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101 王都の調査


 ヴィレムはノールズ王国の王都に来ていた。

 第二王子ペール・ノールズが魔術師を育成しているという噂が果たして真実なのかどうか、確かめなければならなかったからだ。


 ヴィレムは街の様子を眺めながら、ゆっくりと歩いていく。

 以前王都に来たときからそこまで時間はたっていないが、なんとなく雰囲気が変わっていることが窺える。


 民は浮き足立っているのだ。いつ、この都市が政争の場になってしまうのかと。

 いや、それだけならまだいい。武力で都市を奪い取る者が出てくれば、民は自ずと資産をむしり取られてしまうだろう。命すらも取られてしまうかもしれない。


 結局のところ、心配しているのはこの国の行く末ではなく、自分たちの明日の生活なのだ。貴族どもですら、自分のことで精一杯だというのだから、誰が小市民の彼らを責められようか。


「これからどうしますか?」


 クレセンシアが尋ねてくると、ヴィレムは少々悩む。具体的な案があってきたわけではないのだ。こちらのほうが情報を集めやすいと踏んだだけで来てしまったのだから、その行動力たるや、誰にも真似できるものではない。


 いい思い出の一つもない王城にはできるだけ近づきたくないのだが、そうも言っていられないだろう。市民が知っている情報など限られているのだから。

 それに、すでに王アルベールは亡くなっている。過去に囚われるべきではなかった。


 街中を歩き回ってみるも、魔術師の噂はなにひとつ流れてこない。本当にその情報は、貴族たちの間だけで共有されているようだ。


「仕方ない。王城に行ってみようか」

「極悪非道のルーデンス魔導伯が、城を乗っ取りに来たと大騒ぎになるかもしれませんよ?」

「まさか。俺はかつて、城を襲った者を返り討ちにしたというのに。英雄と言ってもいいくらいじゃないか?」

「まあ! ヴィレム様は英雄だったのですね! 素敵です、かっこいいです。きゃっ」


 クレセンシアがふざけて尻尾を振ると、ヴィレムは口を尖らせた。


「ちっとも褒められている気がしないよ」


 そんなヴィレムを見て、クレセンシアはにこにこと笑顔だ。彼女はちょっとからかい気味に言ってみたが、ヴィレムこそがその言葉に相応しい人物だと思っていた。


 そうして軽い調子でいた二人だったが、王城までやってくると、さすがに表情を改める。


「そこの者たち。何用か」


 門番が声をかけると、ヴィレムは堂々たる口調で答えた。たったそれだけで、門番が緊張してしまうほどの風格がある。


「ルーデンス魔導伯が参った。王太子殿下のお目にかかりたい」


 あのルーデンス魔導伯がやってきたと聞くと、門番は慌てて奥に駆けていった。中には彼の顔を知っている者もいるため、すぐに確認が行われる。


 しかし、彼らが一番に悩んだのは「王太子」という言葉だ。

 果たして、誰に告げればいいのだろう。出生順ならば第一王子になる。しかし、貴族たちが次の王に、と推し始めているのは第二王子ペール・ノールズだ。


 それを聞いたところで、怒りを買ってはかなわない。

 彼らは困った挙げ句、判断を丸投げすることにした。


「こちらへどうぞ」


 とヴィレムが案内された先では、一人の年老いた男性が待っていた。


「君がルーデンス魔導伯か。こうして会うのは初めてかな」

「はい。パーシヴァル・グラフトン殿、でよろしいでしょうか?」

「ああ、このような老いぼれの名など、覚えてもすぐに使わなくなるだろうがね」


 そう言って笑うパーシヴァルは、話に聞いていたよりも随分と老けて見える。王の懐刀と呼ばれている者にしては、あまりにも覇気がなかった。


 すでに酸いも甘いもかみ分けて、残りの人生をゆっくりと消化していく。そんな好々爺としか思えなかった。


 ヴィレムはレムの姿を思い浮かべる。彼は最後まで精力的に生き、そして激情とともに炎に呑まれた。もし、彼が表舞台に立たず、妖狐クレアとひっそり過ごしていれば、このような顔をすることもあったのだろうか。


 けれど、今となっては考えるも詮無きことだ。


「王太子殿下の調子はいかがでしょうか?」

「ふむ。……君が聞きたいのは、どちらの話だね? それとも、それ以外か」


 予想外に率直に告げられた言葉に、ヴィレムは若干面食らった。パーシヴァルを老骨と侮っていたのかもしれない。


 しかし、そうであるなら話は早い。


「両方です。今現在、この国は揺れています。どう動くべきなのか、誰もが思案しているでしょう」

「しかし、君は愛国心があるほうではなかった、と記憶しているが」

「確かに、私はこの国に対する忠誠心が高いほうではないでしょう。しかし、なによりも大切にしているのは我がルーデンス領の民であり、彼らの平穏のためには、国家の安寧が必要なのです」

「国をそのための道具と見るか」


 パーシヴァルが問う。

 その眼光の鋭さに、若輩者ならば飛び上がってしまっていただろう。しかしヴィレムは平然と受け止めた。なにがあっても揺るがない覚悟があるから。


「国というものは、民のためにあるものです。国のために民があってはなりません。それが道具と見るということなら、そういうことになるのでしょう」


 ヴィレムが応えると、パーシヴァルはため息をついた。


「なるほど。こりゃ貴族どもに会わせなくてよかった」

「……どういうことでしょう?」

「彼らには正義などありゃせんよ。都合のいいように使われていただろうね。君はあまりにも真っ直ぐな性格のようだから」


 ヴィレムはあれやこれやと悩むほうだが、直接的な方法を好む傾向があった。だから策を練るより、こうしてやってきた。


 しかし、パーシヴァルが言うのはそういうことではないだろう。

 もちろん、ヴィレムは言いなりになるのではなく、途中で話すのも嫌になって憤慨していた可能性が高いが。


 そこで一旦話が途切れると、クレセンシアが会話が続くように口を挟んだ。


「極悪非道のルーデンス魔導伯、と噂されているとお聞きしましたが」

「西では暴れたそうだな。貴族どもはすっかり怯えていたよ。しかし、ルーデンス領やアバネシー領の話を聞くと、随分よい領主らしいじゃないか」

「民にそう思っていただけるならなによりです」


 ヴィレムが言いきると、またしても互いに無言になってしまう。

 どちらもなにを話したものかと窺っていたのだ。


 しかし先に口を開いたのは、パーシヴァルだった。


「取引をしようじゃないか」


 どうやら、ヴィレムの存在をある程度は認めたようだ。だからこその提案だろう。

 ヴィレムが内容を聞くと、パーシヴァルが続ける。


「簡単なことだ。君は魔術師について知っていることを教える。そして私は貴族たちが知っている情報を隠さずに告げよう」

「それは共謀ということになるのではないですか?」

「君は勘違いしているようだが、私が仕えているのは貴族どもの集団ではなく、アルベールただ一人だ。そして彼からは息子たちのことを任されている。もし、アルベールの意にそぐわない方法で国を治めようとするならば、それを阻止しようというだけのこと」

「わかりました。では、魔術師についてお話ししましょう」


 このパーシヴァルという人物は、アルベールの意に反することさえしなければ、信用できる相手だ。かつて王と対立しそうになったヴィレムにとってはそこが若干引っかかるが、もう亡くなった相手に腹を立てても仕方ない。


 ヴィレムはパーシヴァルと取引をすることにした。クレセンシアが狐耳を立てて、付近に誰もいないことを確認する。


「魔術師が育成されているという噂は、かつての帝国でもありました」

「なるほど。それが第二王子がやっていることに関わっていると」

「魔術師の育成は難しく、すぐにできるものではありません」

「しかし、第二王子はすでに育成に成功したと言っている。嘘を言っているようではない」


 一つ告げれば、一つ情報が入ってくる。パーシヴァルはなかなかに慣れているようだった。


「帝国では、失われたはずの魔術が使われているようです」

「しかし、全体で共有しているわけではあるまい。第二王子はライマーとともに、帝国となにかをしているようだが、相手はおそらく皇帝ではない」

「ならば、共謀してやろうとしていることは――」


 国家の転覆だ。

 あるいは、新政権の樹立か。いずれにせよ、この国が荒れることは間違いない。そして帝国にも動乱があるかもしれない。


「帝国の近くといえば、アバネシー領だ。あちらではなにか動きがないのかい?」

「魔術師が動いているという話が」

「ふむ。確か……ヤニクといったか。あの次男坊は最近、こちらにも顔を出すようになってきた」


 ヴィレムはふと、思い当たる節があった。

 かつてマーロとともに聖域に行ったが、そのとき、マーロの護衛は誰も彼を守ろうとはしなかった。ヤニクがつけた護衛だ。


 もしかすると、あのときからすでに計画は動いていたのではないか?

 だとすれば、西国でアルベールが討たれたのも、その一環かもしれない。


 より大きな流れが掴めてくると、ヴィレムは緊張せずにはいられない。かつて大切な仲間を失ったのも、その計画が関連しているだろうから。


「第二王子は賛同するものにしか声をかけていない。だから詳しい場所はわからないが、北に馬車を走らせていることがあった」

「……そこまで話しても大丈夫なのですか?」


 さすがにここまで話しては、もう引き返せないところまで来ている。


「君は今日、引きこもりがちな第一王子ウィルフレドを気遣ってきてくれた。そして私はそれを歓迎した。それだけなのに、誰がなにをとがめるというのだね?」


 平然と言ってのけるパーシヴァルは、なんという狸か。

 権謀術数渦巻く王城で生きていくためには、このような力がなければならないのだろう。そういう意味では、レムもヴィレムも未熟だった。


 早速、ヴィレムとクレセンシアはパーシヴァルに案内されて、第一王子の部屋を尋ねた。

 そこにいたのは、幸薄そうな青年だったが、パーシヴァルを見ると思わず頬を緩めた。


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