113 決戦
アスター・デュフォーが指示を出すと、彼の配下の魔術師たちが動き出す。
それに対して、ヴィレムの魔術師隊の少年たちもまた、邪魔をさせまいと反撃に出た。
そしてヴィレムのところへとアスターが向かってくる。いよいよ決戦のときが来たのだ。
距離を取ったところで、彼は幾何模様を浮かべた。途端、それらは地面に入り込み、あたかも迷路のように土の壁を生じさせていく。
すぐ間近まで迫った中間生成物に対してヴィレムは解除の魔術を用いて砕くが、すでにできあがってしまったものは、その魔術ではどうしようもない。
「分断されるな! 風読みの魔術を使え!」
だが、土の牢獄を維持するにも魔力が必要となる。それはヴィレムが風読みの魔術で位置を把握するよりもずっと大きい。相手も消極的な策を用いたわけではなく、ここを勝負所と見ているのだ。
彼が幾何模様を広げて音を拾っていくも、それが途中で砕かれる。
(解除の魔術に似た魔術的な道具を埋め込んでいるのか!)
そうして音を拾わせないようにしておいてやることは一つ。奇襲だ。
ヴィレムは魔術師隊の少年たちに、外のアスターの配下の相手をさせつつ、自信はできる限り素早くアスターのところへと向かっていくことにして走り続ける。
が、土の壁を乗り越えて飛び込んでくるのは、鉄の兵士だ。
勢いよく剣を振り上げて迫ってくる。ヴィレムはそれに対して竜銀を用いて切り裂く。しかし、本命はそっちではなかった。
土の壁を越えて幾何模様が向かってくると、無数の弾丸となって彼目がけて撃ち出される。
「させません!」
クレセンシアは咄嗟に風壁の魔術を用いてそれを防ぎつつ、ヴィレムのところへと向かう。
「こちらの位置は割れているようだ」
ヴィレムの視線の先には、こちらへと向かってくる屈強なる兵の姿がある。
「どうなさいますか?」
「そりゃあ、迷路を真っ直ぐに進んでいったなら、敵の思うつぼだろう。ならば、切り裂いていけばいい」
ヴィレムは竜銀を一振りすると、土の壁を切り裂いて、そこから別の道へと飛び出した。
それに続くクレセンシアは、狐耳を立てて、音から敵の位置を探る。
「追ってきていますが、大丈夫ですか?」
「殺しに来ているんだ、当然さ。敵が俺たちの位置を知っているとしても、俺たちの行動は予想するしかない。そしてこれほど複雑な迷路となれば、敵の行動すらも限られてしまうだろう」
ヴィレムは土の魔術を用いると、彼が通ってきた穴を塞いでしまった。
もちろん、相手も兵を通すために壁を変化させてくるだろう。いたちごっこに過ぎない。
だからヴィレムはひた走る。さっさとアスターのところに辿り着くしかなかったのだ。
直接的な行動を好むヴィレムとは対極的に、アリスターは以前からこうした策を好んでいた。真っ向から勝負を仕掛けることはほとんどない。
だが、それも彼が二番手に甘んじていたからだったのかもしれない。いつもいつでも一番の座は、希代の魔術師レムのものだったのだから。
多くの兵が迫ってくると、クレセンシアはぱっと前に出て、炎の魔術を用いた。勢いよく放たれた業火は一瞬にして敵を燃やし尽くしてしまう。
「ヴィレム様は、戦いに備えてください。道は私が切り開きます!」
彼女はヴィレムを先導しつつ、優れた聴力と風読みの魔術で敵を探り、竜銀の槍で力任せに土壁を砕いては進んでいく。
頼りになる相方の尻尾を見ながら、ヴィレムは精神を落ち着かせていく。
これから、因縁の敵との決戦があるのだ。
そしていよいよ、やつがいる場所に飛び出した。
そこにいたのは、数名の魔術師たち。皆が皆、魔術を発動する直前であった。
(……やつはどこだ!)
ヴィレムは探すも、無数の弾丸が放たれると、それどころではない。クレセンシアとともに風壁の魔術で防ぐことに専念する。
その直後、地面が動いた。蟻地獄の魔術だ。
咄嗟に解除の魔術を用いようとしたヴィレムだが、彼を拘束しているのは土ではない。人の手だった。
「ヴィレム様!」
土中へと引きずり込まれながら、ヴィレムは竜銀をなんとか振るう。手を切り落とそうとしたのだ。
だが、その腕は異様な硬さで、肉に食い込んだところで刃は止まってしまう。切り裂くには勢いが足りなかった。
土中に頭まで飲まれた彼は、解除の魔術と土の魔術を用いてなんとか息をするだけの空間を確保しようとする。
しかし、相手はそれを上回る速度で動き回り、ヴィレムを引っ張り回す。
(窒息させる気か……!)
それはヴィレムが反撃の手法を頭に浮かべた瞬間だった。
急激に押し上げられる衝撃がやってきたのだ。
風読みの魔術を用いると、この蟻地獄の魔術が用いられている地面のさらに深く――固い土へと突き刺さっている深緑の巨大なスコップがあった。竜銀を変形させているため、薄くも強度は決して低くない。
それを手にするのは、小さな少女。力の魔術に後押しされて、体躯に見合わぬ巨大なスコップを思い切り振り上げた。
(やはり君は大胆で最高の相方だ!)
土とともに遙か上空へと放り投げられたヴィレムは、合わせて力の魔術を用いると、付近にある土を吹き飛ばす。
そうすると、彼を引っ張っていた存在が露わになった。
人ならざる腕にはドラゴンの鱗がまとわれている。だが、それだけではないだろう。おそらく禁術で肉体を、戦いに相応しいものに変えているのだ。
アスター・デュフォーはヴィレムを睨みつけていた。
彼を凶行に駆り立てるのは、魔術師レムとその記憶を引き継いだヴィレム・シャレットだ。自ら戦いに赴くことなどなかった彼を、ここまで変えてしまったのもヴィレム自身。
だが、斟酌すべき事情などない。あるとすれば、すべての因縁をここで断ち切ることで終わらせるのみ!
「アスター! 人をやめたお前に引導を渡す!」
ヴィレムが風刃の魔術をぶち込むと、アスターはその衝撃で飛ばされていく。
切り裂くことができなかったのは、竜の鱗で覆われていたからだ。
そしてアスターはヴィレムの十八番たる風刃の魔術で反撃してくる。
迫る魔術を見ながら、ヴィレムは冷静であった。互いに空中で土がないから風の魔術を用いたのだろう。だが、それは彼にとってはあまりに稚拙。
ヴィレムは自在に風を操り刃を逸らすとともに、幾何模様が円錐形を描いていく。そしてその先端が、アスターへと向けられていた。
「選択を誤ったなアスター! これで終わりだ!」
勢いよく放たれた風の槍が、ドラゴンの鱗へと向かっていく。
両腕を前にして防ごうとしたアスター・デュフォーは、しかし勢いよく血を噴き出した。
竜の鱗をも貫き、風の槍は過ぎ去っていく。
ひたすらに磨かれ続けた魔術は禁術を打ち破っていった。
それからヴィレムは眼下へと視線を向ける。クレセンシアが片っ端から魔術師を切り倒しているところだった。土の魔術でヴィレムが狙い撃ちされないようにしていたのだ。
その一方で、土の壁が変化していく。もはや迷路などというものではなく、ひたすらヴィレムを阻むように。
「仕留め損ねたか……!」
アスターが死していれば、やつが主導するこの魔術が勢いを失っていたはずだ。
ヴィレムは風の魔術を用いて勢いを殺して着地しつつ、風読みの魔術で状況を探る。魔術師隊の者たちが戦っていたが、すでに敵は引きつつある。おそらく、負傷したアスターを連れて撤退することにしたのだろう。
追撃に移ることもできようが、アスターを討ち取ることはもはや難しいだろう。ヴィレム自身の戦いはこれまでだった。
「負傷者の手当を! 余力のある者で追撃する! アバネシー公の兵を借りる!」
都市を落としていくに当たって、占領後は頭数が必要になる。
ヴィレムは指示を出すと、クレセンシアとともに西へと侵攻し始めた。
引いていく魔術師たちは、あまりにも多くの雑兵を引き連れていたことがあだとなり、急ぎ移動することはできなかった。かといって、彼らを捨てていくわけにもいかない。
アバネシー公の兵もそこまで多いわけではないため、西を攻めるには限界もある。だが、ひとまずは順調に敵を追い立て始めた。




