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マクレガー伯爵家が所属する派閥は、ファレル公爵及びその外孫に当たる現在の第一王子を旗印に掲げるリリオン派、と呼ばれるグループらしい。例によって、派閥の通称の由来は約五百年前の国旗に百合が描かれていたから。
足並みの揃っていない貴族間へ、燃料投下してわざわざ対立する図式を煽ってやるなんて、現国王は馬鹿なんじゃないだろうか? と思ったが、運の悪い出来事が幾つか重なった結果が、現在の後継者問題に繋がっているらしい。
そもそも、現国王が誕生した当時、第一王子である優秀な兄君がおいでで、第二王子として育てられていた。
第二王子だった彼は、バーネット派の子爵令嬢と恋仲になり、遠縁の娘と王子様の恋を叶えてやろうと、バーネット派の首魁・オールドカースル侯爵は令嬢を養女として迎え、後見して教育していた矢先。当時の国王夫妻と第一王子、現国王の両親と兄君が亡くなった。
視察先で密かに流行病が蔓延し、感染している事に気が付かず手遅れになってしまったらしい。
急遽国を継ぐ事になった第二王子様、宮廷内でも猛威を奮った流行病で多くの要人・国民が亡くなり国力は低下。当時は王位を継ぐと考えられていなかった為、第二王子様への支持率は低い上に、持ち上がる王妃選定問題。
亡くなった当時の第一王子様の婚約者、将来は王妃たる者として教育され、様々な慈善活動と美しい姿、そして快活な人柄で国民からも将来の王妃となる姫君『フェアプリンセス』として愛されていたファレル公爵令嬢と、オールドカースル侯爵家に養女に入ったとはいえ生まれは子爵家であり、王族として活動する能力と知識に欠けている恋人。
ファレル公爵家からは『うちの娘が次代の王妃となる事は、先々代国王陛下及び先代国王陛下より国命が下っている。娘もそれだけを考えて、己を律して厳しい勉学に励む健気な娘時代を送ってきたんだが? 今更それを反故にする気か? ああん?』
オールドカースル侯爵家からは、『お~やおや。歴史と伝統ある誇り高い大貴族家としての矜持を曲げてまで、陛下の想い人が些事に煩わされる事なくよりどころとして立てるよう、遠縁の娘をわざわざ後見して差し上げているのですが?
なるほどなるほど。あれほどこちらに熱心に語った真実にして唯一無二の愛とやらも、権力欲の前ではかき消えますかそうですか』
……うん、なんかもう、『馬鹿なんじゃないの?』とか思ってごめんなさい。若くして国主の重圧を背負わされた国王陛下。
現在の王妃が元愛妾でバーネット派の方だという事は、当時の決断はファレル公爵令嬢を娶って国内を安定させる、だったんだね。
そうして王妃となったファレル公爵令嬢は国王との間に男児を二人もうけ、次男を難産で産んで以来身体を悪くし、現第五王子ヴィンセント殿下が二歳の誕生日を迎えて間もなく儚くなった。リリオン派の一員である前王妃の乳母が付きっきりで看病に当たっており、暗殺されたのではないかと疑ったりする余地も無いらしい。
そして王妃が没して数年後、愛妾だったオールドカースル侯爵の養女である女性が、王妃の地位に就いた。
「現王妃様はよくやっていると思うよ。前王妃が身体を壊して公務につくのが難しくなって以来、彼女がその穴を埋める努力をしていたのは誰もが知るところだ」
そう言って食事を終えたおとーさまは、ナプキンで口元を拭う。あたしもカトラリーを置いて、首を傾げた。
「だからこそ問題は、第一王子殿下がややお身体が頑健とは言い難い点と、第二王子殿下が博学にして外遊によって周辺諸国と多くのパイプをお持ちである点だ」
「優秀で知られる第二王子様、という事ですか」
本を正せば何十年も昔の流行病のせいで、ずいぶん面倒臭い事態を招いている。あたしは内心で、関わりたくないなあ、と呟いた。
うん、身代わりなんか引き受けたせいで、巻き込まれるのは分かってるさ。
晩餐の後、セーファスオジサマは「マイ・エンジェルのお披露目パーティーまでには帰ってくるからね!」と、熱烈なハグとキスを残してまた仕事へ向かっていった。今度は東方に向かうとの事。次の土産は、ちゃんとあたしが自由に出来る食べ物か消耗品が良い。
晩餐を終え、アーウェルおにーさまに自室へと送って頂きながら、あたしはおにーさまに疑問をぶつけてみる事にした。
「アーウェルお兄様。お兄様は後継者問題に関して、どうお考えなの?」
「僕かい? 僕はそうだなあ……順当に第一王子殿下が王位を継げば良いと思うよ。だって後々禍根を残さないように配慮して、わざわざ現王妃様の愛妾時代に、前王妃様より先に男児を産まないように子を作らずにいたぐらいなんだから」
……前王妃様と第一王子殿下って、本当に『正当な王族』の格を落とさないようにする為に、義務的に作製された立場なんだ。確かに、そんな事情から生まれ育てられたのに、異母弟の方がより優秀だからなんて理由で押しのけられるのなら、第一王子殿下の寄りどころである王たる父にアイデンティティを否定されたに等しい。
「第一王子殿下は……とても努力家で聡明なお方だよ。あの方が背負う重圧を少しでも和らげようと、ヴィンセント殿下も日々研鑽を積んでおられる」
アーウェルおにーさまはそう言って柔らかく微笑むと、あたしの頭にそっと手のひらを乗せ、優しく撫でる。
今まで見たことがないくらい、とても優しい表情を浮かべてどこか遠くを眺めながら主人に当たるヴィンセント殿下の事を評したアーウェルおにーさまは、あたしに視線を戻すと、とても真剣な眼差しであたしの顔を覗き込む。
「だからエイプリル、できれば君には、そんなヴィンセント殿下に寄り添いお支えする人になってくれたら嬉しい」
「アーウェルおにーさまは……」
あたしは答える言葉を探したが、一介の平民が王子様の傍で支えになる、なんて単なる夢迷い事だとしか思えなかったし、マクレガー伯爵家の名を背負って立つのもあたしらしい生き方だとは考えられずにいる。
だからあたしは、何を期待されてもこう呟くしか出来なかった。
「アーウェルお兄様は、ヴィンセント殿下の事がとてもお好きなのですね」
「うん。僕にとって、世界で一番大事なお方なんだ」
おとーさまやおかーさま、おばーさまやオジサマ。誰の事を話す時よりも、アーウェルおにーさまは温かく瞳を和ませ、肯定を示す。
シスターが居ないこの世界に取り残されたあたしには、『世界で一番大事』なんて考えられる人はいないから、敬愛する主人を持つアーウェルおにーさまの事が少しだけ羨ましい。傍で支えるなんて空恐ろしい選択肢はともかくとして、何百何千人居るのかは知らないヴィンセント殿下の応援者その八百、ぐらいにはあたしも埋没しても良いかな。
扉の前でおにーさまと別れて自分の部屋に戻ると、ドリスが部屋着に着替えさせてくれながら声を掛けてきた。
「今日のお勉強でご使用になられていたお嬢様のお気に入りの扇子、引き出しの中に入っておりませんでしたが、どちらに置いて行かれたのでしょう」
取って参りますね、と笑顔で言われてあたしは記憶を辿った。お屋敷のお外へうっかり持ち出してオジサマと乗馬でーと、とやらに行ったのだ。
……そういやあれ、どうしたっけ? 寝てるクウェン氏をツンツンしたのは覚えてるんだけど。その後帰宅して、ラーラと夢について熱く語りかけながら着替えた時には、風に飛ばされないよう馬上で押さえてた帽子を彼女に渡した覚えしか無い。
……オジサマに強引に抱き上げられて馬に乗せられた時に、多分、手から滑り落とした?
「ど、どうしましょう、ドリス。わたくし、昼下がりに叔父様と湖へ出掛けた折に落としてしまったのだわ」
ぎゃーっ! 高級備品・ふ ん し つ !
そう考えるとハンカチも仕舞った覚えがない上、別れ際にクウェンのあんちゃんが何か言いたげにあたしを呼んでた姿が思い出される。あの、拾い上げてた白い物体は多分ハンカチで、『落としましたよ』って言いたかったのに違いない。
オジサマのバカバカ! イイ笑顔でとっとと屋敷からもとんずらこきやがって!
「まあまあ、大丈夫ですよお嬢様。明日、湖畔へ人をやって探させますから。
あの扇子には親骨の裏側にマクレガー伯爵家の家紋が刻印してありましたから、見る者が見ればすぐにエイプリルお嬢様の扇子だと気が付きます。どなたかご親切な方がお屋敷へ届けて下さるかもしれませんし」
あまりにも狼狽える様子を見かねたのか、ドリスが穏やかに告げて、お風呂の支度に向かった。
ええ~。伯爵家の紋章付き小物なんて、むしろ悪用される心配しか思い浮かばないんですけど!
「ラーラ、ちゃんと見つかるかしら?」
胃の痛い思いで部屋に残ったラーラに尋ねると、彼女は小首を傾げた。
「さあ……それは何とも。
ただ、あの扇子には高級な絹やレースを使ってありましたから、裏側の家紋になど気が付かず拾った者は故買屋に持ち込む可能性の方が高いのでは?」
誰とも知れぬ存在にマクレガー伯爵家の家紋入り小物が渡る。どう考えてもヤバい。口先だけなら身分詐称だって出来るんじゃないのかなあ……
あ、でもむしろ、クウェンのあんちゃんが拾ってくれてるかもしんない! と、あたしは一瞬喜びかけたが、すぐにいやいやと頭を振った。
あたしが落としたハンカチを、多分拾ってるぽいクウェンのあんちゃんが扇子にも気が付いていて一緒に拾ってくれてたとしても、彼はマクレガー伯爵家とは対立する家のお貴族様だ。彼の家の奴がどんな風に悪用してくるか、全く想像もつかないからむしろ拾わないでいてくれた方が有り難い。
何の名案も思い浮かばない中、ドアがノックされた。
「エイプリルお嬢様、カレンでございます」
備品紛失問題に内心でうんうん唸り悩める主人であるあたしをほっぽって、ラーラはカレンの求めに応じてドアを開き、カレンを招き入れた。
軽い足取りで入室してきたカレンは両手を重ねて何かを捧げるように持ち、心なしか頬を紅潮させており表情が明るく輝いている。
「カレン、何か良いことでもあったの?」
「はい。お嬢様にお届け物がございますっ」
声まで弾ませ、カレンは両手の平の上に乗せていた品をテーブルの上に置いた。
ランプの灯りに照らし出され、ぼんやりと赤い何かが透かし見える白い布地の包み。それをカレンが開くと現れる、熟したベリーの粒。
「……あら、ベリーの実。カレンが摘んできてくれたの?」
もう日が暮れて外は暗いのに、あたしが湖畔からベリーをお土産に持ち帰れず残念がっていたのをいつの間にやら察し、晩餐の間に摘んで戻って来るとは。カレンってば、控え目でお人形のような容姿とは違って意外と侮りがたいわ……!
そう感心したのに、カレンは「いいえ、わたくしではございません」と首を左右に振り否定した。
「大奥様の御前から下がらせて頂き、離れからこちらの母屋に向かって近道しようと裏庭を通り掛かりましたら、見知らぬ黒髪の紳士が裏庭の木の枝に座っておられたのです」
へー、おばーさまのお部屋って、離れにあるんだ。
……どうしよう、カレンの話には突っ込みどころがいっぱいなんだけど。
「わたくしが思わず悲鳴を上げようとしましたところ、紳士が『自分は怪しい者ではない』と仰って」
「怪しいどころの騒ぎじゃないわね」
何故かうっとりとした眼差しで語るカレンに、ラーラが半眼でツッコミを入れた。うんうん、そうだよね。
が、カレンは同僚の眼差しになど全く堪えた様子も無く言葉を繋げる。
「その証拠に、と紳士が差し出された白いハンカチーフには、確かにエイプリルお嬢様の御名とマクレガー伯爵家の家紋が刺繍されており、紳士はこう仰いました。
『可憐なレディと密やかに交わしたベリーの思い出を、あの方と今宵、月の幻夢に抱かれし枕元でもう一度、と。その焦がれる想いはどうしても抑えきれず、突き動かされてしまったのです』と」
はい、早速家紋が悪用されましたーっ!
ベリーを包んでいる布地をよくよく観察してみると、あー。確かにエイプリルって飾り文字の刺繍が読み取れる。この端っこの模様がマクレガー伯爵家の家紋なんだ? もうなんて言うか、あたし、準備された備品には全部、神経質なぐらい気ぃ配らなきゃならないのかしら? たかだかハンカチ一枚にまで家紋入りって……
多分この布地、昼過ぎにあたしが湖畔で落としたハンカチで、カレンが庭で遭遇したって言う黒髪の紳士とやらはクウェンのあんちゃんか? 爵位持ち貴族のクセに何やってんだアイツは!?
「屋敷の者には内密にエイプリルお嬢様へ渡して欲しい、そう仰ってベリーとハンカチ、メッセージカードを託された紳士は、軽々と木を上り張り出した枝から塀を越えて去って行かれました……」
「エイプリルお嬢様、庭師に裏庭の樹木の剪定を命じるべきだと思います。現状のままでは防犯上、安全性が疑問視されます」
紅潮した頬に片手をあてがい、うっとりとした表情のままあたしにメッセージカードとやらを手渡してくるカレンと、真顔で進言してくるラーラ。木の枝を切るのは可哀想なので、塀に盗賊除けの返しとか取り付けてくれるよう提案しておこう。
まあ、クウェンのあんちゃんが正面から落とし物です、だなんてマクレガー伯爵家に届けられないのはしょうがない。ビミョーすぎる両家の関係上、単なる届け物だろうが間に介する人間は少ない方が良い。
むしろ、面倒だからと打ち捨てられなかっただけ有り難いと思わねば。
「それはお父様やお兄様とご相談ね。
それにしても……クウェン様はカレンに何を仰っておられたのかしら?」
ええと確か、二人のベリーの思い出? を、今夜あたしの枕元に?? サッパリ意味が分からん。立ち話したぐらいで、一緒にベリーを食べた訳じゃないのにね。
「あの方はクウェン様と仰るのですね」
パクッとベリーを食べてみると、甘酸っぱい味が口の中いっぱいに広がった。あたしの疑問符に満ちた呟きに、カレンはキラキラとした眼差しを向けてくる。
「あの方は名乗っていかれなかったの?」
「ええ。エイプリルお嬢様の信奉者、とだけ」
あたしは危うく、口に入れたベリーを吹き出すところだった。
公式にはオブライエン卿と呼ばれるあのあんちゃんが、まさかマクレガー伯爵家にこっそり忍び込んだ上、屋敷の者にそう名乗る訳にもいかないだろうけどさ。だからって信奉者……
「わたくし、全く気が付いておりませんでしたが、エイプリルお嬢様には密やかに想いを交わした殿方がおいででいらしたのですね」
嬉しそうに頬を染め、そう語るカレンは何かを思い浮かべているのか微妙に目の焦点があたしに合っていない。
おいこらクウェン! 本当に貴様、カレン相手に何を一席ぶっていきやがった!?
「まあ、うふふ……嫌だわカレンったら。あの方はわたくしの恋人などではありませんよ」
「まあ。それではクウェン様の片思い?
殿方に口付けと求婚許可はお与えになられながら、恋人ではないだなんて……わたくしのお嬢様は何て罪作りなお方」
咎めるようなカレンの言葉に、あたしは今度こそベリーを吹き出しかけて咳き込み、話を半分聞き流していたラーラは水差しを取り落としかけた。
「カレン、あなたはいったい何を言っているの?」
そう尋ねるあたしにカレンからは怪訝そうな眼差しで見返されたが、ラーラもまた同調して重ねて問うので、カレンはようやくあたし達へ話が通じていない事に気が付いたようである。
「よろしいですか、エイプリルお嬢様?
貴族令嬢とは、殿方の前で盛んに囀るべきではなく、慎ましやかに控えておくべきなのです」
そんな前置きから始まったカレンの解説によると、むかーし、布地が今よりももっと貴重品だった頃、自己主張や自由が今とは比べ物にならないぐらい制限される未婚の貴族令嬢は、あまり屋敷から出される機会も少なく、当然男性との接触機会もあまり無かった。
貴族女性が持ち歩くハンカチとは、生地の上等さもさることながら、流麗な筆致による名の刺繍技術はもちろんの事、持ち主のセンスや腕前、その粋がギュッと集まり込められた個人情報の塊のようなもの。
保護者に紹介された男性としか交流も許されず、結婚相手は父親や祖父が決める。そんな定めを背負った貴族令嬢がこれと思った男性に偶然を装って自身のハンカチを拾わせるのは、『わたくしをあなたに』という、令嬢なりの精一杯のアピールになり、令嬢のハンカチを得た男性はその女性に求婚する権利を持つという……だいたい二、三百年ぐらい前の貴族社会では。
小物に何か別の意図を込めんの、マジで好きだな貴族って生き物は! 日用品には実用性と使い心地だけ求めてろ!
まあ現在では廃れた習慣であり、実際にハンカチを持って当主に『お宅のお嬢さんを嫁にくれ』だのと直談判をかます男は流石にいないらしいが、一昔前の貴族社会を舞台にした恋物語を読んだらしいカレンは、殿方にハンカチを渡し恥じらいがちに自らの恋心を伝えようとする、というシチュエーションにとても舞い上がったのだ、という話だった。
……夢のシチュエーションに水差してごめんカレン。このハンカチに刺繍したの、そもそもあたしじゃないんだ。
「そのような謂われは存じませんでしたし、このハンカチは本当に偶然落としてしまっただけのものよ」
「残念です……」
「因みに、お嬢様とその紳士とやらが口付けした、っていったいいつ判断したの?」
「ベリーは唇を暗喩させる果物なの」
……ラーラに向けてカレンが意訳したところ、クウェンのあんちゃんは『皆に内緒でエイプリルとしたチューが忘れられなくて、夜だけど来ちゃった。ねえ、会えないのは仕方がないけど、せめて今夜は僕とチューする夢を見て欲しいんだ』とかいうアホ台詞をほざいていったらしい。息するように口説き文句が飛び出てくるのは凄いが、伝言受け取った方のあたしには意味が通じねえんだよ。
よし分かった。カレンが勘違いしたのは、クウェンのあんちゃんが思わせぶりな事をうそぶいていったのが全部悪いんだな。
溜め息を吐きながらクウェンのあんちゃんからだというメッセージカードを開いたあたしは、その文面に眉をしかめた。
「ねえカレン。確か、扇言葉でも女性が扇を落としていくのには、何か意味があったわよね?」
「ええ。……確か、『あなたとわたくしは今後、お友達でいましょう』といった意味合いだったと思います」
どこまでも恋愛関係の意味ばっかりだな、扇言葉。
ハンカチよりは単体で面倒な意味は薄そうだが、楽観視は難しい。
「エイプリルお嬢様?」
「お嬢様、お風呂のお支度が整いましたよ」
あたしの表情の変化に気が付いたラーラが声を掛けてくるが、何か答える前にドリスが戻ってきたので、あたしはいつもの笑顔を浮かべて何でもないわ、と言った。
「この恋文は、誰にも見られない場所に隠したいの」
「クローゼットに鍵付きのジュエリーボックスがございます。すぐにお持ち致しますね」
ドリスに気取られないようカレンの耳元に囁くと、カードを預かっていてもあたしに渡す前に勝手に読んだりはしていなかったらしきカレンが、いそいそと精緻な細工が施された小箱を取り出してきて、あたしはそこにQのサインが末尾に記されたメッセージカードを仕舞い込んだ。
あたしはお風呂で今夜も手間暇かけられたスープの具になりつつ、今後の事について考える。
おにーさまにお願いしたら、多分イイ笑顔で怒り出しそうだから却下だな。となると、ミズ・メイヒューに相談してみるしかないか……