表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

第10話 杏

 目を覚ました瞬間、あんは生まれ変わったかのような気分になった。

 まるで、これまでの灰色の世界に色が加えられたかのよう。

 強すぎる光を厭っていたはずなのに、すぐにカーテンを開けずにはいられないくらい、杏の心身はうずうずとしていた。

 カーテンを開けた途端、太陽の強い光が杏の全身を照らしたけれど、これまでのように嫌な気持ちにはならなかった。かざした手から見える血潮も、前のように気持ちの悪いものではない。不思議なくらい、杏の心は昨日までと変わってしまっていた。

 窓を開けるとそよ風が入り込み、窓辺に掛けられていた風鈴を揺らす。そして、非常に長い間封じられていた懐かしい音の響きが生まれた。それを耳にした瞬間、杏の目からは涙がこぼれていった。頬を伝っていくその熱い滴の意味を受け止め、杏は静かに考え込んだ。

 思い返せば悲しさと後悔ばかりだった。

 無力さを嘆き、何もかも投げ出したいという気持ちでいっぱいだった。

 けれど、もう終わりだ。


 風鈴の音に導かれ、杏はふと歩き出した。

 締め切られた狭い部屋のなかには、たくさんの思い出が封印されている。もう呼び起こすことはないだろうとさえ思っていたけれど、それではいけないと今の杏は思っていた。

 封じられていた机の引き出しを開ければ、その奥に写真が隠されている。どの写真の笑顔で、それぞれに大切な思い出がつまっている。今はもう戻らない時間。自分の過ちで未来の可能性すらも失ってしまった。その後悔を杏は忘れない。

 ――忘れてはいけない。

 杏は数枚の写真を手に取った。

 今はもうどこにもいない大切な人と共に映った小学生の頃の写真。写真でしか残っていない記憶。罪悪感から逃げようとし続けてきた思い出のつまったもの。そのすべての封印を解き、殺風景となっていた自分の部屋を彩り始めた。

 忘れてしまってはいけない。蔑ろにしてはいけない。そんな思いが杏の中に芽生え、見る見るうちに枝を伸ばし始めていた。

 幽霊というものがもしもいるのならば、彼女は自分を許してくれるだろうか。

 杏は考えた。しかし、すぐに結論を出すのをやめた。許してくれたとしても、くれなかったとしても、杏にできることは決まっている。

 親友は親友なのだ。今も昔も親友なのだ。気付くのは遅すぎたし、もうどうしようもないかもしれないけれど、せめてこれからは堂々と彼女を偲んだっていい。

 現実から逃げる時間は終わったのだ。


 ――君の名前は杏。

 もう、アマレット王国の魔女アプリコットではない。

 一瞬だけ聞きなれた幻想の声が響いた気がしたけれど、杏はすぐに気を取り直した。幻想は幻想。眠っているときだけに向き合えばいい。


 そして、杏は扉を見つめた。

 あの事件以来、ほとんど出たことのなかった扉。固く閉ざされ、家族ですら入ってくるのをためらっているあの扉。閉じられたまま、様々なものと共に守ってくれていたあの扉。

 扉に頼り切る時間も、もう終わったのだ。

 杏は震える足をどうにか制して扉の前に立つと、同じく震え続ける手を恐る恐る伸ばして、ドアノブに手をかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ