表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/124

120 北東の乱


 帝国北部はかの国に併呑されてから日が浅く、それゆえに国に対する忠誠心は薄かった。そこに第三皇子アスター・デュフォーによる、新しい治世をちらつかせれば、食いつかないはずがない。


 そんな彼らであったが、今は多くの者たちが失敗であったと頭を悩ませていた。

 勝算がなかったわけではない。アスター・デュフォーがもたらした兵の力は絶大で、それさえあれば数の差も練度の違いも覆せるはずだった。帝国そのものは予想どおりの戦力しか持たず、倒すのはさほど難しくないだろうと思われた。


 が、そこに現れたのはルーデンス魔導伯の兵である。一人一人の練度も忠誠心も、アスター・デュフォーの兵を上回っていたのだ。


 それゆえに今では勝ち目も薄く、どうにかして負けとなりながらも、そこまで不利にならない条件を引き出すかが、彼らの課題だった。


 そしてさらに彼らを困らせる問題もある。反旗を翻した北部の諸侯のうち、北東部の者たちが帝国への帰属を決めたのである――。


    ◇


 ヘイス・シャレットはドラゴンにまたがりながら遠くを眺めていた。

 その向こうにいるのは、聖域南東部にある無数の諸侯のうちの一つが率いる兵たちだ。なんでも、新興国であるオーデン王国の旗下に入ったという話だ。


(……それだけで、こうも変わるものかね)


 百ほどの数の兵たちは統率が取れており、非常に整って見える。

 これまで相手をしてきた雑兵たちは、好き勝手に動くきらいがあったが、そうはならないだろう。しかし、より強い者を相手にしたときこそ、その真価は試される。はたして、それはどうだろうか。


 そうしていると、ヘイスのところに伝令がやってくる。


「ヘイス様。すべて問題なく通りました」

「そうか。……さて、そういうことであれば、さっさとこの土地を取ってしまわないとな」


 この土地の貴族たちが救援を求めてきたように、敵は一筋縄ではいかないと見て、皇帝マーカス・デュフォーは彼に将軍の地位を与えて、討伐するように要請していた。


 そしてもはや貴族たちは今後の生活は保障されるだろうが、土地は取り上げられることになるだろうから、報酬としてヘイスが帝国の土地としてここを治めることになる可能性が高い。辺境で東の国とも接している争いが絶えない場所だから、来たがる帝国貴族もいないだろう。


 結果の報酬がなんにせよ、ヘイスにとってはたいした問題ではない。主人であるルーデンス魔導伯とマーカス・デュフォーのために働くのみである。そしてそれにより、愛妻ルフィナ・デュフォーが幸せになればいい。


「よし、お前ら。やるとしよう。敵は魔術師じゃねえんだ。さっさと終わらせるぞ」


 連れてきている竜騎兵隊の部下たちに告げると、彼らはやんややんやと囃し立てる。


「隊長、張り切ってますね」

「そりゃそうだ。ここで失敗したら、ルーデンス魔導伯に怒られて、帝都に行けばルフィナ殿下に引っぱたかれちまうからな」

「もう尻に敷かれているのか。いくらなんでも早くないか」

「賭けは俺の勝ちだな。ほら、半年も持たなかっただろう」


 ヘイスはちっとも戦の雰囲気を感じさせない彼らに、眉をひそめた。


「おい、もう少し真剣にやってくれよ? あと、まだ尻に敷かれてないからな」

「元々、隊長がこういう雰囲気を作ったんじゃないですか」


 そう言われると、彼もぐうの音も出ない。緊張しないようにと隊員を気遣ったのもあるが、隊長である彼の性格が影響したのは間違いないのだから。


 慰めてくれるのは、ヘイスを乗せているドラゴンのみ。グルル、と鳴いて彼を見る。

 そんなドラゴンを撫でてから、ヘイスは表情を引き締める。


 この戦いは帝国のためだけの戦いでもない。ここを押さえないと、クリフが動けないのだ。


「これより、敵陣に突入する。お前ら、死ぬなよ」

「そういうのは、隊長が気をつけてくださいよ。結婚してすぐに未亡人になったら、洒落にならないですからね」

「わかってるさ。まったく、こんなところだけ気遣いやがって」


 こちらは十数人しかおらず、数の差は歴然としている。けれど、魔術師の戦いは数では決まらない。


 ヘイスはグッとドラゴンを挟む足に力を込めると、竜はドシンと音を立てて歩き始めた。それに十数のドラゴンが続くと、ただ歩いているだけにもかかわらず、威圧感がある。


 そうして敵との距離を詰めていくと、相手の諸侯が一斉に動き始めた。彼らは自身に注射針を差し込むのだ。


(なんだあれは……?)


 ヘイスが疑問を抱いた次の瞬間、敵の体表に幾何模様が浮かび上がる。

 単純な身体強化の魔術だろうが、すべての兵が強化されているとなれば、脅威になる。そして兵も訓練されているため、個々人の才能差はあるだろうが、寄せ集めの舞台とは異なる。


 だが、彼らは魔術師。ただの兵に負ける道理はなかった。


「行くぞ!」


 ヘイスは幾何模様をドラゴンに纏わりつかせると急加速させる。その速さには、さしもの敵も表情を変えずにはいられない。


 そして彼は勢いよく敵陣に切り込むと、竜銀を変形させた槍をぶん回す。ドラゴンの突撃の勢いを乗せた一撃は、兵を飛ばしていく。


 だが、それは一振りで仕留めるには至らなかった。倒れた相手は再生の魔術が自動で発動し始める。


「なるほど、こりゃ死なねえ兵だ。しかし、魔力が尽きるのとどっちが早いか!」


 ヘイスが次々と敵を突いていき、竜騎兵隊の者たちが追撃する。

 相手の数が減ってしまえばこちらが攻勢に出ることができ、再生の魔術で元に戻るよりも早く数をへらすことができる。


 敵の膂力は高いためドラゴンは手傷を負わされる個体も出てくるが、硬い鎧と騎乗者の魔術で守られているため、致命傷には至らない。


 それゆえに苛烈な咆哮を上げながら敵を踏みつけていく。

 こうなれば、もはや一方的だった。相手の諸侯は素早く状況を把握するなり、


「引け! 撤退だ!」


 判断を下すのはあっという間だった。

 ヘイスは逃げる相手を追撃しつつ、相手の土地まで東に進んでいくと、先ほど剣を交えていた兵たちはすっかりくたびれて、魔術の効果がなくなっていた。


 あの注射薬はおそらく、自動でそれらの魔術を発動するようにするためのものであり、無限に魔術が使えるようになるわけではないのだろう。


 けれど、ただ用いるだけで誰もが普段以上の力を発揮することができるのだ。そこらの魔術師以外の兵士しか持たない諸侯にとっては脅威となるだろう。


 オーデン王国が力をつけてきているというのは、これが理由だったのかもしれない。


 ヘイスはそのまま追撃を続けようかとも思ったが、相手の都市には兵が控えており、いつでも反撃に転じられる様子だ。


 先ほどの相手は、特に練度が高いわけではなく、一般兵だったのだろう。


「どうやら、アスターの兵は強力なのがちらほらいるだけだったが、こっちはすべての兵がそこそこまで底上げされているみたいだな。これは割に合わない、戻るぞ」


 ヘイスの判断も早い。

 彼の目的は東の土地を得ることではない。攻めてきた相手を退けて、帝国の土地を守ることである。


 それゆえにすでに目的は果たした。くるりと向きを変えると、西へと戻っていく。

 そうして帝国領が見えてくると、救援を求めてきた貴族がいるという都市に向かう。敵を退けたのだから、もはやここは、一時的にヘイスが治める都市になるのだ。


 その後、なかば恒常的に治めることになるのかどうかはわからない。

 けれど、こうして東を制圧したとなれば、ほかの帝国領北の諸侯も対応を考えねばならない。さっさと降伏してしまうのか、それともなんらかの交換条件を持ち出すのか。


 なんにせよ、それはヘイスが考えることではない。

 彼はルフィナの姿を思い浮かべながらドラゴンを撫でて、うまい飯をたらふく食わせてやろうと思うのだ。


 そうして彼が勝利を収めた報が届くと、クリフは動き出すのだった。

いつもお読みいただきありがとうございます。


おかげさまで、転生魔術師の英雄譚2巻が無事に発売されました。

WEB版ともども、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ