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117 目指した土地へ

期間が空いてしまいましたが連載を開始します。この話から終章となります。よろしくお願いします。



 ヴィレム・シャレットは北東を眺めていた。その先には、うっそうと茂る森がある。

 一見するとただの森にしか見えないそこは、人類の最北端と言われていた。


 この通常とは異なる動植物を内包する土地は、聖域と呼ばれている。かつて古代の魔導王が治め、希代の魔術師レムが業火に焼かれた場所だ。


 しかし、いずれもその土地のほんの一部分しか手に入れることができなかった、とも言われていた。その北には異民族がいたからだ。


 とはいえ、現代ではそれは遠い過去の話。

 今となっては、北からは瘴気が流れてくるため、そこに近づくことはできず、そこから西に向かって延びる高い山脈で遮られた土地の南方――すなわちノールズ王国である――でしか人は生きられなず、そこに足を踏み入れてはならないと、なかば迷信染みた形で伝えられている。


 だが、それも事実無根というわけでもない。

 伝承は伝達されるたびに形を変えてしまい、本来の意味とは異なる姿になってしまうことがある。


 けれど、その大本を辿れば、聖域には病に陥る病原体が存在しており、それを避けるための教えが存在していたという、ただそれだけのことなのだ。


 決して、神の怒りに触れるだとか、天罰がくだるだとか、そのような禁忌を犯す行為ではない。


 それゆえに、千年前の記憶を持つヴィレムにとっては、そこは実在している一つの土地であり、そして現実的な目標のために取らねばならないところであった。


(ようやく、俺はここまで来たぞ)


 彼はその思いを顔には出さない。レムの申し子という噂を流したこともあったし、今でも彼の活躍を見て、信じている者もいる。


 けれど、彼は実際にレムの記憶を引き継いでいるのだから、どこまでが自己同一性の境界かという問題は抜きにして、ほとんど同一人物といっても差し支えない。


「ヴィレム様。考え事ですか?」


 隣にいるクレセンシアが微笑む。彼女は唯一、ヴィレムの過去を知る者だ。そして妖狐クレアの遺伝子を引き継ぐものである。


「込み上げる熱を感じてしまってね」

「まあ、お風邪を召したのですか? それは大変です」

「そういうことじゃないよ」


 ヴィレムはクレセンシアの冗談に、幾ばくか冷静になれた気がした。


「一緒に聖域を取ろうと約束してから、いろいろなことがあった。そして今、ここに来ている」

「クレセンシアはずっと、この日が来ると信じておりましたよ」

「ああ、だからこそ、目標に向かって邁進することができた。今度は君に、ともに見てきた夢を形あるものとして贈らなければならない」

「ヴィレム様。もう、きっとそれは私とヴィレム様だけのものではありませんよ。ほら、こんなにも慕っている方々がおられるのですから」


 クレセンシアは尻尾で彼の後ろを指し示す。

 そこには、魔術師隊の者たちだけでなく、アバネシー公や国王ウィルフレドの兵たちもいる。


 この北東の都市を任されているマーロは、ラウハとともに彼の動向を見守っていた。

 誰もが、この先の未来を望んでいるのだ。


「そうだな。俺はレムじゃない。ヴィレム・シャレットであり、そして領民を守るルーデンス魔導伯だ。彼らの思いを無駄にしてはならない」

「はい。行きましょう。魔導王の名を継ぐ者として」


 クレセンシアが告げると、ヴィレムは北に視線を向けた。

 そちらから駆け寄ってくる剣士隊の少年たちがいるのだ。その先頭にいるディートは、ヴィレムのところに来るなり、報告を始めた。


「ルーデンス魔導伯。アスター・デュフォーの兵の行動を確認しました」

「そうか。こちらの対策は間に合いそうか?」

「そう言われましても。俺はルーデンス魔導伯の策の想像がつきませんし。というか、誰もわからないんじゃないですか」


 ディートは相変わらずぶっきらぼうに告げる。

 彼に聞いたのが間違いだったかとヴィレムは思うが、ディートは続けた。


「ただ……ルーデンス魔導伯なら、やり遂げると思いますよ」

「それは根拠のない信頼かい?」

「いえ、横暴なルーデンス魔導伯にこき使われてきた実体験から出てくる言葉です」

「領主に向かって、なんて言いようだ」


 けれど、これくらいはっきりと言ってくれる者がいてもいい。

 そしてこれほどまでに信頼されているのだ。なにも迷うことはない。


 ヴィレムは後ろの者たちを振り返ると、高らかに宣言した。


「これより、聖域に向かう! アスター・デュフォーによる襲撃が予想されるだろう。しかし、勝つのは我々だ。魔術師としての誇りを胸に、思い描いた平和を実現するために、動くときが来た!」


 彼の宣言に、魔術師たちは静かに、けれど激しく呼応した。

 頼もしい彼らを率いて、ヴィレムは北東部に向かっていく。アスターはアバネシー領の奪取に失敗したため、この土地の北を迂回していく計画を立てている。


 それに対して、ヴィレムは聖域で迎え撃つことを決めた。

 アバネシー領の北で待つという方法もあった。この時代の技術からすれば、それは無難なところだっただろう。


 しかし、それではこの機会を無駄にしてしまう。

 千年の因縁を終わらせるための舞台は、聖域しかないと思っていた。帝国北の反乱を起こした諸侯への牽制にもなるし、アスター・デュフォーも見過ごすことはできないだろう。そしてただ戦いを終わらせるだけでなく、その先には発展が、未来がなければならない。あの土地を取れば、すべてが繋がっていくのだ。


 このときのために、ずっと準備してきた。もう後には引けない。


 魔術師たちを率い、彼らは森に足を踏み入れた。


 生い茂る木々はそこらのものと異なっていて、葉は紫や青など、ノールズ王国では見られない色であった。ここ聖域では、あらゆる動植物が魔物に近い性質を持っており、常識では計り知れない現象が多々起こる。


 そして魔術師の一人がキノコを踏むと、粉末が舞い上がった。


「うわっ」


 聖域の病の主な原因であるその菌が広がれば一大事である。

 しかし、ここにいる者たちはすでに予防策を取っているため、吸引したところでさしたる問題はない。少しむせるくらいか。


 とはいえ、気分がいいものではない。

 ヴィレムはそのような土地を進みながら、風読みの魔術を使っていく。すると、クリフが尋ねてきた。


「ヴィレム様。そのような警戒は、私が行いましょうか?」

「いいや。俺がやるよ。この土地は、きっと一番詳しいから。もちろん、見逃しはあるだろうから、手伝ってくれるならありがたいけれどね」

「かしこまりました」


 ヴィレムはかつての記憶を頼りに、聖域を北へと進んでいく。

 すると、向こうには赤黒い毛で覆われた巨大な猿の魔物が出てきた。


「こいつを目にするのも、久しぶりだな」

「掴まれると、焼かれてしまうのでしたね」


 両手を赤く染まるほどに熱する炎の魔術が使えるため、捕まえられると大やけどを負うことになる。

 この魔物アカテザルは、聖域にのみ存在している魔物の一つだ。


 来るなら迎え撃とうと思っていたヴィレムだが、この集団を見るなり、尻尾を巻いて逃げていった。


「追いますか?」

「いや、構わないよ。ここはあいつらにとっての居場所でもある。無理に戦う必要はないさ。アスターにかみついてくれるかもしれないしね」


 そんなことを言いながら進んでいったヴィレムは、やがて通常の森――といっても、聖域なのでこれまでの常識からは大きく外れているのだが――とは異なる光景を目にすることになる。


 そこにあったのは、古代の遺跡だ。表面にはツタが這っているが、錆び一つないまま残っている。


 魔術師隊の者たちは思わず息を呑んだ。そしてクリフがその思いを代弁する。


「これが……聖域に作ったというレムの都市なのですか?」

「といっても、南のほうにある小さな都市だけれどね。けれど、魔導王もレムも、ここを拠点にして北へと居住区域を広げていった重要な土地でもある。さあ、俺たちもその一歩を踏み出そうじゃないか」


 ヴィレムはクレセンシアと進んでいくと、風の魔術でツタを切り裂きながら、遺跡を露出させていく。


 魔術師たちもそれを手伝おうとするが――


「うわっ」


 ツタが自ら動いて、絡みつこうとするのである。花弁が口のように開いてかみついてくるものすらあった。


「気をつけろよ。ここじゃあ、それが当たり前だから。防衛のために一部は残しておこう。俺たちだけが知っていて、相手が知らないなら都合がいい」


 当惑しつつも、ヴィレムが言うように魔術師たちは動く。

 しかし、ぎょっとするような出来事はまだあった。


「これ……人骨だよな?」


 植物を掻き分けると、そんなものが見えてくるのだ。


「数百年前、古代王朝は魔術師レムによって聖域の奪還に成功するも、その後疫病によって撤退を余儀なくされ、王の病死や異民族の進攻などが相次ぎ滅亡した。聖域の統治後、僅か一年足らずのことであった。……昔読んだ本によると、それが真実だそうだ。だから、人が死んでいても奇妙ではないよ」


 レムの死後の話だから、その虚実はヴィレムも知らない。けれど、おおかたそんなところだろう。


 ヴィレムはクレセンシアとともに、遺跡の中に足を踏み入れる。ここの機能が生きているならば、拠点として使えるが、そうでないなら、ある程度は自分で用意しなければならない。入り口が開放されていたことから、動いていない可能性が高いが……。


 二人は風の魔術により、内部の滞った空気を吸わないようにしておく。

 中は薄暗いが、壁に触れて魔力を通すと、明かりがともった。


「設備は生きているな、これは」


 見上げれば、外からは中が見えなかったというのに、こちらからは空が見える。

 聖域は魔物が蔓延っており、なかばシェルターのような役割を果たす建物なのだ。それゆえに、鬱屈としないように、開放感溢れる作りになっていた。


 このような物質も、当代ではとても作ることなどできやしない。


 風の魔術で換気しながら中に入っていくヴィレムだが、腐敗したものや死者など、様々なものがあって、目を覆いたくなる。


 ヴィレムは保存食の袋を見ると、クレセンシアに尋ねてみた。


「これは食べられるだろうか?」

「いくら食いしん坊のヴィレム様でも、それはおやめくださいね」

「冗談だよ。なにしろ、俺はいつも、世界で一番おいしい君の手料理を食べているからね」


 そう告げるなり、クレセンシアはぱたぱたと尻尾を振るのだった。

 ここは南の、一番最初に作られた拠点ということもあって、数百人、詰め込んで千数百人が入れるかどうかといった大きさだ。そのため、中の調査もすぐに終わる。


「消毒さえ済ませてしまえば、中は問題なく使えるだろう。さて、準備でもするか――」


 ヴィレムがそんなことを呟いた瞬間、魔術師たちの叫ぶ声が聞こえてきた。

 そして壁越しに透き通って見える外に視線を向けると、そこには襲撃者の存在があった。


いつもお読みいただきありがとうございます。いよいよ物語も終盤に入りました。


おかげさまで、転生魔術師の英雄譚2巻がヒーロー文庫から2月27日に発売されることになりました。予約も本日から開始しております。

2巻の表紙もクレセンシアがとても可愛いので、ぜひご覧くださいませ。


どうぞよろしくお願いいたします。

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