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 高貴な紳士は両手指をゆったりと組み、微笑みながら仰られた。


「そう。君には今日から、私の娘になってもらいたい」

「よろしく、エイプリル。僕の事はお兄様と呼んでね」


 瓜二つとまではいかないけれど、一見してあたしとそっくりだと印象付けられる似通った顔立ちのアーウェル様……あ、あー……あーうぇるおにーさま? が、ふんわりとした笑顔を浮かべて片手を差し出してくる。えっと、庶民間でならばこれは握手の流れだけど、偉い貴族様の指先にはそっと口付けるんだっけ!? 分からないどうしよう、助けてシスター!


「私の可愛い愛娘は、どうにも緊張しているようだね」

「妹に怯えられるだなんて……僕ってそんなに怖いのかな、父上」

「いやいや。アーウェルが、というよりはこの場の全てに物慣れず気後れしているんだろう。

エイプリル、君もまだ心の整理がつかないだろうし、一旦部屋へ戻ってゆっくりしておいで」

「一度に色々な事があったし、疲れただろう? 遠慮せず休んできなよ」


 おとーさま、と、おにーさま、に労るように促されて、あたしは大きく息を吸い込んだ。

 これは仕事だ。それならば、あたしは完璧にやり遂げなくちゃならない。


「はい、お気遣いありがとうございます、お父様、お兄様。

お言葉に甘えて、わたくしは部屋に下がらせて頂きます」

「ああ。それでは話の続きは夕食の席で」

「承知致しました」

「君の部屋に案内するよ」


 シスターから教わった作法通りにおとーさまへお辞儀をして、部屋を退出する。

 ドアを押さえ、あたしの部屋までご案内がてらエスコートして下さるという、おにーさまを見上げる。見れば見るほど、ほーんと顔立ちがあたしとよく似てる。この場合、あたしがアーウェル様に似てる、って言うべきなんだけどさ。


「ふつつかな妹ですが、本日よりお世話になります。アーウェルお兄様」


 何事も、習うより慣れろ。形から入れだ。あたしがぎこちなくも笑顔を向けると、おにーさまはふわっとした柔らかい笑みを向けて下さった。

 ……ふむふむ、こういう微笑を浮かべるとあたしの顔って雰囲気が和らぐのか。ここまで見事なお手本がいると、マジ参考になるわ。


「うん、困った事があったら、僕に何でも相談してね?

エイプリルを当家の事情に巻き込んでしまったのは、僕が上手く立ち回れなかったせいでもあるし……」


 当主の居室周辺、使用人を下がらせて人払いがなされた廊下を並んで歩きながら、おにーさまは気まずそうに呟く。

 いえいえ、あたしにとっては大口のお仕事が舞い込んできた訳で、野垂れ死にの危機に瀕していた身からすれば有り難い限りなのですよー。



 おにーさまに案内されたのは、女性向けの調度品が整えられた、日当たりの良い客間。

 今日からこの部屋が、王都はマクレガー伯爵邸におけるあたしの生活空間になる。

 ぐるっと室内を見回しても、何かお金掛かってて高そう、という感想しか湧き上がってこない。むう、あたしも良し悪しを見分ける価値観を養わないと、今後どこかで怪しまれちゃうんじゃ。


「この部屋が応接間で、向こうのドアは続き部屋で寝室になってる。バルコニーから中庭にも自由に出られるよ。

あちら側の隣室は控えの間でエイプリル付きのメイドが待機しているから、用があったらこのベルを鳴らして呼んでね。

今から紹介しようか?」


 立て板に水の如く、スラスラと必要事項を伝えて下さるおにーさまに、あたしは片手を上げて制した。


「いえ、ひとまず少し休ませて頂きたいので……」

「分かった。

この部屋と寝室にある物は全てエイプリルの為に用意した物で、遠慮なく自由に使ってくれて構わないからね。じゃあ、ゆっくりお休み」


 にこり、と優しい笑顔を浮かべたおにーさまは、背中で緩くリボンで一纏めにしたサラサラな金髪を揺らしながら部屋を後にし、あたしはふう……と溜め息を吐いた。

 ここに来るまで緊張の連続で、精神的に物凄く疲れていたらしい。実は騙されているんじゃないか、とか、まだ騙していて売り払われるんじゃないか、とかさ。

 だけど……あのおにーさまとおとーさまは、あたしを利用するつもりがあるのは確実でも、少なくとも用済みになった後に始末されるのではないか、という心配はしなくても済みそうだ。今まであたしが生き延びるのに役立ってきた第六感ならぬ勘は、そうそうバカには出来ない。


 とにかく一休みしようと、続き部屋のドアを開き、あたしは頭を抱えたくなった。

 うん、寝室の方も、やっぱり広くて豪奢。ベッドの天蓋に使われてる布地でさえ手間暇掛かってそうだし、そうなるとベッドの敷物や上掛けは何をいわんや。さり気なく室内を柔らかい雰囲気にさせる、ふんわりたっぷりとしたカーテンの美しさは、あの布一枚だけで庶民が一生涯使える一張羅を仕立てられそうだ。


 このお屋敷へ馬車で運ばれる前に与えられた、仕立ては良いけれど少しサイズの大きいワンピースを脱いで、クローゼットを開く。中は広くて、むしろ小さな衣装部屋状態だ。

 えーと、色とか飾り付けが派手な服が二着と、飾りは比較的大人しめだけどやっぱり高そうな服も二着。全部で四着ほどハンガーに吊されていた。

 ……寝間着って無いのかな? さっきまで着ていたワンピースが、一番寝心地がマシそうってどういう事?


「こっちの引き出しかな」


 クローゼットの中を歩いて移動してみると、奥側に戸棚などが作り付けられている。益々、楽屋裏の衣装部屋っぽい。

 派手な服に合わせたらしき靴や帽子に、下着らしき物やアクセサリーの類いまで発見しつつ、ようやくあたしは薄手の寝間着らしき服を発見し、仮眠を取るべくフカフカのベッドに横たわったのだった。

 全く。これが全部あたしの舞台衣装、って訳ね。この先、すぐに慣れるのかしら……



「……さま、おじょうさま」


 ゆさゆさ、と身体が揺さぶられる感覚と、しつこいぐらいに幾度も繰り返し掛けられる声がする。うるさくて煩わしくてあたしは唸りながら、それから逃れるように身体を捻って寝返りを打った。


「エイプリルお嬢様、起きて下さいまし。お夕食の支度を致しませんと」

「っ!?」


 聞き捨てならない内容に、あたしは慌てて肘をつき、ガバッと跳ね起きた。食事の準備当番でありながら寝坊してしまうと、食事抜きになった挙げ句に罰として何日間も草むしりや汚れがひどい場所の掃除を、通常の当番制よりも余分に科せられてしまうのだ。


「しゅみましぇん、しゅぐひたくひまふ!」

「危ないっ」


 半分寝ぼけていたせいか呂律が回っていなかったが、四つんばいのまま即座に寝床から這い出ようとして、シーツの境から床につくはずの手のひらが何もない空中をかき、危うく姿勢を崩して転落しかけた。多分、あたしを起こしに来てくれた女性に両肩を掴まれたのだろう。事なきを得たあたしは、恐縮しながらその人を見上げた。


「お嬢様は寝起きがあまり良くないご様子ですね」


 先が思いやられます。と、お仕着せを着ている、茶髪でふくよかな中年女性は溜め息を吐いた。

 ……ええっと……誰? こんな人、うちの孤児院には居なかったよね。新しい人?

 女性はあたしを寝床……だと思い込んでたけど、だんだん思考が正常に回ってきた上で見下ろしたら寝台だった……に座らせて、改めて会釈をしてきた。


「お召し替えの前にご挨拶申し上げます。

私は本日よりお嬢様の身の回りのお世話をさせて頂きます、メイドのドリスと申します」


 ドリスと名乗った中年女性は、半身をずらして自身の後方を手で示した。そちらにはお仕着せを纏った年若い女性……ううん、むしろ年齢的には女の子、だね。二人控えていて、あたしと目が合うと深々とお辞儀をしてくる。


「右がラーラ、左がカレン。

同じく、お嬢様付きとなりました」

「ラーラと申します」

「カレンでございます」


 ドリスに紹介され、全く気負いの無い余裕の笑顔でお仕着せのスカートの端を摘まんで軽く持ち上げる、見た感じあたしと同じ年頃で栗色の髪をしたラーラと、緊張している事が一目で分かるぎこちのない作り笑いでギクシャクと固い会釈をし、自己紹介の言葉さえ声がひっくり返ってしまっている、あたしよりも二つか三つは年下っぽい、お人形さんのように愛くるしい金髪碧眼の美少女、カレン。


「我ら一堂、誠心誠意お嬢様にお仕えさせて頂きますので、どうぞよろしくお願い致します」


 メイドさん方に頭を下げられて、流石に眠気も消えて眠る前の状況をハッキリと思い出し頭も回るようになったあたしは、ダラダラと内心冷や汗をかいていた。よく考えたら、このメイドさん方も既にあたしの事情を聞いていて承知の上であるかどうかすら分からない。まずった。

 ……『エイプリルお嬢様付きのメイド』さんとの顔合わせ、やっぱりアーウェルおにーさまに立ち会ってもらえば良かった! そしたらあたしが下手を打つ前に、さり気なくフォローしてもらえたのに!

 既に寝起きで『お嬢様らしくない振る舞い』の失敗をやらかしているので、これ以上のミスを重ねるのはまずい。大変まずい。


「おはよう、ドリス、ラーラ、カレン。

今日からよろしくお願いしますね」


 笑顔は万難を排すると、シスターも言っていた。まだ『エイプリルお嬢様』の人となりを詳しく聞いていない以上、下手な話題は振れないし、メイドさん方にどんな応対をしていたのかも分からない。ひとまず、全員の顔を順繰りに見ながら名前を呼び、にこーっと微笑んでから、着替えの手伝いをお願いした。

 夕食の席で、おとーさまとおにーさまから『エイプリルお嬢様』の情報をたくさん仕入れないと!



 主に、ベテランらしきドリスの手によって手持ちの少ないワードローブの中から夕食のドレスに着替えさせられ、顔と髪を整えてもらい、あたしはラーラの案内で食堂へと向かった。お屋敷の内部構造も、早いとこ覚えないと。


「やあ、来たねエイプリル。長く馬車の旅をした後だし、もっとゆっくりさせてあげたいところだが、やはり父としては可愛い愛娘と食卓を共にしたくてね」

「わたくしも、お父様とお食事をご一緒出来て嬉しいです」

「良かった。ドレスが着られないほどサイズに違いが無くて。僕が急遽準備した物だったから、少し心配だったんだ。

さ、エイプリルはこちらへ」

「ありがとう、お兄様」


 あたしが食堂に入るなり、嬉々として出迎えたおとーさまに笑顔を向け、おにーさまに引いてもらった席に着く。

 あの衣装部屋の服は、おにーさまが慌てて準備したものだったのか。

 ……本物のエイプリルお嬢様の服が無いのは、身代わりに自分の服を着させるなんてイヤー! とか、お嬢様が拒否ったのかな?


 お貴族様の食卓って、もっとこう長細い感じのをイメージしてたんだけど、マクレガー伯爵邸の物はむしろ孤児院の食卓よりもこじんまりとしている。余裕をもって座るなら、六人ぐらいかしら。孤児院の食堂だと大人数を想定してるからなあ。


 エイプリルは長旅を終えたばかりで疲れているから、家族だけで気兼ねなく食事をしたいと言って、おとーさまはお料理を全て運び込ませて給仕の人も含め人払いをした。

 対面にはおとーさまことマクレガー伯爵。右隣にはおにーさまことアーウェル公子さま。

 ホカホカと湯気を立てるお料理は美味しそうだけれど、むしろこのメンツの方が緊張するよなあ……などと考えつつ、あたしはスープをすくって口に運ぶ。美味しい、はず。


「さて、それでは食べながら契約条件を確認しようか。不明な点や我々の方で見落としている事項があれば、適宜指摘して貰いたい」


 優雅にサラダを食べつつ、おとーさまはあたしを見据えてきた。自然と背筋が伸びる。

 大まかな条件は既に聞いているし、貴族令嬢として待遇する、という言い分はどうやら向こうは本気のようだ。契約に関しては、墓場まで持っていく覚悟で守秘義務を全うするつもりだが、そもそもなんだってまた、こんな一芝居を打つ必要があるのか。


「一つ、『マクレガー伯爵家のレディ・エイプリルとして、社交界でお披露目をする』

二つ、『マクレガー伯爵家のレディ・エイプリルとして、我が国の第五王子であるヴィンセント殿下と見合いをしてもらう』

三つ、『前述の役目を十全にこなす為、お披露目までの期間、当家にてレディ教育を受けてもらう』

この三点は、君には必ず全うしてもらいたい」

「……『この三点は』?

他にも何か、条件があるのですか?」


 あたしが事前に聞かされていた、やってもらいたいお仕事はその三つだけだ。契約内容をまあ分かり易く纏めると、本物のレディ・エイプリルの身代わりとして、顔が似ているあたしに白羽の矢が立った。まあそういう訳だ。

 しっかし、うまい話には裏があるという格言通り、もう上手く断れない段階のここにきて、まだ何か難題が待ち構えていたらしい。


「これは、あくまでもエイプリルの意志次第なんだけどね。

もしも、エイプリルにレディとしての生活が負担にならなくて、当家の令嬢として遜色ないレディとして振る舞えるようであれば、殿下とのお見合い後もマクレガー伯爵令嬢としてこの屋敷で暮らして欲しい」

「えっ……?」


 アーウェルおにーさまの発言は、あたしは意味が分からなくて当惑を隠せなかった。

 あたしはあくまでも、王家から持ち掛けられた話という、下の身分からでは話そのものを断れないお見合いに出す身代わり。それだけのはずだ。

 何で本物のレディ・エイプリルと王子サマで見合いをさせないのかは知らないけれど、その大問題が片付いてしまえばもう身代わりは不要のはずじゃあないの?


「だからもちろん、殿下とのお見合いは上手く纏まっても破談になっても、どちらでも構わない。エイプリルが望んでヴィンセント殿下に嫁いでくれるなら、当家としても後援するのにやぶさかではないし……」


 あれ。アーウェルおにーさまって、あたしを貴族の問題に巻き込んで申し訳ない、って言ってなかったっけ? お見合いでもしも恋が芽生えたなら結婚まで応援するって、何事なの?


「アーウェルお兄様? わたくしはあくまでも、望まれているのは本物のレディ・エイプリルの身代わり、ですよね?

わたくしがマクレガー伯爵令嬢としてこの屋敷で暮らしては、本物のレディがお戻りになった際にお困りになるのでは。ましてや結婚だなんて」

「ふむ。言っただろう、エイプリル? 君は今日から私の娘だ、と。

君自身が正真正銘、当家の令嬢であり、レディ・エイプリルなのだよ。令嬢として暮らしていく事も、嫁いでいく事にも何の問題も無い」


 マクレガー伯爵家の当主であるおとーさままでもがそんな世迷い事を言い出して、あたしは頭の中を混乱させながら、唇を開いていた。


「それはあくまでも、わたくしが望むのなら、のお話ですよね……?」

「もちろん」

「強制するつもりはないよ」


 穏やかに微笑んで自由意志を認めてはもらえたが、不安は拭えない。

 この親子は何かおかしいのではないだろうか。それとも、お貴族様とはみなこんな風なのだろうか?

 『マクレガー伯爵家のレディ・エイプリル』が二人も居たら、困るのはそっちだろうに。


 身元調査はされたかもしれないけれど、人となりなんてよく知りもしないあたしに、ずっとレディとして身代わりを務めて貰いたい、という意向を匂わせてくるだなんて。

 それにしても、おとーさまとおにーさまから、僅かなりとも本物に関する情報が触れられないってどういう事……もしかして『本物のレディ・エイプリル』って、よっぽどの問題児だったりするの?


「お父様、それらについてはまた追々に……

本物のレディ・エイプリルの事をお聞かせ下さい」


 あたしは不穏な話題から、あたしにとっての重要事項についての確認に移った。

 今の時点では、演じる役柄の情報が少なすぎる。だというのに、おとーさまともおにーさまも揃って小首を傾げた。変なところでそっくりだなこの親子。


「何度も言うようだが、エイプリル。

今日から君が正真正銘のレディ・エイプリルだ」


 ……訝しみさえ感じられるこのおとーさまのお言葉は、もしかしてあたしに本物になりきれ、というせっつきなのだろうか?


「性格や好み、趣味や話し方、癖などを出来うる限り把握しておきたいのですが……」

「もちろん、エイプリルはエイプリルのままでいてくれて良いんだよ? それとも、レディに相応しくない趣味でもあるの?」


 なるべく要点を簡潔に述べて訴えるも、おにーさまは全く取り合ってくれない。これは……マジで本物、問題児として王都の本宅に二度と姿を現さない可能性が濃厚?


「趣味というほどのものは別段……敢えて言うなれば人間観察、でしょうか」


 何せ、街中で擦れ違う人々を眺めているだけで、演技の肥やしにもなるし元手も掛からない。経済的だ。


「そう。それはもう、よく観察してバーネット派の連中には近付かないようにね」

「……バーネット派?」


 また面倒臭そうな予感がする単語が出て来た。だが、それよりもまだ『本物のレディ・エイプリル』に関する情報が全く手に入っていない。


「お父様、お兄様。わたくしはこれまで、この王都に足を踏み入れた事がございません。

本宅に長年勤めている使用人の方々が『レディ・エイプリル』についてご存知の事や、わたくしがこれまでどのように暮らしていたのかを尋ねられた際、どう返答すれば良いのかお教え下さいませ」

「その辺りの事も、詰めておく必要があるね」


 良かった。やっと話が通じた!

 これでもまだ必要な役柄情報を寄越してくれなかったら、「良いから娘の情報寄越せ!」って、マジでお嬢様の仮面が落っこちるところだったよ。


「昨年亡くなった私の妻、レディ・アンジェリーナは生まれつき身体が弱くてね。エイプリルは妻と共に領地内の閑静な保養地で静養し、暮らしていた事になっている」


 奥方がおいでにならないと思ったら、もう亡くなっていたのか。アンジェリーナおかーさま、アンジェリーナおかーさま……よし、覚えた。

 ……それにしても、『暮らしていた事になっている』? 本当は違うって事? それとも、あたしが身代わりだからって事? 何か引っ掛かる言い回しね。


「妻の体調が良い時には、私やアーウェルと共に王都に戻り、アンジェリーナもご婦人方と茶会に参加していたものだ。

……エイプリルはあまり外には出たがらなかったので、せっかく妻が張り切ってドレスを新調しても、使用人にさえドレス姿を見せるのを厭っていたな。なあ、アーウェル?」

「嫌がる子どもに、外に出ろと無理強いをなさる父上が酷いかと」


 くっくっくっ、と、思い出し笑いをするおとーさまに話を振られたおにーさまは、ムッと眉根を寄せて反論した。おにーさまは案外、幼少の頃から妹思いだったようだ。


「……まあそういった訳で、実のところ当家に長く仕えてくれている使用人達でも、エイプリルと接した者、情報を持つ者は少ない。

怪しまれないよう、アンジェリーナが静養していた保養地の事や、アンジェリーナの事をよく知っていた方が良いだろうね」


 という訳で、その後の夕飯の席の話題は伯爵家の領地にあるという保養地の事や、今は亡きアンジェリーナおかーさまの思い出話を延々と聞かされる事となった。

 ……肝心のエイプリルお嬢様の情報が、『幼少期は王都外出を厭っていた』と『母と共に保養地で暮らしていたので、屋敷の使用人とも殆ど面識が無い』ぐらいしか得られなかったんだけど。

 あたし、本当にこの仕事、上手くやっていけるのかしら……?



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