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114 西の戦い


 少しときは遡って、アスター・デュフォーが東へと向かっている頃。

 ノールズ王国の北西部では、ウィルフレド・ノールズとペール・ノールズの軍が睨み合っていた。


 ペール・ノールズのほうは兵数が少ないが、アスターから授けられた兵がいる。一方、ウィルフレド・ノールズのほうは頭数こそ多いものの、平和な王都周辺の諸侯は戦争経験が少なく、兵も頼りにならなかった。


 その状況で張り切っている諸侯がおよそ三。


 一つは最も西の土地を治めるヴォロト・ヴィルタだ。こちらはウィルフレドの治世は、アルベールのときよりもよくなるだろうと確信しており――そもそも、アルベールが西への侵攻にあまり乗り気ではなかったこともあって、彼にはいい感情をまったく抱いていなかったのだが――さらには領地拡大の見込みもあるため、西と北のどちらに攻めてもいいように構えていた。


 そしてそこからやや東寄り、すなわち王都の西の諸侯が二つ。

 ヴァトレン家とクネシュ家の家臣たちは、ここで手柄を上げずにいつ上げるのかと張り切っていた。


 ヴァトレン家は成り上がり扱いされず王から重用されるために。クネシュ家は没落から名声を取り戻すために。互いに理由は異なれど、負けられない戦いだった。


 そしてなんの感情も浮かべない無愛想な少年が、少数の部下を引き連れてやってきていた。


 ディート・エデラーはマルセリナ・ヴァトレンとナバーシュ・クネシュの近くに位置していた。


 かつて学園で会っただけの関係だが、再び相見えたときには、奇妙にも肩を並べて戦うことになっている。


「それにしても……まさかあんたがルーデンス魔導伯の手先になっているなんてね」


 マルセリナがからかうと、ディートは変わらない態度で返す。


「ああ。うまいこと言いくるめられた。あんたも気をつけるといい。いつの間にか魔の手が伸びているかもしれない」

「……あんたが言うと、洒落に聞こえないんだけど」


 マルセリナは自分の身を抱きながら苦笑い。

 そんなディートはマルセリナとナバーシュを見ていて、ふと思い出した。


「ああ、そういえば、二人はいつ式を挙げるのか聞いておいてくれ、とルーデンス魔導伯から言われていたんだ」

「……それ、今言うタイミングじゃなくない?」


 これから戦いに赴くというのに、ディートは思いつくままに言葉を口にする。と、ナバーシュが二人の会話に入ってきた。


「この戦いで大暴れしすぎて、あんな恐ろしい嫁はいらぬ、ともらい手がなくなるかもしれないからな」

「あんたが軟弱なんじゃない! そんな陰湿なことばっかり言ってないで、手柄を立てるぞ、とかもっと言うことがあるでしょ!」


 ナバーシュにかみつくマルセリナを見ていたディートは、


(やはりマルセリナの相手はナバーシュで問題ないのか。式の時期は戦後ということで報告しておこう)


 と、二人の会話から読み取るなり、自分の用件だけをさっさと済ませて、諍っている二人を尻目に魔術師隊のところに行ってしまうのだった。


 そして部下たちの準備が終わっていることを確認した彼は二人のほうを見るなり、


「いつまでやっているんだ?」


 と首を傾げた。


 そんなマルセリナとナバーシュであったが、敵に動きが見えると気を引き締める。そして家臣たちが戦いに向けて気持ちを高ぶらせていった。


 ペールの兵たちがゆっくりと向かってくるのを見て、ディートは魔剣を片手にし、もう一方の手に竜銀を持った。


(ルーデンス魔導伯は、戦乱の中でうっかりペールを殺しても構わないと言っていたな)


 もはや争いは決定的なところまで来てしまっている。和睦の道はあり得ないし、捕虜として捕らえる必要性はさほどない。


 ディートは剣をだらりと下げる。

 かつてルーデンス領で敵兵を切り殺していたときのように、心は落ち着いていく。けれど、あのときのような鬱屈した気持ちはなかった。


(ペールの首を取れば、俺の借金も片がつくのだろうか)


 ディートがルーデンス魔導伯の下で働いている理由は、自分の身代金の返済が終わっていないからだ。


 それが終わったあと、どうなるのだろうか。

 自由になったらどうするだろう?


 ディートは少し考えるも、先のことなどわからない。けれど、借金がなくなったとしても、これから金が手に入ったとしても、彼の立場は変わらずに剣士隊の隊長ディート・エデラーであり続けるだろう。


 ならば考えるべきことは、そんなちっぽけなところではない。

 聖域を取ってから、この世界がどう変わっていくのか。どう変えていくのか。


 自分がそんなたいそうなことを考えていると思うと、ディートは奇妙な気分になるのだ。ただひたすらに敵を切り続けてくることしかできなかった自分が、大きな流れを作る一人になっている。


 ただ貴族に奪われるだけだった少年はもういない。


 ディートは一つ息を吐いた。


(金が入ったら、オデットに渡そう。今までの食事代を払わないと)


 彼はこれまで世話を焼いてくれた少女を思い出す。

 彼女はよく料理を振る舞ってくれたが、材料代だってタダではないのだ。


 なんとなく、彼女の弁当が恋しくなった。帰ったら作ってもらおうと思いながら、ディートは敵を見据えた。


 そして一歩を踏み出したときには、もはや先ほどの平和な考えはすべて頭の中から消え去っていた。


 すべきことは敵を切ることだ。


「これより、アスター・デュフォーを討つ。我らが力を示すときがきた!」


 ディートの宣言に剣士隊の者たちが呼応する。

 そして敵の足音が近づくと、彼は身体強化の魔術を用いて飛び出した。


 あとに続く者たちを確認しつつ、ディートは敵を見据える。アスターから授けられた兵は大柄であるため、遠くからでも目立っていた。


 そしてディートを敵と見定めると、まっすぐに向かってくる。


(ルーデンス魔導伯は、確か再生力が高まったと言っていたな)


 かつてディートはルーデンス領の防衛戦で、異形の化け物を多く切り倒していた。

 敵はあのときとは違う。けれど彼もまた、成長していた。


「オォオオオオ!」


 大柄な兵が連携して攻めてくるのを見たディートは、顔色一つ変えなかった。

 魔剣を適切な大きさに調整すると、敵の剣戟をいなしては切りつけて、腕を飛ばし、足を切断する。それでもこちらに向かってくる刃が止まることはない。


 剣で首を落としても死なないという相手だ。クリフであれば炎で焼いたであろう。しかし、ディートができることは剣で叩き切ること。


 竜銀を放り投げると、それはいくつもの薄い刃となり、敵を細切れにしていく。

 ほかの魔術師たちほど、うまくは扱えない。けれど、これで十分だった。


 ルーデンス魔導伯たった一人を除き、ほかの誰にも剣では負けていなければいいのだから。


 ディートが攻めると、剣士隊の者たちも剣を振るっていく。

 そうして彼らが進んでいくも、切り倒したはずの敵兵が起き上がってくる。ぎりぎりで生き延びていた者がいたのだ。


 が、その姿が赤く染まった。炎だ。


「あんたにばっかり、いいところ見せさせないんだから!」


 マルセリナが家臣たちを連れて向かってきていた。

 ディートはそれを見ると、表情を変えた。


「それはいいな。俺たちが切るから、片っ端から燃やしていくといい。たくさんの敵兵を倒したと報告できるぞ」

「馬鹿にしないで! おこぼればかりもらわないといけないようじゃ――」


 勢いよく言葉を吐くマルセリナであったが、すさまじい勢いで迫ってくる敵兵に息を呑んだ。


 家臣たちが慌てて彼女を守ろうとするが、それよりも早く灰色の髪の少年がさっと前に出て、剣を振るった。


 幾何模様が纏わりついたそれは変形して、あたかもまつわりつくように敵を捉えると、地面に押しつける。


「油断するな。早く焼け!」

「もう、命令しないでよ!」


 言いつつもマルセリナは火球を放ち、ナバーシュが拘束する敵を焼いていく。


「お前はうっかりしているから、俺たちが守ってやる」

「そうね、あんたたちは魔法がうまくないから、援護してあげるわ」


 素直じゃない二人であったが、ナバーシュの兵は練度こそ高いものの少なく、マルセリナの兵はその反対に未熟ながらも数が多い。


 だから、その提案は悪くなかった。

 それに協力しなければ、この場を乗り切ることはできそうもない。


 なにしろ格好つけて飛び込んでみたが、先陣を切る濃紫の集団は、後ろの者のことをまったく考えずにひたすら切って切って切り倒しながら進んでいってしまうのだから。


 まだほかの兵たちはようやく切り結び始めるかどうかといったところなのに、彼らはもう敵陣のなかばまで到達しているくらいなのだ。


 ディートが手柄をやると言っているのは、なにも馬鹿にしているわけではない。本当に敵の頭しか狙っていないのだ。


「領主が化け物なら、その部下も化け物ばかりね」

「まったくだ」


 そこだけは二人の意見が一致した。


 そうして快進撃を始めたように思われたが、敵も黙ってはいなかった。 

 突如西から迫る兵が現れたのだ。手薄なそちらを狙われては、あっという間に突破されてしまうに違いない。


 近くで見れば子供でも見破れる、単純な伏兵であった。魔術師が三人ほどで、土の魔術によってそれらの姿を隠していたのである。


 だが、まさかそこまでの数がいるとは思ってもいなかったのだ。あれは西の土地の防衛に当たっていた兵の多くをも持ってきているに違いない。


 元々西寄りの土地を守っていたヴォロトがそちらに近く反応するが、このままでは戦力が足りない。


 焦った彼の瞳に映ったのは、さらに西から迫ってくる巨大な存在であった。


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