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100 魔術師の噂

 ヴィレムはその日、アバネシー領に来ていた。

 どうにも最近、ノールズ王国とデュフォー帝国の国境付近が騒がしいということもあり、詳しい話をすべくやってきたのだ。


 今回、屋敷に来ているのはヴィレムとクレセンシアの二人だけ。そのほうが身軽でいいだろうとヴィレムは判断したのだが、彼らのいる待合室に入ってきたマーロは呆れたようにため息をついた。


「お前、この時期に護衛もつけずに来るとは……話を聞いていなかったのか?」

「うん? どういうことだい。俺はこれでも記憶力はいいほうでね。だから伝達に失敗した可能性が高いな」

「……いや、お前に聞いたのが間違いだった。天下の暴れん坊魔導伯だもんな」


 マーロが呆れ気味に首を、そしてクレセンシアが自慢げに尻尾をぱたぱたと振った。どうだ、と言わんばかりのクレセンシアである。


 そんな二人の様子を見て心外だと、ヴィレムが口を尖らせる。


「どうにも西国に行ってから、ルーデンス魔導伯の悪評が流れているようだが、実体はまるで違う。こんなにも平和を愛しているのだからね」

「お前の呑気っぷりは知っているさ。それより……第二王子の噂、聞いたか?」

「いや、特には。なにかあったのか?」

「魔術師を育成しているらしい。王都では、すでにあちこちの有力貴族に声をかけているとも」


 魔術師を使ってなにをやろうとしているのか。

 第二王子ペール・ノールズが西国における戦いで魔術師を率いていた、という噂程度は聞いていた。しかし、それが大規模なものになるとは思ってもいなかったのだ。これまでそのような片鱗も見せていなかったのだから。


 なにしろ、魔術師を育成するには、莫大な費用がかかる。効率的な方法が確立されていないこの時代では、とにかくなにからなにまで試してみて、とりあえずうまくいった者を選択していくしかないのだ。


 端からろくな魔核内遺伝子を持たない者を指導したとしても芽が出る可能性はなく、無駄骨になる。また、使えるはずのない魔法を使わせようとするのも、砂漠に苗を植えるのに等しい。


 しかし、ペールは今のところ貴族たちの支持を得ているという。すでに彼らの心は、第一王子ではなく第二王子に傾いている、とも。


 となれば、成功していると見てもいいだろう。うまく詐称しているのでさえなければ。


(やつらは一体なにを企んでいる……? いや、そもそも、魔術師の育成をどのようにして行えるようになったんだ……?)


 ヴィレムは考える。

 第二王子が実は魔術に長けていた可能性を考えるよりは、新しく有能な魔術師を雇ったと見るほうがよほど合理的だ。


(……魔術師を育成することができるようになった、というのが間違いだったのではないか?)


 そう考えるには、成果が出るのには余りにも早すぎる。

 ヴィレムでさえ、数年をかけてようやく、魔術師たちを使えるようにしたのだから。新入りたちもいるが、彼らを指導できるような魔術師を着々と育てていたからこそ、今の規模になっている。


 ならば、どこかから引っ張ってきた、と考えるほうが妥当だ。それはおそらく、このノールズ王国内ではない。この国は魔術師の育成には力を入れていないから。


 そこでヴィレムはかつて、マーロから聞いたことを思い出した。


「帝国では魔術師を育てている、と言っていたな」

「よく覚えていたな」

「言っただろう。記憶力はいいほうだと。今回の件、なにか絡んでいるのか?」

「さあな。確証はなにもない。だが、俺の勘では、国境付近の騒ぎと関係があるんじゃないかと見ている」


 マーロが腹を揺らしながら自信たっぷりに言うと、今度はヴィレムが呆れたように眉をひそめた。


「勘か。当てにならないな」

「そうでもないだろう。勘ってのは、経験に裏付けられて無意識に導く結論だ。つまり、俺のこれまでの経験の中から、合理的に判断していると見ていい」

「ますます不安じゃないか」

「……ならば、お前はなにか根拠でもあるのか?」


 ヴィレムは少し考える。

 根拠と言うには少々乏しいが、なんとなく引っかかることがあった。


「ペール・ノールズが親しくしているという男――ライマー・セーデルグレンを知っているか?」

「ああ、仲がいいそうだな。それが?」

「かつて、王都でルフィナ・デュフォーとペール・ノールズの婚約が行われたとき、異形の化け物――マーロくんが聖域近くで襲われたのと同じやつの襲撃を受けたんだ。そのとき、ペールをすぐさま避難させたのがライマー率いる兵だ」

「……まさか」

「ライマーは帝国かぶれ、とも言われているそうじゃないか。前に君が言っていた、帝国で魔術師を育てているというのを輸入したとすれば、つじつまは合う」


 余りにも荒唐無稽な話ではある。

 しかし、ヴィレムはそこに確信めいたものを覚えていた。それこそ、マーロが言う()なのだろう。


「ライマーにはずっと敵対視されているし、西国でペールにしてやられたのも、おそらくはやつの入れ知恵だろう。俺を貶めるべく魔術師を育成する薬の噂を流したのも、やつが帝国の――これまで暗躍してきた魔術師と繋がっているとすればどうだ」

「考えたくはないが……あり得る話だ」


 このノールズ王国はすでに、帝国の毒牙にかかっているのかもしれない。

 そんな話を聞けば、王都にいる貴族どもはすっかり震え上がってしまうだろう。彼らの性根を考えると帝国への怒りで震えるよりは、根も葉もない噂だと憤慨したり、我が身可愛さに保身に走ったりする可能性のほうがよっぽど高い。


 そんなことを考えていたヴィレムに、マーロは同じ問いかけをした。


「仮にそうだとして、お前はどうする。義憤に怒るか?」

「まさか。俺はそこまでこの国を愛してなどいない。俺が愛するのは、この可愛い尻尾と、大切な領民さ。ああ、マーロくんという大切な友人もね」

「気持ち悪いな。無理におべっかを使わなくていい」


 マーロに言われ、ヴィレムは口を不満げに曲げた。クレセンシアはそんなヴィレムの前で尻尾をぱたぱたと揺らしてみせる。


 ヴィレムはそんな彼女の尻尾を抱きかかえながら、すっきりした心持ちで顔を上げた。


「さて、そうならば少し調べてみるとしようか」

「……できるのか?」

「俺はルーデンス魔導伯。魔術師だ。ゆえに魔術師のことならばよく知っているさ」

「また、なにか大問題を起こすんじゃないだろうな」

「気をつけるよ。これから俺が起こすことは、なにもかも二人分の責任になってしまうからね。マーロくんも、早く式を挙げるといい。盛大に祝ってあげようじゃないか」


 マーロはこの場にラウハは連れてきていない。厄介事に巻き込んでしまえば、彼女の安全を損なう可能性があったからだ。


 なにもかもクレセンシアと一緒にするヴィレムとはまるで対極的な考えだ。ラウハの性格を考えれば、無理もないことだが。なにしろ、秘密をうっかり漏らしてしまうことだってあり得る。


「無駄口言っていないで、そうと決まったらさっさと行くといい」

「あ、ちょっと待ってくれ。まだこの焼き菓子が残っているんだ」

「そんなに食い意地が張っていると、太るぞ」

「マーロくんには言われたくないな」


 ヴィレムはぺろりと平らげると、それから重い腰を持ち上げた。

 一度ルーデンス領に戻ってから、王都に向かおう。そう思って扉を出ると、こちらに向かってきていたラウハと出くわした。


「もうお帰りになるのですか? マーロ様が寂しがってしまいます」

「残念ながら、マーロくんを慰めることはできないよ。俺は彼に愛想よくしなくていいと言われてしまったからね」


 ヴィレムが肩をすくめると、クレセンシアは笑顔でヴィレムに寄り添った。


「それはラウハちゃんの役割ですからね。たまにはこう、甘えてみてはどうです?」

「……なるほど。シアちゃんは大胆なのですね。マーロ様にも試してみます」


 ラウハは黒い狐耳をぴょこんと立てて、真っ黒尻尾をぶんぶんしながらマーロがいる部屋へと飛び込んでいった。


「マーロ様! お腹をふかふかさせてください!」

「いきなりなにをするんだこのアホ狐!」


 そんな戯れる声を背後に聞きながら、彼らも彼らで仲良くやっているのだなあ、とヴィレムとクレセンシアは顔を見合わせた。


 そうしてアバネシー領での時間は過ぎ、ヴィレムはルーデンス領に戻ると、すぐさま王都へと向かっていった。


 王都に着いたからといって、すぐに魔術師の様子を探れるわけではない。どこでそのような行いがされているのか、わからないからだ。


 話を聞く限り、ペール・ノールズは気に入った貴族に声をかけて魔術師の様子を見せているようだから、秘匿している可能性もある。たとえヴィレムが見せてくれと言ったところで、素直に応じるとは思えない。


 ヴィレムはまずは情報を集めるところから始めることにした。


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