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102 第一王子ウィルフレド


「パーシヴァル。そちらの方は?」


 第一王子ウィルフレドはヴィレムに視線を向けると、そう尋ねた。


「殿下。こちらはルーデンス魔導伯でございます」

「おお、あなたが……! かねがね噂は聞いています。西国では大活躍されたとか」


 ウィルフレドはそれまでの様子とは一変して、楽しげな様子を見せる。それは王族と言うよりも、遅れてやってきた子供らしさのようにも思われた。


(はて、これはどういうことだろうな? もっと恐れられているかと思ったのだが……)


 極悪非道のルーデンス魔導伯と王城では噂されているとばかりヴィレムは思っていたのだが、それとはまるで反応が異なる。好印象すら抱かれているようなのだ。


「お初お目にかかります、ウィルフレド殿下。急な訪問、失礼いたしました」

「気にしないでください。なにしろ、皆はペールのところにばかり行くものですから、暇な身なのですよ」


 そんな冗談すら出るくらいに、ウィルフレドは落ち着いていた。引きこもりがちになっているという噂は、果たして本当だったのだろうか。


 彼はヴィレムへと、真っ直ぐに視線を向ける。


「少し、話を聞かせていただけませんか? 噂されているように、私は父の死に際すら知りません。あなたにとってアルベール王は思い出したくない人物かもしれませんが……」

「いえ、そのようなことはございません」


 確かにヴィレムは以前、アルベールが害意を向けてきていると認識していた。しかし死んでしまえば、もはやなにも関係などありはしない。


「隠さずともよいのです。アルベール王はルーデンス魔導伯に好ましい態度を取ることはしませんでしたから。ただ……彼にも彼なりの懊悩があったことは、知っていただければと思います。私がそうであるように、父もまた、凡庸な人物でした。力ある貴族を敵に回してまで、意志を貫ける求心力も実力もありはしなかった。王などと言っても、その程度の存在でしかなかったのです」


 ウィルフレドは一気に告げた。この国の恥部を。そして実情を。

 こんなものは、誰もが知っていることだ。けれど、王太子が口にするということは、それなりに重要な意味合いをも持っていた。


 彼はヴィレムとの関わりを持ちたいと思っているのだ。上っ面だけの付き合いだけでなく、親しい人物として。


 そもそも、王と諸侯は納税や従軍などの義務と引き替えに領地を保護するという形で結びついている。ゆえに、弱く頼りにならない王であれば、従う理由もなくなるのだ。過去には独立して建国した諸侯だっていただろう。


 侮られる危険を犯してまで、得ようとしたものはなにか。

 ヴィレムはそれを知るために、求められるままに西国での話を始めた。


「私は西国ではペール殿下からの命令にて、南の部族の統一を果たしました。それから、イン・エルト共和国の首都を攻めたときは、最も深く切り込みました。その際、異形の化け物に襲われる問題が生じましたが、無事に切り抜けることができました。そしてその後は北からの異民族に攻められましたが、その際は南方の部族の協力があり……ペール殿下の魔術師の力もあったそうです」


 口下手なヴィレムは、そうして簡単に西での話をまとめた。

 それからウィルフレドはあれこれと細かいことを尋ね、ヴィレムが律儀に返していく。そんな王子は、英雄譚を聞く子供と大差ないだろう。


 けれど……。


「この国は、間違いなく荒れるでしょう。ペールはこの機会に大人しくしている性格ではありませんから。そしてその渦中に、最重要人物としてあなたがいるのです」


 話がペールに移ると、ウィルフレドは表情を変えてそう告げた。

 ただの諸侯が、誰よりも重大な位置にいると。


 それはヴィレムがこれからどう動くのかと問うているということ。

 第一王子と協力するのか、それともペールに与するのか、はたまたノールズ王の座を簒奪しようとするのか。


 ヴィレムの答えをウィルフレドは待っている。そうしてヴィレムの口から出た答えが真実であるかどうかわからない中、王子として人物を見極めなければならない。その覚悟がそこにはあった。


 優れた策を保つわけでもなければ、為政者としての形容しがたい魅力があるわけでもない。


 けれど歴史書にも載らない目立たぬ平和な治世を築くのは、このような人物なのかもしれない。


 なんとなく、パーシヴァルが彼に引き合わせた理由がわかった。だからヴィレムは彼に、ゆっくりと告げる。


「私が大事にしているのは、ルーデンス領の民です。そのためにはできる限り、無益な戦いは起こしたくありません」

「ならば、王座には興味がないと?」

「それは断言しかねます」

「では、この首を狙いますか?」


 ウィルフレドの言葉に、ヴィレムは若干気圧された。

 戦いを経験したことはないはずだ。しかし、ウィルフレドは死地に立った兵が醸し出す雰囲気のようなものを纏っていた。


 王族とは、そういうものなのかもしれない。常に国の命運を背負っているのだから。


 しかし、ヴィレムもここで圧倒されるわけにはいかなかった。この状況は、あるいはヴィレムが最もほしがっていた瞬間かもしれないのだから。


 クレセンシアがヴィレムに視線を送ってくる。だからヴィレムは迷うことなく、次の言葉を述べる。


「いいえ。あなたが我が領民に手をかけないというのであれば、決してそのようなことはいたしません」

「首都がいらないとなれば……ルーデンス領の独立ですか? 王国というにはあまりにも小さいでしょう。まったく利が見えませんが」

「土地ならばあります。とても広大な土地が」

「まさか帝国を狙っているのか……!?」


 ウィルフレドは一瞬青ざめた。しかし、ヴィレムはそれにも首を横に振る。


「いいえ。まだ誰も手にしてはいない土地です」


 そこまで言ったところで、それまで押し黙っていたパーシヴァルが初めて言葉を告げた。


「聖域か……!?」


 ヴィレムは小さく頷く。

 ウィルフレドもパーシヴァルも、彼がなにを言っているのかまったく理解できない風であった。さもありなん、この時代の聖域というのは、人が入っては生きていけない場所でしかない。


 夢物語と流されてしまう可能性もあった。だから仮にこの目的をほかに流されたところで、本気で信じる者はいないだろう。


 それにパーシヴァルとは取引したばかりだ。

 これはその続きである。


「……正当な王と認めることは可能でしょう。しかし、その前には聖域を取る必要があること、そして私が王座につくこと、そして帝国の反感を買わないこと。これらの条件が必要でしょう。容易くはありません」

「ですが、不可能でもありません。聞かなかったことにしますか?」

「いいえ。正直なところ、私にはあなたと手を組む以外の方法は残されていません」

「では、楽しみにしています。殿下がこの国を治める日を。そして聖域が治められるときを」


 それから少々話をした後、ヴィレムはその場をあとにした。

 ここでの話は、非公式のものだ。それゆえに、なんら法的な拘束力を持たない。


 けれど、ウィルフレドは自分がじっとりした汗をかいていることに気がついた。これまで経験した会議の場のどれよりも、不安感が残っている。


 もちろん、すべての決定権があったのが王だったが、今は彼がその立場にあるというのも理由の一つだろう。


 しかし……


「パーシヴァル。本当にこれでよかったのか? 私はもしかすると、とんでもない毒を食らってしまったのかもしれない」

「ほかに方法はないでしょう。それとも、この国の混乱を黙って見過ごすおつもりですか? 帝国に捧げる覚悟がおありですか?」

「それはできん。この国が、ノールズ王国の名がなくなることは、避けねばならない」


 今必要なのは、力であり求心力であった。

 たとえそれが、不確定要素であっても。どれほど危険な相手だとしても。


「ペールの動きはどうなっている?」

「殿下が動かぬと見て、大手を振って動いているようです」

「そうか。ならば尻尾も掴みやすかろう。ルーデンス魔導伯が直接来るとは想定外だったが……もう運を天に任せるしかあるまい」


 これからルーデンス魔導伯は北に向かうだろう。そしてなんらかの変化をもたらすはずだ。


 二人はそこに不安とほんの小さな期待を抱くのだった。


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