第4話 アマレット城
都は確かに広かった。しかし、その広さはアプリコットを困惑させるほどのものではなかった。困惑させたのは別のもの。王国中から募られた勇士を選考するための広場の方だった。
何故、どうして。
アプリコットは呆然とした。彼女が持っている手紙は確かにアマレット王室からのものである。正式な召集状に間違いないようだった。けれど、アプリコットは広場にすら入れないまま追い返されてしまった。
理由は単純なもの。
勇士として認められるのは、少なくとも十八歳以上の大人。まだ十四歳のアプリコットは年齢が足りなかったのだ。あと四年以上修行してから来るように、と、まともに選考もしてもらえなかったのだ。
どんなに訴えてもどうにもならなさそうだ。仕方なしにアプリコットは一度宿へと戻ることにした。
すぐに森へと帰る気にもなれない。やっと都にたどり着いたところなのだ。これからどうするべきなのか、考えたところで全く思い付かない。いつかは帰ってまた四年、修行をつんでから来るべきだろうか。だとしても、今すぐ帰るという気力はなかった。
なぜ、自分のもとに手紙は届いたのだろう。
アプリコットが十四歳ということを知らずに送ってしまったのだろうか。だとしたら、馬鹿正直に実年齢を言うんじゃなかったとアプリコットは後悔した。
「でも、年齢なんて誤魔化して万が一ばれたりしたら大変だよ?」
部屋に戻るなり、今度は別の事態に驚かされた。
個室にしてはたしかに宿代はさほど高くもなかったけれど、鍵はきちんとついていたし、主人だって客の泊まる部屋に勝手に他人を通すほどいい加減な性格には見えなかった。
それなのに、アプリコットの部屋には第三者がいたのだ。
ベッドの傍の安くて古い絨毯の上。そこで寝そべってアプリコットの帰りを待っていた。狼と山猫と足して割ったような姿。相変わらずどこに目があるのか分からない真っ黒な毛並。
そう、そこにいたのは、あのケモノの青年だった。
「どうして此処に居るのかって? 簡単な事だよ。オレも暇だったってわけ。それに、女の子の一人旅なんて危ないだろう? 用心棒代わりに使ってやってよ」
しかし、アプリコットは困惑したままだった。
きっと魔物だろうとは前々から分かっていたし、確か本人もそうだと名乗っていた。それでも、鍵のかかった部屋に侵入できるくらいの魔物となると、どうしても不気味に思えてしまう。
得体の知れない魔物と一緒に居るよりも、安全な場所で一人でいる方が安心する。
それでも、ケモノの青年は黙って首を振った。
「君はちょっと強い魔法が使えるからって安心しているのかな? 世の中には君と同じくらいかそれ以上の力がある魔法使いの男だっているんだよ? もしかしたら君を騙して酷い目にあわせるかもしれない。そうなったら嫌でしょう? オレだって、数日間親しくしていた子がそんな目に遭うのはいやだな。だから影ながら見守っていたんだよ」
ということは、アプリコットが追い返されるところも彼は目撃したのだろうか。
そうだとすれば、アプリコットは少しだけ恥ずかしく思ってしまった。
「勿論、ずっと見ていたよ。でも、恥ずかしがることはないさ。想定外のことだったしね。間違って送られたにせよ、君のミスではないからね。それに、どうやらその手紙、間違って送られてきたというわけでもなさそうだよ?」
そう言って、ケモノの青年は意味ありげな視線を客室の扉へと向けた。
閉め切られた扉。施錠はまだされていない。アマレット城の召集もあったため、客はそこそこ多いようだが、部屋がいっぱいになるというほどではなかった。
アプリコットにあてがわれた部屋は一番奥。向かい側も隣も空きとなっていたので、他の客に間違われるということはないだろう。にも関わらず、耳を澄ませば、こっちへ真っ直ぐ近づいて来る足音が複数聞こえてきた。
宿屋の夫婦だろうか。それにしても、何故だろう。
疑問に思っているうちに、とうとう扉の前にその誰かは到達し、短くノックする音が響いた。
「アプリコットさん? 御客様が御見えです」
宿屋の夫人だった。
それにしても、御客様。思わぬ単語にアプリコットは一瞬、混乱した。
自宅ならともかくこんな旅先まで自分を訪ねてくる者なんているだろうか。もしかして、噂を聞いた誰かが何かしら頼みごとを持ってきたのだろうか。
様々な疑問と共に扉を開けてみれば、夫人だけではなく三名ほどの見慣れぬ人物も共に居た。
「御休み中申し訳ありませんが、入ってもよろしいでしょうか?」
訊ねてきたのは見知らぬ人物の一人だ。
恐ろしく背が高く、見た目だけで他者を圧倒出来るだろう。よく見れば帯刀しており、それもまた威圧的だった。もう一人も同じようなものだ。背はさほど高いわけではないが、その分、身体付きは立派なもので、正常な者ならば戦おうだなんて思わないだろう。
対して、もう一人。二人と共にいるそのもう一人がアプリコットは気になった。背丈はアプリコットと同じくらい。外套にすっぽりと身を包み、顔も殆ど隠れているが、男にせよ女にせよおそらく子供には間違いない。
どういう集団なのか非常に気になりつつも、アプリコットは半ば圧される形で受け入れた。その後でケモノの青年の事を思い出して慌てて振り返ったものの、中はすでにアプリコット以外誰もいないかのように静まり返っていた。
「では、失礼します」
男たちに付き添われ、謎の子供も入って来る。
アプリコットは戸惑いながらもその様子を眺めていた。
全員が入るのを確認すると、宿屋の夫人もまた怪訝そうに眉をひそめ、特に何も言わずに一礼して、そのまま去っていく。それを見送りつつ子供の方が扉を閉めると、すぐさま外套をはらりと脱ぎ捨てた。
セミロングの髪が現れた。少年のようななりをしているが、愛らしい少女のようだ。
「突然の訪問をお許しください」
喋り出したのは少女の方。
いや、単に少女、と言っていいのだろうか。
外套を脱いだ途端、アプリコットはその少女の輝かしい太陽のような髪に目を奪われた。ついで、彼女がこちらを向いた途端、夜の近づく空の色のような目に心を掴まれてしまった。傷一つない乳白色の肌は石像のよう。目も、鼻も、唇も、まるで計画的に設計されたかのように整っていた。
その少女は非常に美しかった。
黄金の髪。夜空の目。不可思議な雰囲気には心当たりがある。魔法使い特有の独特な波動がアプリコットの肌をぴりぴりと刺激してきたのだ。
では、彼女は魔法使いなのだろうか。それもまた違うような気がした。
「初めまして、アプリコット様。私の名はアンズ。アマレット国王の第一王女、アマレット=アンズ。あなたに手紙を送った者でございます。
こちらは用心棒の右近と左近」
非常に丁寧な口調でそう言って、彼女は一礼をした。仏頂面の用心棒達も同じく。彼らの着ている服にはよく見ればアマレット王室の紋章が刺繍されていた。
アンズ。アマレット国王の第一王女。手紙を送った本人。
その言葉の意味を暫く考えてから、アプリコットもまた慌てて頭を下げた。
アンズ姫。彼女こそが、噂の次期女王陛下。
その事実を受け止めて、アプリコットは改めて驚いた。噂に聞いていた以上の美少女だったせいでもあるし、それ以前に、こんな場所で会えるだなんて思ってもいなかった為である。
「驚かせて申し訳ありません。あなたが選考会場にいらした事は存じております。失礼をお許しください。私共の決まりでは、どうしてもあなたを正式な勇士として招けなかったのです。
しかし、あなたが十八になるまで待つことは出来ません。なので、勝手ながら私が鳩を飛ばしてあなたに声を届けたのです」
アプリコットは目を丸くした。
誰かが手紙を紛れ込ませたのだとは想っていたけれど、それがまさかアンズ姫だったなんて。しかし、分からない。会場にはたくさんの勇士候補が現れたはずだ。きっとアプリコットよりも年上で、賢くて、力もある大人の男女だろう。それなのに、アンズ姫がここまでしてアプリコットを呼び、そして用心棒を二人もつけてまで御忍びで会いに来るなんて。
「アプリコット様、失礼を承知でお願いいたします」
アンズ姫は心のこもった声でアプリコットに言った。
「どうか、非公式の勇士としてアクマを退治してください。無茶を言っているのは分かっております。あなたは私と同い年。年端もいかぬ少女だと分かってはおります。父上は国中の若者を集め、なんとかアクマを倒すべく準備を始めました。でも、それでは駄目なのです。アクマを倒せるのは、たった一人の少女。それがあなたなのです、アプリコット様」
たくさんの人の為にもアマレット王室の役に立ちたい。
そう思ってここまで来たのは確かだったけれど、さすがにアプリコットは怖気づいてしまった。
非公式の勇士としてアクマを退治する。たった一人で、ということだろうか。そもそも、たった一人でどうやってアクマを退治すればいいのだろう。自分だけがアクマを倒せるなんてどういうことだろう。
次から次に浮かび上がる疑問の全てを見通すように、アンズ姫は俯き気味に言った。
「いきなりで申し訳ありません。けれど、確かな事なのです。アクマを倒すにはこの国の北にある聖なる泉に住まう精霊が持つ『きおくのたてごと』が必要です。しかし、それを使える者は限られている。たてごとと魂を共鳴させられるたった一人の者だけ。神は私たちに告げました。その者は森の奥に住まう十四歳の少女。魔法を使い、人々のために力を貸す優しい少女。その名はアプリコット」
夜空のような目がアプリコットを見つめている。
「父上は迷いました。そのお告げが本当ならば、選ばれし者はまだ十四歳の少女。国を率いる者として、年端もいかぬ少女に背負わせるにはあまりに酷ではないかと。しかし、時間は刻々と迫っているのです。このままではアマレット王国の光は奪われてしまう。アクマに呑みこまれてしまえば、国民の居場所は完全になくなってしまうでしょう」
切実な思いのつまった声に、アプリコットの心にもまた強い感情が宿る。
使命感とでもいうのだろうか。
拒否できない思いが強まり、アプリコットに決断を迫る。
「アプリコット様、あなたに望むのは二つ。泉の精霊より『きおくのたてごと』を受け取り、そしてそれを使ってアクマを滅ぼすことです。無茶なお願いかもしれません。けれど、あなたこそは神に選ばれし御方。どうか、無力な我々の代わりに、この国を闇より御救いください」
深く頭を下げられ、アプリコットはうろたえた。
彼女は次期女王として国を憂いている。それはアプリコットも同じ。
そうとなれば、答えは一つしかあり得なかった。




