お憑き合い
「お前はいつまで取り憑いているつもりだよ」
「お主が死ぬまでじゃな」
俺は溜息を吐きながらケラケラ笑う着物を着た幽霊少女を見る。
彼女の名前は真奈。彼女曰く現代に生きていた巫女様らしく、十五歳ぐらいでいつの間にか実体から離れて霊体になっていたという哀れな幽霊だ。
「クソゥ、要らないこと肝試しなんてするんじゃなかった」
真奈に取り憑かれちゃってしまう二ヶ月前。
俺は友人と一緒に己の勇気を上げる為の特訓として廃寺へ真夜中に訪れた。
廃寺は昔から幽霊が出没するとして、有名だったから、真夜中に二人だけで探検したと学校の連中に言いふらせば英雄になれると思ったからだ。
しかし、運命の女神はあっさりと俺を裏切ってくれた。
何故なら、寺を探索中に友人が開けてはならない様な箱を開けて、何故か悲鳴をあげながら彼は俺を置いて逃げたからだ。
そして、一人残された俺は危機感を感じてすぐに廃寺へ出ようと来た道を戻るも、扉が自動ドアのように閉じてキッチリと締められてしまい出られなくなった。
万事休す、そう思って絶望したその時。
真奈が俺の前に突然現れて「助かりたいなら取り憑かせろ!」と言ってきた。
俺は助かりたい一心で快く頷いて彼女に身体を預けると、見事に脱出は出来たが今に至る。
「なるべくしてなったのじゃ、運命を受け入れるがよかろう」
「こんな運命、変えてやる」
「ほう、何をするつもりじゃ?」
「ちょっとお坊さんに除霊をたのも……」
俺はそこまで言って、何故か首が冷たくなっていく事に気づく。
「あ、あれ? なんか首つめた……しかも、苦しい?」
「私が首を絞めているからのう」
「やめてください、死んでしまいます」
「お主が死んだら、一緒に黄泉の国へ行こうかのぅ。でぇと気分でれっつごーじゃ」
「待って待って待って、この世にはまだいっぱいやり残してる事があるんです! お願いします、殺さないでください!」
俺が必死に懇願すると、彼女は首から手を離してくれた。
「やり残した事……とは、なんじゃ?」
「まだ、俺は子作りしてな……」
「死ぬがよい」
彼女は見下すような目で俺を見ながら、首をギュッと掴んでくる。
「嘘です嘘です嘘です! やだなぁ、俺がそんな下劣な事をするわけないじゃないですかぁ……あはは……ぐるぢぃ」
「私は冗談じゃないぞ?」
「ひいい、ごめんなさい!」
俺は本当に死を感じてしまい、心から謝罪する。すると、真奈は幾分怒りを収めたのか、首から手を離してくれた。
「取り敢えずお主と一緒に黄泉の世界へ行くのは冗談じゃが……」
「以外に心に来るものがあるね……助かるからいいけど」
「何じゃ、お主は私と一緒に行きたいのか?」
「一人悲しく昇天するぐらいなら付き添い人としてお前が居てくれたらいいなーっとは思うよ、まだ死にたくないけどね」
「そ、そうか。そうなのか」
「あれ、何で嬉しそうなの?」
俺は少し顔を赤らめて、モジモジしている真奈を見て不思議に思い聞いてみた。
「そ、それはお主からそんな事を言われるなんて思わなくて……ほ、本当に私でいいのか?」
「あぁ、俺が死んだら是非連れて行ってくれよ! だから今すぐ成仏してくれ」
「何じゃ……私一人だけが盛り上がっていたのか……上げて下げるとはお主も鬼じゃのぅ」
一体彼女は何に盛り上がっていると言うのか、俺の答えは常に一つなのだ。
「のぅ」
「ん?」
彼女は妙にしんみりとした声で、俺に話しかけた。
「お主はもし私に実体があったならその……どう思っていたんじゃ?」
「どう思っていたとは?」
「その、一応私も異性じゃし……お主は私の事を気にするかなーっと……」
俺は真奈が言いたい事が何となく分かり、ほんの少しだが、胸がドキリとした。
もし彼女が生きていたらか、確かに性格は難ありだが可愛いところもあるし容姿も完璧。もし、今のような関係だったら確実に気にはしただろうなぁとは思う。
「そうだな、確かに生きていたら俺は気にしていたかも、何だかんだで女の子だし……付き合いが長いしな……」
「フフ、そうか……フフフ」
真奈は突然口元に手を当てて、笑い出した。
「な、何かおかしいことを言ったか?」
「あぁ、お主はとてもおかしい事を私に言ったぞ」
「え、それは何だ?」
俺が問い返すと、彼女は笑いすぎて涙で濡れた瞳をこちらに向け、答えた。
「私は死んではおらん、私は生霊なんじゃ。つまり、まだ実体の方は生きており、私はいつでも戻れるのじゃ……」
「うぇ!?」
「つまり、幽体離脱の状態でお主に取り憑いてたんじゃな、今まで」
「という事はもしかして俺は死んでいると思っていたお前に本心を告白したってこと?」
「そうなるな」
俺は彼女の答えを聞いてからのその日、一人恥ずかしさでずっと悶え苦しむことになる。
それから数日後。
俺は生きている真奈と改めて彼氏としてお付き合いを始めた。