメイドたちもちらほら見える。仲のいい少女は彼らの武勇伝を聞きながら、せっせと料理を取り分けていた。
そんな姿を遠巻きに眺めていたヴィレムのところに、ドミニクがやってくる。
「ヴィレム様、本当にいただいてもよろしいのですか?」
ドミニクは自分で一匹仕留めたが、それ以外の少年は数人で一匹を倒しただけだ。残りの成果はゼロである。
食用の魔物の肉は基本的にいい値段で売れるため、彼らが口にすることは滅多にない。まして生きがいいジビエとなれば、貴族か金回りのいい商人の口に運ばれるのが常だ。
「別に俺は美食家じゃないからね。ブラックベアーの肉だって、食べたくて食べていたわけじゃあないんだよ。シアが工夫を凝らしてくれるから最高の料理にはなるけれど、毎日毎日、あればかりでは飽きてしまう。しかし、成長のために必要だから食べていたのさ。君らも食べられるときに食べるといい。騎士としてやっていくつもりなら、そうして力をつけるべきだから」
ヴィレムは何気なくクレセンシアの手料理を自慢しつつ、ドミニクにそう促した。
貴族たちにとって魔物の肉を食べるのはステータスになっている側面がある。なんとなく魔術が上手くいくジンクスくらいのものだが、薄々意識してはいるのだ。ヴィレムのように魔核が大幅に成長しないのは、個人差が大きいせいである。
ドミニクは頭を下げる。
「では、ありがたくいただきます」
「うん。……ああ、そうだ。気にすることはないからね。この獲物は俺たちが全員で捕ったものだし、一緒に並べられている山菜は君らが持ち帰ったものだ。思うことがあるのなら、しっかり食って、立派な騎士になってくれよ。セドリックもそろそろ引退したくなる年だろうから」
ヴィレムはそれだけ言うと、自身も丸焼きの匂いに釣られて歩き出した。
そちらでは、クレセンシアがヴィレムのためにオニスズメ丸々一頭を確保して焼いているところだ。
「ヴィレム様、そろそろ焼けますよ。さあどうぞ、食べてください」
「ありがとうシア。でも、君も一緒にね」
そう言いながらヴィレムはクレセンシアから皿を受け取って、早速山菜を一口。軽く塩を振っただけだが、様々な野菜が炙られ味が入り混じり、絶妙な具合になっている。素朴で少し物足りない感じもするが、二口、三口と食べていくうちに丁度良くなる。
そうしている間、クレセンシアはオニスズメの丸焼きを切り分けていて、自身の食事は疎かになっている。
だからヴィレムは山菜をフォークで刺し、クレセンシアの口元に持っていった。
「ほら、口開けて」
「ヴィ、ヴィレム様! そそそれは恥ずかしいですよう」
「君がなかなか食べないからだよ」
そう言われるとクレセンシアは口を開け、ヴィレムの差し出したものを咥えた。
「……美味しいですね。外で食べると、なんだかいつもと違う味がします」
「外ならば自然の匂いがあるから、その影響を受けているんだろう」
「そういうことではありませんよ」
クレセンシアが笑い、ヴィレムが肩をすくめる。
それからメインディッシュの丸焼きに口をつける。
皮がパリパリと心地好い音を立てる。
そして肉は臭みもなく余計な脂が落ちたおかげで食べやすく、少し硬いものの皮と砕けやすい骨に混じると、丁度いい歯ごたえになる。
あまり肉の部分は多くないが、丸ごと食べられるため、それなりの量になっていた。
すべてを食べきったときには腹はすっかり膨れている。もう食べられない、と二人はお腹を押さえていた。
そうして宴も終わりに差し掛かると、一人、二人とヴィレムに挨拶してから去っていく。すでに日は沈みかけていた。
ヴィレムはゆっくりとクレセンシアとの時間を過ごす。その間ずっと、手にした風車を魔術でくるくると回し続けていた。
「ヴィレム様。イライアス様が帰ってきましたよ。今がチャンスですよ」
クレセンシアは狐耳を立てながら言う。どうやら、出掛けていた父イライアスが門のほうに到着したのを聞きつけたようだ。
「チャンスってなんの?」
「親睦を深めるのです。ブラックベアー退治に引き続き任務を果たしてきたのですから、お父君もお認めになられることでしょう、ヴィレム様の魅力を。たまには甘えてみてはいかがですか? こう、ぎゅっと」
「……なるほど」
クレセンシアは尻尾を振りながら体を寄せ、可愛く甘える素振りをしてみせる。ヴィレムはそんな彼女を眺めていたが、ふと抱きしめてみせた。
「きゃあっ。ヴィレム様、ヴィレム様、なんですか、急にどうされたのですか!?」
「可愛い君に甘えてみたんだよ。親睦を深めるんだ」
「もう十分深まってます、ヴィレム様! ここはお外ですよ、ほかにも人がいますよ、見られたらどうするんですか!?」
「もう皆、帰ってしまったよ。父上だって、まだ来ないさ」
クレセンシアは顔を真っ赤にしながらも、悪い気はしていないのか、ヴィレムを突き放すことはしない。その代わり、頻りに視線を彷徨わせていた。
ヴィレムはしばしそうしていたが、やがてイライアスが来る頃になるとクレセンシアを解放した。
まだ彼女の温もりが残っている。だから、今ならばたとえ父がどう思っていようと、ヴィレムはまったく動じない自信があった。
屋敷のすぐ近くまでイライアスが来ると、今日は彼のほうから歩み寄ってきた。
「ヴィレム。成果はどうだ?」
「ブラックベアーがいなくなったことで、魔物も動物も戻ってきたようです。しばらく禁猟にしておけば、元に戻るかと思います」
結局、オニスズメの中には、ブラックベアーのように固有遺伝子を持つ固体は見つからなかった。だから、あれが特別な魔物だったと見ていいだろう。
「ふむ……しかし、あそこには顔割れ族がいるのではないか?」
顔割れ族というのは、長年このシャレット家と争い続けてきた部族である。顔に染料で独特の模様を描いており、遠くからだと割れているように見えることから付いた名前だ。これはシャレットの領民による呼び名であり、彼ら自身がこう名乗っているわけではない。そんな彼らは確か原始的な魔術を信仰していたとヴィレムは記憶していた。
しかし、顔割れ族の本拠地はもっと東にあるはずだ。ここシャレット領は、東にデュフォー帝国との国境を有する山脈がある。
そこはノールズ王国、デュフォー帝国という二つの大国にとっての緩衝地帯として働いている。明確な国境線が存在しないことから揉め事になるのを避けるため、あまり出入りしない傾向が強いのだ。
しかしそれに目を付けた部族が住みついて以来、シャレット家はかの地を平定することができずにいた。
「顔割れ族がいた気配はありませんでしたが……ご希望とあらば、東に足を延ばしてみせましょう」
「いや、今はまだいい。ご苦労だったな」
イライアスはヴィレムに小さく笑い掛けると、すぐに踵を返して居館へと戻っていった。
ぼんやりと眺めているヴィレムに、クレセンシアが小首を傾げた。
「ヴィレム様?」
「ああ、なんでもない。父が笑ったのは久しぶりだな、と思って」
「きっと、頼もしい姿を見られたからでしょう」
「もしかすると、色恋に現を抜かす情けない姿を見ていたからかもしれないよ」
「ヴィレム様、そんな意地悪言っちゃ、やですよう」
クレセンシアは頬を膨らませるも、すぐにおどけたヴィレムと一緒に笑い合う。
暗い夜にも負けない眩しい笑顔だった。
これにて第二章完結です。
ヴィレムは並大抵でない力を身に付けることができました。今後、台頭していくことになります。
ブクマ・評価ありがとうございます。とても励みになります。
今後ともよろしくお願いいたします。