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107 おてんば姫君と恋する竜丁

「……なんでお前がいるんだ?」


 ルフィナ・デュフォーを迎えるために、東の山脈前でオットーやクレセンシアと一緒に待機していたヴィレムは、いつの間にかそこにいたヘイスに眉をひそめた。


 その男はなぜかさも当たり前のような態度でそこにいる。


「そりゃあ、乙女心がわからないヴィレム様に任せておくわけにはいかないじゃないですか」


 得意げなヘイスに、ヴィレムはクレセンシアへと視線を向けた。


「俺は君の心がわからないかい?」

「鈍感なヴィレム様でも理解できるようにして差し上げられるのも、そんなヴィレム様のお気持ちを理解できるのも、この私だけですよ」


 クレセンシアは尻尾をぱたぱたと嬉しげに振る。


「確かに、君ほど理想的な伴侶はほかにいまい」


 ヴィレムがクレセンシアを見て笑顔になっていると、ヘイスはちょっといじけた風な仕草をしてみせたが、すぐに視線を東に向けて、そわそわし始める。


 やがて木々の合間から、ドラゴンの頭がひょいと飛び出してきた。


「一番乗りです!」


 その背ではしゃぐ姫君は、ルフィナ・デュフォーだ。

 そんな彼女だったが、すぐにヴィレムたちの姿に気がつくと、「あっ」と声を上げた。


「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」


 そう言う彼女の頭には、木の葉がいくつかついている。それだけじゃない。帝国の民族衣装もところどころ、泥がついている。


 ヴィレムが彼女に挨拶する前に、ヘイスはさっと彼女の前に出て、


「ようこそいらっしゃいました」


 優雅に頭を下げる一方で魔術を用いて、彼女の葉と泥をさっと吹き飛ばす。そして走ってきたばかりで興奮気味のドラゴンを撫でて落ち着かせる。


 そんなヘイスを見てヴィレムは、


(うーん、ヘイスはこんなにきびきび動くやつだっただろうか? 調子のいいことばっかり言って、なにかやらかす男だったはずだが……)


 などと感想を抱く。


 けれど、今日のヘイスはバッチリだ。ルフィナも「お出迎えありがとうございます」と上機嫌である。


(これなら任せてしまおうかな?)


 などと思ってしまうのは、ヴィレムがクレセンシア以外の女性とあまり面識がないからだろう。


 そんなことを考えていると、ルフィナが来た森の中から、帝国の兵たちが息せき切らしながらやってきた。


「ひい、ひい……姫、お待ちを……」

「まったく、護衛がそんな調子でどうするのですか」


 ルフィナは護衛たちをみて笑うのだ。実戦経験こそないが、ルフィナのほうが剣の腕も魔術の腕も上なのだから、無理もないことだ。


 ヘイスは「それでは参りましょうか」と、ドラゴンの手綱を引いて、近くの都市まで案内していく。


 マーロがそこで待っているのだ。あの太っちょは、その体型に相応しく、そこから動こうとしなかったのである。


 ルーデンス領の都市はどこも綺麗にしているため、主都でないからといって、会合に相応しくない、ということもない。


 そうして帝国から来た姫君は、竜騎兵隊の隊長と親しげに話をしながら、都市へと向かっていくのだ。


(……そういえば、彼女はなにしに来たのだろうか? この情勢で、遊びに来たということもあるまい)


 と、ヴィレムは今更になって思うのだった。



    ◇



「こちらがマーロ・アバネシー。こんな太っているが、見た目に似合わずなかなかキレる男です」


 ヴィレムがそう紹介すると、マーロはヴィレムに「もう少しまともなことを言えないのか」とこぼした後、ルフィナに相対して胸を張る。


「たった一代で流通の仕組みを変えた豪商だ。これほどの商才はこのノールズ王国、いや、世界中を探しても見つからないぞ」

「マーロくん。相手はお姫様なんだから、君なんかよりずっと偉いんだけど」

「あのな……これは取引の場だろう? 地位も身分も、そして金も持っているものすべてが手札に過ぎない」


 ごくあっさりと言うマーロに、ルフィナはくすくすと笑った。


「ルーデンス魔導伯のお友達という話ですから、どのような方かと思っていましたが、とても話しやすそうな殿方ですね」

「それだけが取り柄ですから」


 ヴィレムが取りなすと、マーロが眉をひそめる。そしてお菓子を持ってきたラウハがぱたぱたと尻尾を振った。


「そうなのです。誤解されがちですが、マーロ様はとても親しみやすいのです!」

「お前は余計なことを言わなくていい」

「せっかく、お友達が増えそうなのですから、マーロ様のよいところを広めようと……」

「友達じゃないし、相手は姫君だぞ。お前のような野良狐とは違うんだ」


 マーロはしっしとラウハを追い払い、咳払いを一つ。

 そんなところを見てもルフィナは「仲がよろしいのですね」と笑うのだ。ヴィレムはよくできた姫君だなあ、などと思うのだが、さすがにこのままでは話が進まないと、オットーが代わりに進行することになった。


「このたび、ルフィナ殿下が訪問された件について、こちらは詳しい内容を聞いておりません。なにかお困りごとがおありの様子。よろしければ、お聞かせ願えませんか?」


 一介の文官にしては出過ぎた真似だ。しかし、ヴィレムが一番信頼している相手であり、ルフィナもそのことを知っている。


 彼女は頷くと、これまでと違って真剣な面持ちで告げるのだ。


「先日、皇帝トレヴァー・デュフォー陛下が急逝されました。原因不明の病で、最期には第三皇子アスター兄上を皇帝にするよう告げたそうです。皇太子マーカス・デュフォーが即位しましたが、アスターは直轄領ではない北の諸侯たちを束ね、ノールズ王国の第二王子ペール・ノールズと協力しているところです」


 その話はヴィレムたちも耳にしていたが、実際に帝国の者の口から聞かされるとなると、重みが異なる。


「アスターはずっと計画していたようです。魔術師たちを育て続けていましたから。あの王都の襲撃も、彼が仕組んだことでしょう」


 ルフィナの言葉に、ヴィレムは腹の奥底から込み上げてくる熱に支配されそうになった。


 アスターこそが、このルーデンス領を襲わせた者にほかならないと告げられたのだから。そしてヴィレムはかつて、東の山脈で彼と会ったことを思い出す。


 あの不自然な態度は、ヴィレムを襲ったからだ。アスター・デュフォーこそ、禁術を研究していた魔術師に違いない。


 そうすると、いろいろと繋がってくる。北の山脈でペール・ノールズたちが会っていた魔術師はアスターだろう。


(やつこそが、俺たちを翻弄しようとした魔術師だ)


 ヴィレムはかつてないほどに、激情が込み上げてくるのを感じていた。

 この熱は、彼の記憶が生み出した幻影だ。しかし、その幻影が一際強くなる。


(ずっと、そんなことはあり得ないと思ってきた。だが、今ようやく確信した。アリスター。貴様がそこにいるのか!)


 ヴィレムを執拗に狙ってきた理由。

 それは死してなお、レムを恨み続けてきたからにほかならない。


(貴様もまた、聖域を取らんとしているのか)


 レムの記憶と同時にアリスターの記憶が戻るなど、考えにくいことだ。しかし、この時代が、聖域が魔術師を求めたのかもしれない。


 禁術を使い続けたアリスターだ。レムの死後、その研究成果を漁り、彼の魔術の一端を手にしていてもおかしくはない。


 様子が変わったヴィレムに、クレセンシアを除いた一同は戸惑っていた。


「ヴィレム様、お話の続きを」


 クレセンシアに促され、ヴィレムはようやく、込み上げてきた熱を飲み込んだ。なんとか、平常心を保てるくらいには。


「そこで、以前から親交があったルーデンス魔導伯と手を取り合うことができないかと、マーカス陛下は考えております」

「なるほど。ルフィナ殿下とあのときお会いしていたから、使者に選ばれたのですね」


 ヴィレムが納得すると、クレセンシアがちょっと複雑そうな顔をする。

 そしてルフィナもまた、困ったような顔になった。


「使者……でもないのかもしれません。私は、ルーデンス魔導伯との繋がりを持つための道具として、ここに送り出されてきましたから」

「ルフィナさんは、それでいいのですか?」


 クレセンシアが彼女に尋ねる。女性として思うところがあったのだろう。

 けれどルフィナは柔らかく微笑んだ。


「すでに婚約までいったときに覚悟していたことですから。それがここまで伸びてきてしまっただけで。縁談が進むのであれば、なにも異論はありません。それよりも……ヴィレム様はすでにご結婚されているとか」

「はい。この私クレセンシアは、ヴィレム様の妻となりました」


 そしてヴィレムも夫となった。

 だからようやく話を理解したヴィレムにも、この縁談を進める気はなかった。彼が唯一愛せるのはただ一人のこの女性だけだから。もっと現実的には、陣魔教やレム教においても一夫一妻制が敷かれているため、愛人やクレセンシアと別れるしかないのだ。


「それは困りました。なにかいい報告を兄上に持ち帰りたかったのですが……」


 ルフィナが顔をしかめると、それまで黙っていたヘイスが口を開いた。


「ルフィナ様。どうか、私と結婚していただけませんか?」


 突然の提案に、ルフィナは目を丸くする。

 ヴィレムも目を丸くした。まったく、気づいていなかったのである。クレセンシアが言うところの「鈍感なヴィレム様」だから仕方がない。


「一目見たときから、お慕いしておりました」

「申し出は嬉しいのですが……ルーデンス魔導伯とのご縁を、とのことですから」


 ヘイスとて、その結末は予想していた。それでも、一世一代の告白だったのだ。見込みが薄くても、それでもいわねばならないことだった。


 どうしても、平民という立場はつきまとう。かつて貧民であったことを考えれば、かなりよくなってはいる。それでも、貴族の仲間入りなんてできるはずもなかった。


 場が静まる中、ヴィレムがぽんと手を打った。


「ならば、私の息子ならいいのではないでしょうか?」


 その台詞に、誰もが呆然とするばかり。クレセンシアなんか、困惑しすぎて視線を泳がせている。


 オットーはいきなりなにを言い出すのかと、ヴィレムを怪訝そうに見ていた。


「もちろん、それでしたら構いませんが……お子様がおられたのですか?」

「養子ですが。直接の血縁はありませんが、大丈夫ですかね?」

「ええ、そういうことでしたら……どちらの方でしょうか?」

「こいつです」


 ヴィレムがヘイスの頭をぶん殴る。

 困惑するのは、ヘイスだけでなく、その場にいる者たち全員だ。


「いやあ、実は公言してはいなかったのですが、万が一、俺になにかあったとき困るのではないかと、養子を取っていたのですよ。血縁ではありませんから、領地を相続することはできませんが、騎士としてずっと仕えてくれている頼もしい男です」


 笑うヴィレムだったが、クレセンシアは顎が外れそうなほどに口を開いて、彼を眺めている。とても笑えない話だった。


 貴族が平民を養子に取るなど、常識外れにもほどがある。他領とは制度が異なるとはいえ、ディート同様に、クリフも事実上騎士の地位ゆえにただの平民というわけではないが……。


「よかったなあ、ヘイス。お前は一生、結婚なんぞできないと思っていたが、こんなにも素敵なお嬢さんが来てくれるぞ」

「父上。私は今日この日を一生忘れません」


 ヘイスは感動して泣きそうになりながら、ヴィレムに感謝の意を示す。


(……こいつ。今まで俺に感謝したことあったのか?)


 そう思うくらいに、普段と態度がまるで違う。

 ルフィナも少し呆然としており、皆が皆、もう少し考える時間が必要だろう、ということでその場はとりあえず解散することになった。


 そしてヴィレムは私室に戻ると、オットーの呆れた視線と、クレセンシアの険しい表情を見て、息を呑んだ。


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