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9 サイクス家の男たち

 シャレット領の主都は魔物の襲撃を防ぐべく、周囲を高い市壁で覆われている。さらに外側に農場があり、そちらにも一応の柵が設けられているが立派なものではなく、多数の魔物が攻めてくるなどいざとなったら作物は諦めて市壁の中に閉じこもることになる。


 その街外れの牧場に、ヴィレムはクレセンシアと来ていた。

 この時勢に観光客なんかほとんどおらず、ここを訪れるのは商人か食肉店の親父くらいのものだ。たとえ景気がよくとも、こんなしみったれた場所に来る物好きはそうそういやしないかもしれないが。


 そんなヴィレムの姿は一見すると、貴族の子が道楽で訪れただけに見える。実際、二人の気楽さと言ったら、お遊び半分で冷やかしにやってきたようにすら思われるほどだ。


 そのヴィレム、門をくぐると、日に照らされた牧草の青さに目を細め、飼育されている動物をぐるりと眺めて好奇心に心を弾ませる。


「ヴィレム様、牛がいます! あ、向こうには馬もいますね!」

「ここは確か、食肉用の家畜だったね。けれど馬なら賢いから、もしかすると乗れるかもしれない。試してみるかい?」

「そんなことをすれば、ヴィレム様にはしたないと言われてしまいます」


 クレセンシアはスカートの裾をつまみ、優雅にお辞儀をしてみせた。

 彼女も女性らしさを意識し始めてもいい年頃だ。ヴィレムはそんなクレセンシアにこう提案する。


「やや、これは失敬。迂闊でした。このような可愛い姫君に、馬に乗れとは。相応しいものでなければなりませんね。ではこのヴィレム、ドラゴンを用意するといたしましょう」


 あたかも騎士さながらの仕草でクレセンシアに頭を下げるヴィレム。そんな彼に、クレセンシアは頬を膨らませてみせた。


「ヴィレム様、からかわないでくださいませ。ここにドラゴンはいませんよ」

「いないなら、連れてくればいいさ。ドラゴンの鱗は強靭で鎧になり、食肉としても美味。知性も高く火を恐れず、勇敢な性格をしている。槍を持った雑兵だって、軽々踏み潰してしまうだろう。戦場に連れていくには最高だし、力強いから畑を耕させるのだって楽々こなしてしまう。メリットばかりだろう?」


 ヴィレムは滔々と語り、クレセンシアはおかしげに笑う。おどけてみせたかと思えば、次は至って合理的な考えを述べるヴィレム。そのどちらの姿も、クレセンシアはよく知っている。


 だからクレセンシアはそんな彼の案に突っ込むのだ。


「ヴィレム様、大事なことを忘れておりますよ。まず維持するには餌代がかかりますし、なによりそれほど優れたドラゴンを上手く扱える竜丁もそうそうおりません。誰もがヴィレム様と同じではないのです」

「ああ、だからこそ、俺は優れた人材を欲しているのだよ。君ほど優れた者はこの天地のどこを探したっていないだろうが、ドラゴンくらい手懐けられる程度の者はそこそこいよう」

「この私を手懐けられるのは、ヴィレム様だけですよ」


 クレセンシアはそっとヴィレムに寄り添い、甘えるように彼の手に尻尾を乗せた。ふわふわと柔らかな毛を撫でると、彼女はくすぐったそうに身をよじる。


 それから戯れるのもそこそこに、牧場内を見ていく。そも、彼らの目的は動物を見に来ることではなく、魔物を探しに来ることだ。


 しかし、奥のほうに隔離されているのか、その姿は見えない。

 牧場の管理者の住まう小屋に辿り着くと、ヴィレムがドアをノックするなり、中から大柄な男性が出てきた。


「初めまして。ヴィレム・シャレットと申します。シャレット領随一の牧場とのことで、魔物を取り扱っていないかと思い参りました。よろしければ、見せていただくことはできませんか?」


 自身の倍近い大きさの相手に物怖じしないヴィレムらしい態度であった。

 男はシャレットの名を聞くと、すぐさま居住まいを正す。


「これはこれは、ヴィレム様。ようこそおいでくださいました。うちの家畜はどこに出しても恥ずかしくない品質です。どうぞごゆるりとご覧くだされば、と思います」


 そんな社交辞令から始まると、ヴィレムは面倒くさくてたまらなかったが、これも人生経験だと我慢して話を聞く。幾度か話を聞いたのち、ヴィレムはじれったくなって、自ら告げることにした。


「では早速お見せくださりますか?」

「はい。ではこちらへ」


 案内されたのは、牧場の中でも市壁に近いほうだ。なにかあったとき、市外に放り出すことができるように、と考えてのことかもしれない。そこにはさほど大きくはないが、頑丈そうな壁に覆われた建物がある。中からは小さな物音が絶えず放たれていた。


 厳重な壁の向こうに続く扉を開けると、獣の匂いが鼻を突いた。

 クレセンシアは思わず両手で鼻を覆う。


 そこにいたのは、動く真っ白な毛の塊だった。

 ころころ転がったり、飛び跳ねたりしているが、どこも魔物という印象は受けない。魔物ならば隠そうとでもしない限り、平時でも魔核が魔力を発生させているため、漏れ出る魔力から強さが測れるのだが――。


 クレセンシアは檻の近くまで行ってしゃがみ込む。すると、その真っ白な毛玉が転がってやってきた。毛が生えていないところにY字型の口があり、よくよく見ればふさふさの毛の中には小さな瞳がある。


「こちらはケダマウサギと呼ばれる魔物です。食肉になるほか、毛皮など防寒具としても秀逸で、さらに繁殖力も高いため重宝されています」


 牧場で飼育する以上、金になるかどうかが一つの基準になる。動物園でもなし、町の外に行けばいくらでもいる金にならない魔物を、わざわざ飼育する理由はない。


 だから生産性を重視するのは当然のことなのだが――。


「より魔力の強い魔物はいませんか?」

「となると、ダークウルフですかね。犯人の捜査など臭いの追尾に使われていますが、なかなか懐きにくく、幼少時からその傾向が強いものは処分されるため、頭数はほとんどおりません」

「うーん、食える奴がいいんだけどなあ」

「食肉用でしたら、シャレット牛がおりますが、いかがでしょうか。多少値は張りますが、王宮でも食されることがある、この地の名産でございます」

「確かにあれは美味しいんだけど……魔力が強いわけではないですよね」


 どうやらここで目的の魔物は買えそうもないことが判明する。

 ヴィレムはクレセンシアと顔を見合わせた。


 彼が強い魔物を求める理由は、栄養のためである。魔核の数を増やすにあたって、当然だが魔核を作るための栄養が必要になるのだ。魔核を保持している魔物を食えば、直接材料を吸収することができる。通常の食物に比べ、効率は数百倍以上にもなろう。


 しかし、ないものはどうしようもない。傲慢な貴族なら貨幣で頬を叩いて取りに行かせるのかもしれないが、そういう行為はヴィレムの軽蔑するところだった。


 結局、ヴィレムはケダマウサギの肉を土産に買って、その日は帰ることになった。



   ◇



 買ってきたケダマウサギの肉が尽きる頃、ヴィレムはシャレット家に仕えている騎士の家を尋ねていた。


 ドアをノックすると、出てきたのはセドリック・サイクスだ。シャレット家に仕えて四十年以上にもなる男である。


「おや、ヴィレム様。なにか急なご用件がございましたか?」

「急というわけではないけれど、オットーに用があってね。連れていってもいいだろうか?」

「出来の悪い息子ですが、それでもよろしければ使ってやってください」


 そう頭を下げる姿には、息子のことをお願いする父の思いが見え隠れしていた。

 長男のオットーは騎士としての才能がないから、後を継がせるのは難しいと見たのだろう。だから、なにかの役に立つと見出してくれれば、と希望を抱いたのかもしれない。貴族の末っ子といえども、仕える相手として平民よりは将来性があるのだから。


 すぐさまセドリックはオットーを呼んでくる。

 寛ぐほどの間もなく、不満げな顔をした少年がやってきた。オットーはヴィレムの六つ上だから、こんな子供に使われるのを嫌がってもおかしくはない。


「なんだいヴィレム様、用事って」

「こらオットー。そんな口のきき方をするんじゃない」


 たしなめるセドリックと、いつまでも親に構われるのが嫌そうなオットー。もしかすると、親の前だからつい強がってしまったのかもしれない。


 ヴィレムは別にどう思われていようが構わなかったので、早速用件を告げる。


「近所の森に行く。魔物を運ぶための人出が欲しい。小遣いをやるから、近所の暇そうな奴らを連れてきてくれ」

「……魔物を狩るための騎士の当ては?」

「そんなものはいらない。俺とシアが魔物を狩る。お前たちはそれを運べばいい」

「ヴィレム様が?」


 オットーはしがない貴族の末っ子が魔物を狩るなどと言い出したことに、どうしたものかと思っているようだ。これまでヴィレムは魔法の才能がないと言われてきたから、当然かもしれない。


「ダークウルフならすでに一人で倒したこともある。心配はいらない。今日中に出発して晩飯の前には帰ってきたいんだ、さあ、早くしておくれ」


 ヴィレムが促すと、セドリックがすぐさまオットーの背を押した。それから、サイクス家の次男ドミニク・サイクスがやってきた。


 彼は騎士としてやっていけるだけの才能があるらしく、ゆくゆくはセドリックの跡を継ぐだろうと言われている。そんなドミニクをつけたのは、セドリックがついていけばヴィレムの自尊心を傷付けるかもしれないが、なにかあったとき、守れるようにしておかねばならないとの配慮だろう。ドミニクはすでに、魔物と渡り合える実力があるそうだ。


 オットーはドミニクがついてくるのは嫌そうだったが、父の命令を退けることもできなかったようで、渋々近所の青少年たちを呼んできた。


 そして十数人にも膨れ上がった一行は市壁を出て近所の森へ出発する。


 ヴィレムの腰には一振りの剣、クレセンシアの背には背丈ほどの槍。どちらもシャレット家に仕える兵のお古だが、二人の年齢では私物なんぞ与えられやしなかったので、これでも十分すぎる武装なのだ。なにより、彼らには魔術がある。


 少年たちを引き連れて、ヴィレムの初陣が始まった。


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