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104 動乱の時代


 その日、ノールズ王国王都は、今までにない大騒ぎになっていた。

 濃紫のローブの一団が、悠々と街路を歩いているのを、民は遠巻きに眺めている。買い物をしていた老女も、友人と遊んでいた少年も、一様にその姿に圧倒されていた。


 彼らの先頭に立つのはルーデンス魔導伯。得体の知れない人物とされていた諸侯の一人だ。


 王城から派遣された案内の兵たちが道を空けるように先導する中、その数十人の集団は王都へと向かっていく。


 これに慌てたのは、庶民たちだけではない。王城の中では貴族たちがてんやわんやと騒ぎに騒いでいる。


 やれこの国を取りに来ただとか、やれ亡きノールズ王への恨みを晴らしに来ただとか、根も葉もない話が飛び交う。


 そんな中、現れた第一王子ウィルフレドだけは落ち着いていた。


「皆さん、落ち着いてください。外敵が攻めてきたわけでもなければ、たった数十人の供を連れて、諸侯が参上するだけではありませんか」

「しかし……ルーデンス魔導伯は……」

「はて、我が友がどうかしましたか?」


 わざとらしくならない程度に首を傾げてみせるウィルフレド。

 駆け引きの類が得意な人物ではなかったが、柔和な態度を作るのはこの王城で一番上手であったかもしれない。


「では、今回の件は、殿下が仕組んだと……?」

「人聞きの悪い。友が訪ねてくるというので、迎えることにしただけですよ。この国の未来のため、王城を飛び出て働いている皆様方はご存じないかもしれませんが、彼とはよく付き合っておりましてね。このようなときに呑気なことを、とおっしゃるのはご勘弁願えますか。私もこの国を思う気持ちは同じですから」


 ウィルフレドは、すでにアスターの動きなど把握しているぞ、と突きつけるとともに、自身の手札を見せつけたのだ。


 貴族たちは動揺せずにはいられない。これまで、城内で寝ているとばかり見られてきた第一王子がここにきて動き出した。


「加えて、少々厄介なことがございましてね。……それはさておき、私は彼を迎える準備をせねばなりません。皆様もいかがですか?」


 そう誘われて、断れる者はいなかった。ウィルフレドがちらつかせたものがなんなのか、そしてそれがうまい話なら乗り遅れるわけにはいかなかったから。


 どうせ、彼らはこれといった決め手もなく、ただ餌を待っているようなものだったから、あっさりと同行することになった。


 そうして王城の前で待っていると、ルーデンス魔導伯も到着する。


「ウィルフレド殿下。直々のお出迎え、恐縮でございます」

「気にしないでください。さあ、こちらへ」


 そうしてウィルフレドが案内するのは、かつてヴィレムがノールズ王アルベール・ノールズに謁見した部屋だった。


 その意味に、貴族たちは息を呑んだ。

 そしてヴィレムは彼の前で跪き、滔々と言葉を述べていく。


「ルーデンス領が領主、ヴィレム・シャレット。改めまして、殿下に忠誠を誓うべく、参上いたしました。今後は殿下の剣となり、国を守ることを約束いたしましょう」


 かつて、ヴィレムがアルベールに述べた言葉だった。それが今、臣下の礼としてウィルフレドに告げられる


 おおよそ、臣下の礼は王に対して用いられるものであり、ただの王族に使われるものではなかった。それを先に用いたということは、暗に彼こそが王になるのだと、ルーデンス魔導伯が意志を示したことにほかならない。


「ともにノールズ王国を栄えある国にしよう」


 ウィルフレドは人を呼ぶと、ボトルとグラスを持ってこさせた。とくとく、と注がれる赤の液体は、グラフトン領で作られているものだ。


 ヴィレムはそれをぐっと飲み干す。これはやはり権力という毒であるのかもしれない。しかし今は、押しつけられるだけのものではなかった。これから彼がその力を手にするために食らわねばならないものでもあったから。


 そして飲み干したヴィレムは、改めて第一王子へと礼をする。

 そんな彼に、続けて言葉が告げられる。ウィルフレドはそこにいる貴族たちすべてに視線をくれていた。


「北の諸侯、フラドニー伯が謀反を企てているという情報が入った。かの土地では、かつてこの王都を、そして西方では王アルベールを襲った化け物が生み出されているという。私は亡き父が目指した国を作るために、その思いを継ぐために、かの企みを潰さねばならない。皆の衆、賛同していただけるか」


 ウィルフレドは視線をくれる。

 これに反対できる者はいなかった。そう言うことは、アルベールに反対することになるから。そして謀反に同調していると取られかねない。


 あくまで、この話はこの一時的な戦いに関して団結する、ということでしかない。けれど、ひとたびそうなれば、離れることは難しくなるだろう。これといった理由もなしに、王太子から距離を取ることになるのだから。


 ある意味、彼らもまた毒を飲まされたと言ってもいいかもしれない。誰かに運命を預けることになったのだから。


「ではこのヴィレム・シャレット。すぐに向かいましょう。かつて、我が同胞が討たれたこともあり、士気は高まっております」

「うむ。任せよう」


 あらかじめ思い描いたシナリオを彼らはなぞっていく。あたかも自然とその流れになったように。


 けれど、その思惑に気づいていようがいまいが、貴族らが取れる行動は変わらなかっただろう。元々、王位継承権が一番高かったのはこのウィルフレドなのだから。ただ、第二王子ペールの動きが活発であったからこそ、そちらに傾いていただけで。彼は西方の土地を治めることで独立する、あるいは新しい王の元で働くことになるのが本来の運命だった。


 ウィルフレドは貴族たちに命じ、フラドニー領への派兵を公的に広めることになった。

 貴族たちも私兵をわざわざ出したいわけではない。形ばかり整えて、あとはルーデンス魔導伯の活躍に期待しようと、顔に書いてあった。そしてそれこそ、ヴィレムにとっては都合がいい。


 王都に激震が走る中、ヴィレムは再び北へと向かい始めた。

 魔術師隊の者を率い、ぐんぐん進んでいく。そして先ほど異形の化け物を見た土地に近づくと、風読みの魔術を用いた。


 幾何模様が一気に広まっていき、山脈すべてを精査するほどに音を拾っていく。


 そしてヴィレムは異形の化け物を見つける。


「いたぞ。あいつを打ち倒す!」


 ヴィレムが声を上げると、続く者たちがいる。いつものように、隣にやってくるクレセンシア。そして無愛想に剣を抜くディート。


 クリフには領地の防衛を任せており、ヘイスは竜を連れてくることができないため留守番だ。


「ルーデンス魔導伯。数は?」

「少なくとも、俺たちよりも多い」

「随分と少ないな。それなら問題ない」


 ディートはあっさりと告げる。そして片手に取り出した黒い球体を纏わりつかせると、剣を形作っていく。さらに深緑の金属を取り出すと、それを宙に浮かべた。


 魔剣と竜銀。

 与えられた二つの力は日々磨かれて、戦いのときを今か今かと待っていたのだ。


 かつてディートは悩みながらも戦いに身を投じていた。そしてヴィレムとの戦いに敗れてからは、ゆっくりと少しずつ、都市にも馴染み、悪くない――いや、好ましい生活が送れるようになってきた。その先に未来があると信じられるようになってきた。


 だから、迫る敵はすべて打ち倒すと決めていた。


「よし、行くぞ!」


 ヴィレムが声を上げると、山中へと飛び込んでいく。そして敵を見つけると、ヴィレムはすかさず風刃の魔術を浴びせ、敵を細切れにしていった。


 こちらに気づいた敵が一気に迫ってくるが、クレセンシアは槍を回すと一撃で打ちのめし、ディートは飛び交う緑の刃と漆黒の剣で切り裂いていった。


 やけにあっけなく、敵は片づく。そしてヴィレムはさらなる探索を続けるが、どこにも魔術師の姿はない。


(……この地を捨てたというのか?)


 彼はすぐさまこの付近を調べつつ、南へと戻っていく。そちらでは、領主が住まう主都を貴族たちの兵が包囲しつつあった。急ごしらえの者ゆえに、いきなり都市を落とすことなどできやしなかったようだ。


 しかし、どうにも様子がおかしい。

 都市の中に入り屋敷の前に行くと、兵たちはすでに戦う意志を見せていなかった。


「こ、降伏する! 助けてくれ!」


 懇願する兵にまで攻撃する気などヴィレムにはない。


「領主はどこにいる?」

「それが……」


 兵が言うことには、すでに死んでいる、とのことだった。


(まさか……)


 ヴィレムはクレセンシアと顔を見合わせる。

 彼女が頷く。ペールはこちらの動きを察し、動いていたのだ。


 フラドニー伯は捨て駒に過ぎない。いや、着火剤とでも言うべきか。ペールの狙いは――。


 ヴィレムは領内のことを魔術師隊に任せ、急ぎ王都へと戻る。

 すると王城内は、阿鼻叫喚の巷となっていた。ペール・ノールズは、「ウィルフレドは自分に与しない諸侯をすべて始末するつもりだ」と糾弾し、フラドニー伯の死を理由に兵を挙げたのだった。


 情報があまりにも早すぎる。もうフラドニー伯の死はあらかじめ決まっていたことのようだ。


 貴族たちは「だから刺激するべきじゃなかった」などと言う者もいたが、こうなっては仕方がない。遅かれ早かれ、この戦いは起きていたはずなのだ。


「これより戴冠式を行う! 正式な王として今は亡きアルベール陛下の意志を継ぎ、謀反者ペール・ノールズを討つ!」


 ウィルフレドの勇ましい宣言に、国中が沸くことになる。それは歓喜か、それとも戦争の熱か。


 ノールズ王国は動乱の時代を迎えようとしていた。


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