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108 魔導伯の義子

 とても柔らかく出迎えてくれる雰囲気ではないオットーとクレセンシアの両者に対したヴィレムは、冷や汗を浮かべながら、苦笑いしてみせる。


「とりあえず、帝国との交渉はうまくいったぞ」

「ええ、おかげで帝国と繋がりができました。ですが、なんの前触れもなく、いきなりあの発言はどうなんですか?」呆れたオットーが告げる。「だいたい、ヴィレム様、いくつですか?」


「ええと……16になったばかりだな」

「ヘイスは?」

「あいつも16じゃなかったか? 正確なところは覚えていないが」

「はあ、それでよく父上、なんて呼ばせましたね」


 オットーはそれ以上、なにかを言う気力を失ってしまったようだ。そうすると、今度はクレセンシアがヴィレムの前で狐耳をぺたんと倒した。


「ヴィレム様、私はあんな息子嫌です」


 本当に嫌そうな様子なので、ヴィレムはヘイスが少しかわいそうになった。けれど、彼にとってそれより大事なのはクレセンシアだ。


「そう言わないでおくれ、シア。そうでもしないと、俺がルフィナと結婚することになってしまうんだ」

「それもそれで嫌です」

「わかっておくれよシア。俺の考えを理解してくれるのは、君だけなんだ」


 先ほど言ったばかりのクレセンシアの言葉をヴィレムは持ち出す。クレセンシアは頬を膨らませることしかできなかった。


「……ずるいですよ、ヴィレム様。こんなときにその言葉を持ってくるなんて」

「俺とて、考えに考えた結果の行動なんだ。俺は君以外を愛せない。君と別れてルフィナと婚姻関係を持つことなんてできるはずもないんだ」

「まったく、仕方ないですね、わかりました。ヴィレム様と一緒にいれば、こうなることも予測できたはずですから。……私が我慢すればいいのでしょう?」

「本当にすまない」


 ヘイスはひどい言われようである。


 彼は容姿も女性受けしやすいものであるし、魔術師としての腕もいい。竜騎兵隊の隊長となるだけあって、ドラゴンの扱いにも長けており、少しお調子者ではあるが、人好きする性格である。


 加えて、ルフィナと出会ってからは、ひどく真面目に――というよりも、思い実らずにため息ばかりをついていたのだが――女性との付き合いも考えてきていた。


 そんな彼だから、帝国の姫君と婚姻関係にあっても問題ないだろうと判断したのだが、長年付き合っている者にとっては、やはりヘイスはヘイスなのである。


「しかし、こうなればますます、マーロさんが言う北への兵力の集中は現実的になってきましたね」


 オットーが真面目に告げる。

 こうして私的な感情の話をしている時間は終わったということだ。これからはルーデンス魔導伯として考えていくことが多々ある。


「ああ。北と南、二つに勢力がキッチリ分かれてしまった。フラドニー領は場所が悪いから取られたとしても仕方ないが、アバネシー領はそういうわけにはいかないだろう。ノールズ王国のペールと、デュフォー帝国のアスター。それらが共同して戦いやすくするわけにはいかない」

「そして、聖域へと続く道でもあります」


 クレセンシアがつけ足した。あの地はノールズ王国で一番聖域に近いのだ。

 仮にアバネシー領が奪われてしまえば、聖域の奪取は難しくなる。


「ウィルフレドが王座に就き、マーカスが手を結んできた。すでに聖域を取る条件は整っている。あとは、俺たちがそこに行くだけだ」


 ヴィレムは大きく息を吐く。

 腹の底から込み上げてくる熱がある。千年と十六年蓄えられてきた思いがある。


(焦るな、焦るな。ここで焦ればしくじる。ここで先走れば、すべてが台無しになる)


 ヴィレムは努めて冷静であろうとした。今にも駆け出そうとする足を押さえ、気炎を吐こうとする口を固く結ぶ。


 そんな彼の手をクレセンシアは握る。


「ヴィレム様。あともう少しです。クレセンシアはいついかなるときもお側におります。一緒に頑張りましょう」

「……ああ、頑張ろう。俺と君で聖域を取るんだ。そして、このルーデンス領の皆で、世界を変える」


 レムは孤独に聖域を目指した。理解者はただ一頭の妖狐クレアだけ。

 しかし、ヴィレムは彼とは違う。多くの魔術師たちが彼とともに理想へと突き進んでくれている。


「さて、こうしちゃいられない。アバネシー領の防備を固めるとともに、戦いに備えなければ」


 ヴィレムが告げると、クレセンシアとオットーがあとに続く。

 これからすべきことはたくさんあった。



    ◇



 ヘイスは少し時間をおいてから、ルフィナの部屋を訪れていた。

 ノックをすると、「どうぞ」と彼女が入るように促す。


「先ほどは急な告白、失礼いたしました」

「いえ。……あのような台詞を言われたのは初めてなものですから、驚いてしまいました」


 ルフィナは柔らかな笑みを浮かべる。ヘイスはそれだけでどぎまぎしてしまうのだ。これまで、女性関連でそのようになったことはないというのに。


「ヴィレム様の話。本当ではなかったのでしょう?」


 その問いはひどく難しいものだった。

 そうだと言えば、ヴィレムの名を貶めることになる。かといって、否定するのは、彼女への真摯さに欠ける。


 だからヘイスは首を横に振った。


「ヴィレム様があのように言ったとき、すでに物事はそのようになっているのです。誰もが躊躇することを、平然とやってのける。規格外とは、あのような方を言うのでしょう」


 ヴィレムがその場で決めたと言っているも同然だが、ルフィナに嘘もついていない。ヘイスなりに、両者に配慮した形だ。


 そんな彼を見て、ルフィナは満足そうにする。


「帝都ではお飾りの姫でしたから、誰も、私と真剣に向き合おうとはしてくれませんでした。もちろん、私にも悪い点はあったと思います。剣を手に馬に乗り、魔術を習ってばかりでしたから。ですが……帝国の姫としての役割は一度も否定したことはないのです。それくらいの趣味を持ってもいいとは思いません?」


 ちょっとばかり、拗ねた子供のような態度でルフィナが言う。

 だからヘイスは嬉しくなった。ああ、この姫君は、自分に素顔を見せてくれるのだと。そしてこれからもっと、そんな顔を見せてくれるのだと。


「もし、ルフィナ様が望むのでしたら、一緒に剣を振りましょう。馬に乗るのであれば、支えてみせましょう。ですからこれから先、どうか私の人生を支えてください」


 ヘイスはルフィナに手を差し伸べる。そして彼女はその手を取った。


「はい。よろしくお願いします」


 それから二人は並んで、窓際のソファに腰掛けた。

 互いに距離を掴めず、遠すぎたり顔が間近になったりして、笑い合った。


「初めてお目にかかったときのこと、覚えていますか?」


 ヘイスがルフィナに問うた。あのとき、ヘイスはすっかり心を奪われていたが、彼女のほうはどうだったのだろうか。


 ルフィナは困った顔をすることもなく、クスクスと笑った。


「もちろん、忘れるはずがありません。領主を押しのけてまで、ご挨拶してくださったのですから」

「あれは……その……」

「それに、初めて竜を見たときなのですよ? その上、乗せていただけたものですから、まるで別の世界にでも行ってしまったような気分でした」

「では、これからはよりルフィナ様に喜んでもらえるよう、頑張らないといけませんね」

「ふふ、期待していますね」


 そんな彼女とヘイスはしばし話をしていたが、やがて政治的な交渉の場に赴かねばならなくなる。本来の目的をこなさねばならないのだ。


 そのためには、ルフィナもデュフォー帝国に一旦戻らねばならない。


 ヴィレムもマーカスと会うだろうし、ヘイスも婚姻のための準備をしなければならない。そしてノールズ王国のウィルフレドとも話をする必要があるだろう。マーロもここでの話を領地の父に持ち帰らねばならない。


 誰もがこれから忙しくなる。戦いの前に、動かねばならなくなる。


「次にお会いできる日を楽しみにしておりますね」

「ええ、お待ちしております」


 それだけの簡潔な別れの挨拶だった。だけど、これから先、もっと多くの言葉を交わすことだろう。


 そうして別れた後、ヘイスは晴れ晴れとした顔で、気合いをいれるのだ。


「よし、やるか!」


 呼応するように彼のドラゴンは鳴き、ヘイスは今日も竜騎兵隊の隊長として働くのだ。

 ルーデンス魔導伯の義子は、その名に恥じない働きをするよう動き始めた。


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