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「何だ、誰かと思えば。お前、また一人でフラフラしてるのか」


 ふわぁ~と、眠たげに欠伸をしたその人は、呆れたような口振りでそんな呟きを漏らしながら肘をついて身を起こすと、凝った身体を解すように軽く伸びをした。それはまるで、猫のようなしなやかさで。


 それは一陣の風がもたらした、有り得べからざる邂逅だった。



 そんな出会いから、少しだけ時間は遡る。


 セーファスオジサマに連れられてやって来た、白鳥が戯れるのどかな湖。湖畔にはそよ風が吹き抜け、日差し降り注ぐ水面はキラキラと輝いている。

 このオッサンがあまりにも気さくで、肉親として親愛の情のようなものを示してくるせいで、少しだけ感傷的な気分に浸っていたあたしは、幾度も瞬きをしてそれを振り払った。

 あたしは本物のレディ・エイプリルじゃない。身代わりで、親の顔も知らない単なる孤児だ。少しだけ、本当に少しだけ『お父さん』に甘えられたような気持ちになったけれど、それはあの一瞬だけでお終い。封印。


 畔で馬の足を止めたオジサマはサッと地上に降り立つと、あたしの腰を両手で掴んで馬上から下ろしてくれた。そのまま馬を湖に先導すると、黒毛の馬はガブガブと水を飲み始めた。


「透き通っていて綺麗な湖ですね」

「うむ。王都の主な水源は河川だが、こちらの湖も綺麗なものだ。マイ・スイート、不用意に近付いては落ちてしまうよ」


 水面を覗き込んでいたら、腕を取られて遠ざけられた。チッ。こっちの国はまだ肌寒いとか以前に、そもそも貴族のお嬢様は湖に入って水遊びなんかしないよなあ、やっぱ。

 十分水を飲んだ馬を木に繋ぐオジサマを横目に、あたしが久々の自然の中で開放感を覚えながらベリーの茂みに近寄った時だった。

 ゴウッ! と、風を切る音が鳴るほどの強風が吹き抜け、被っていた帽子が吹き飛ばされ林道の向こうへ消えてゆく。


「あっ、お兄様から贈って頂いた帽子が……!」


 あたしが身に着けている物、使う小道具、住まいとして与えられた部屋。それらは全て、備品として借用しているだけであって、決してあたし個人の物ではない。だから『令嬢として相応しい振る舞い』に該当するならばともかく、勝手に下賜したり、又貸ししたり売り払って良い物ではないのだ。

 貴族令嬢役の舞台衣装だけあって、いかにもお高そうな上品なあの帽子、無くしたからと簡単には弁償なんて出来そうにない。やべー。


「安心しなさい、マイ・エンジェル。悪戯な風から、私が君の大切な帽子を取り返してきてあげよう。ここで待っていなさい。馬を頼んだよ」


 走って探しに行くべきか? 逡巡していると、オッサンは歯を光らせて捜索を請け負い、ステッキ片手に林の向こうへと駆けて行った。ううむ、あのオッサンの発言は色々とアレだが、基本的に良い人なんだよなあ。何でおにーさまはあのオジサマをああも警戒してんだろ?

 木に繋がれた事に全く頓着する様子も無く、足下の草をもしゃもしゃと食べている黒毛の馬の首筋を軽く撫でて、あたしはポケットからハンカチを取り出してベリーの茂みに屈み込んだ。


「ん~、あんまり実ってないな。誰かが先に採集に来たのかな」


 湖に面した茂みは葉が生い茂るばかりで、あまり実が付いていない。あたしは引っ掛けないように慎重に足首丈のスカートの裾を軽く持ち上げ、茂みの裏側に回り込み……下ろした皮靴の足裏から、ムギュ。とした感覚が伝わってきた。

 何ぞコレ? と、疑問に思いながらまずは慎重にふみふみしつつ感触を確かめるが、土の地面や草木では有り得ない、微妙な弾力性がある。

 この時点で正体が掴めないとなれば、次なる段階は視認だ。


 恐る恐る、足下へ視線を下ろすと、フロックコートを身に着けた……えーと、見た目十七、八歳くらいの、少年から青年に移り変わる年頃に見える、人間が仰向けに寝転がっていた。

 彼の傍らには、トップハットやステッキも転がっている。

 紳士が着用するフロックコートの形状は、パッと見では身に着けている人物が紳士階級であるのか、はたまた貴族階級であるかの違いがあたしにはよく分からない。生地の良し悪しや仕立てで細かに違うのだが……

 あ、袖のカフスボタンに家紋らしき模様発見。この紳士が貴族である可能性がグンと高まった。

 どうしよう。いかにもお高そうな絹のお召し物に、あたしが踏んづけた靴跡がクッキリ汚れて付着してるんだけど。貧乏人にはこんな高級な服を弁償なんか出来ない! ……一生懸命手洗いするから、洗濯で許してくれるかなあ?


 あたしは彼の傍らにしゃがみ込んでジロジロと観察し、手にした扇の先端でちょんちょん、と軽くつついてみたりしているのだが、それにしてもこの紳士、先ほどからピクリとも動かない。

 え、まさか……もしかするとこれって死体じゃね? え? 加害者の姿が影も形も見えないこの状況、まさかあたしが犯人だと疑われるんじゃ!?

 あたしの脳裏に、『ブリズセリュト貴族殺害事件。第一容疑者は第一発見者を装った伯爵令嬢!』という、三流ゴシップ新聞の見出しが過ぎっていく。

 あいつらは真実がどうという倫理観で動くのではない。いかにセンセーショナルか、売り上げに繋がるか。重要視するのはそれだけだ。

 一般の大衆紙が貴族家を敵に回す事を怖れても、社交界の噂雀は楽しげに無責任な噂を囀るだろう。


「……ん……」


 最悪な方向にどんどんと予想が転がっていっていたあたしだったが、地面に転がっている紳士の指先がピクリと動き、彼は息を吹き返した。いや、正確には初めから死んでいなかったようだ。


「あの、どこかお身体の具合でも……?」


 恐る恐る、黒髪の紳士の肩を揺さぶって呼び掛けてみると、彼は鬱陶しげにあたしの手を押しのけ、寝返りを打ち、その拍子に張り出した木の根に額をゴンッと打ち付けた。


「いたた……」


 その衝撃には流石に意識の覚醒を促されたようで、紳士はぶつけた額を抑えて呻き、瞼を開く。ブリズセリュトでは珍しい、琥珀のような色だ。


「……ん~?」


 もしや体調を崩して気絶でもしていたのかもと、紳士の顔を覗き込んでいたあたしと視線が合い、彼は訝しげに唸った。


「何だ、誰かと思えば。お前、また一人でフラフラしてるのか」


 そんな事を呟きながら、彼は欠伸をしつつ身を起こす。どうやらこのヒト、具合が悪くなったのではなく昼寝をしていただけだったらしい。こんな草むらの陰で寝入るとは、とんだ人騒がせな……などと、半ば現実逃避をしながらあたしは視線を彼方へと向けた。


 ヤバい。ヤバいヤバいヤバい。

 誰だよコイツ。本物のエイプリルお嬢様の知り合いか何かっぽい、いかにも既知な言葉を投げかけられたけど、どう反応すりゃ良いのさ。盾になってくれるアーウェルおにーさまも居ないのに、手探り状態の今、本物の知人と渡り合うのはオジサマだけで間に合ってる!

 仮に、ボロを出さない為にこの場から逃走したとしても、この紳士と本物のエイプリルお嬢様との関係如何によっては、逃げた事を怪しまれて、些細な綻びから身代わりがバレる事態に発展するかもしれん。


 で、この貴族っぽいあんちゃんは何者か? あたしは手にした扇で表情を読まれないよう隠しつつ、ぐるぐると思考を回転させた。

 いち、レディ・エイプリルの親類その2。に、レディ・エイプリルの友人、幼馴染みやら昔馴染み的なナニカ。さん、別に親しくもない単なる顔見知り。よん、実は恋人。

 正解はどれだ? 『お前』って粗雑な呼び掛け方をされるって事は、またしても親類か?


「何だよ。まーたシカトか?

お高くとまるのも結構だが、正直感じ悪いぞお前。マクレガー伯の令嬢は、挨拶の一つも満足にこなせないだなんて、いい笑い物じゃないか」


 あたしが必死こいて現状の打開策を練っていたら、こっちのバックゾーンを知っているらしき紳士は小さく笑みを口元に浮かべて、あたしの頭に手を伸ばしてきた。反射的に扇を右手に持って翳してみるが、それは全く意に介されず指先が髪を軽く梳く。

 ……この扇言葉、本当に正しいのか? 試しに『図々しくしないで』も繰り出してみたが、黒髪の紳士には通じた様子が見受けられない。おおぅ、扇言葉を知らないタイプかこのあんちゃんっ。


 それにしても、なんかそこそこ親しげっていうか気安い雰囲気なんですけど。何? 本当にこのヒト何者? 名を名乗れ! 速やかに自己紹介をせよ! って言えないのが辛い。

 うーん、ここはあれだ。『不躾に触られて、自尊心の塊、高貴なあてくしは大変不愉快かつ不本意でがす』って感じで、拗ねた面倒婦女子を装おう!

 あたしは黒髪紳士の手から逃れるように、立ち上がってスカートの裾を正しながら、つんっとそっぽを向く。


「わたくし、紳士ではない殿方とは知り合いでもなんでもありませんし、見知らぬ方とは口をききたくはありませんの。

馴れ馴れしく触らないで下さる?」


 よしっ。これで、とても親しければ拗ねっ子なお嬢さん、最悪本当に見知らぬ他人だったとしても、額面通りで誤魔化せる。

 あたしの言葉に、紳士は驚いたように目を見開いた。


「エイプリル、お前……実は喋れたのか?」


 ……はい? はいぃぃっ!?

 紳士の口から発せられた予想外な台詞に、あたしの方がびっくり。もう、本物のエイプリルお嬢様って謎過ぎるんだけど。名前も知られているこの紳士の前では、理由は不明だが本物は一言も喋らなかった、と。

 そういやオジサマも『エイプリルはアーウェルの事をどう思っているのか尋ねても、だんまりだった』って言ってたし、レディ・エイプリルは実は言葉を喋れなかったとか?

 発音の些細な違いで攻撃されるのが社交界らしいし、多分話せない令嬢って貴族として暮らしていくのはかなり厳しいんじゃ?

 もしかするとあたしが身代わりになったのも、それが理由だったりするのか?


「わたくし、挨拶もまともに出来ない殿方とは、口をきかないよう厳しく教育されておりますもの」


 本物のエイプリルお嬢様が表に出てこない、あまり情報を寄越さない謎がだんだん複雑化してきた感があるが、何はともあれまずは第一目標であるところの、この黒髪紳士の正体の見極めからだ。

 あんちゃんから揶揄されたのと同じ言葉をそっくりそのまま突き返してやると、黒髪紳士は怒り出すでもなく面白そうに吹き出した。


「いいね、そういうの。不機嫌な顔で黙って睨み付けられるより、ずっといい。

エイプリルはそうやってもっと、率直に話すべきだ」


 彼はそう言うと姿勢を正し、そこで初めて靴跡がはっきりくっきりと残るフロックコートに目をやったが、無言のまま自らの衣服に付いた草の葉や土汚れをぱんぱんと叩いて払い落とすと、服を汚したあたしに文句を言うでもなく自分の手を見下ろして身に着けていた手袋をするりと外した。

 そうして改めて、あたしの手を取り手の甲へと軽く唇を寄せ。


「ご機嫌麗しゅう、レディ・エイプリル。

春の陽気に誘われ、視察の合間についついうたた寝をしてしまっておりましたが、こうして愛らしい貴方と巡り会えるよう春の妖精がそっと眠りの粉を振り撒いた悪戯なら、私にとって今日という日はとても喜ばしいものになりました」


 手を取られた辺りからびびって固まってしまっているあたしに構わず、貴族男性による、レディへのご挨拶は流れるように執り行われた。

 落ち着けあたし。いくらこんな丁重な『レディ扱い』が初体験でも、赤くなって固まってる場合じゃない。お前は今も舞台に立っているんだから、演技を忘れるな!

 頬がかなり熱く感じるので、多分、林檎のように赤く染まってしまっているのだろう。黒髪紳士はそんなあたしの手を握ったまま、こちらの顔を下から見上げ、面白そうに唇を歪めている。


 落ち着け、落ち着け。結局名乗ってはもらえなかったんだけど、この後はどうすんべ。

 もー、遠回しに話の持っていく方策が思い付かない……出会いから仕切り直しって事で、いっそ直球でいってみるか。


「今日の出会いの陰には妖精も関わってなどいないただの偶然ですが、わたくしは貴方を何とお呼びしたらよろしいかしら?」

「どうぞ、クウェンと」


 人差し指を立てて自分の唇に当て、いかにも秘密だよ、と言いたげにそう名乗った。


「クウェン……様」


 発音に気をつけながら慎重に舌先で転がしたら、我ながらまるで、感極まり陶然と噛み締めているような響きになった。解せぬ。


「それで、エイプリルはまた今日も屋敷を抜け出してきたのか?

良かったらこの後、巷で人気の劇場に行かないか?」


 いつまでもそっと掴まれたままの手を引き抜いて取り戻し、名前だけは分かった謎の男クウェンにどう対処すべきか、あたしは今後の方針を悩んでいたのだが、彼がじゃーんとばかりに取り出した一枚の紙に思わず食いつくように飛び付いてしまった。

 多色刷りされた美しいパンフは、歌手が歌う姿を描いたもの。あたしが小さい頃から働いていた劇団とはまた違う演目を公演しているに違いない。


「へえ、美術展や流行りのカフェには見向きもしなかったのに」


 ブリズセリュトの王都なんて馬車の中から眺めていただけだし、正直なところあたしだってとても街中を歩いてみたい。劇場はきっと大きいのだろう。設備や衣装、監督に役者、台本に脚本。つぶさに確認したい事はたくさんある。

 だが。

 今のあたしは『レディ・エイプリル』だ。お披露目前の令嬢は社交場には出ないし、未婚ならば一人での外出などもってのほか。そんな役柄なのだから、関係性が不透明な紳士と二人、連れ立って観劇になど行ける筈もない。


 あたしはパンフから顔を上げ、クウェンの顔をじっと見つめた。少なくとも、おとーさまやおにーさま、後は絵画の中のおばーさまとの容姿に共通点は見当たらない。貴族って大抵血族婚だから、親類縁者ならば外見はそこそこ似通う。


「クウェン様、貴方はどうしてわたくしをお出掛けに誘って下さるの?」


 やっぱり本物のエイプリルお嬢様の友達、なのかなあ? でも、会話した事がない友達っていったい。筆談してたとか……あ、文通相手って線もあるか。って、そうなるとあたしってば本物の筆跡も模写しないといけなくない!?


「どうして、って改めて尋ねられると。うーん。

好奇心、興味、気紛れ……?」


 それって同性の友人相手なら友情の取っ掛かりとしてアリな契機かもしれないけど、異性相手へ抱くには友人として遇したいという気持ちが感じられない感情じゃね?

 な~んか、挨拶文句に引っ付いてた軽薄な表現で、(あたしもしかしてこれ今、ひょっとすると口説かれてる?)とかチラッとでも思わされたのが悔しい。貴族なんて、貴族なんてっ!

 クウェンは地面に落ちていたトップハットとステッキを拾い上げ、ハットを被る。


「私は現状に納得していない。だからこそ、マクレガー家を知る必要があると思っている。

ま、エイプリルの兄貴にも声を掛けたが結果は芳しくなくて、私は蛇蝎の如く嫌われているがな」


 蛇蝎って穏やかじゃない。いつも温厚な雰囲気のアーウェルおにーさまに、この黒髪紳士はいったい何をやらかしたんだろう?

 そんなあたしの胡乱な眼差しなど意に介さず、クウェンは目を細め。


「そう。それに私はお前に興味をそそられているんだ。

エイプリルにはどことなく、他の令嬢とは違う空気を……」


 途中で不自然に言葉を切った彼は、あたしの全身を上から下まで見回し、手袋をはめ直した手を顎に当てた。


「何かしらが違うとは思っていたが、今日はまた随分雰囲気が違う気がする。

……エイプリルお前、もしかして縦も横も身体が縮んでないか?」

「少し痩せてしまったかしら」

「人間、縦にも痩せるものなのか……?」

「今日の履き物はヒールの高さが違いますもの」


 おおぅ、肖像画の顔立ちもなかなかそっくりだったし、これまで本物のエイプリルお嬢様を多少なりと知る人物からは面と向かって指摘されてこなかったものだから、あたしは真のレディ・エイプリルの身代わりである、とそう簡単には見抜かれないと安心していたんだけれど。

 メイドのドリスは遠目にしか見掛けず、叔父のセーファスはレディ・エイプリルの両親によって面会回数を制限されていたらしい。

 そこへきて、やたら親しげなこの黒髪紳士ことクウェンのあんちゃんは、多分だけどエイプリルお嬢様と間近に接近した事が幾度かあったようで、恐らくあたしが出くわした『本物を知る人物』の中でも一番詳しくて、近々のレディ・エイプリルの様子に最も明るいんじゃないか?


「お前と一緒に街を歩いたら、いつもとは一風変わった気分を味わえそうだ。今回はいつまで王都に滞在するんだ?」


 あたしは散歩が楽しいペットか。クウェンはあたしに向かって手を伸ばしてくる。

 親戚では無さそうなこの紳士と、王都の屋敷でも引き篭もりがちで普段は領地の保養地で生活していたレディ・エイプリル。接点が全く見えん。

 ……いや、さっきからクウェンはしきりに『また一人で歩いてたのか』だのと、本物は頻繁にこっそりと屋敷を抜け出すのは日常茶飯事のような口振りじゃなかった?

 あんた、病弱で部屋から出たがらないお嬢様じゃなかったのか、本物のレディ・エイプリル! つまり何。部屋に居るフリをして、その実はお屋敷脱走常習犯だったりするのか。

 そんでまさか脱走先で誘拐されて行方不明になり、捜索の時間を稼ぐ為に急遽身代わりが必要となってあたしを……どんどん嫌な想像が増殖されるわ。


「今年は十四歳のお披露目がありますの。社交シーズンの終わりまで……」

「ああ、もうそんな時期か。

お披露目パーティーではダンスの申し込みをしても?」


 うぇっ、クウェンのあんちゃんも招待客なんだ。

 この場合、どう答えるべきなんだろ。レディがダンスを踊る相手は、保護者が紹介した相手だけで、あたしはクウェンとの交流をマクレガー伯爵閣下ことおとーさまから認められているのかどうかすら知らない。

 確か、貴族の社交には様々なしがらみがあるから、なるべくお近づきになりたくない関わりたくない相手でも、お茶会に招いたりパーティーでおもてなしをしたり、招待を受けたりしないといけないケースもある、らしい。


 だから一概に、クウェンがマクレガー伯爵家のパーティーに招かれているからと言っても、信用に足る人物かどうかは分からないし、ダンスのお誘いを承諾しても良いのかどうかが分からない。貴族の人間関係メンドくさい。


 是とも否とも明言出来ずにまごついていたあたしは、木の幹の向こう側から突如としてスッ……と現れた金属の輝きに目を瞬いた。

 それは金属製の先端部分がL字に折れていて、取っ手の部分が手で握れるようになっている、紳士の象徴であるステッキ。よく磨かれた取っ手がまるで死神の鎌よろしくクウェン氏の喉元に突きつけられている。


「……我が姪に気安く近寄らないで頂こうか、オブライエン卿」


 冷え冷えとした声音で低く警告を発しつつ、クウェンが背にしている木の向こう側からゆっくりと歩み寄ってきたのは、あたしの無くした帽子を片手に、ステッキを油断なく突きつけたセーファスオジサマだった。

 ちょっと見慣れてきていた、脳天気な明るさと笑みが削ぎ落とされていて、なんだか別人のようだ。


「……おや、セーファス卿。お珍しいですね、貴方が王都に戻ってこられるのは」


 両手を軽く上げながらもその表情は余裕を振り撒きつつ、クウェンは喉元のステッキなど気にも留めていないかのように振る舞っている。


 何だろ、このどっか緊迫した空気。あと、クウェンのあんちゃんは『オブライエン卿』って呼ばれるのが社交界の常識なら、このヒトこう見えて既に爵位持ちなのかなあ?



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