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99 結婚式


 その日、ルーデンス領の主都は賑わいに賑わっていた。

 各地から人が集まり、店は飲み食いする客で溢れていた。


 今日はめでたい祝いの日である。ルーデンス領領主ヴィレム・シャレットが結婚式を挙げるのだから。


 一般に諸侯が婚姻を結ぶ理由は、多くが政治的な事情を孕んでいる。王との結びつきを強めたり、敵対していた相手と手を取り合ったり、領地の運営に関わる出来事なのだ。


 しかし、ルーデンス魔導伯が結婚する相手は、特に身分の高い者ではない。もっと言えば、普通は諸侯が付き合いをしようとは思わない獣人であった。


 けれど民草はそれに違和感や疑問を覚えることはなかった。いや、それどころか、ようやくこの日が来たかと納得する有様だ。それは、ルーデンス魔導伯が彼女とよく街に出ている姿が目撃されていたからだろう。


 そして城内の存在している小さなレム教の教会の前には、貴族たちも集まっていた。


「まさか、ヴィレムのほうが先に結婚するとはな」


 そう言って笑うのは、シャレット家の長男、テレンス・シャレットである。彼は父イライアスとともにここにやってきていた。


「お前もそろそろ、式を挙げてもいい頃だな。腰を落ち着けて、領地の運営に取り組むといい」


 二人がそんな会話をしみじみとしている一方で、離れたところには賑やかな三人がいる。


「いやはや、実におめでたい。これでルーデンス領は安泰だろうな」


 と笑うのはヴォロト・ヴィルタだ。彼の近くにはナバーシュ・クネシュとマルセリナ・ヴァトレンがいる。


 西の戦いでヴィレムに助けられることとなった彼らは、その縁でこうしてやってきているのだ。


「ヴォロトさん、そういうところ、おじさんくさいですよ?」


 マルセリナが茶化して言うと、彼は豪快に笑った。


「すまんな。年を取ると、どうしてもこうなってしまうのだよ。若い者が成長していく姿は素晴らしい。……君たちが式を挙げるときも、呼んでくれると嬉しく思う」


 ナバーシュとマルセリナを見て言うヴォロト。

 二人は顔を見合わせ、それからマルセリナはなんとか言葉を濁すのだった。否定するにはあまりにもったいなく、かといって肯定するのも気恥ずかしい。


 けれどナバーシュは、そんな彼女の内心をかき乱す一言を口にした。


「ええ。マルセリナのようなじゃじゃ馬娘をもらってくれる人なんて、ほかにいませんから」

「ナバーシュみたいな根暗で陰湿で空気の読めない男に言われたくない!」


 マルセリナはナバーシュの頬を引っ張る。すっかり赤くなった頬をさするナバーシュを見つつ、ヴォロトは「若いとは素晴らしい」としきりに頷くのだった。


 他の領地から来ているのは、最後にあと二人。

 ふんぞり返っている太っちょと、真っ黒な尻尾の獣人である。


 アバネシー領から来た彼らは、今日も仕事を済ませてきたばかりだ。これほど人が集まるとなれば、それだけ商売の機会が増える。めざといところはヴィレムも好ましく思っており、今日もいくら稼いだか、頭の中ではじき出しているくらいだ。


 一方で、その隣の尻尾はぱたぱたと元気に揺れている。こちらの少女は特になにも考えていない。


「マーロ様、やっぱり、尻尾があるとドレスは高くなってしまうのでしょうか?」

「そりゃそうだ。特注になるからな」


 そう言うと、ラウハは指を折りながらお給金を数えてみる。

 確かマーロがこの前見ていた品の値段は、と考えると、狐耳がぺたんと倒れた。そんな彼女を見て、マーロはすぐにため息をついた。


「お前が買えるような金額じゃないぞ、あれは。どうしてもというのなら、買ってやらんでもない」

「本当ですか、マーロ様! でも、着る機会がありません」

「……まったく、お前というやつは」


 マーロは間接的な言葉はなにを言っても通じないんじゃないか、と思うのであった。


 やがて、ヴィレムが率いる魔術師たちの面々が見守る中、新郎新婦が教会の中へと入っていく。


 礼装に身を包んだヴィレムは、ひどく緊張していた。

 いつも重要な場面を乗り切ってきた彼であるが、隣には着飾っているクレセンシアがいるのだ。美しいドレスを着て、髪を豪奢な髪飾りで束ねてヴェールで覆った彼女は、普段よりも大人びて見える。


 これから彼女と結婚するのだと思うと、得も言われぬ幸福感と充実感で満たされ、ヴィレムはふわふわと地に足がつかないような心持ちにならずにはいられない。


 それから司教の前へ向かうと、両名の確認が行われる。


「ヴィレム・シャレットとクレセンシア・リーヴェに相違ありませんか?」

「はい」


 それが終わると、今度は司教が形式的な言葉をいくつか述べていく。やがて、彼は二人にこう確認した。


「変わらぬ愛を魔術師レムに誓いますか」


 ヴィレムはつい、苦笑しそうになる。自分の愛を、自分の記憶に誓うとはどういうことだ、と。


 とはいえ、ルーデンス魔導伯はレムの申し子という噂を流していた。だからこれは、そういう意味では相応しいのかもしれない。


 ヴィレムはクレセンシアとともに


「誓います」


 揃ってそう述べた。

 それから指輪をクレセンシアの指にはめていく。これで、二人は確かな夫婦となった。

 だからといって、なにかが変わるわけではない。これからの日常は、変わらずに続いていくだろう。


 しかし、それでも新たな関係の門出である。二人はその幸せに浸っていた。

 こうした誓いが終わると、魔術師たちが入ってきて、二人は祝別される。


「ヴィレム様、おめでとうございます」


 真っ先に告げたのはオットーである。あの冴えなかった少年が、今ではヴィレムが一番頼りにする人物になった。


「ありがとう。オットーもいい相手が見つかるといいな」

「その前に、山積みの書類の相手をしないといけませんからね」


 そういうところは彼らしい。

 クリフとヘイス、ディートにオデットも続いて祝いを述べる。


「おめでとうございます」

「ありがとう。君たちの晴れ姿もそろそろ見られる頃だろうか」


 ヴィレムが言うと、クリフは生真面目にそんな相手がいたかと考えはじめ、ヘイスは大きなため息をつき、オデットはディートに「どんな式がいいかな?」と投げ掛けた。


 ディートは相変わらず、「結婚式なら、うまいものがたくさん食えるな」なんて返事しかしないのだが、オデットは満足そうだ。


 そんな彼らに見送られながら、ヴィレムとクレセンシアは馬車に乗り、街へ向かっていく。


 その馬車の中、ヴィレムはクレセンシアを見る。


「シア、とても綺麗だよ」

「ヴィレム様も、素敵ですよ」


 そう言ってクレセンシアは尻尾を振る。

 窓の外を見れば、民は皆、祝福してくれる。獣人かどうかなど、もはや些細なことであった。


 誰もが願う平和がここにある。幸せな一日だった。



    ◇



 ルーデンス領が賑やかな祝いをしている頃、ノールズ王国王都の城では、貴族たちが沈んだ顔で集まっていた。


「この国内が乱れているときに、帝国までもが不穏な空気を漂わせてきた。我々はどう動くべきであろうな」


 一人がそんなことを口にすると、他の者たちは考え始める。しかし、彼らは元々この王城で生活しているばかりで、戦の機微に関してはほとんどわかっていない。だからなにが最善の選択なのか、見当すらつかずにいた。


「王国には帝国と戦う力はあるまい。なんとか手を取り合う方向で進めていきたいが……」

「となれば、第二王子か」

「いやいや、婚約が失敗に終わったばかりではないか」

「ならば再び進めていけばよい」


 などと口々に言い合うが、誰もが暗中模索の状態である。

 やがて一人の男が、こんなことを言い出した。


「帝国を気にするのもいいが、それよりも考えるべき相手は近くにいるのではないか」

「……ルーデンス魔導伯か」

「たかが諸侯の一人、なんとでもなろう」

「貴公は王都にいたから知らぬのだ! あの男の力を!」


 ドン! と大きな音を立てて、机が叩かれた。

 その手には力がこもっていたが、同時に震えてもいた。


 臆病風に吹かれたか、と揶揄する者はいない。男の形相を見れば、とてもそのようなことを言えるはずもなかった。


「あの男はどう動く」

「わからぬ。これまでどおり傍観を決め込むやもしれぬ。……だが、味方につければ帝国とも張り合えよう」

「果たしてそのようなことが可能なのか」


 誰もが状況をうまく掴めない中、時間ばかりが過ぎていく。

 そうして彼らは悩み続けていると、ドアがノックされた。


 こんなときに、と一人が苛立たしげに扉を開けると、そこには第二王子の姿があった。


「これはこれは、ペール殿下。なにかご用でございますか?」

「ええ。西方の戦いをご覧になった方はご存じかと思いますが、魔術師による隊を結成したところ、うまく機能しました。そこでより防衛力を高めるべく、引き続き彼らの育成を進めていきたいと考えています」


 そう言われ、あのときペールの近くにいた男がはっとして顔を上げた。圧倒的な力で迫る敵に対し、彼が言う魔術師だけは退けることができていたはず。


「しかし、魔術師の育成は難しいと聞きます。そのような当てがあるのでございましょうか」

「ええ、確かに困難でしょう。しかし、いまだ残る西の土地での戦いに投入することも含め、経験を積んだ魔術師はその費用以上の働きを見せてくれるでしょう。そのためには、皆の協力が必要となります」


 貴族たちは顔を見合わせた。本当にこの誘いに乗ってもいいものなのか。乗れば沈む泥船ではないのかと。


 そんな彼らの思いを後押しするように、ペールは優しげな笑みを浮かべる。


「決断を急ぐ必要はありません。ですが、どうか頭の片隅にでも置いておいてください。なにか困ったとき、魔術師が力になれるかもしれませんから」


 ペールはそこで彼らに選択の余地を与えた。そうすることで、彼らは自ら選んだという責任に縛られることになるのだから。


 半ば強引で若さが残っていたとされる第二王子は、あの西の戦いから随分と成長していた。


 そんな彼は退室すると、廊下を一人で歩いていく。すると、待っていた親友、ライマー・セーデルグレンが視線を向けてきた。


「ペール殿下。反応はどうでした?」

「悪くない。それより、魔術師のほうはどうだ?」

「順調に進んでおります」

「それはなによりだ」


 二人は並び、談笑しながら次の行動に移る。その熱心な活動は、王城の中でも広まっていくことになった。


 第一王子はいまだ動かず。

 ノールズ王国内に、新たな風が吹き込もうとしていた。


これにて100話達成です。

長らくお付き合いいただきありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。

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