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115 仕組まれし帝国の思惑の終わり


 ヴォロト・ヴィルタは目を見開いていた。

 なぜ、あれがここにいるのかわからなかったのだ。


 大地を揺るがしながら西から駆けてくるそれは、巨大な鳥であった。

 体毛は白から薄いベージュであり、ところどころ、派手な赤色に縁取られている。その風格たるや、まさしく王。見る者を圧倒する力強さがあった。


 そしてその魔物の王を駆るのはそれを従えし者、シオドア・アーバスである。


 旧西国イン・エルト共和国――現西のノールズ王国領と南の部族との間では和平交渉が行われ、一部の土地の譲渡および認知によって、不可侵の協定を結ぶことになったはずだ。


 だというのに、ここに来るというのはいったい、いかなることか。

 彼がその疑問を思い浮かべた瞬間、シオドアは叫んだ。


「我ら南の部族一同、ノールズ王国との協定に基づき、逆賊ペール・ノールズを討つべく増援に参った!」


 つまるところ、ノールズ王国を荒らしているわけではなく、ノールズ王国を荒らす大敵であるペール・ノールズを討つということだ。


 シオドアはかつて、ペールと協定を結んだ。しかし、ペール個人を相手にしているわけではなく、ノールズ王国を相手にしていたのだ。


 そして南の部族が動かねばならない理由もはっきりしていた。

 部族をまとめている魔物の王に従わねば、孤立してしまうのだ。そしてその強大な魔物をあっさりと打ち倒してしまうというとんでもない魔術師の存在も知られつつある。


 中には、この戦いで活躍して、ノールズ王国から恩賞を得ようという者もいたかもしれない。


 ともかく、そうして丸焼きが率いる一団は、あっという間に西の伏兵に襲いかかっていった。


 丸焼きはすさまじい勢いで敵兵を踏み潰していく。あれほど巨大な魔物など見たことがなかったのだろう、兵たちは逃げ惑うばかり。


 その活躍ぶりに、ヴォロトの気分は高揚していた。


「よし、このまま一気に攻めるぞ! 攻めて攻めて、ペールの軍など打ち倒してしまえ!」


 彼が指揮を執り、敵兵を蹴散らしていく。


 そうして西で争いが激しさを増す一方、ペールを探していた剣士隊の隊長ディート・エデラーやマルセリナ・ヴァトレン、ナバーシュ・クネシュらは、その様子を見て救援は不要と前に進む足に力を込めた。


 いや、たとえそちらが劣勢であったとしても、行動は変わらなかったかもしれない。ディートはすでに敵陣深くまで入り込みすぎているし、撤退すら難しいほどの状況になりつつあるのだから。


 が、彼は退路などすでに見てはいない。

 百の雑兵がいようとも、それはたった一人の魔術師にも劣るのだから。有象無象の壁など気にもならなかった。


 そんなディートであったが、兵の一人の首をはねると、その向こうには立ちはだかる存在がある。


 ペール・ノールズと彼を守る者たちだ。

 大柄な兵のほか、濃紫のローブをまとった者がいる。そして貴族が一人。


(はて、ルーデンス魔導伯は貴族がいるなどとは言っていなかったが……誰だあいつは?)


 ペールと近しい間柄と思しき男を見ていたディートだったが、すべきことは変わらない。


「ペール・ノールズを見つけた。さあ、あの首を取るぞ」


 彼の率直な物言いに、剣士隊の者たちが奮起する。

 一方でマルセリナやナバーシュたち、ついつられてやってきてしまった者たちは、まさか王子の首を取ろうなどという状況になるなんて思ってもいなかったに違いない。


「……もう! ここまで来たら、やるしかないでしょ! あんたたち、しっかりしてよね!」


 マルセリナが声を上げると、家臣たちが呼応して声を上げる。

 そしてナバーシュが敵を見据えて告げた。


「あれは、ライマー・セーデルグレンじゃないか?」

「誰だっけ、そいつ?」

「ペールに熱を上げてた金魚の糞だ。確かペールが帝国かぶれになった元凶だが……」

「ふーん。じゃあ、そいつもとっ捕まえればいいのね」


 二人の会話を聞いていてディートは、ふと思い出す。


(確かルーデンス魔導伯は以前、帝国が――いや、アスター・デュフォーがずっと前からこの王国を乗っ取ろうとしていたと言っていたな。となれば、王城にずっといるペールにその話を持ちかけたのは、帝国でアスターと接触したライマーか)


「ついでにあいつの首も取るぞ」


 ディートは告げるなり、勢いよく敵陣に切り込んだ。

 敵兵が数名襲いかかってくるも、竜銀の刃がそれらを防ぎ、切り裂き、魔剣が道を切り開く。


 そうして彼が迫っていくと、ライマーが声を上げた。


「陛下! ここはお逃げください!」

「くっ……あとは任せるぞ!」


 ペールが後退する一方で、ローブの一団が迫ってくる。敵の魔術師どもだ。

 それらが魔術で土の弾丸を一斉に放ってくると、ディートは竜銀を変形させて防ぐが、剣士隊の者は彼同様にそこまで魔術による防御が得意なわけでもなかった。


「俺たちがやる!」


 ナバーシュが家臣とともに咄嗟に飛び出し、土の魔法によって地面を盛り上げて防ぐ壁とする。それらは貫通されるものもあったが、勢いが落ちれば、ディートらに取っては弾くのはわけないことだ。


 そちらに視線を向けたディートは、


「助かる。その調子で援護してくれ」


 と当然のごとく救援を受け入れ、今後も続けるように指示を飛ばした。

 そしてマルセリナはひょいとその壁から身を乗り出すと、


「訓練の成果をみせてあげる!」


 幾何模様を浮かべると、それは炎の矢を形成する。

 それも一つではない。複数が同時に生まれ、勢いよく放たれる。


 矛先は近くの魔術師ではない。逃げるペールのほうであった。


「防げ!」


 ライマーが魔術師たちに指示を出す。逃げる相手の背を撃つ行いであるが、ペールが死すればそこで大義名分を失ってしまうため、敵も必死だ。


 魔術師たちがそちらに気を取られた瞬間、ディートらは飛び出している。

 敵の兵が迫ってくるも、ディートは一度後ろに視線を向けるだけだった。剣士隊の者たちが頷くと、もう前だけを見据える。


 彼らを信頼すればこそ、退路など気にする必要もなかった。


「オォオオオオオ!」


 化け物の叫びが敵兵から上がる中、ディートは無視して進んでいく。それらの攻撃は一つもディートには当たらない。彼の部下が刃を交えているからだ。


 そしてディートはライマーに接近する。


「ライマー・セーデルグレン。その首をもらい受ける」

「ルーデンス魔導伯の手先め! 易々とやられるものか!」

「……国を売ったお前らに、かける慈悲などない」


 ディートは珍しく戦いの中で感情をみせていた。

 魔術師の暗躍がなければ、ルーデンス領の統治はヴィレムが来る前から、多少はマシになっていただろう。過去のことゆえに、どうこういっても変わることはない。それに、むしろ半端にマシになっているため、ヴィレムが来ることもなく、歴史も変わっていたかもしれない。


 けれど、それからトゥッカの死まで続く、平和を乱す行いを許すことはできなかった。


 ディートは切り込むと、魔剣リーズを振るう。ライマーはそれを受け止めると、魔術により地面を軟化させて距離を取る。


 彼にも禁術が用いられており、力を得ていたのだろう。

 ディートが魔術をろくに使えないと知っているのだ。となれば、そこまで強力ではない魔術でも足止めできると判断したはず。


 だが、ディートはそれを知るなり、竜銀を操った。宙に浮かんでいるそれらは彼の足場となる。


 その上を軽々と跳躍していくディートは、ライマーに襲いかかる。そして真っ黒な剣が鋭い軌跡を描いた。


「終わりだ」


 ひゅう、と乾いた音が鳴る。魔剣リーズはライマーの剣を持つ腕を切り裂いていた。そして返す刀で無防備な首を断つ。


 死したライマーの首を手にしたディートは、すっかり血まみれになっている。

 かつてルーデンス領でがむしゃらに戦っていたときのような心境になった。


 けれど、剣士隊の者たちの声が聞こえると、すぐに隊長らしい振る舞いに戻る。


「ライマー・セーデルグレンを討ち取った! この争いは俺たちの勝利に終わった! 引くぞ!」


 ペール・ノールズを追うことができないわけではない。そちらを討ち取れば戦いは終わるだろう。


 けれど、すでに遠くまで逃げおおせているし、剣士隊の者たちも無傷ではない。伏兵がいた場合、この寡兵では全滅する可能性もある。


 今はもう、自分一人で戦っているわけではないのだ。

 ディートが引き上げると、今度は大量の兵がいる中を突っ切って戻らねばならないことになる。


 その途中、後ろのほうにいたナバーシュやマルセリナとすれ違うことになる。


「……ねえあんた。あたしの援護があったから討ち取れたんだからね。感謝しなさいよ?」


 そう言うマルセリナを見て、ディートは素直に頷いた。


「ルーデンス魔導伯に言っておこう。そうだ、これほどの功績があれば、結婚式にウィルフレド陛下を呼ぶこともできるだろう。お前たちの家名も華やぐだろうし、幸せな門出になるだろう」

「もう、なんで結婚式の話になるの! それ、戦場で言うのやめてくれない!? なにか起きそうなんだけど!」

「自分から報酬をねだっておいて不服とは。じゃあなにが欲しいんだ」

「はあ……もういいわ。勝手にして」


 すっかり呆れるマルセリナを見たディートは、


(女性とはこんな厄介なものなのか?)


 と思うのだが、すぐにクレセンシアやオデットの姿を思い浮かべる。それしかまともに話す女性がいないのだ。


 彼女たちの姿を思い浮かべると、どうにもそうは思えない。クレセンシアはヴィレムに上げる新作料理の試作品をくれるし、オデットはいつもおいしい食事をくれる。借金で手持ちの金がない彼は、非常に助かっている。


 となれば、マルセリナが特別なのだろう。ディートはそう結論づけた。


「ナバーシュ。苦労するが、頑張れ」

「……ああ」

「ちょっと! なんであたしが悪いみたいになってるのよ!」


 マルセリナはすっかり激昂しており、もうナバーシュとの関係をいじられることなど気にもしていないようだった。


 そんな彼らであったが、敵兵のところまで行くとおしゃべりはお終いになる。


 剣を握るディートであったが、兵たちは自ずと道を空けたため、振るうこともなく戻っていくことができる。


 そうしてウィルフレド側の兵たちの元に戻ってくると、ディートは再びライマーの首を掲げた。


 今度は剣士隊の者たちだけじゃない。大勢の兵に勝ち鬨が伝播していく。

 その心地よい振動に耳を傾けながら、ディートは一息吐いた。今晩の料理はなんだろうか。


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