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オンラインゲームを始めよう

オンラインゲームを始めよう

作者: 川三倉巡

 【シェアードワールド・オンライン】 …… 同一設定共有連動型ゲーム。


 擬似感覚(アーティセンス)を利用した虚構の空想領域。

 観察、蓄積、整理された根源概念を基底に仮想世界は構築された。

 それはコンピュータネットワークによって共有され、あらゆる分野に根を下ろす。

 娯楽も例外ではない。

 五感で体験できる仮想の遊戯舞台は、オンライン上に数多存在していた。



◆ オンラインゲームを始めよう


 白魔女子(しろまじょこ)、設定上も十三歳。

 今日初めてオンラインゲームをする。

 白い衣装に身を包んだ小柄な仮想の姿(アバター)はSF色を含んだデザインに見える。

 現実ならコスプレでしかない格好も、どうやらこの仮想世界では普通らしい。


 白魔女子は思わぬ喧騒に魔女帽子を目深に被り直した。往来には人が多い。


(……帰りたい。オンラインゲームなんか始めなければ良かった)


 中世の北欧を題材にした空想都市は、雑多なアバターがたむろする人気の場所だった。

 その活気は真昼に設定された空想都市を包み、青空の下で白魔女子を苦しめる。

 最初の試練チュートリアルクエストすらおぼつかない。

 大通りから逃げる。路地を闇雲に歩く。

 道など知りもしない。地図を確認する気もない。

 白い壁。石畳。靴の音。

 擬似感覚を媒介に生まれる知覚は意識下において本物と大差がない。当然、雑踏が生み出す人の気配も本物に感じられる。見知らぬ人の群れ。意思の渦。目、眼、瞳。

 白魔女子は人が苦手だった。

 それなのに、なぜオンラインゲームなどに手を出したのか。

 白魔女子は思う。


(直接会うわけじゃないから、平気だと思った)


 短慮軽率。実に浅はか。擬似感覚を甘く考えていた。

 気が付けば袋小路。白魔女子の足も止まった。

 壁と壁。荒んだ感じのする裏路地だ。現実では、こういった場所に近寄った経験はない。


「どうしよう」


 選択肢は豊富だが、思い至るかは別の話。


「ちょっと君、初心者だよね」


 行動に移る前に背後から声が来る。


「は、ふぇあっ」


 白魔女子の返答は相手の笑顔を怯ませた。


「挙動不審だから判るよ。良かったら色々教えてあげるから、うちのギルドに入らない?」


 豪奢な鎧に身を包む金髪の美男子は、慣れた口調で問う。


「……――っ」


 魔女帽子のつばをつかみ、視線をシャットアウト。

 ギルドがなんであるかは白魔女子も知っている。RPGのパーティを幅広くしたような意味。オンラインゲームを遊ぶ上で、気の合う仲間同士や同じ目的を達成するために集まる団体という認識だった。

 喧伝される内容は実に華やか。楽しく語らい、互いに協力し、困難に打ち勝ったりもする。

 目の前の美男子も似たようなことを並び立てる。アバターの育成を皆で手伝う。装備を揃えるお金も用意する。やっておいたほうが良いクエストも案内する。あれもするよこれもするよ。


「悪い話じゃないだろ?」


 一歩寄られ、一歩下がる。


「大丈夫大丈夫、これでも結構大きいギルドなんだぜ。安心しなよ」


 白魔女子は首を横に振る。魔女帽子が大きく揺れる。

 また寄られる。合わせて下がる。袋小路に先はない。直ぐに壁が背に当たる。


「悪いようにはしないって」


 触れてはこない。だが白魔女子は美男子の目すら見ることができない。


(もうログアウトするそうする怖いもうやだ)


 既に涙目だった。

 手元の空間をダブルタップ。映写展開された画面を操作してログアウトを実行。


「あ、待ってよ」


 慌てる美男子。白魔女子の身体は文字列の円環によって幾重にも囲まれていく。画面でログアウト処理のカウントダウンが始まった。

 帽子を目深に白魔女子は唇を噛む。


(もうやめようと思ってた。丁度良い。このまま二度とログインしない。やっぱりわたしには無理だったんだ。最初から。むしろここまで行動したことを褒められるべき。褒めてくれる人なんかいる気がしないけど。いいや、自分で褒めるから。良くやったわたし、グッジョブわたし。もう、ゴールしてもいいよね……)

「ちょっとアンタなにやってんですか!」


 一喝。裏路地に響いた女の声音。


「いたいけな初心者にトラウマ植えつけない!」

「うるせーな、勧誘してただけだよ」


 面倒を嫌ったのか、美男子は愚痴りながら去っていく。

 入れ違うように声の主が寄ってくる。

 尖った耳。繊細な金の髪。華奢な体躯。その女はエルフだった。銃士服がモチーフらしき格好は、毅然とした雰囲気に良く似合っている。

 石畳を打つ靴音が白魔女子の前で止まった。

 完了しかけていたログアウトを慌てて中止する。


(お、お礼は、言わないと……)


 ちらりと様子をうかがう白魔女子の前で、女エルフ――樹守銃士(じゅしゅじゅうし)は腰に手を当て立っている。


「アンタもアンタですよ。どうしてハッキリ断らないんですか」

「ご、ごめん、なさい」

「いや、アタシに謝られても困るよ?」

「すすみませんっ」

「…………」


 再度帽子を目深に。


(ああ、呆れられてる。すみませんごめんなさい。ちゃんと言わなきゃ。迷惑かけてごめんなさい、話すの苦手で断るのできなかったんです。よし、こんな感じで――あ、無駄に謝っちゃだめだから、えっと)


 息を吸う。


「め、迷惑で。あ、えと話すの、とか、その」

「……ぅ、ぁ、アタシ迷惑だったですか」

「え、あっ、ちが」

「なんかアタシ余計なお世話しちゃった的な? もしかしなくても勘違いして格好つけた痛い人だったり? あー……、うー……。さ、誘い受けの演技(ロール)だったですか。なんかお邪魔したみたいでスミマセン」

「え、えっ。さ、誘い? ろーる?」

「いや、ほんと初心者が無理な勧誘受けてるように見えてしまって。止めなきゃと思ったんですよ。差し出がましいですよね、スミマセン。しかもなんか説教ぽいことまで言っちゃってホント申し訳なく。――ああもう! アタシよくやるんですよ勘違い。せっかく良い条件引き出してただろうところを、なんとお詫びしていいやら」

「あ、あの……」


 意味が解らないといった顔で白魔女子が戸惑う。頭を抱えた樹守銃士と目が合った。

 帽子を持つ手に力が入る。


「ぎ、ギルドには興味あって、でも怖くて、苦手で、話すの。……だ、だから、もうやめるつもりで、あ、ゲームを。それで、助けてくれたのは、その――ありがと、ございます」


 話した内容はたどたどしく伝わりづらい。

 それでも通じたものがあるのか、樹守銃士は居心地悪そうに頬をかく。


「そ、それじゃ失礼、します」


 再びログアウトをしようと手を動かす。


「あ、あのさ、このゲームやめちゃうの?」


 問われ、声が出ない。


「アタシはこのゲーム好きだから。できれば色々見てから決めて欲しいな、とか」


 相手の顔が少し赤い。そこに毅然さは見つけられない。


(最初と感じが違う……気がする……)

「ギルドに興味あるなら、さ。その、アタシのギルドホーム見学したりとか、する?」


 意味を理解するのに一拍。決断するのに息を吸う。

 頷くことで予想される出来事を、乗り切るだけの気構えがいる。

 拒否するつもりはない。必要なのは覚悟。心は既に決まっていた。


「お、お願い、しますっ」


 樹守銃士の顔に笑みが浮かぶ。

 釣られて口元が緩む。慌てて白魔女子は顔を隠す。

 自覚できるほど紅潮する理由は、もう自分でもよく判らなくなっていた。






 転送処理を終えると同時、擬似感覚によって視界が再構築される。

 ホテルの玄関ロビーだ。欧州ファンタジーにでてきそうな木組みと塗り壁を合わせたチューダー様式の木造建築。内装は構造材の露出したハーフティンバーで統一されており、天井に剥きだしの梁が見て取れる。

 配置されたソファに案内され、白魔女子(しろまじょこ)はぎこちない動きで腰を下ろす。


「な、なんか凄いところ、ですね」


 ギルドホームとはギルドの拠点だ。様々な機能を備えているが、規模やデザインは費やした労力に比例する。


「色々メンバーがいるから、いつの間にか広くなってた的な。今はほとんど出払ってるみたいですけどねー。ささ、お茶を淹れましたゆえ、どうぞどうぞ」

「あ、はい」


 いつの間にかテーブルの上に紅茶が置いてあった。

 変わり者が多くて大変なのだと樹守銃士(じゅしゅじゅうし)は苦労話を語る。大仰なジェスチャーを交えて喋る様に引き込まれ、白魔女子はすっかり聞き入っていた。

 もとより自分から話すのは苦手。聞き役に回るのは居心地がいい。


「でねー、言ってやったわけよ。組からあぶれたからって、ひとり(ソロ)でボスとやりあうなんてめちゃくちゃだ! ってさー。しかも勝っちゃうんだから、変な奴でしょー」


 笑う樹守銃士。背後にゆらりと影が立つ。


「ゲストになにを吹き込んでるの」


 冷めた声だった。影を纏う血色の悪い少女がそこにいる。


「いいいつからそこにっ」

「ずっと」


 振り向いた樹守銃士に影少女――影虚術女(えいこじゅつじょ)が優しく触れる。


「――ひっあ!」


 瞬間、氷を模した視覚効果(エフェクト)が粉のように舞い散る。奇声を上げて樹守銃士が崩れ落ちた。

「ゲストさん、あまり樹守銃士(キシュ)を信用しないほうがいい。この人の言うことは、話半分に。それが大事」

「…………」

「ね?」


 突然の事態に硬直していた白魔女子は、人形のように無機質な頷きを繰り返す。


影虚術女(エーコ)ちゃぁん、〈冷血の洗礼(コールドブラッド)〉は酷いんじゃないですかぁあ。すごぉく冷たかったんですけどぉー」

「自業自得」


 起き上がった樹守銃士ににべもない。


「それで、ゲストさんはギルドに入るの?」


 影虚術女はソファに座ると白魔女子へ問いかける。


「見たところ初心者。このギルドは初心者支援とかあまりやってない。自由に好き勝手やってるギルドだから。大手に入ったほうが楽だと思う」

「お、お邪魔ですか……」

「いいえ。でも、ゲストさんがギルドに甘える気なら、たぶん、合わないと思うだけ。そうじゃないなら、歓迎」

「見学だってば見学ぅ。白魔女子は見学にきただけですからー。エーコちゃん怖がらせないでくださーい。アタシも怖いでーす」


 ぺしり、と樹守銃士の額が叩かれた。不満顔の抗議を影虚術女は聞き入れない。

 睨み合う。

 その空気を白魔女子が変えた。


「あ、あの。わたしオンラインゲーム初めてで、正直ギルドとか良く解ってなくて。でも話を聞いていたら楽しそうで、その、一緒に遊べたらいいなって。あ、でもこれがなにをするゲームなのか良く知りもしないんですけどね、はは……。なんか戦ったりするっていうのは、判りますけ――ど? え?」


 口を開けて硬直したふたりの姿がそこに在る。


「な、なにか変なこと言いましたか……」

「ガチ初心者!?」「希少価値」


 今度は白魔女子が口を開ける番だった。

 樹守銃士を押し退けて、影虚術女が食いつくように迫る。


「今時未経験の純真無垢。甘えて大丈夫。むしろ甘えてください、御褒美だから。手取り足取り教えてあげる。覗こう? 私と一緒に深淵を」


 白魔女子は手をつかまれる。


「エーコが教えたらソロに偏るからダメ! アタシが教える。ね、白魔女子はなにがしたい?」

「え、えと、なにができるかも知らないもので……」

「ああ、そっか、そうだよねー! どうしよう、どこから話そう」

「百聞は一見にしかず。とにかく遊んでみるのが最善」


 盛り上がるふたりを前に白魔女子はうろたえた。

 どうやらこのまま、どこかへ遊びに行くらしい。






 白魔女子は何度も連れまわされた。

 遊ぶ約束を重ね、連日ログインし、幾度も酷い目にあった。

 人見知りが激しいというのに、活気に満ちた市場で買い物をした。見知らぬ誰かとアイテムの取引をさせられた。そういうクエストらしい。飛竜に乗った。落ちた。ダンジョンの探検もした。ついて行くだけだったが、お化け屋敷のようで怖かった。色々な景色も見た。絶景に感動しすぎて泣いた。高さに恐怖したときも泣いた。


(……でも)


 オンラインゲームをやめてはいない。気が付けば今日もログインしている。

 おかしな話だと白魔女子は思った。

 空想都市の広場で待ち合わせをしながら、人の流れを眺め見る。

 色々な人がいる。

 帽子は目深に。喧騒はまだ慣れない。けれど、逃げ出すほどでもない。

 このあと遊ぶ約束をした相手がいる。

 白魔女子は青空を仰ぐ。樹守銃士と影虚術女はまだだろうか。 

 少し解ったことがある。

 このオンラインゲームを遊ぶのに、ギルドが必須というわけではない。


(入らなくても、こうして遊べる。でも……)


 視界に映る人々は皆ギルドに入っている。目元に映写展開した擬似HUDヘッドアップディスプレイ越しの視界には、所属ギルドを示すデータが付随する。無所属は滅多にいない。皆無ではないが、比率で言えばゼロに等しい。

 それぞれ理由があるのだろうと白魔女子は思う。


「ごめーんお待たせ」「でも用意周到。抜かりない」


 現れたふたりに向き直る。本日の「旅のしおり」を手渡される。


「あの、お願いがあるんですけど」


 少しは話し慣れた相手。それでも断られたらという不安は鼓動を速くする。


白魔女子(シロマ)からとは珍しいね。なになに」

「――わ、わたしをギルドに入れてくれませんか」


 ずっと、考えていたことだった。

 相手の顔をうかがうのも怖い。じっと待つ。

 短い時間。でも長く感じる時間。喧騒が遠く感じる。

 歪む思考に押し潰されそうなところへ、声が来た。


「断る理由はないない! 大歓迎だよー」「当然至極」

「あ、ありがとうございます」


 身体が弛緩する。気が抜けて、思わず座り込んだ。

 心配される中、(ぼう)とした思考で考える。

 周りに倣って自分もと考えたわけではない。

 楽しそうな輪を見ていたら、入りたい欲求が自然に生まれただけ。

 白魔女子は人が苦手だ。

 それを直そうと思い立ってオンラインゲームに手を出した。初日に心が折れかけたが、なんとか今に至っている。すべては目の前のふたりがいたからだ。

 ふたりは強引だ。でもそれくらいが丁度良いのかもしれないと白魔女子は思う。一緒にいると怖いことや恥ずかしいことは多い。酷い目に沢山あう。


(――だけど、不思議と楽しい)


 伸ばされた手を取り、白魔女子は立ち上がる。


(もっと色々知りたい)


 どうして嫌じゃないのか。どうして楽しいのか。


(わたしもそう思われるようになりたいな)


 近くにいれば、答えに近づけるかもしれない。


「じゃあ今日は毒屍の館から行くよー」「死屍累々」


 不穏な言葉に白魔女子の顔が引きつった。ふたりに向けて言葉を紡ぐ。


「……お、お手柔らかにお願いします」


 無駄かな、無駄だろうなぁ――と思いながら。

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