悲劇の選択
「悲劇の選択」
『ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・ピ・・・』
心電図の定期的な音が聞こえる。
誰も居ない治療室に人が一人入れるような大きさの棺桶のような機械があった。
その中には全身を栄養素等、各種ビタミン配合兼緩衝材の機能を持つ医療用ジェルに包まれた少年が火傷や毒素等で無残な姿で浮いていた。
『シュコ~・・・シュ~・・・シュコ~・・・』
口に当てられた酸素吸入機の音が静かな無菌カプセルの中で響く。
ふと、顔の前のガラスがはめ込まれたのぞき窓から外を見ると薄暗い天井が見える。
『夜?』
耳を塞いでしゃべったような篭った声だ・・・ボヤケタ頭でそんな風に考えてるとどこからか明かりが灯った。
『ん・・・まぶしい』
かすかに何かが近づいてくる振動がする。
不意に明るかった窓に影が差し込む。
俺のことを見てるようだが逆光と膜のかかったような視界で表情は見えない。
そのうち意識がまた薄れていく。
私の名前は『マルエッティー・サハラ』この惑星078の開拓村に在住する医者だ。
ここに来る前はある軍部の古代戦争研究施設に在籍していたが私の趣味がばれそうになったため早々に職場からおさらばしてホライズンの医者募集に飛び込んで高飛びしたわけだ。
流石に何十光年も離れた場所に追ってくる者は居ないだろう。
幾多の珍しいナノマシンの収集・・・これが私の趣味である。
前の職場は趣味のナノマシンのコレクションを勝手に増やすにはもってこいの場所ではあったが・・・命にかかわれば仕方ない趣味と天秤にかけるほどのバカではない。
まあ、最後に古代大戦最盛期のナノマシンが回収されて、興奮のあまり我を忘れた。
結果、その一部をコレクションに加えるところ(ちょろまかす)他の同僚に見つかってしまって今に至る。
しかし、後悔はしまい。
私は最高のコレクション
古代大戦のもっとも忌まわしいとされる『獣魔大戦』。
または『ラグナロク』『神々の存在を問われた戦争』とも言われた星間戦争。
その頃はナノテクノロジーが一番発展していたそうで中でも生物の中にある特に精神エネルギーに関する研究が盛んだったとか。
今現在ではそこのとこは禁忌とされているが少なくとも実用できるエネルギーが多々発見され実際の兵器に転用された。
その他に動物や人間を使ったキメラモドキの生物兵器等も多種に亘り投入されたのだからその頃の倫理なんて無いに等しかったのでは?
そんな時代だったからこそナノマシンの性能は格段に進化したのだろう。
そして今回収集した『ベルセルク』。
当時『狂戦士計画』として進められたナノマシンによる人体強化兵増産プロジェクト。
それ自体は珍しくなく現在でもある。
しかしそれによって作られた『ベルセルク』と呼ばれた兵士は桁はずれだった。
記録では投入されたのは4体だったとか。
それぞれは01から04までの何かに特化した仕様・・・
ただそれまでと違っていたのは『異常適応』という強制進化だ。
あるものは核にも耐える防御装甲を、あるものは宇宙空母さえ素手で解体できる力を、あるものはどんなエネルギーをも自在に操る力を・・・と聞いてるとおとぎ話の魔法使いや怪物が可愛く見えてしまう存在。
しかし、そんな力は人間の姿で行使できるはずもなく・・・。
最終的に彼らはまさに内面、外見ともに怪物になりはて人類の脅威となった。
各国家が彼らの討伐に一致協力することで撃退し、皮肉にもそこから戦争の収縮、終戦へとつながった。
そんな化け物のようなナノマシンが私の手に入った!
しかも実戦投入されてない試作ナノマシン00まで!
もう、感極まり無い!!
自分に使ってみたいのはやまやまだが結果は見えている。
すでにナノマシンに適応した検体にナノマシンを投入すると98%の確立で拒否反応がでて細胞を解体されていく。
そうなったら折角のコレクションが無駄になるし痛いのはいやだ!
しかし他人に投入するも、今の時代ナノマシンは親から子へと受け継いでホルダーになってないノンホルダー等居るはずも無かった。
残念だが・・・実際に稼動しているところを観察したかったがいままでどおり鑑賞用とあきらめていた。
そんな悶々とした日々の日常風景に近所の娘が彼を連れてきた。
「先生、急患です!!!」
運ばれてきた彼は医者の目で見てすでに助からないと思った。
治療台に乗せアシストロイドに手術準備をまかせ血液検査の時点で私は凍りついた。
アシストロイドが無菌室設定を終え待機している。
寝かされた少年を見開いた目で見つめて私は・・・
「さて、困った。」
引きつる抑えられない笑みが顔にでていた。
1日過ぎこれで患者が死ねば観察は終わってしまう。
調子に乗ってすべてのナンバーを使わなければ生還率は上がったかもしれない。
こんなチャンスは恐らくもう二度とない。
ある意味賭けだ。
『ピピピピピ・・・・』
いきなり鳴り出した患者の意識回復を告げるアラーム音。
それは待っていた賭けに勝ったことだ。
私らしくも無く全力疾走で治療カプセルに向かい覗き窓の中を確認する。
目が開きこちらに反応するもすぐに目を閉じてしまう。
心電図のモニターをあわてて確認するが正常値。
どうやら眠ったようだ。
改めて中を見て驚愕する。
「陥没してた額がもう治っている!?」
一番の致命傷の頭部の損傷。
本来外科手術をするはずだった箇所をあえて放置しナノマシン任せにした。
そこだけでも成功しても2~3日はかかると思っていたがここまでとは。
皮膚の損傷もましになってきている。
「ははは・・・すごいもんだ、流石だな・・・おや?」
気がつけばカプセル内のジェルが規定値ギリギリになっている。
あまり使わないからメンテナンスを忘れてたか?
アシストロイドに補充を任せ椅子に座りカプセルを眺める。
「さあ、賭けは私の勝ちだどんな奇跡を見せてくれるか楽しみだ。」
そういいながらそういえば興奮して昨日は寝てなかったな・・・とマルエッティーも睡魔に身を委ねた。
「マスター」
気がつくとドアップでベルがいた。
「おおう!?」
反射的に掴んでしまう。
「マスター苦しいです」
「あ、スマン」
謝って手を緩める。
ジーッとベルを眺める。
「どうかしましたかマスター?」
「いや、イメージしたのは自分だってのはわかるんだが・・・」
「はあ・・・あ、そういうことですか」
あ、イメージをお互い送りあえるんだった・・・ってちょっと待て!
「こんな感じですが、どうでしょう?」
瞬間ベルの鎧が淡く光消滅した。
そうなるとやっぱり生まれたまま・・・ってベルは光だったし今の姿になった時から鎧姿だったから言葉の矛盾・・・って~か俺混乱してる?
「いや、ちょっと待て!
確かに俺のイメージで作ったから『服の中身はあるのかな?』とか知らない場所とかどうなってるのかな?」とか思ったけどね!
だからって見せんでもいいから!」
あせってベルを離す俺に対照的に無表情なベル。
「了解、マスター」
さっきの逆回しでベルに光が纏わり鎧に変わった。
身長15cmと言っても対比的にスタイルは良いきれいな女の子。
そんなベルがいきなり目の前でというか手の中で裸になったらうれしいってよりも困る。
いろんな意味で!
実際俺の知らないとこまで再現されてたし・・・なんで?
「人体を基点として活動しますから、基本データに一般男女の身体の構造があります。
今回は女性型でマスターがイメージされたのでそれを参考にしています」
それでなのか・・・さっきまで手の中の感触がナマナマしく残ってるのは。
「是呈、今ここでのマスターの感じる感覚はすべて知覚神経にリンクさせてます。
ですから私の体の強度、体温、声、臭等もできる限り再現されています」
「勝手に心を読むの禁止~!
俺をもだえ殺す気か?!」
「了解、ところでマスター了承していただきたいことがあるのですが」
「・・・何?」
ちょっとやさぐれてます・・・俺。
「現在マスターの身体を修復中なのですが資材が不足しています。」
「資材って・・・いろんな原子だよな?」
「是呈、体表の周りの栄養素を取り込んでいるのですが効率が悪く作業がなかなか進まないのが現状です」
「了承を求めるってことは何か手があるってこと?」
「是呈、二つの方法があります。
一つはマスターの体で影響の少ないところから細胞等を解体して資材にします」
「それで良いんじゃない?」
「了解、この場合少しマスターの身体が縮小しますが誤差の範囲です」
「ちょ~っと待った!!!
それって身長が縮むってことか?!」
「是呈、1mm~2cmほど」
「差がありすぎる!
って~いうか、それは却下、断固としてだめ!!」
「了解、ではもう一つ体表周りのジェルを体内に取り込むというのがありますが」
「それはなんか代償とかあるのか・・・?」
慎重に聞いてみる。
「否定、特にはありません」
「ならそれで行こう」
安心してため息。
「了解、では急速吸収をはじめます」
「へ?・・・急速?・・・はう?!」
なんか違和感というか妙な感触が全身にはしる。
身体中をネットリしたゲル状みたいなモノが這い回るような感触。
「え、えっ!?
なにこれ?
うん・・・なにかが身体の中に入ってくる?
全身の毛穴から染み込む感触・・・
グウッ! 目から? 耳から!?
ちょっと待て! にゅあおう?! P~XXXの穴まで?!!!」
アシストロイドがカプセルになみなみと医療用ジェルを入れた後変化が起こった。
微妙に少しずつカプセルの中のジェルが減っていく。
心電図のモニターが警告音を鳴らす。
カプセルの中の患者の身体が何かに抗うように跳ねる。
数秒後何事も無く静まり返った治療室。
心電図の電子音と横で何事にも気づかなかったマルエッティーの寝息だけが聞こえる。
落ち着いたカプセルの中でいつの間にかジェルの量がまた規定値ギリギリにまで下がっていた。
『もうオムコにいけない・・・?』
そこに浮かぶ少年の目に涙が一滴流れ落ちた・・・