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メール  作者: ミナセ。
5/10

4通目

~メール4通目~


 いつも通り、6時50分に目が覚める。

 もう、習慣になっている。

 携帯のアラームより先に目が覚めてとめる。

 そして、テレビをつける。


 そう、いつもと同じ繰り返し。


 いつもと同じように用意をして出社する。





「おはようございます」


 いったいだれに向かって言っているのかも解らないセリフをいって私は会社にはいった。


「おはようございます」


 どこかこわれた壊れたステレオのようにエコーがこだまする。

 誰にいっているのかわからない死んだ言葉が返ってきた。


 今日は客先へすぐに行くこともあり、何か違和感があったが、すぐに会社を出ていった。


「行ってきます」


という死んだ言葉を残して。






 豊田駅で今日連れて行く技術者と待ち合わせをした。

 豊田駅は改札がひとつのため、こういう待ち合わせを行うときはありがたい。


 少し待ち合わせには少し早い9時35分である。

 けれど、どうもその技術者も早く来ていたみたいだ。





「どうも、こんにちは。MSシステムの加藤ですが、上野さんですか?」


 履歴書のコピーで写真を見ていたからわかることだ。

 この上野という人は、少し話して癖があることがわかった。

 技術は確かにあるのだろうが、どこか、違和感を感じる。

 それが何かと言われると表現はできないんだが・・・


 これは、あまり上野という人に話させないほうがいいかもしれないな。

 契約という事を冷静に考えている自分がいることがよくわかった。


 どんなときでも仕事は出来るものなんだ。


 F電機に行く前に、質問される内容の確認や、先方から出される図面の確認を行っていた。




メールが来た。


「山口です。加藤さん 宮部さんの事聞いていますか?」


 山口さんからのメールであった。

 山口さんは、宮部と仲の良い同じ営業事務の女の子だ。

 あまり話したことがない子だが、印象として裏表はないけれど、世間話しの好きそうな感じの子だ。

 はっきりいって、何か話したらみんなに広めてくれそうな感じの子だ。


 でも、東京に来てから山口さんからメールをもらったことはなかったし、宮部に何かあったのかと思った。

 そういえば、今日はあの耳に残る宮部の声を聞いていないような気がしてきた。

 朝の違和感はそれだったのか。

 妙に納得できて、少しだけもやもやは晴れてきた。

 まだ、もやの中心はかわらないけれど。




「仕事のメールですか?大変ですよね。営業も。

 でも、メールなんて、今でこそ普及していますけれど、

10年くらい前はまだまだ主流じゃなかったですからね。

 くくっ。

 でも、最近でこそリモートメールみたいなものできてきましたけれど、10年前の技術でも

 時間を指定してメール送付することなんて全然難しくないんですけれどね~」


 横にいた上野さんの声でまた現実に戻されたが、その内容にびっくりした。


 私は興味本位を悟られないように聞いてみた。


「上野さんはそういうのって詳しいんですか?

 今までの職務経歴からだと、どうしても電気関係が強いのですが、ソフト関係もされてきたんですか?」


 どう、切り出していいのかわからなかった。

 本当はこういう回りくどい質問じゃなくて、150kmくらいの剛速球を投げてみたかった。


 ただ、どうやって切り出せばいいのだ。

 いきなり、死んだ彼女からメールが来るんですけれど、システムの解析してください、なんて変なお願い事はできないし。


「加藤さん、業務ではハード関係ですよ。

 でも、趣味でソフトはやっているんですよ。

 HP作ったり、プログラミングしたり、Windowsのバグ発見してみたり。

 楽しいですよ。他人の作ったプログラムのバグを発見していたずらするなんて」


 なんともいえない笑い方を上野さんはしていた。

 多分、始めにあったときの違和感はこういう、なんともいえない、アウトローなところが引っかかったんだろう。


 でも、この上野さんに聞かなくても、警察の方でも調べているはずだ。

 一度、どういう仕組みでなっているのか聞いてみよう。


 そんなことをしても、優子が戻ってくるわけじゃないし、このどこかにもやのかかっている状態が良くなるわけじゃないと思うけれど。


 ただ、なんとなくそう思った。


 とりあえず、山口さんからの宮部の質問メールは仕事がひと段落してから返事を書こう。


「上野さん、わかりました。

 それでは、そろそろ時間もいいころですから、先方のところに行きましょうか」


 どんな精神状態でも仕事は出来る。

 ただ、日常というベルトコンベアーにのっかているだけなんだから。





 F電機での面談は事前の打ち合わせもあって、問題なく進んでいった。

 途中、上野さんに席をはずしてもらって、見積もりの話しも問題なく進んでいったので、後は先方での社内稟議が通るかどうかだ。

 おそらく、急ぎの案件のため、今日の夕方には結論が出ているだろう。


 打ち合わせ後、上野さんには今日の夕方連絡が入る旨を伝えて、入社までの話を伝えた。


 豊田駅まで上野さんを送って、ほったらかしていた、山口さんへのメールを書いた。


「何も知らないけれど、どうかしたんです? 

加藤」


 送信と同時にメールチェックをしてみる。

 けれど、優子からのメールはまだ来ていなかった。


 まあ、今日は盗聴器を仕掛けた人物もわかることだし、ある程度気楽になる情報があるはずだ。

 情報を待っていても仕方ないから、こちらから警察に電話をしてみた。


 どこかで、早く決着をつけたいと思っている自分がいる。

 多分、どこかにはいるはずだ。

 そことは違うところにまだまだ現実から背を向けている自分もいるのも良くわかるが。


「もしもし、加藤ですが。

 今、よろしいでしょうか?」


 担当の警察官の方と電話で話していくと、理解できない事が電話口で話されていた。

 いや、内容はすごくわかりやすかった。


 ただ、あの盗聴器と小型カメラだが、購入者が調べたら優子であったという事。

 そして、何も録音されていないこと。


 もう少しでこの心におもくのしかかったもやが晴れるはずだった。

 どうにかこのいやなどす黒いものを振り払おうと別のことを考えようと思った。


 どうしてか、頭に浮かんだの昔優子とカラオケに行った時に聞いたCoccoの「強く儚いものたちへ」を

思い出した。

 なんとなく、苦労して愛する人のもとへ戻ったとき、その人がほかの人に腰振っているというフレーズを思い出した。

 そういえば、付き合いたての時は、デートも良くしていたな。


 でも、どうして優子が購入者なのだ。

 しかも、何も撮られていないというのも不思議だ。


 こういう時は良に相談しよう。

 多分、一人で考えていても何もいいことはないはずだ。

 とりあえず、今日は20時に待ち合わせをしているから、その話時に話そう。


 そう、思うことにして、電車に乗った。






 電車の中でセンター問い合わせをすると、メールが2通来ていた。

 山口さんと優子からだ。


優子のメール


「ようやく、たどり着けそうなの。『K』

  どちらを選ぶの? 行きたい所なの」


 初日に続いてよくわからない内容のメールだ。

 そして、目につく『K』という文字。


 不自然にあるこの『K』は多分何かをさしているに違いない。

 そういえば、優子はこの前夏目漱石の「こころ」を読んでいるといっていた。


 後半に『K』が出てくるけれど、何か関係があるのか?

 けれど、「こころ」でも『K』は自殺している。


 何か優子にあったのだろうか?

 三角関係?


 でも、思い当たる相手がいない。

 確かに仕事ですれ違っていたけれど、浮気をしようと思ったことは一度もなかった。

 いや、あるかも知れない。

 確かに、会社では宮部に誘われているし、会社にも女の子はたくさんいる。

 正直、顔だけならタイプな女性は身近にいる。


 では、逆に優子が浮気をしていたのか?


 その可能性も低いと思っている。

 いや、思いたいだけかもしれない。


 確かに、優子は誰にでも優しい性格のため、誤解を受けることが多い。

 そのため、過去にストーカー被害にあったのも事実だ。


 優子が浮気をしたのではなく、そういう心無いヤツにうらまれていたのだろうか?

 もしかしたら、そういうヤツがこっそり、部屋に入ってきたりしていて、それを監視するために小型カメラや、盗聴器を仕掛けたのだろうか?


 可能性としてはこの方が高い。

 いや、そうであってほしいとどこかで願っている自分がいる。


 浮気をしていて情事のもつれで殺されたなんて想像したくない。

 そのためならば、事実だって湾曲したい。


 そう、思いながら、もう一通のメールを開いた。


山口さんのメール


「今朝、なきながら舞から連絡あったの。『加藤さんにもう会えない』っていってたよ。

       なにかあったんですか?舞が来ないと仕事振られるのでなんとかしてください」


 どうも、私にとって宮部はトラブルメーカーみたいだ。

 とりあえず、次が国分寺だから、降りて宮部の携帯に電話してみるか。

 このメールの内容だと、宮部は今日会社休んでいるみたいだし。


 でも、山口さんにこういう風に伝わっているのなら、早くなんとかしないと、私が宮部に何かしたように思われてしまう。

 そういう誤解だけは避けたい。


 もう、無駄かもしれないが。






 とりあえず、国分寺に着いたので宮部に電話してみた。


「もしもし、加藤ですけれど・・・」


 電話をかけて、いったい何を話せばいいんだ。

 オルゴールを返してくれ。

 会社に行ってくれ。

 いや、どうして、朝あんな電話をしたんだ。


 でも、どれもどう話そうか悩んでいた。

 けれど、実際は悩まなくてすんだ。

 いや、それどころじゃなかったのだ。


 ずっと、宮部はただ泣いていただけだった。


「宮部、どうしたんだ。何かあったのか?」


 けれど、宮部はただ泣いて


「ごめんなさい」


としかいわない。


 しばらくして、宮部から


「今から会えますか?」


と言われた。


 聞けば宮部の住んでいるマンションは永福町にあるらしい。

 吉祥寺から京王線に乗ればいける場所だ。

 ここからそう遠くない。


 もし、この時、誰かが止めてくれれば。

 いや、もうすでに歯車は回っていたのかもしれない。


 どうすることも出来ないくらい。






 そして、私は永福町に向かった。

 駅に着く前から宮部とは何度かメールで場所を確認していた。


 改札を出たところで宮部は待っていてくれた。


 たぶん、ずっと泣いていたのだろう。

 宮部の目は晴れ上がっていた。


 改札で話すことではないだろう。

 近くの喫茶店に入ろうと誘った。

 すると宮部から


「家でもいいですか?」


と言われた。


 いつもなら、いや、こういうシチュエーションでなければ、断っていただろう。

 今から思えばこの時断るべきだった。


 けれど、消えそうな宮部の声が、晴れて赤くなった目が、何かを狂わせた。

 ただの、言い訳かもしれないが。


 私は宮部についてマンションに行ってしまった。


 宮部のマンションは築年数10年くらいだけれど、メンテナンスが行き届いているのか、かなりいい物件だった。

 オートロックではあるが、横の通用口から簡単に入れる微妙な作りであった。

 RC造のため、雑踏も聞こえない、なかなかいいマンションであった。


「ごめんなさい。ちらかっていて」


 宮部は話しながらミニキッチンにいってお茶を作っていた。

 宮部の部屋は優子の部屋と違い、かわいらしい女の子の部屋といった感じだ。


 全体的にピンクで統一されており、ベッドの上にはディズニーのピグレットがいた。

 それが印象的だった。

 部屋全体は、1Kと狭く、6畳もないスペースにベッド、テーブル、テレビ、コンポがあった。

 どう座っていいかわからないためテーブルの奥に座った。

 どうも、居心地がわるい。さっきから無声映画を見ているみたいに、音がかき消されている。


 お茶だけが減っていく。


「なにがあったんだ」


 いつもと違うトーンで声が出た。

 それは、この思苦しい雰囲気から脱出したい、ただ、それだけの思いだったかもしれない。


 けれど、宮部は下を向いたまま、泣いていた。

 ただ、それだけであった。


 そして、おもむろに宮部が語りだした。


「昨日、加藤さんを待っていたんです。

そしたら、知らない人に声かけられて。

でも、無視してたんです。

そしたら、さらに怒ってきて。

怖くなって逃げたんです。

けれど、追いかけてきて。

それで、それで・・・」


 そして、そのまま宮部は泣き崩れた。

 正直、あまりにも現実味がなく、信じられなかった。


 何かをされたのだろう。

 聞きたいという願望と、これ以上傷を深めたくないという切望と。

 交差する思いとは裏腹に気がついたら、宮部を抱きしめていた自分がいた。


「加藤さん、こんな私でも抱きしめてくれるんですか?」


 涙目で見上げる宮部をどうにかしてあげたい。

 たぶん、この気持ちはうそではないだろう。

 そして、今の宮部をかわいいと思ってしまったことも事実なのだろう。


 気がついたら強く宮部を抱きしめていた。





「明日は会社に出勤できそう?」


 ネクタイを締めなおしながら宮部に話しかけた。


「うん。ごめんね。心配かけて。

でも、加藤さんありがとう。

って、加藤さんって呼ぶのも変か。

じゃあ、お仕事いってきてください」


 ベッドの中から宮部がそう話す。

 もう、後戻りできない。

 なんか、そういう言葉が頭の中をこだましていった。


「忘れ物よ」


 そう言って宮部がオルゴールを渡してくれた。


「私、サザン好きなの。

今度、カラオケで歌ってよ」


 けれど、その宮部の言葉はどこか遠くに通り過ぎていった。



 ごめんな。


 そう、今あるのは、ただの罪悪感だけでしかなかった。

 それは、優子にむけてのなのか、目の前にいる宮部に向けてなのか。


 わからない。

 自分を一番わかっているのは自分ではない。

 なんかそんな感じの格言を言った人がいたのを少し思い出した。


 そう、まさに、そんな気持ちだった。


 とりあえず、心の増えたもやもやを無視するため、仕事というベルトコンベアーに

乗ることに決めた。


「じゃあ、会社に戻るね」


 それが、宮部に言える精一杯のセリフだった。




 宮部のマンションを出て、すぐにオルゴールを取り出した。

 ひょっとしたら、この中に今日のメールの『K』が何かが。

 いや、ひょっとしたら、今回の『謎』が「もやもや」が晴れるのではないかと。

 そう思って、オルゴールを開けてみた。


 中には鍵穴があり、鍵を入れてみる。

 オルゴールから出てきたのは、メモだった。


「かきつばた

 

 仮面なんて脱ぎ捨てて!!

 ガラスのようなもろい関係はいや

 やっぱり全てを捨てないとたどり着けないの」


 私は、自分の知らないところでかなり、優子を傷つけていたのだろうか。

 確かに、お互い気を使いすぎて、仮面をかぶったような感じだったのかもしれない。



 けれど、それでも私は幸せだと思っていた。

 それは優子も同じなんだと信じていた。

 いや、信じたかっただけなのかもしれない。


***************************


「私、この曲が好き。

サザンは今まであんまり聞いてこなかったけれど、この曲は思い出だから」


 優子のセリフは今でも鮮明に覚えている。


 告白をしたのは、トリトンスクエアだった。

 ちょうど二人とも仕事でその場所にいてそのまま、そこで御飯を食べた。

 そう、その帰り、少し歩いて勝どき橋で優子が言ったセリフだ。


 確かに楽しい思い出はいつでも付き合った当初しかない。

 けれど、その時と同じテンションでずっとなんていられるわけがない。


 打ち上げ花火のような恋愛じゃなく、線香花火のような恋愛がしたい。

 そう思っていた。

 だから、適度な距離がちょうどいいと思っていたし、お互いに仕事も忙しいから、メールできる時にメールして、会えるときに会ってきた。




 それが、優子には不満だったのだろうか。

 もしかしたら、心理学で少し聞いたことのある、『はりねずみのジレンマ』に私も陥っていたのだろうか。

 寒くて凍えそうだけれど、近づくとお互いの針で傷つけあってしまうという感じに。


 だから、つらいから全てを捨てたというのか。

 だから、自殺したというのか。


 認めない。

 いや、認めたくない。

 私はどこかで、優子は自殺したんじゃないって思っている。

 このメモは何かほかの意味があるはずだ。


***************************



「ただいま戻りました」


 習慣とは怖いものだ。

 会社に帰ってくると何も考えていなくても、この誰に言っているのかわからないセリフが出てくる。

 そして、また、どこからともなく、こだまが返ってくる。


 それが、まるで当たり前のように。


 早速、帰ってきて、F電機に確認の電話をする。

 先方でも稟議が決済をもらえて、月曜日からの契約が確定した。


 社内報告書や、稟議を作成し、上司に報告をする。

 今日は20時に良と待ち合わせをしている。

 時間を指定されている分、時間と変える段取りをつけておかないとなかなか帰れなくなってしまう。


 途中、営業事務の山口さんがこっちを見てくすくす笑っていたが、あまり気にはしなかった。

 宮部とのことは多分もう、知れ渡っているはずだ。

 一時の過ちとしては許されないし、私自身も何かが動き出してしまったのだから、仕事とは別のベルトコンベアーに乗るのだろうと思っている。


 そう、仕方ないことだ。


 契約書の作成を行い、明日の準備が整ったので、帰社しようとしたらメールが来た。


「お疲れ様。今日はありがとうね。

おかげで元気になれました。今日は夜どうするの?」


 宮部からだ。

 まだ、片付けなければいけないことが山済みだが、こころのもやもやが晴れたときにどうにかしよう。

多分、どうにかなるはずだ。


「今日は大学のときの友達とこれから会います。

  終わったらメールするよ」


 とりあえず、宮部に返信はしておいた。

 どういう結果になるにしよ、今はちゃんと対応をしておかないと後が怖い。

 けれど、どこかに宮部と付き合ってもいいと思っている自分もいるのも事実。


 いつまでも、ループしている優子を追いかけているのもどうかと思う。

 多分、つらい現実から逃げ出したいだけなんだ。


 どこかで冷静な自分が今の自分を冷笑している。


「お先に失礼致します」


 何かから逃げるように私は会社から出た。

 多分、それは求めている逃げ場でもなんでもないけれど。


 待ち合わせより少し先に新宿南口近くのポストについた。

 あまり、新宿に詳しくない時によく、優子と待ち合わせに使った場所だ。

 普通、待ち合わせは男性が待っているケースが多いが、仕事柄終わる時刻を見込みにくいせいか、私は優子をよく待たしていた。


 そう思うと、待ち合わせ以外でも優子を待たしている事は多かったと思う。

 通常土日が休みのケースが多いが、取引先の中には日、月が休みの会社もある。

 医薬系や臨床系でだと休日がずれるケースは多い。

 そのため、土日休みでなく、代休をとっている場合が多かった。

 だからこそ、優子と会うことが少なくなってきたのもまた事実だ。


 そういう意味では私は付き合っている期間に比べると不安定な、それこそ、ガラスのような関係だったのかもしれない。


 何が大切だったのか。

 もっと出来ることがあったのではないだろうか。

 そういう後悔は多い。

 それにもうひとつ、宮部のこと。

 いったい、どこに私はいきたがっているのだろうか?

 ひょっとしたら、優子は宮部のことも知っていたのだろうか?

 色んな想像が広がっては消えていく。

 私には良みたいな、整理する能力はない。

 どこかですごく良を頼りにしているのがわかる。


メールが来た。良からだ。


「今日はわけあっていけないんだ。

そのかわりにもうすぐそこに綾香がいくから。

今日は綾香と桜井の話をしておいてくれ(-人-)」



 綾香は良の前の彼女だ。

 確か、名前は高橋綾香。

 優子と仲が良く、二人して新規開拓の店を探したりしていた。

 付き合った当初は4人でよく遊びに行っていたが、そこそこにしか話しは出来ない。


 まあ、良が前に言っていたから、こういう場をセッティングしてくれたんだろう。

 けれど、出来れば良にもいて欲しかったが、どういう別れ方をしたのかもわからないし、それに、良も相手の高橋さんに気を使うから来ないんだろうと思った。


 少しだけ、良に整理してももらって楽になれると思っていたが、中途半端なまま優子を過去の押入れにしまうこともしたくはなかった。


 そう、逃げているだけでは終わりたくないからだ。


 しばらくしたら高橋さんが来た。

 かわいいというより、美人な高橋さんはどことなく、二人でいると緊張をしてしまう。

 同じ年なのに、お姉さんという感じを受けてしまう。


 まあ、あの良が彼女にしようとしただけのことはある。


「お久しぶり。加藤くん。でもなんか災難だったね。

優子どうしたのかな。って、ここで話すのもなんだからどこかへ行きましょう。

なつかしの『ピンクパンダ』でもいいけれど、加藤くんはいやでしょ。

だから、ちょっとだけ歩きましょうか」


 明るく話している高橋さんは色々と気も使いながら話してくれる。

 宮部との違いをよく感じる。


「こっちに行きましょう」


 そう、高橋さんは言って歩き始めた。


 ついた先は三越の向かいぐらいのチーズケーキカフェ。

 レイアウトもチーズケーキをモチーフにしたかわいらしいつくりである。

 確か、高橋さんはあまりお酒が得意でなかったため、いつもアルコールの少ないところが多かった。


「優子もチーズケーキ大好きなのよ。

あの子お酒も結構すきなのに、甘いものもすきなのよね」


 そう話しながら、カルボナーラとケーキのセットを頼んだ。

 私も同じものを頼み、ふと思い出した。


***************************


「チーズケーキファクトリーって知ってる?」


 優子がチーズケーキ好きなのは付き合ってすぐにこの質問をされたので覚えている。

 今から思うと近場でもあるのにわざわざ町田まで行って食べたのかがよくわからない。

 池袋にも食べるだけならあるし、店も違うところにある。


 確か、町田には営業で何度か行ったので、よく覚えている。

 子供のころ、ショートケーキを食べ過ぎて胸焼けを起こしてからチーズケーキが好きになったといっていた。

 だから、誕生日もクリスマスもケーキは生クリーム系をさけていたのだ。

 ホールではなければ、生クリームでもいいってことを知ったのは付き合ってから随分してからだった。


***************************


「それで、優子の何が知りたいの?」


 高橋さんの声で現実に戻ってきた。

 やはり、最近はトリップすることが多い。


「何って言われると、ただ、漠然としすぎていて。

でも、何か今回のことはよく、自分でもわからなくて。

って、すみません、ちゃんと整理してから言いますね。


 優子は私との付き合いについて何か話していませんでしたか?

 どんな些細なことでもいいんです。

 なんかこころに今もやもやがかかっていて

 でも、どうすれば、このもやもやが取れるのかもわからなくて」


 私自身、何をどう話していいのかわからなかった。

 とりあえず、私の知らないところで何かあったと思いたい。

 たとえば、ストーカーにまたあっていたとか。

 何かの影におびえていたとか。


 そうであってほしいという、自分の欲求とは裏腹に、どこかで、自分が責められたいと思っている。

 不思議なものだ。


「そうね。

じゃあ、言うけれど、実は優子は加藤くんにちょっと不満があったの。

なんかね、すごい気を使ってくれているのはわかるけれど、本心が見えない。

ってね。

でも、間違わないでね。優子は本当に加藤くんのことは好きだったのよ。

それは、事実。

でも、今回こういうことになって。

実は私、自殺じゃないと思っているの。

いや、思いたいだけかもしれないけれど。

今まで、結構相談とか優子から受けたりしてたのよ。

加藤くんとのことよ。

でも、ここしばらくはそういうのもなかったの。

だから、何かあったのかなってね」


 考えながら、話してくれる高橋さんのセリフはどこか救われて、でも、なにかがわからない。

 そう、なにかが見えそうで、見えないジレンマに陥っている。

 けれど、そういう思いとは別のセリフが口から出る。


「高橋さん。ありがとう。

私も、今になってだけれど、もう少し優子を大事にすればと思っています。

けれど、いまさらですがね。

でも、結構優子は相談していたんですか?

たとえば恋愛以外にはどうですか?」


 そう、気になっていること。

 それは、良が言っていた、話しにくいから、話せないから、メールを送ったり、メッセージを送っていること。


 たぶん、知りたいことはこれではない。

 どこかで本能がそう言っている。


「う~ん、そういわれてもな。

 でも、確かに昔ストーカー被害にあったときあったじゃない。

 あの時は何も相談してくれなかった。

 どこか、自分ひとりで背負っちゃう癖があるのよね、優子は」


 なにか消化不良気味であった。

 たぶん、このカルボナーラのせいではないことだけはわかる。

 沈黙が続く。


「ところで、話は変わるんですけれど、どうして良と別れたんですか?」


 沈黙を破ったこのセリフは、本当は良に聞きたかったことだ。

 けれど、なかなか聞けなかったことでもある。

 私から見て、二人はお似合いだった。

 特に別れる理由なんてなかったように感じたからだ。


 高橋さんは一瞬顔を曇らせながら語ってくれた。


「私ね、良は嫌いじゃないのよ。

本当いうと今でも好きなの。

でも、あの人、やさしいでしょ。

怒らないし。

いつも笑顔なの。

でも、あの笑顔って真正面から見たら笑顔だけれど、横から見たら笑顔じゃないんじゃないかって思ったの。

そう、思ったら、すごく不安になったのよ。

この人何を考えているのかまったくわからない。

だって、やさしすぎるってことは何か隠してそうだから。

加藤くんは何も感じないの?」


 初めて言われた。

 良のやさしさについて。

 確かに、どんな相談でも乗ってくれるし、いやな顔ひとつせずになんでもしてくれる。

 けれど、それが全てだと思っていた。


「高橋さんはその素顔を垣間見たのですか?」


 恐るおそる聞いてみた。

 何か、踏み込んではいけないものなのではと怖かった。

 それは、ある意味自分の何かが壊れていく恐れもあった。


「垣間見たのではないの。

でも、確信したの。

この人はウソをついている。

ってね。

特にあのことがあってから・・・


そういえば、優子のこと良には聞かなかったの?

優子は私より良に相談していたけれど」


 一瞬何が起こったのかわからなかった。

 そう、前に良はあまり優子のことは知らないと言っていた。

 どうして、ウソをつく必要があるだろう。


 聞いてはいけないこと。

かもしれない。けれど、胸の鼓動はとまらず、気がついたときは口から言葉が出ていた。


「高橋さん。それってどういう事ですか?

良は前に優子の事はあまり知らないと言ってました。

あの二人は前から中が良かったのですか?」


 しばらくの沈黙。

 そして、目の前の高橋さんの顔が徐々に変わっていくのがよくわかる。


「ごめんなさい。加藤くん知らなかったのね。

でも、このことは良から聞いて。

私、たぶん、うまく説明できないの。

加藤くんに誤解を与えずに話せる自信がないから。

でも、これだけは信じて。

あなたが思っているような不安じゃないから」


 すごく、気を使ってくれているのが痛いほどわかる。

 たぶん、私の知らないところで何かが起こっている。

 それだけは良くわかった。

 そして、その隠されたパンドラの箱は私がショックを受けるという事も。

 今までの優子のメール。

 このもやもやはこのパンドラの箱の中に答えがあるのか。


 でも、どうして、良はウソをいっていたのか。

 そして、どうして高橋さんは話してくれないのか。


 ナゾばかりが消化不良を起こしている。

 さっき食べたデザートのニューヨークチーズケーキが原因でないことだけはわかる。




「ごめんね。今日はなんの力にも慣れなくて」


 そう言って高橋さんは改札の中に消えていった。

 どこに住んでいるのかはわからなかったが、たとえ方角が同じであったとしても、今日は一人になりたかった。

 いや、今すぐ良に会いたかった。


 あのパンドラの箱の存在を知ってから沈黙だけが続き店を出た。

 新宿の中央東口で高橋さんを見送った後、良に電話した。


 呼出中という文字が携帯のディスプレーに表示される。

 その後すぐに、留守番電話サービスにつながっていく。

 何回か良にかけてみたがつながらなかった。


「今日、高橋さんと話した。

優子が良に相談していたことを聞きました。

よかったら明日話がしたいんだけど時間がある?」


 何回か考えた末メールすることにした。

 電話がつながらなくても、メールなら後で読んでくれるだろう。


 時計を見ると10時近いがどうしてもまっすぐ家に帰りたい気分じゃなかった。

 新宿の大ガード下をくぐってしょんべん横丁の入り口にある松屋。

 その4階にあるISAOに向かった。


***************************


「こんなところにこんな店があるんだ」


 優子と付き合いたての時に驚かそうと思って連れて行った場所だ。

 細い路地をわざと通って来て、なんか薄暗い場所を見せた後におもむろに入ったところの4階。

 壁は白く塗られて感じのいいダイニングバーのようなところ。


 あのときの笑顔は確かに本当だった。

 ただ、何を話したのか中身は覚えていない。


***************************


 そんなものだ。

 いつも思い出すのは屈託のない笑顔だけ。


 そう思いながら銀河高原ビールを浴びるほど飲んだ。

 今日は長い一日だった。


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