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14 調査団



 ヴィレムはこの日、森にやってきていた。

 彼の隣にはいつも通りクレセンシアがおり、二人から少し離れたところに少年たちがいる。


 あの隊は一時的に結成しただけであり、用が済めば解散する予定だったのだが、ヴィレムとクレセンシアの力を見た少年たちが、憧れを抱いてしまったようなのだ。しかもその噂が広がって、あのときいなかった少年までもがやってきたため、結構な規模に膨れ上がっていた。


 年下の二人の後ろにくっついて歩くのはどうにも奇妙なものだが、風格というものは年齢だけでは推し量れないのかもしれない。


 無論、そこに現実的な考えが入り込んでいることもヴィレムは知っている。貧しい農家の下の子であれば、このシャレット領でこれほど出世が期待できる道はない。


 そんなわけでいつしか出来上がっていた「ヴィレム隊」は、森の中を進んでいく。


 ヴィレムは「風読み」の魔術を何度も使いながら、魔物を探す。短い間隔で連続して使用することで、そこにいる動物の移動がわかるのだ。


「なあヴィレム様、そんなに魔術ばっかり使ってたら、気付かれっちまうんじゃないですか?」


 なんとか頑張って敬語を使おうとするオットーの態度は最近、意識しすぎてちょっとおかしなものになっている。


「気付かれてもいいんだよ。むしろ気付いてこっちに来てくれるなら手間が省けるし、逃げていくならわざわざ追う必要もない。あくまでこの森がどうなっているのかを調べに来たんだからね」


 ヴィレムはオットーにそう説明した。

 ブラックベアーのこともあって様子が気になっていたため、父には森の動物がほとんどいなくなった原因を探るとの名目で、出かけてきたのだ。それゆえに、子供がやることとはいえ報告義務があるのは魔物の生態がどうなったかであり、魔物の討伐数なんかではない。


 そういうことならば、とオットーは張り切る。戦いに限らず植生や動物の足跡なんかを見つけるであれば、剣の腕が立つ弟よりも経験が長い兄に利がある。


 少年たちはそれぞれ集中して目的を成さんとするのだが、ほとんど夕食を取りに来たような有様になっている。


 それを見咎めるかと思いきや、「ヴィレム様、見てください」といつものように呼び止められた彼は、クレセンシアが嗅覚を目一杯使って見つけた希少なキノコを掲げている姿に、破顔するのだった。要するに彼もまた子供なのである。


 探索を続けていると、以前よりも獣の数が増えていることから、動物減少の理由は、あのブラックベアーが大量に食い散らかしていた可能性が高い。


 獣たちは風読みの魔術にほとんど気付くことがなく、一方で魔物はまれに気付くのがいるが、大抵は逃げていく。


 ヴィレムがこうして魔術を使ってばかりいられるのは、この短期間で大きく魔核を増やしたからだ。ひたすら訓練に励み、それが終われば満腹になるまでブラックベアーの肉を詰め込む。そんなことを続けているうちに、彼の魔術師としての力は大きく成長していた。


 しかし、同じことをしたからといって、誰しも彼のようにはならないだろう。魔術師レムが記憶を呼び起こすために設定した条件というのが、聖域を手に入れられるだけの才能を持つ肉体に宿るというものなのだから。端的に言ってしまえば、ヴィレムは千年に一人の逸材ということになる。


 一方、言い換えれば千年にたった一人しか、聖域の奪還を叶えられる見込みがある者はいないということでもあった。仮に過去、ヴィレム以外にレムの遺伝子を継ぐ者がいたとしても、聖域を奪還していないのがその証拠だ。


 そしてレムだけでなく、妖狐クレアの遺伝子もまたこの時代を選んだ。これを偶然というならば、なにが運命なのだろうか。


 そうしていると、こちらに向かってくる魔物が見つかる。初めは偶然こちらに突き進んでいただけなのだろうが、匂いを突き止めたのか、猛然と近づいてくる。


「空を飛んでいるから、おそらく鳥だな。さあここが腕の見せ所だ!」


 ヴィレムは少年たちに構えるよう告げて剣を抜き、敵が来るのを待つ。


 この短期間で少年たちも各々の武器を調達しており、勇ましく敵が来るのを待つ。しかし間に合わせのものなので古びた鉄の棒だったり、錆びつつある剣だったり、ろくな装備とは言えない。


 その中では猟師の子なんかは狩猟に使うためのナイフや弓を持っているため、戦いの本職ではないとはいえ、彼らの中では一番戦力になるかもしれない。


 しかし、ヴィレムは彼らの戦力に期待しているわけではない。自身がいずれこの領地を立っていくのだとしても、それまでは彼らがなんらかの職業に就けるよう、手助けしてやるのもやぶさかではないだけだ。


 少年たちに隊列を組ませると、クレセンシアが向かってきた魔物の位置を知らせる。


「気を付けてください。高度が低いため、いきなり突っ込まれるかもしれません!」


 彼女は槍を構えて敵の来たる方へと向ける。

 その穂先がきらりと輝き、数匹の魔物を照らし出した。


 木の影から飛び出したのは子供の頭ほどもある巨大なスズメだ。

 雑食のスズメの中でも食欲が旺盛で、自身よりも大きな獲物を襲って食らうオニスズメという魔物である。

 体格が大きくなったため自身の羽だけでは飛べず、風の魔術を用いることで飛行を可能にしているため、風の扱いには非常に長けているのが厄介な相手だ。


 短く太い円錐型の嘴は先ほどまで別の獲物を食らっていたのか、ぐちゃぐちゃに潰れたなにかがくっついている。茶色の頭は均一な色をしているが、羽はその気性を表したような敵を威嚇する黒と褐色の斑模様。腹の白い毛は泥や血で汚れていた。


「射掛けろ!」


 ヴィレムの合図で弓を持った少年たちが矢を放つ。

 猟師の子である彼らは、動いているとはいえ大きな的を外しはしなかった。しかし放たれた矢は魔物を倒すには威力に欠けており、一撃で仕留めるのには至らなかった。が、羽と胴体が串刺しにされたことで、一匹が飛べずにバランスを欠いて地に落ちた。


 途端、数人の少年が群がって剣を、棒を打ち下ろす。

 袋叩きにされたオニスズメはしばしよろめいていたが、無数の打撃になすすべもなくぐったりと倒れ込んだ。


 たった一体の魔物に集中して周りが見えなくなるのは問題ではあるが、無理はない。彼らにとってはこの程度の相手でも脅威なのだから。


 そしてドミニクとオットーが、一体のオニスズメを剣で叩き切っていた。ドミニクが魔術で打ち落としたところをオットーが押さえ込み、すかさずドミニクが叩き切る。そうした戦いに私情を持ち込まない判断ができるあたり、彼らの努力とその父セドリックの厳しい訓練が窺える。


 少年たちが撃ち漏らした個体をクレセンシアが槍で叩きつけるのを横目に見ながら、ヴィレムは風の魔術を発動させた。


「悪いけど、風の魔術は俺の十八番でね……!」


 風刃がまだ遠くにいるオニスズメを取り囲んだかと思いきや、次の瞬間にはすべての羽や足がもがれた肉と化した。


 そのまま地に落ちることはなく、ゆっくりと浮遊したままヴィレムのところに近づいてくる。彼はその肉を見ながら、食べられる部分まで落としてしまっただろうか、などと思うのだった。


 少年たちがもはや声も出せずにあんぐりと口を開けている中、ヴィレムは肉をほんの少しばかり取り分けて、残りはすべて袋にぶち込む。


 ヴィレムは小さな塊を眼前にいくつも浮かべると、さらに別の魔術を発動させる。幾何模様が取り囲んだ次の瞬間、一気に付近の温度が下がる。「吸熱」の魔術だ


 すっかり凍ってしまった肉を別の袋に仕舞うヴィレムに、クレセンシアが首を傾げた。


「ヴィレム様、吸熱の魔術も使えたのですか?」


 彼はこれまで、基本的に風の魔術ばかり使っていたから、なにが使えるのか知らなくても無理はない。


 もちろん、風の魔術は空気があるところならばどこでも使え、発動も早く魔力の消費も少ないという利点から、派手さこそないもののヴィレムの好みであるのは確かなのだが、ほかの魔術をあまり使えないからこそ、こればかり使ってきたのも間違いではない。


 ヴィレムはクレセンシアに説明しかけたが、長くなりそうなのと少年たちもいるため、


「あとで話すよ。喜びに水を差しちゃ悪いからね」


 と微笑む一方で、少年たちに広く視野を持つように告げるのだった。

 初めて魔物を仕留めた者もいたのだろう、ますます張り切る彼らだったが、この日はもう魔物に襲われることもなく森を後にするのだった。


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