もう1人の私
9章58話になります!
本日は1話のみの投稿にします。
それではどうぞ。
ザパー!ジャァァァ…。
「…ふぅ、ひとまずゲボ処理は終わりっと。今更だけど私のゲボ、すっごくお酒臭かったね。お酒の飲み過ぎで記憶が飛ぶって、本当にあるんだね〜」
バケツの中に入っていた殆ど胃液とお酒の吐瀉物をトイレに流しながら、リーシャは不愉快そうに鼻をつまんでクジラへと話しかける。
「僕は記憶がなくなるっていう体験をした事が無いから、どんな気分なのか全くわからないなぁ。ねえリーシャ、料理を運ぶ前に簡単なお酒のつまみを運んで来てくれた時に、可愛いエプロン姿を褒めてあげた事とか、宴会を始める時にお義母さんが乾杯の音頭をとった事とか、本当に何も覚えてないの?」
「ん〜、エプロン姿を褒めて貰ったのは覚えてるよ!お母さんがプレゼントしてくれたから、定期的にあれ付けてお料理を振舞ってあげるんだから!でも、乾杯、乾杯かぁ…。ご飯を食べる前に疲れて眠っちゃったのかなって思う程に、なーんにも覚えてないんだよね…。なんていうか、全く記憶が無いから自分の知らない自分がいるみたいで少し怖い…かなぁ?」
クジラから昨夜の話を聞くと、それぞれの記憶の有無を口にするリーシャ。改めて記憶が飛んでいる事に関して考えてみた事で、自分の中にもう1人自分がいるのでは?という不思議な考えに至ったらしく、怖いと言って不安そうな表情を浮かべていた。
「酔っ払って記憶が無い時のリーシャは、僕にベッタリでとっても可愛かったよ。その代わり、すっごくお酒臭かったけどね。ああ、今はもう全然お酒臭くないから安心してね?」
「むう、その言い方だと、今はお酒臭くないけど可愛くもないって聞こえるんだけども!?」
そんな得体の知れない恐怖に包まれている彼女に対し、クジラはニヤッと笑って茶化し始める。気を紛らわせてあげる彼なりの気遣いだろう。リーシャは今は可愛くないのかと言いながら唇を尖らせ、少しだけ怒ってみせる。
「あははは、もちろん今も可愛いから大丈夫だよ。さ、バケツの中の物は流したし、洗面所に行ってバケツを綺麗にしよ?案内をよろしく頼むよ」
クジラはニヤッとした悪事を企んでいそうな笑みから優しげな微笑みへと表情を一転させると、彼女の頭をワシワシと撫でながら褒め言葉を送った。そして、すぐさま洗面所に行こうと話を切り替える。
「むぅ〜…、嬉しいけど簡単にあしらわれてるみたいで悔しい!洗面所はこっち!付いてきて!」
口元を緩ませ、嬉しそうに目を細めながら彼に頭を撫でられる感覚を味わうリーシャ。怒ったとしても単純な褒め言葉ひとつで怒りが消失してしまう自分のチョロい部分に少し気が付いたらしい。大好きな彼に撫でられ、全身で幸せそうな空気を滲み出しながらも、口では悔しいと告げていた。




