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106 割れるデュフォー帝国

 ノールズ王国内が荒れに荒れている中、帝国でも動乱が起きていた。

 この世の権力すべてを掌握していると比喩されるほどの皇帝、トレヴァー・デュフォーが急逝したのだ。


 病因は不明。床に伏せていた皇帝を、宮廷内の医師を総動員して調べたものの、病状は急激に悪化し、最後にはうわごとのように、「第三皇子。アスターを皇帝にせよ」と繰り返し、そして没したのだ。


 それに対し、アスター・デュフォーは即位を求めた。皇帝のお言葉であると。


 しかし、皇太子マーカス・デュフォーの一派はそれを認めず、従来どおり彼が引き継ぐよう手続きを行い始める。アスターを指名するのはそのたった一言だけであり、正式な書類上の記録として残っているものは、すべてマーカスが継ぐように用意されていたからだ。


 皇帝がいかに権力を把持していたとしても、死すれば物言わぬ骸に過ぎない。いつまでも過去に縋っていても得られるものはなにもないのだ。


 これも、帝国の治世を盤石にしてきた厳格なシステムが理由かもしれない。皇帝を頂点としているため、気まぐれ一つである程度の物事が変わるほど権限が強い一方で、明確な職位が定められている統治制度が敷かれているのだ。


 それゆえに、多くの土地は中央から派遣されてくる宮廷貴族たちによって、統治されていた。


 しかし、それはあくまで直轄領の話に過ぎない。


 帝国はその武力で他国を圧倒し、ときに滅ぼし、ときに従えてきた。それゆえに複数の国からなっており、恭順の意を示したものの、以前の王や諸侯がそのまま統治している土地もまだ残っている。それらは帝国に組み込まれてから、比較的時間が浅い、辺境の領地だった。


 ただ武力を理由に制圧されてきたそれら諸侯は、この機会に帝国への不満を一斉に噴出させた。


 彼らは徒党を組んでアスター・デュフォーを支持。そしてアスターは旧態依然とした帝国の制度を批判し、彼らに繁栄の道を提示した。


 その早さたるや、とても王が死んでから動き始めたとは思えないものだ。あらかじめ、諸侯と話をしてあったのでなければ、どれほどのカリスマ性を備えていたことだろう。


 宮廷貴族たちはすっかり帝国の治世に慣れきって、それが一生続くものだと思い込んでいたものたちばかりだ。それゆえに、誰一人としてアスターを支持することはなかった。帝都の民も口にこそ出さないが、アスターに対しては「余計なことをしやがって」という気持ちでいっぱいだったに違いない。


 さっさとあのような乱を押さえてしまえ。

 貴族も市民もそう思っていたのだが、その考えが現実になることはなかった。


 アスターは北の諸侯を引き連れて、ノールズ王国の第二王子ペール・ノールズと協力する。そのため、二つの戦いは、両国の間でますますもつれ合い始めた。


 帝国は南方の領地を押さえるのには問題なかったが、北に関しては手こずっていた。というのも、北東部には新興国が多く存在しており、さらにオーデン王国が力をつけてきているという。


 それらはアスターの争いに加担することはなかったが、いつ攻めてきてもおかしくはない。そしてアスターは魔術に長けており、その兵も力がある者ばかりだった。


 そのような状況で、マーカス・デュフォーは悩んでいた。このままでは、帝国が勝利に向かうことはないだろう。間違いなく北では反乱が相次ぐはずだ。


 彼らを束ねるだけの求心力がある人物など――。

 そして思い出す。


 かつて、皇帝から帝位を継げばわかることだと言われたことを。帝国にアスターという化け物がいるのなら、王国にも化け物とも言える魔導伯がいることを。


(……連絡を取ってみるか)


 あのルーデンス魔導伯は、第一王子ウィルフレド・ノールズを支持していたはずだ。となれば、ペール・ノールズに敵対しており、アスター・デュフォーも敵ということになる。


(以前、会った彼には、悪辣な人物という印象はなかった。だが……)


 やはり彼を引きとどめているのは、皇帝の言葉だ。それは彼のみならず、一度でも皇帝に会った者ならば、皆が意識してしまうものだったのかもしれない。


 ――あれは獲物を定めた獣の顔よ。まだ未熟なところもあるからこそ、そうして綻びもあるが、いずれは自分すらも騙すようになるだろう。


 もし、あれが帝国を食い荒らす邪竜であったなら。

 そう考えると、マーカスは動けなくなるのだ。それゆえにまとまらない考えをぐるぐると回しながら、いつしか庭に来ていた。鬱屈とした気分を、無意識のうちに晴らそうとしていたのかもしれない。


「あら、お兄様? いえ、皇帝陛下とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」


 やけに高い位置から声をかけられ、マーカスははっとする。そこには、初代皇帝とその一族が纏っていたという民族衣装を纏っている女性が、帝国ではほとんどいないドラゴンに乗っていた。あまりにもちぐはぐな関係だが、それすらも勇猛さに変えてみせる勇ましい彼女は、第四皇女ルフィナ・デュフォーだ。


「ああ、ルフィナか。そうだな……陛下、と呼んでくれ。形ばかりでもそうしなければ、示しがつかないからな」

「承知いたしました、陛下」


 ルフィナはドラゴンから下りると、優雅に礼をする。そしてドラゴンに促すと、そいつまでもが頭を下げた。


 それを見ていたマーカスは、ルフィナをじっと眺めていると、一つの考えが浮かんできた。このドラゴンは友好の証として送られたものだ。


「……ルフィナ。ルーデンス魔導伯に会ってみる気はないか?」

「それは、またしても政治の道具として、ということでしょうか?」


 ルフィナは歯に衣着せぬ言い方で返した。


「すまないが、そういうことになるだろう。いや……聞かなかったことにしてくれ」


 マーカスが告げると、ルフィナはつかつかと寄ってくる。


「もう、慣れていますよ。それに……陛下もお気づきでしょう? かつてペール・ノールズとの婚約の際、私が襲われたときから、すでにアスター兄上は動いていたのでしょう。本来であれば私は哀れにも殺され、帝国との関係がもつれ、このような状況に陥っていたはず。その時期が、ただ遅くなって今になってやってきただけであることも」

「……そうとわかっているのなら、なぜ」

「簡単なことです。この窮屈な帝国より、ルーデンス領のほうが楽しそうだからですよ。ねえ、あなたもそう思いません?」


 ルフィナはドラゴンに尋ねると、ぐるると鳴き声が上がる。

 それからルフィナは、確かめるように繰り返した。


「ルーデンス領でよいのですね?」

「……あくまで、あのとき和平の話を持ちかけたのは、ルーデンス魔導伯だ」

「承知いたしました。では、すぐに準備いたしましょう」


 ルフィナはせっせと準備を始めてしまう。

 そんな様子を見て、マーカスは頭を抱え、うまくいくことを祈ることしかできなかった。



    ◇



 ヴィレム・シャレットは、ルーデンス領の主都で一人の人物に会っていた。

 アバネシー領の商人、マーロ・アバネシーだ。その近くには、ずっとアバネシー領で護衛として動いている魔術師隊の少年がいる。


「……もう少し、増援を増やしてもらえないか?」


 マーロがそう切り出す。


「争いがあったのか?」

「そういうわけじゃないが、北の一帯はフラドニー領とアバネシー領を除き、すべてペール・ノールズについた。となれば、アバネシー領が邪魔になるだろう。ましてあそこは、帝国との境目にもなっている」

「北を経由しなければ、物流のやりとりも難しいか。……ならば、ここルーデンス領に近い位置の山を崩してしまえばいいんじゃないか?」

「お前はいきなりとんでもないことを言い出すな。帝国が黙ってそれを受け入れると思うか?」

「そこはほら、マーロくんの手腕の見せ所だろう?」

「そんなばかげたことを考えるのは、お前くらいだ。だいたい、誰が東の山脈を通ってくるって言うんだ。ドラゴンか? それともルーデンス魔導伯が飼っている狐か?」


 そんなやりとりをしていた二人だったが、ドアがノックされると、オットーが入ってくる。


「ヴィレム様、帝国からの使者がやってきました。その者が言うことには、もうしばらくすれば、東の山脈を乗り越えて、帝国の姫君が到着するとのことです」


 オットーの報告を聞いていたヴィレムは、マーロに視線を向けた。


「ほら、そろそろ開拓してもよさそうじゃないか?」

「……考えておこう」


 ヴィレムが得意になっていると、オットーの不機嫌な顔が目に入った。


「ヴィレム様、早くしてくださいね」

「そう言われてもな。一応、マーロも重要な来客なんだぞ? ただの太っちょに見えるかもしれないが」

「いつもの無駄話をやめてくださいと言っているのです。マーロ様にも同席していただくことになるでしょうから、準備の時間も入り用でしょう」


 ヴィレムはふむ、と頷いてからマーロに告げた。


「マーロくん。無駄話はやめろってさ」

「お前が言われたんだろうが!」


 そんな調子の二人だったが、真っ黒尻尾と金色尻尾が入ってくると、準備を始めることになった。


「ヴィレム様、もう少し綺麗な格好に着替えましょう」

「うーん。これでもよそ行きのなんだけどな」


 そう言われながら、ヴィレムは引っ張られていく。

 それを見ていたマーロは笑っていたが、揺れる黒い尻尾に視線を向ける。


「マーロ様。途中でお腹が空かないように、おやつを持ってきました!」

「アホ、必要になるのは話の途中だろうが。今、俺に準備してどうする。姫様にこんなものを出せるか!」


 マーロが言うとラウハがしょんぼりと狐耳を倒す。

 マーロは菓子をむんずと掴んで、一気に口に詰め込むと、


「行くぞ、早くしろ」


 そうラウハを引っ張りながら退室するのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

おかげさまで、拙作の書籍が発売されることになりました。これに伴うWEB版の削除などはありません。また、タイトルが「転生魔術師の英雄譚」に変更となります。


ヒーロー文庫さんから今月末の10月30日に発売予定です。

詳細は活動報告に載せておりますので、そちらをご覧いただければ幸いです。


イラストレーターさんやデザイナーさん、編集さんの手により素敵な一冊に仕上がっておりますので、是非お手にとっていただければ嬉しく思います。


今後とも「転生魔術師の英雄譚」をよろしくお願いします。

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