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第5話 いいつたえ

 アンズ姫とその一行が立ち去ってからも、アプリコットはしばらく夢うつつの狭間を漂っているかのような気分に浸っていた。

 今起こったことは、はたして本当の事だろうか。

 じっと佇んだまま先ほどまでの事を思い返し、そして客間の机の上に残された皮の袋を見つめ、どうにか状況を飲み込む。しばらくはそれの繰り返しだった。

 袋の中にあるのは金など旅の役に立つもの一式だった。アプリコットが家から都までの道中で消耗した分より遥かに多いものだ。

 引き受けて、それだけのものを受け取ってしまったのだ。アマレット王国の地図にはすでに印が刻まれ、方位を示すコンパスも準備されている。

 あとは旅立つだけ。

 状況を思えば思うほど、重圧と責任感、使命感がアプリコットに固唾を飲ませる。

 勇士として受け入れられなかったという昼までの出来事が嘘のようだった。


「いやあ、驚いたね」


 いきなり声があがって、アプリコットは驚いてしまった。

 振り向けば、誰もいなかったはずの絨毯の上に、あのケモノの青年が座っていた。アンズ姫の一行が去ったのを受けて、姿を現したらしい。

 なんにせよ、彼の訪れは妙に温まるものだった。

 やはりアプリコットも十四歳の少女。一人では心細いところもあるのだ。


「まさかアンズ姫ご本人登場とは。それにしても、アプリコット。君は本当に『きおくのたてごと』とやらを取りに行くのかい?」


 念を押すように訊ねてくるケモノに、アプリコットは不思議に思いつつも頷いた。

 早ければ明日。遅くとも、明後日には旅立たなくてはならないだろう。勇士を集めても無駄だというのなら、行かないなんて選択肢はないはずだ。

 しかし、ケモノの青年もまた不思議そうな様子でアプリコットを見つめていた。


「当り前じゃないかって顔をしているね。多くの人の役に立ちたかった君にとっては御誂おあつらえ向きの依頼だもんね。しかも、君にしか出来ないこととなると尚更だ」


 アプリコットは首を傾げた。

 まるで馬鹿にしているかのようなケモノの言葉が気になったのだ。腹が立つというよりも、なんだか不気味だった。どうして彼はこんな言い草なのだろう。

 そんなアプリコットの疑問を見据えたように、ケモノは小さく息を吐いた。


「別に何でもないんだ。ただ、オレも気になってね。その『きおくのたてごと』とかいう特別な楽器についてさ。それと、アクマについてもね。アプリコット、君は、どうしてアクマはこの世界を闇に包み込もうとしているのだろうって疑問に思ったことはない?」


 言われてみて初めて、アプリコットは疑問に思った。

 アクマはアマレット王国を脅かす存在として現れた。その噂が流れ始めたころは、アプリコットもまだ幼い子供だった。十四歳の彼女にとっては途方もないくらい長い時間を、アマレット王国の人々は怯えて過ごしていたような気さえする。

 だから、アプリコットにとってアクマはアクマだった。理由なんてどうでもいい。人の世界に悪をもたらすからこそ、アクマなのだとだけ思っていた。

 けれど、違うのかもしれない。魔物に属するこのケモノがいうのだ。アクマにもアクマの理由や信念があって、アマレット王国を闇に包もうとしているのだろうか。

 だとしても、アマレット国王とアンズ姫は危惧しているのだ。このままではアマレット国民は闇に包まれ、これまでのように暮らしていけなくなると。


「そうだね。アクマはアクマ。それでいいんだ。彼らがやろうとしていることは、アマレット国民だけじゃなくて、他の獣たち、さらにはオレたちのような魔物たちすら困ってしまうことだろう。

 でもね、アクマたちは何も、ただ単に人を困らせるために活動しているというわけではないんだ。彼らは彼らでこの世界を守ろうと思って動いているんだって知っていた?」


 アプリコットは驚いた。

 そんなわけはないとすぐに否定的な気持ちになった。だって、アクマは闇を呼ぼうとしているのだから。アマレット王国の歴史が終わってしまうようなことをしようとしているのだ。それなのに、どうして世界を守ろうとしているなんて言えるのだろうか。


「たしかに、アマレット王国にとっちゃ一大事だし、オレたちにとっても一大事かもしれない。けれど、アクマは君たち人間が思っているほどの絶対悪というわけではないんだよ。アクマは方法が分からないだけ。ある大きな意志にそって動いているだけ。アマレット国王が国を守るために動いているように、アクマもまたこの世界を守るために動いているだけなんだ」


 そんなわけはない。

 そう訴えたかったものの、ケモノの青年があまりにも確信をもっていうものだから、ついにはアプリコットも黙ってしまった。

 アクマは絶対悪じゃない。世界を守る方法として闇を呼ぼうとしているだけ。

 じゃあ、何から世界を守りたいのだろう。


「さあね。さすがにそこまではオレにも分からないんだ。今聞いたのは単なる噂だと思うに留めておいてほしい。『きおくのたてごと』があれば、たしかにアクマは滅ぼせるかもしれないけれど、本当にそれでいいのか。ただ風の噂を聞いているだけのオレには確かなことはいえない。

 でも、アプリコット。きっと、泉の精霊は何か知っていると思うよ。アンズ姫の不思議な力では分からないようなことも知っているはずさ。だから、『きおくのたてごと』を貰った時は、よくよく精霊の話を聞いてみることをオススメするよ」


 問題がなければ精霊だってそう言うだろう。それに、仮にケモノの言うとおり、アクマにはアクマの目的があるとすれば、それについて詳しく知っているかもしれないし、ひょっとしたらアクマの危惧している事態を解決する方法も知っているかもしれない。

 どちらにせよ、アクマと話し合うなんてきっと無理だ。


「そうだね。それは無理かも。アクマに支配された地域では、人間が殺されたって聞いているし。もう聞いた? アクマの支配域は真っ暗なんだって。闇に覆われていて、入り込んだらただじゃ済まないんだって聞いているよ」


 ならば、やっぱりアクマはアクマだ。

 アマレット王国を脅かす存在に他ならない。


「うん。その通りだ」


 ケモノの青年もそればかりは肯定し、そのまま真っ黒な前足の上に顎を載せた。

 そのまましばらく考え込んでいる。その姿をじっと見つめていても、アプリコットにはどこに目があるのか、やっぱりよく分からなかった。

 そのまま宿の外の喧騒が壁を伝って微かに聞こえてくるのをぼんやりと聞き流し、どこかうつらうつらとした様子で椅子に座っていると、ふとケモノの青年がアプリコットに向かって口を開いた。


「ねえ、親友の話をまた聞いてくれる?」


 アプリコットが促すと、ケモノは少しだけほっとした様子で語りだした。


「実はね、旅先から帰ってからしばらく経った頃、故郷の森に親友が帰ってきたんだ。きっと、オレと話して懐かしくなったのかもしれない。でも、タイミングが悪くてさ、オレに会うより先に、トラブルになった昔の仲間たちに鉢合わせてしまったらしい」


 ケモノの話に、アプリコットはふと頭が痛くなった。

 何か、もやもやとしたものが渦巻き、額がぎゅっと圧迫されている気がした。何だろう。何か、思い出しそうで思い出せないような状態というのだろうか。

 そう気づいた途端、アプリコットに不快な気持ちが生まれてきた。


「彼の昔の仲間はやっぱり彼の事を目の仇にしているらしくてね。見つけるなり威嚇して、相当まずい雰囲気になっていたよ。実はオレ、それを目撃していたんだ。だけど、威嚇している連中はあまりよくない奴らだって知っていたから、ただ見ていることしか出来なかった」


 勇気が出なかった。

 その言葉がふと痛む頭に浮かんだ。いつだろう。そんな言葉に責められたことがあった気がした。でも、具体的に思い出せることは一つもない。


「今でも分からないんだ。やっぱり声をかけるべきだったんじゃないかって思うし、かといって声をかけに行っていればオレも何かされていたかもしれない。どうすべきだったのか、分からないんだ」


 悩むケモノの姿。何処かで同じような姿を見たことがある気がした。


「ねえ、アプリコット」


 ケモノは訊ねてきた。


「君だったら、どうしていた?」


 その質問がぐるぐるとアプリコットの脳をかき乱してきた。


 次の日、アプリコットはすぐに旅立った。

 きっとケモノの青年も影に紛れ込んでついてきていることだろう。だとしても、アプリコットは焦りを覚えていた。使命感だけではなく、焦りと違和感とほんの少しの好奇心が加わって、その足を「きおくのたてごと」が眠る泉へと向かわせる。

 ――君だったらどうしていた?

 その質問が何度も頭をよぎり、答えは出ないまま引っかかり続けている。

 ケモノの青年のことであるはずなのに、まるで自分のことのように思えたのだ。しかし、アプリコットには分からないことだらけだ。どんなに記憶をたどっても、そんな経験をした覚えはない。ここ数年はずっと魔法の修行に明け暮れてきたのだから当たり前だ。

 じゃあ、どうして他人事とは思えないのだろう。


 アプリコットには分からなかった。

 分からないまま悶々とした気持ちで都を出た。

 この不可解な気持ちに押し潰されないには、何かしら行動しているのが一番だ。そう信じて、アプリコットはただただ突き進んだ。

 立ち止まって考え込めばきりがない。けれど、気になることはたくさんあった。

 アンズ姫のこと、アマレット王国のこと、泉の精霊のこと、きおくのたてごとのこと、アクマのこと、ケモノの青年のこと、そして自分自身のこと。


「アプリコット」


 昼過ぎ、突然呼び止められてアプリコットははっとした。

 朝からろくに飲まず食わずで目的地の方角に歩き続けてしばらく。気付けばとっくに都は見えなくなり、見たこともない林の中にたった一人でいた。

 いや、一人ではなかった。アプリコットの足元にはもう一人の人物がいた。やはりついてきていた。ケモノの青年だ。暗闇でも光ることのないその眼でじっとアプリコットを見上げている。


「そろそろ休んだらどうだい? ずーっと歩いているだろう?」


 言われてみて、はじめてアプリコットは疲れに気づいた。

 もしも呼び止められなかったら、ぎりぎりまで歩き続けて遂には倒れてしまっていただろう。

 ケモノに促されるままに座り込むと、足が棒のように固まってしまっていることにも気づいた。アプリコットの気づかないうちに、身体は悲鳴をあげていたらしい。


「吃驚した」


 ケモノの青年は言った。


「君ったら、どう見ても疲れているのに一向に休む気配もないんだもん。そのまま倒れでもしたら、きっと泉にたどり着く前に参っていただろうね」


 独りけらけらと笑うケモノに対して、アプリコットは非常に素直に感謝を述べた。

 すると、ケモノは意外そうに首を傾げ、そして言った。


「なんで御礼なんて言うんだい? 言われるほどのことじゃないよ。オレだって暇だからついてきているだけだしね」


 実にけろりとした口調だった。

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