119 決意を新たに
聖域に来て二日目。
ヴィレムはさらに北に向かっていた。
こちらには二つの都市があったと記憶している。そのうち、西のほうを占拠する予定だ。
南の都市にはこれといって有用なものは残っていなかったが、なにかしら使えるものも残っているかもしれない。
なにしろ南寄りの都市ならば、病で聖域から撤退した後も一時的に向かうことができるが、北に近づくほどそうはいかなくなる。それゆえに、残っているものがあってもおかしくはない。
そうして進んでいけばいくほどに、魔物の数が増えてくる。聖域から魔物が出てくることは滅多にない辺境とは違って、中央には多くの魔物がいるのだ。
こちらの頭数が多いとはいえ、中には恐れないものもあった。
勢いよく飛び込んでくるのは、根を足のように動かしている花の魔物だ。こちらは気性が荒く、動物を食って生きているという特別な個体。巨大な生き物も、花弁をゴムのように伸ばして丸呑みにしてしまうことから「象食い」と呼ばれている魔物だ。
クリフは炎の魔術を使ってみせるが、まったく恐れることもなく迫ってくる。
「ディート。細切れにしろ」
「……クリフに命令されるのは癪だが、まあ構わない」
ディートはルーデンス魔導伯によって従えられているのだ。剣士隊の隊長ということで、クリフとは立場的には対等であるはず。
勢いよく飛び込むと、象食いの花弁が開いて丸呑みしようとしてくる。その中は粘液でべとべとしていた。
ディートは竜銀を用いると、緑の刃を無数に生み出して、その個体を一瞬にして切り刻む。そして止めに魔剣による一撃を加えた。
「ルーデンス魔導伯。これは食えるんですか」
「食えないこともないが……象食いはおいしくはないぞ。消化液はなにかと便利だから、持ち帰ることもあるが」
「なるほど。じゃあそうしましょう」
どこが『じゃあ』に繋がるのかはわからないが、ディートは器用に魔物を捌いていく。そして消化液の溜まった内臓をきゅっと縛り、腐食しない瓶に入れておく。
なんとも野生染みており、すっかり聖域にも適応してるのだから、ヴィレムもたまげたものである。
そんな一行は、途中で食える植物やキノコを集めていくディートに呆れつつ、北に向かっていく。
距離はそこまででもなかった。見えてきた遺跡は、南にあるものと仕組みはほとんど一緒だ。
クレセンシアはそれを見ながら、狐耳を前後に動かす。
「どこも同じ作りなのですね」
「そうだね。目的は聖域の開発だったから。組み立てるだけで済む分、大量生産された居住施設は都合がよかったんだよ」
きわめて現実的な理由である。しかし、それは当時も魔物や異民族との戦いがあったことを意味している。
こちらもなかば泥などで覆われている状態だが、比較的傷が少なく、いまだに使用するのに問題なさそうだ。
だが、入り口は閉まりきっていた。
「うーん……大丈夫かな?」
「ヴィレム様、開け方がわかるのですか?」
「レムが生きていたときのままならね。そもそも、これは魔術師ならば誰でも開けられるようになっていたんだよ。要塞としての機能は、人間相手じゃなくて、異民族や魔物に対するものだから」
ヴィレムはその方法を試してみる。
入り口近くにて魔力を発生させて、決められた手順どおりに進めていく。すると、扉が自動で開いて一安心。
クリフは立ち止まると、魔術師たちに警戒するように告げて、
「ヴィレム様。私は外の警備を行っております」
と、申し出るのだ。あのような異民族の襲撃があったからだろう。ヴィレムは念のため風読みの魔術で付近を調べておくも、そのような気配はない。けれど、用心するに越したことはないだろう。
魔術師数名を連れて中に入ると、こちらの状況も昨日見た都市とあまり違いはない。けれど、探っているうちに備蓄が見つかる。
袋などを開けていくと、薬や食品、水などはもはや利用できないが、清潔な状態で残っているローブなどもある。
「糸の類は使えそうだな」
そうして見ていくと、クレセンシアが呼ぶのでそちらに見に行く。
「ヴィレム様! 魔術的な道具がありますよ!」
「本当かい? それは助かる」
これまで彼らが利用してきたのは、竜銀くらいのものだ。しかし、これは慣れていない魔術師には使えないし、数が少ないので中隊長以上にしか渡してもいなかった。
だから、つい期待が高まってしまう。
そちらに向かったヴィレムは、レムの記憶と照らし合わせていく。
「これは……毒の魔術を用いて、薬を作るものだな。大量生産に都合がよかったんだ。それからこっちは……食品の栄養を調整するもの。当時は魔物も無理に食っていたりするから、毒を抜くのにも使っていたかもしれない。なんにせよ、生活に関するものばかりだな」
考えてみれば、無理もない。
魔術師は魔術で戦うのが基本だ。そしてレムの時代はますますその傾向が強く、レムは剣を使うことなど滅多になかった。一応、直接触れたくないときに使えるよう、備えてはいたが、持ち歩かないときのほうが多かった。
そのような時代だったから、竜銀ですら、魔術的な利用以外にはあまり用いられていなかった。
「これからの繁栄を考えると、大変ありがたいことだけれど……今は戦うための技術がほしいところだよなあ」
まずは戦いに勝たないことには始まらない。
そうしていると、隅のほうに追いやられた箱があることに気がつく。それを開けてみれば、金属が入っていた。
「これは……!」
剣や槍など武器なのである。非常に重要なそれがどうでもいいものとしての扱いを受けている理由は、考えてみれば当たり前だった。
魔術師は剣を使わないし、一般市民が剣で魔物と戦うことなんてできやしない。
聖域から撤退が始まる中、市民がいざというときに戦えるように用意したものなのだろう。
当時は剣の重要性が低かったため、今では高級な金属を利用した立派な代物も使われた気配もなく埃を被っていた。
ヴィレムはそれを手にしてみると、なかなかしっくりくる。
「君たち。剣はいらないか?」
尋ねると、魔術師たちはやってきて、剣や槍をしげしげと眺める。
「ヴィレム様さえよろしければ、剣士隊の者で分けようかと思います」
「そうしてくれ。それなりに使えるものだから」
ほかにもなにかないかと探していくが、これといったものは見つからなかった。けれど、それらの武器を分け合おうとする者たちは楽しげにしていたから、それはそれでよかったのだろう。
こちらの遺跡も消毒をするとして、とりあえずは外に出ると、見回りを行っていた魔術師が戻ってくる。
「異民族の気配はありません」
「そうか、ご苦労様。……たまたま、あれらがこっちに来ていただけなのか、それとも俺たちを見て引いたのか。なんにせよ、このまま頼むよ」
アスターが動かないというのなら、このまま聖域を制圧するだけだ。
南北に土地を取ってしまえば、ノールズ王国の北部と帝国の北は分断し、次第にアスターは身動きも取れなくなるだろう。
そう思案していたヴィレムのところに、伝令の少年が駆けてきた。
「敵に動きがありました!」
「アスターが動いたか」
「いえ、南方です! 東の小国が攻めてきており、帝国北東部の諸侯は帝国へと帰順することを条件に救援を求めたそうです」
「それほどまでにひどい状況なのか?」
わざわざ帝国に反旗を翻した者が、帝国に助けを求めるなど、普通では考えにくい。
かつて帝国に敗北して帰順したのだから、これで二度目になるなのだ。もはや諸侯としての扱いではなく、完全に帝国貴族が支配する土地の豪族でしかなくなるだろう。
そうまでしなければならないのは、よほど敵が強いか、あるいはアスターからの援軍が期待できなくなったか。
となれば、これは好都合。
帝国の土地がほしいわけではないが、アスターに与する者たちがいなくなれば、自然と降伏する者も発生するであろう。
なにしろ、多くはペール・ノールズおよびアスター・デュフォーがもたらす新しい秩序の下で、自己の繁栄を願った者たちなのだから。勝てぬとみれば、命を賭して戦おうなどという者もいまい。
「よし、マーカス陛下に使いを出そう。向こうにはヘイスがいるから、あいつを経由してもいい。アスターがいつまでも傷を癒してなどいられないと思わせるぞ」
「はっ。かしこまりました」
ヴィレムは筆を執り、策を伝える。
あとはマーカスがどう動くか、だ。けれど、帝国は歴史による権威を分け与え、ヴィレムは戦力を貸し与えるという関係なのだ。こと争いに関しては、拒絶されることもあるまい。
「さあ、忙しくなるぞ。俺はこちらにいるから、そっちの話はクリフに任せる」
「お任せください。必ずやそのお役目、やり遂げてみせます」
「いや、そこまで張り切らなくていい。最優先は、こちらの被害がなくなることだ。いくら契約があるとはいえ、俺は帝国がどうなろうが、知ったことではないのだからね」
ルーデンス魔導伯として大切なのは、やはり領民たちである。それがなし得た上で、すべての人々が飢えずに済む方法が大事なのである。
帝国や王国、東の小国といったくくりは、彼にとってはあまり意味があるものではなかった。
そして魔術師が南に向かっていく。
ヴィレムは聖域の空気に馴染みながら、その姿を見送った。
間もなく、アスターとの戦いが行われるだろう。ヴィレムは決意を新たにするのだった。
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