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112 千年越しの邂逅


「これより我らが宿敵、アスター・デュフォーを討つ!」


 ヴィレムの宣言に、隊の者たちが鬨の声を上げる。いよいよ決戦のときがきたのだ。

 昂揚する彼らに対して、アスター率いる者たちは、不気味なほどに静かであった。


 アスターの近くには百を超える魔術師がいる。そしていつでも彼らを守れるように、すぐ背後には大柄の兵の集団がある。こちらは数百ではきかない数だ。


 さらに奥には、国中からかき集めてきたと思しき数千の雑兵ども。

 しかし奇妙なことに、それだけ練度の低い兵がいれば、乱れが生じるのが普通だが、一向にそのような気配はない。二百かそこらしかいないヴィレムの隊のほうが騒がしく思えるほどに。


「敵の狙いはこのアバネシー領、ひいては聖域だ。西の土地が手薄になったとしても、気にしちゃいないんだろう。そして俺たちにとっても、ここを奪われるわけにはいかない。数の差など、いとも容易く覆して見せよう。我々にはそれだけの力がある。自負がある。矜恃がある!」


 ヴィレムが竜銀を取り出すと、それは形を変えていくつもの刃に変わっていく。

 それを見たアバネシー公の兵たちは、震え上がらずにはいられなかった。あの西での戦いでの苛烈さを思い出したに違いない。


 しかしなんにせよ、彼らは戦うことはないだろう。魔術師、それも古代の知識を手にした者たちの戦いにおいては、足手まといにしかならないから。


 そしてヴィレムたちが動き始めると、アスター・デュフォーもまた、濃紫のローブを揺らしながら近づいてくる。


 そうして二つの濃紫の一団が接近し始めた。


 距離が近づくと、先に仕掛けてきたのはアスターであった。彼が手を上げると、背後にいる魔術師たちがそれぞれ魔術を発動させる。


 だが、それにより変化が起きたのは、それよりも後ろのほうであった。

 魔術師の背後には大柄な兵の集団があり、そのさらに後ろには、これといった特徴がない、雑兵が多く控えていた。


 ややもすれば、あっという間に蹴散らしてしまえるような、寄せ集めとまではいかないものの魔術師の敵にはなり得ないそれらの兵からは、幾何模様が浮かび上がってきている。


「まさか……全員に禁術を用いたのか!」


 言わば燃料として使用するためだけに連れてきたのだ。魔術の才能がなんにもない者たちであろうと、禁術を仕込むことにより、魔術師が自由に扱えるようにすることができる。そこにはもはや、兵たちの意志など介在してはいない。


 ヴィレムは腹の奥底から迫り上がってくる怒りと熱に突き動かされそうになる。だが、それではいけないのだ。ヴィレム・シャレットは、ルーデンス魔導伯は過去に囚われてはならない。


「魔術が来るぞ! 全員備えろ!」


 雑兵から浮かび上がってきた幾何模様が絡まり合い、一つの形を作り上げていく。その速度は速いとはいえ、かなり複雑な形になるため、時間がかかっていた。


 ヴィレムはそれを見るなり、すぐに方針を変えた。


「あれは土の大規模魔術だ! まだ時間がある! 今のうちに数を減らすぞ!」


 ヴィレムが意志を示すべく風刃の魔術を放つと、魔術師隊の少年たちがそれに続く。

 だが、風の刃は敵に届く前に、盛り上がる土の壁に遮られてしまう。敵の魔術師のうち、あの禁術に加わっていない者がいるのだろう。


 ヴィレムはそれを見て、自ら先頭を進んでいき、一気に距離を詰めると竜銀を巨大な剣に変化させ、一太刀で切り裂いた。


 直接切り裂くのであれば、敵との距離があることで生ずる魔術を用いる時間的な余裕はなくなる。


 だが、そのときには魔術師たちを守るように、屈強な兵が立ち並んでいた。

 それらは不気味なほどに静かで、微動だにしない。だが、アスターがたった一言、


「敵を蹴散らせ」


 告げると猛然と動き始めた。

 土煙をも上げながら、そうしてあたかも壁のように突き進んでくる。地面を振るわす足音が、威圧感を醸し出す。


 だが、ヴィレムは怯むことなどない。

 浮かばせていた竜銀を振るうと、刃のように変化して飛んでいき、先頭の一体を切り刻んだ。そうしてできた綻びへと飛び込むと、すぐさま竜銀を一塊にし、大剣での一撃を放つ。


 風の音が鳴り響くと、彼を中心とした一帯で血肉が吹き荒れた。

 そしてなおも動き続ける敵兵に対し、クレセンシアは炎の魔術でとどめを刺していく。


 魔術師隊の少年らもそれに続き、いよいよ敵中へと乗り込んでいった彼らであったが、その先に待っていたのは、数多の金属の兵であった。


 土の大規模魔術「鋼兵団」は、少数の魔術師が数多くの兵を相手するに当たって用いることが多い魔術だ。「硬化」や「錬金」などにより、強力な肉体をそれぞれが維持する必要がある複雑なもので、準備に時間こそかかるが、ひとたび生まれてしまえば雑兵とは比べものにならない力を発揮する。


 それらは剣を構えながら、ぞろぞろと迫ってきていた。


「こそこそと隠れて攻め続け消耗させる。あいつらしいやり方だ」


 ヴィレムは言いつつ、けれど進むことをやめなかった。

 敵味方入り乱れる中、竜銀の剣を振るって鉄の兵士をも切り裂いていく。すさまじい威力であったが、生命を持たない敵兵は恐怖を覚えることなどなかった。


 彼はともかく、そこまでの切断力をたたき出せる魔術師隊の者も多くはない。苦戦しつつ、なんとか魔術を用いながら応戦することになる。


 そのような状況で、ヴィレムはきらめきを認めた。


「沈黙の大樹の粉が使われている! 吸わないようにしろ!」


 鉄の兵士を用いた理由は、沈黙の大樹の粉末が魔核内遺伝子に結合して阻害する作用機序のため、すでに発動してしまった魔術には無効だからだ。


 そして鋼兵団はそれを目的にしていたようで、気づかれたとあっては隠す意味もないと、金属の肉体の中から大量にそれを放った。


 魔術師隊の者は風の魔術でそれを吸わないように防ぐも、飛び込んできた大柄な兵の一撃を浴びせられると、思わず口を開いてしまった。


 僅かでも吸い込むと、魔術の発動がこれまでのようにはいかなくなる。

 そうしたところへ、鉄の兵が襲いかかり勢いよく剣を振るうと、血がしぶいた。


「くそっ! よくも!」


 同胞たる少年らが吼え、敵を打ち倒していく。

 ヴィレムはそれを横目に見て歯ぎしりしつつも、大規模魔術は使わなかった。いや、使えなかった。


 魔力に乏しい状態でアスターと相対すれば、誰があのような強敵の相手をできようか。その時点で敗北は目に見えてしまっている。


 それゆえにヴィレムはできるだけ消耗しないように心がけながらも、竜銀を武器に敵陣を切り裂いていく。


「ヴィレム様、あと少しです!」


 クレセンシアは彼を励まし、炎の魔術を使用すると、上方に向かって放った。


 それはかなり遠くに着弾すると、悲鳴が上がる。あの雑兵どもに命中したのだ。

 そうするとその分だけ魔力の供給が断たれ、鋼兵団の魔術が一部維持できなくなる。


 人を薪のように扱う者に対し、それを片っ端から破壊してしまうようなやり方だ。好ましいとは言えない。


 しかしそれでも、勝たなければならなかった。ここで引くわけにはいかなかった。


「行くぞ!」


 ヴィレムは進んでいき、やがて視界が開ける。そこには濃紫のローブをまとった者たちがいた。


 そして、一人の古き魔術師の姿も。


「アスター。これまでよくも、俺たちの邪魔をしてくれたな」


 ヴィレムが睨みつけると、アスターはヴィレムを見て喜悦の表情と同時に怒りと憎しみを浮かべた。


「レム! どれほど貴様を殺す日を願ったことか! 一度ならずも二度、俺の前に立ちはだかるとは!」

「残念だが、俺はレムじゃない。ルーデンス魔導伯として、過去に囚われるお前を、魔術師の誇りを捨てて現世にしがみつくお前を打ち倒す!」


 ヴィレムが剣を構えると、アスターは憎々しげにローブを翻した。そこにあったのは、人ならざる腕だ。


「貴様に切り落とされた腕がうずいて仕方ない。だが、感謝してもいる。これのおかげで決心ができた。お前ができなかった聖域を克服するためにすべてをなげうつ覚悟をな!」


 アスターの肉体はみるみるうちに変化していく。

 肌の質が変わり、やせ気味であった肉体が大柄になっていく。


 彼はこれまできっと、自分自身に禁術を用いることはしなかったのだろう。だが、あのとき――東の山脈でヴィレムと会ったとき、そうでもして腕をつけなければごまかせない状況だった。


 それが彼を凶行に駆り立てる一助になったのは間違いない。


 そしてあの兵たちの様子を見るに、ほとんど禁術は完成したのだろう。ヴィレムが初めて聖域に行ったときに襲ってきたような出来損ないではなく、聖域を完全に克服するための術が。おそらく、人を人ならざるものにすることで。


「レム! 今一度、貴様をここで終わらせてやる!」


 アスターは怒りに吼え、ヴィレムを睨みつけた。


いつもお読みいただきありがとうございます。

こうしてようやく宿敵の登場シーンまで辿り着くことができました。完結までお付き合いくだされば幸いです。


また、おかげさまで書籍のほうも好調で、オリコンランキングに載り増刷もかかりました。皆様の応援に感謝するばかりです。


今後ともよろしくお願いします。

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