5通目 その1
~メール5通目~
いつも通り、6時50分に目が覚める。
もう、習慣になっている。
携帯のアラームより先に目が覚めてとめる。
そして、テレビをつける。
そう、いつもと同じ繰り返し。
いや、違うのは日に日に鬱屈した気持ちになっていく。
多分、二日酔いのせいではないはずだ。
携帯を見てみる。
まだ、メールも不在着信もない。
良は気がついていないのか。
それとも、話しにくいことなのだろうか。
考えるのはやめよう。
昼にはまたメールが来るだろう。
そう、思い込むことにして、いつもより少し重い頭を振ってベルトコンベアーに乗っていく。
こういう気分の時はそれが一番だ。
「おはようございます」
いったいだれに向かって言っているのかも解らないセリフをいって私は会社にはいった。
「おはようございますぅ」
朝から猫なで声を出してくる。
すごく満面の笑みを浮かべているのは宮部だ。
まわりがくすくす笑っている。
そういえば、昨日からもうひとつ新しいベルトコンベアーが増えたんだ。
落ち着いてみてみると宮部もそんなに悪い顔をしているわけじゃない。
少し大きめの目と愛嬌があるといえばある笑顔。
どことなく違和感はあるけれど、時間をかければ変わっていくかも知れない。
どこかで、もう優子から逃げ出したい。
いや、この現実から逃げ出したいという思いがあるのかもしれない。
だからこそ、目の前の宮部をかわいいと思っているのかもしれない。
「ああ、おはよう。宮部」
そう言いながら、宮部の机を見て愕然とした。
机の上には結婚プランのパンフレットが山のように。
ベルメゾンやらゼクシーやなにやら。
そういえば、優子と結婚の話しってしなかったな。
いや、優子の家族にすらあったことはなかった。
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「そういえば、優子の両親ってどこにいるの?」
何気なくそういったセリフが優子の顔を曇らせた。
優子は一人暮らしだが、実家がどこかもわからなかった。
イントネーションが関東だから実家も近いのだろうと思っていたが、この質問には、
「そのうちね」
としか優子は答えてくれなかった。
そして、葬式の時も優子の親族は誰も来なかった。
そのため、葬式自体も質素なものになっていた。
結果的に優子の家族についてはわからずじまいであった。
優子の身の回りのものは今整理中だが、落ち着いたら私が引き取ることになるだろう。
そうやって思い出の中に生きるのもまた良いとも思っている。
けれど、その現実から逃げたいと思っている自分もいる。
結局自分で自分のことをわかっている人間なんていないんだ。
そう思うことに決めた。
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「加藤さん。心配しないで下さい。
ちょっと集めただけですから。
すぐってわけじゃないんですよ。」
宮部の明るい声でまたトリップから戻される。
このトリップしている時の方が幸せなのかも知れない。
昔、優子と見た「リプレイ」という映画を思い出した。
事故で心臓が2分間停止し、記憶が2年間なくなるというもの。
そして、記憶の中、現在と2年前を行ったり来たりしながら空白を埋めていくという映画であった。
ただ、なんとなく、そういうトリップを繰り返せればいいなと思った。
「ああ、そうだね」
口から出るセリフはなんかどうでもいいセリフだった。
多分、私の救いはここにはないのかも知れない。
けれど、もう、このベルトコンベアーに乗ってしまった。
それだけが事実だ。
「でね、加藤さん。
私ジューンブライドって憧れなんです。
だからいいでしょ~」
宮部の大きな声がちょっと憎いと思った。
柱の影で山口さんが笑っている。
そういうことか。
気がつくと外堀も埋まっていてどこにもいけない。
まあ、それが人生なのかも知れない。
自分で道を切り開くより、敷かれたレールを走る方が楽だって事なのかもしれない。
昔はそうじゃなかったのに。
いつから自分はこんな風になったのだろう。
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「あなたって変わっているよね」
優子の優しい声が聞こえてくる。
そう言われた時は、確か実家の話をした時だった。
私の親父は経営者だ。
しかもその会社はそこそこ大きな企業だったりする。
子供のころから英才教育というのか、経営哲学を刷り込まされてきた。
大学時代まではそれが普通だと思っていた。
決められた勉強、決められた家庭、決められた成功の約束。
ただ、過保護な親父でもなかった。
高校時代に会社の掃除手伝いをしていた。
それは、マスクをして給湯室やトイレの掃除をした。
小遣いがほしいアルバイトではなかった。
そう、学んだのは人間関係。
気さくに話しかけてくれる人もいた。
あごでこき使う人もいた。
高校生活が終了に近づいたとき、新年会のパーティーで親父に紹介をされた。
そう、掃除をしている時にだ。
それから、あごでこき使っていた人は手のひらを返してくるし、気さくに話していた人も妙な距離を置くようになった。
親父に言われた事。それは今でも耳にこびりついている。
「努力が報われる世界じゃない。いくら一生懸命掃除をしても、だれもお前を見向きもしない。
けれど、お前が社長の息子って知ると皆手のひらを返してくる。
そういうものだ。
優しさだけじゃこの世界は生き残れない。努力が報われる世界じゃない。
それを覚えておけ」
一代で会社を大きくした人間。
それが親父だ。
その企業を受け継ぐことを当たり前と思われてきた。
けれど、大学に入り、多くの人と出会った。
特に影響が大きかったのは良の存在だ。
それから、敷かれたレールより、チャレンジしたい思いを持つようになった。
意を決して親父に伝えたら意外と承諾してくれた。
ただし、このセリフを残して。
「とある演出家も大学に行くとき親父に人生には無駄な時間も必要だといわれたそうだ。
だが、そういう無駄な時間もいつかは良い時間となる。
お前が無駄な時間を外で過ごすというのならばそれもまた良いだろう。
けれど、これだけは予言しておいてやろう。
お前は、いつかはここに戻ってくる。」
そうして、私は出世街道を捨てて、泥水を飲むような思いをして今の企業に勤めた。
実家のことは誰にも言っていない。
そう親父に、
「実家のことは外に出たらいうな。
お前が自分の力を試したいと思っているのならば、お前の父親はしがないサラリーマンのほうが良い。
もし、話したいのならそれはお前が伴侶として良いと思った人物だけだ。」
と言われたからだ。
この事実を優子に伝えようと思ったのは軽い気持ちではなかった。
けれど、事実を知っても優子は変わらなかった。
そう、
「あなたって変わってるよね」のセリフだけだった。
そして優子は、
「別にあなたお金持ちの息子だから付き合ったわけじゃないのよ。
たまたま付き合った人がそうだっただけ。
別に私は豪邸でも6畳一間でもかまわないわよ」と言ってくれた。
あの時から3年。
気がついたら情熱も冷めて敷かれたレールを走りたがっている。
そして、もうひとつの恐怖。
目の前の宮部がこの事実を知ったらどうなることか。
おそらく優子のような冷静さはないだろう。
時々思うこと。
それは、どうして最上の彼女を手にしていながら気がつかなかったのだろう。
失ってはじめて偉大さがわかる。
そんな、辞典やことわざに書いていることなんて経験しないとわからなかった自分が情けない。
正直、宮部との将来を想像すると、怖いという文字しか出てこない。
だからこそ優子が光って見えるのかも知れない。
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「加藤さん、3番にF電機の川村課長からお電話です」
宮部の声で再び現実にトリップした。
今日は珍しく名前を間違えなかったな。
今までひょっとしたらわざとだったんじゃないだろうか?
そう、軽く思ってみた。
たとえわざとであったとしてもどうでもいいことだ。
「お電話変わりました。加藤です」
電話の内容はこうだ。
追加で
電子回路設計の評価業務担当
若手でオシロスコープが使用できれば良いとの事
追加受注だ。
採用担当に確認をすると電気電子科卒の第二新卒、実務経験なしの人物がリストアップされた。
確認を取ってもらいながら、資料をメールで送付する。
そして、本日条件面の確認のため再度日野への営業が決まった。
最近、日野にしか営業に行っていないな。
「行ってきます」
また、だれに言っているのかわからないセリフを残して会社を出た。
中央線に乗っていると、
「昨日はすまんm(__)m
ちょっと野暮用でな。
いつかは話さないといけないと思っていたんだ。
高橋から聞いたら、ちょうどいい頃なのかもな。
今日はどこに営業。ちなみにこっちは日野のT芝」
良からメールが来た。
ちょっとびっくりした。
あまりにも気まずいメールをしたため、もう返事が来ないのかと思っていた。
とりあえず、今日は午前中にF電機との商談を終わらせて落ち合おうと決めた。
良には
「今日も実はF電機。
さらに受注ゲット(^_^)v
昼は中間地点にあるモスバーガーでどうだ?」
とメールした。
一度、日野のT芝には良と一緒に行ったことがある。
工業団地の一角にあり、駅からは少し遠い場所にある。
F電機とT芝の中間には凹版印刷の工場の近くにモスバーガーがあったはずだ。
そこで話しが出来ればと思った。
返事はすぐに来た。
「出来れば、もっとT芝よりがいいんだ。
今日はちょっと11時アポだから完全に間に合わない。
だからガストにしてほしい」
良にしては意外と遅刻を気にしていた。
おそらく今日のT芝での営業は重要なものなんだろう。
だから、短めに切り上げることが出来ないんだろう。
「了解!!
じゃあ、禁煙席で待っているよ」
良に返事をしてるとさらにメールが来た。
携帯メールのおかげで便利になったが、ある意味不便さも伴う。
来たメールはこうだった。
「今日は夜開けてよね。
開けないと覚悟してもらうから。 舞」
宮部からだった。
仕方ない。今日はどこか食べに行こう。
最近出費が続いているから安めのところがいいな。
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「串特急なんていいんじゃない?」
まだ、働きはじめで給料も低かったときに優子とデートするときに言われた。
優子は自分自身が店の開拓をしたり、結構グルメだったりするのにもかかわらず、デートでは店にはこだわらなかった。
いや、多分、私の収入面を考えてそういう店も選んでくれていたんだと今になってわかってきた。
おかげで、新宿でちょっとお酒を飲むとき、軽くお茶を飲むときなど多くの店を知ることも出来た。
なかなか忙しい二人だからこそ、二人で約束したことがあった。
「次会うまでにはどこか私を誘える店を探しておいてね。
私も探しておくから」
この約束であった。
良く考えると会えない間も優子のことが考えられてよかったことだと思う。
だからこそ、次ぎに会う楽しみが持てたんだろう。
その中でコストがあまりかからない場所。
それが串特急だ。
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「わかったよ。
今度はちょっと前とは違った感じの店でも良い?」
とりあえず、さっき送信できなかった良へメールとともに送付した。
F電機への営業はスムーズに行った。
受注案件も未経験可であったため、後は金額だけ。
残業量も多いため月間金額は確保も出来る。
特に問題ないレベルだ。
面談なしでも可能だとのこと。
後は提案中の人間が若いため辞退しないことだけを祈るだけだ。
そう、仕事なんて難しいことはない。
ただの流れ作業。一度ベルトコンベアーにのっかってしまえばどこかに連れて行ってくれる。
F電機を出てセンター問い合わせをする。
メールが3件。
ひとつは良。
「わかったよ。じゃあ、ガストで」
待ち合わせ場所が決まった。
二人とも禁煙者だから、禁煙席におちつく。
もうひとつは宮部。
「わかりました。じゃあ、戻り待っています」
なぜか、宮部のメールは削除してしまった。
どうしてかはわからないが、何かから逃げたいのかも知れない。
まだ、現実を受け止める勇気がないだけかもしれない。
そして、最後は優子からだ。
優子のメール。
「支えにしているもの突然なくなったらどうする?
それでもあなたはあなたのままでいられるの?
パンドラの箱。あなたなら開ける?開けない?
後少しよ。早く選んで」
パンドラの箱。
今頭に入るのは良と優子の事だ。
優子はこうなる未来を予感していたのだろうか?
それとも、このメールは今の私を見て新たに作り直されているのではないだろうか。
たまに不安になる。
ひょっとしたらどこかでまだ優子は生きているのでは。
そして、どこかで私を見ているのでは。
そんな不安もよぎってくる。
けれど、私が支えにしているもの。
ひとつは優子だった。
それは事実。
「大丈夫だよ。そのうち何とかなるのよ。
今がつらいからってあきらめて逃げるの。
それでいいの?」
この優子のセリフが頭に残っている。
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大阪から東京に出てきて、一言で言うと文化の違いでなかなか契約が取れなかった。
そう、ベルトコンベアーがどこにあるのかがわからなかった。
そのため、かなり弱気になっていた時期がある。
その時期に優子と出会った。
一目ぼれだった。
雰囲気でかわいく、テンションは高いけれど、相手のことを慮るその姿勢。
良との飲み会の中でそう感じた。
人一倍気を使い、でもそれがいやらしくなく、また、盛り上げながら目立とうとしない。
その場限りの背伸びじゃなく、本当にすごいと感じた。
それが優子だった。
「加藤亮です」
自己紹介するときも、就職活動の始めての面接のときよりも、営業ではじめての契約のときよりも緊張していた。
ずっと舞い上がっていた。
「なに、加藤、緊張してるんだ~
就職活動の面接会のときもそんなにがちがちじゃなかったぞ。
まだ、お酒を飲んでいないんだろう」
良がそういいながらまるでビールを注ぐように白ワインをグラスに入れてくれた。
どちらかというと雰囲気重視のダイニングバー。
店の名前は『ピンクパンダ』という。
甲州街道から道をくねくね入ったところにあるこの『ピンクパンダ』はどちらかというと騒ぐには不釣合いだった。
「良くん。ワインはそう注ぐんじゃないのよ。
ちょっと貸してみて」
そう優子が言ってワイングラスを持って私のほうを向いてこう言った。
「お注ぎいたします」
自然とワイングラスを空にして差し出していた。
きれいな、まるでソムリエのようにワインを注いでくれる優子の姿は今でも覚えている。
たぶん、酔ったのはワインのせいではない。
けれど、その酔いのおかげで優子の携帯の電話番号とメールアドレスを聞き出せた。
「良、あの子彼氏いるのかな?」
会計を済ました後、駅に向かう途中で良に聞いた。
優子のこと。
「いや、いないよ。どうした加藤。
おぬしあの子に惚れたな~」
かなり酔っている良は時代劇風に語っていた。
今日はかなりの上機嫌らしい。
JRの南改札口に付いたとき、私は優子にこういった。
「また、あえませんか?
できれば、早いうちに」
そういいながら、自分の予定を考えた。
いつでも予定は空けてやる。
そんな気持ちだった。
「いいですよ。じゃあ、メール下さい」
そういって優子と別れた。
多分、ドラマでは第一話という感じだ。
このままドラマのようにうまく進めばいいのに。
そう思いながら、帰りの電車の中で優子にメールをした。
「今度の日曜日あいていますか?」
いきなりかもしれないけれど、どうも、あまり恋の駆け引きはうまくない。
いや、優子の前ではありのままの自分でいたいと思った。
返事はすぐに来た。
「今日はお疲れ様。
楽しかったです(*^_^*)
来週あいていますよ。
加藤さんは東京詳しくないんですよね。
どこか行きたいところありますか?」
うれしかった。
ちょっと断られるのではと思っていたからだ。
だからこそ、このメールがうれしかった。
だが、私はどこに行きたいだろう。
東京の名所、東京タワー、東京ドーム、雷門。
あまりどこといわれると出てこない。
デートとしてムードを考えるとどこがいいのだろう?
だとしたら、お台場、ディズニーランド?
いや、それよりも本当に行きたいところをあげるほうがいいのだろうか?
「東京タワーに行ってみたいです」
と優子にメールした。
結局少し悩んだ末、東京タワーにした。
大阪にいたとき、通天閣を登ったけれど、通天閣を登るより近くに行くまでの過程が楽しかった。
だから、いつもどこかからチラッと見える東京タワーに近づきたいとちょっと思っていた。
「いいですよ。じゃあ、13時くらいに浜松町で待ち合わせでどうですか?
ただ、ちょっと私にも付き合ってください。
仕事がずっとオフィスでパソコンに向かっているだけだから、体がなまって仕方ないんです。
そのため、散歩したいんですがいいですか?」
また、すぐに返事が来た。
私自身毎日営業先の開拓のため営業で歩いている。
だから、ちょっとくらい歩いてもぜんぜん問題はない。
それに、街を当てもなく歩くなんて、ちょっと昔読んだ『ノルウェーの森』を思い出した。
あまり、この部分を思い浮かべる人は少ないかもしれないけれど。
「もちろん、いいですよ。
では、13時に浜松町についたらメールします。
それでは今日はお疲れ様でした。おやすみなさい」
毎日仕事でつらいけれど、ちょっとがんばれることが出来た。
この一週間どうにか何事もなく過ぎますように。
そう、このとき仕事でひとつの壁にぶつかっていた。
だからこそ、毎日が億劫だった。
しかも、知り合いも少なくくすぶっていたら、良が気を利かせてくれた。
今日は本当に良かった。
良にお礼のメールをして眠りに付いた。
1週間後。
約束の時間より早くに浜松町についていた。
時間がわからなかったというのも正直あるが、なによりも遅れて、待たして、帰られるということを考えると怖かった。
気がついたら待ち合わせの1時間前にきていた。
30分もしないうちに優子が来た。
「早いのね。びっくりした。
私、待ち合わせに遅れるのって実は嫌いなの。
だって、待たせるというつらさより、待つほうがつらいでしょ。
だから、私待ち合わせよりは早く来るの。
でも、びっくりしました」
笑顔がすごく似合うけれど、これほどいやみない笑顔もまたすごい。
やはり、前の『ピンクパンダ』で感じた感覚は間違っていなかった。
それから、東京タワーを登り、展望台の下にある不思議の館みたいな感じのところにもいった。
優子の散歩に付き合い、日比谷公園まで歩いていった。
趣味の話し、学生時代の話し、そしてその後に仕事の話になったときに、優子に言われた。
「大丈夫だよ。そのうち何とかなるのよ。
今がつらいからってあきらめて逃げるの。
それでいいの?」
そう、気がついたら仕事でうまく言っていない愚痴を言ってしまっていた。
けれど、その逃げる姿勢を問いただしてくれた。
今思えば、このセリフのおかげで契約をするというベルトコンベアーに乗っかっている。
そう、何もしなくても契約が出来るような環境つくり。
その一歩を踏み出せたのもこのセリフのおかげだ。
「確かに逃げていただけなのかもしない。
そうだね。やるだけやってみて、それでダメだったときにまた考えればいいんだよね。
ありがとう。ちょっと楽になれたよ」
優子にこう言えたのは本音だった。
そして、その後にふと思った。
「でも、桜井さん。うまいよね。
なんか良く相談とか乗ったりしているの?」
うまくやる気を導いてくれた優子は、ひょっとして良と同じように相談に良く乗るのかと思った。
以前、良をうらやましいと思った。
だから、こういう相談に乗れる人ってすごいと思う。
「ううん。
あんまり相談は乗ったことないの。
むしろ逆かな。相談する専門よ。
でも、ちょっと興味があって心理学の本とか読んだりしているの。
でね、どういう風に話したらちゃんと聞いてくれて歩いてくれるのかな~ってね。
それだけよ。
でも、答えを見つけたのは私じゃなく加藤さんなのよ」
これが、最初に優子の優しさに触れたときだった。
心のどこかで今での優子を支えにしている。
それは事実だと思う。
だからこそ、優子の死を認められないのかも知れない。
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「支えにしているもの突然なくなったらどうする?
それでもあなたはあなたのままでいられるの?
パンドラの箱。あなたなら開ける?開けない?
後少しよ。早く選んで」
だから、このメールはびっくりした。
そう、何かを見透かされているような気がした。
「いらっしゃいませ」
店員の声で再び現実に呼び戻される。
色んなベルトコンベアーに乗っているせいか、トリップする時間が長くなってきた。
少し12時より早いがガストについてしまった。
日替わりランチを頼んで、少し待つことにした。
多分、良も後少しでやってくるだろう。
そういえば、良に優子と付き合ったと報告したときもファミレスだったな。
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「なあ、良。実は前に紹介してくれた桜井となんだけど。
その付き合うことになったんだ」
ファミレスでハンバーグステーキを頬張っている良が珍しく一瞬固まった。
「良、何固まっているんだよ」
固まり続けている良に話しかけた。
予想では喜んでくれると思っていたからだ。
だから、フリーズしているパソコンみたいになった良はちょっと予想外だった。
「よかったな。でも、付き合ってからのほうが大変だぞ。
かるい気持ちでだと、お父さんはゆるしまへんで~」
ちょっとおどけた良を見てほっとした。
良の彼女の友達だし、良の友達でもある。
「んで、デートとかはどうしてるんだ。
加藤、あんまり東京詳しくないだろう。
全部、桜井まかせなのか?」
良の質問にはドキッとした。
実はまったくそのとおりだったからだ。
「実はそうなんだ。
それで、どこかよいところがあったら教えてほしいんだけれど」
そう、話をしたのは報告ということもあったけれど、よい店を良から教わりたかった。
そういう店も詳しそうだからだ。
「う~ん、そうだな。
結構あるけれど、わかりにくいところが多いんだ。
そうだ、もし、加藤がよければだけど、Wデートにするか?
しばらくそうしていたらレパートリーも増えていくだろう」
良の提案はありがたかった。
それに、まだ、付き合いたてで緊張して、空回りしそうでもあった。
そのため、このWデート案はかなり助かったと思った。
「一応、OK。
でも桜井にも聞いておくな。
って、まだ何か言いたそうな顔してるな~
なにかあるなら言ってくれよ」
話しながら消化不良気味な顔をしている良を見て言った。
「いや、気にしないでくれ。
まあ、そのうちにな」
そう言って店を出ようと良がした。
「おい、待てよ。その思わせぶりなセリフは。
ってその笑顔は何も考えていないな」
そうなのかもしない。
いや、そうであって欲しいと思っていただけかもしれない。
今になって思い出す。
そういうものだ。
***************************
「ごめん。待たせたな」
いつもと変わらない良がそこにいた。