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五話 紅龍部隊

2011.2.13 ジクルスを「上司」と表記していたところを「上官」と改めました。

 長く過労で倒れていた宰相が職務に復帰したので、ジクルスは久方ぶりの訓練に戻ることになった。

 自分の部隊がいつも使っている一角に向かう。訓練に出られない間も素振りなどはしていたのだが、何せほぼ一年になる。腕は相当鈍っているだろう。

 ジクルスは五十人の小隊を一つ任されていた。それ以上は力不足だと断った結果なのだが、ジクルスの微妙な身分から誰かの下に付くことは出来ず、師団にするにはあまりに小さい部隊の隊長という位置付けになっているのだ。この部隊に正式名称はないのだが、紅龍こうりゅう部隊と通称が付けられている。少数ではあるが精鋭揃いの遊撃部隊になっていた。

 荒地に建てられた兵舎の群れの外れに、やや開けた一角がある。正式な訓練場が設えられた場所とは兵舎を挟んで反対方向に位置しているが、ジクルスの部隊は大概そこで鍛錬する。整地された訓練場で実践的な力はつかないとの、ジクルスに剣を教えた人物の助言に従った結果だ。


「あ、隊長!」

 連兵場の隅で剣の素振りをしていた少年が、ジクルスに気付いて駆け寄ってきた。

「久しぶりだなセルム。怪我の調子はどうだ?」

 もうじき冬になるというのに額に汗を浮かべる様子は、少年が真剣に訓練に取り組んできたことを示している。エルフォードもこれくらい真面目だったらなあ、歳は同じなのに随分違う。

 セルムは淡くはにかんで答えた。

「もう痛みません。ただ、親指がないので盾は握れないんですが」

 そう言って見せてきた左手には、薬指と小指しかない。終戦間際の出陣で失ったのだ。

 その痛々しい左手の甲には筋状の跡が付いていて、離れた地面に置いてきた練習用の剣の傍にはしわのついた帯状の布が落ちている。剣の柄に布で左手を縛りつけ、その上に右手を添えて使っていたようだ。

「それで両手剣だったのか。言ってくれれば腕に固定する盾を出してきたのに」

「だって隊長、忙しそうだったので……」

 確かに、城の執務室まで行って宰相代理に盾を所望するのは勇気が要りそうだ。忙しかったとはいえ、一年近く隊を放っておいたことに罪悪感が出る。

「それは済まなかったな。両手剣は誰かに教えてもらえたか?」

「はい。シアさんが、まずは素振りだって」

 他の隊員もジクルスに気付き、続々と集まってきた。ざっと数えた限り、全員がいるように見える。


 戦死者九人、負傷による退職十五人、年齢による退職六人。ジクルスがこの部隊を立ち上げたときのメンバーは、半分以上いなくなった。残った二十一人しかいない練兵場は、少し寂しい。

 集まったうちの一人が、腰に手を当てて言う。

「隊長が飼い殺しにされてるんじゃないかって、皆で心配してたんですよ」

 二十一人中の紅一点、シアだ。恐ろしく気が強く、剣の腕も男顔負けに立つ。

 シアの不敬罪にも問われかねない言葉は皮肉っぽいが、穏やかな微笑みは優しい。ジクルスを心配してくれていたのは本当なのだろう。ジクルスは少し嬉しくなった。そして、自分を恐れている文官たちに囲まれる日々は負担だったのだ、と気付いた。

「近いな。書類に殺されそうだったよ。宰相の復職がもう一月遅かったら、どうなっていたか」

 ここで「え!」と叫ぶのは先ほどのセルム。

「せっかく生きて終戦迎えたのに、紙切れに殺されるんですか!?」

「いや、死なない。比喩表現だ」

 愕然としたジクルスの訂正に、きょとんとするセルム。集まった隊員が一人の例外もなく爆笑しだした。隊の誰よりも幼いセルムも、立派に隊の一員としての役割を果たしている。


 さあ、訓練にもどれ。ジクルスの指示に、「えー」「面倒臭い」とあちこちから反論が来る。こいつらは訓練を、と言うよりは隊長を何だと思っているのだろうか。

「隊長の復活祝いに、模擬戦しましょうよ」

 隊員の一人の声に、賛成の声が口々に上がる。どうやら部下たちは、一年近く剣を振っていない上官を虐めたいらしい。それを指摘してやると、模擬戦案を出した青年は堂々と開き直った。

「この機会を逃したら、紅龍の武神に一生勝てませんから」

 「そうだそうだ!」とまたもや賛成多数。セルムは困り顔だが、シアは剣の握り方を確認しだす始末だ。

「隊長、一番手は私でお願いします」

 シアが怪しい微笑と共に申し込むと、提案した青年も黒い含み笑いを浮かべた。

「ほら紅龍の君、姐御もこう言ってますよ」

 このまま逃げてしまうことはどうやら無理そうなので、ジクルスは渋々承知した。

「……その恥ずかしい呼び名をやめてくれるなら、やってやろう」



―*―*―



 シアは首筋にピタリと当てられた剣に驚きながらも、自らの剣を手放した。練習用に刃を潰した剣とはいえ、鉄の冷たさを鋭利に感じる。

「ま……参りました」

 紅龍の通り名は伊達ではない、と内心に呟く。戦場を駆け巡る、紅の髪の竜。ブランクなど無かったかのような剣捌きだった。

 隊員の誰もがシアと同じ衝撃を受けたようで、辺りは静まり返っていた。遠くから違う部隊の掛け声が響いている。数秒、その状態が続いた。

 ジクルスは詰めていた息を吐き出し、剣を下ろした。

「腕を上げたな。だが、下段からの攻撃に弱い。それと、重心が後ろに傾きがちだ。回避した後攻撃に転じるのが遅すぎる」

「有難うございました」

 この短時間――勝負は一分足らずでついたのだ――で、完全に見切られていた。シアとて、経験が浅い訳ではないのに。

 ジクルスがさっきまで自信がないような発言をしていたのは、本当なのだろう。シアの隊長は、自分の実力は正確に把握する男だ。とすると、万全の状態ではないにもかかわらずこうなったらしい。圧勝するとは思っていなかったが、完敗するとも思わなかっただけに衝撃は大きい。


「次は誰だ」

 額の汗を無造作に拭うジクルスは隊員の群れを見渡して聞くが、出て行く者はいない。絶対に勝てない相手に戦いを挑む馬鹿はいない。

 シアは木陰に座り込んで、高鳴った心臓を鎮めようと深呼吸した。タオルと水筒を渡してくれたセルムに礼を言う間も、現実感がなかった。自分は、なんて強い人の部下になったのだろうか。

 ジクルスの相手を申し出る隊員はまだいない。シアだって、先に試合を見ていたら出て行かなかっただろう。

「では、カック」

「嫌です!」

 この模擬戦を言い出した青年は、指名されるなり反射の速さで断った。

「おいカック」

 ジクルスが非難の視線を向けても、カックは凄いスピードで首を左右に振っている。(いや、あんたはやらなきゃだめよ)とシアは思うし、隣で半眼になっているセルムも同じ事を思ったはずだ。

 呆れたジクルスはため息をつき、左手の盾を下ろした。

「なら、もう一人連れて来い。シア以外なら誰でもいい」

 二対一にハードルを下げられて、ようやくカックは腹を括ったようだ。自棄を起こした目つきで参加者を募りだした。


 紅龍部隊で一番の実力者は、言わずと知れた隊長だ。次ぐのは、終戦時まで副官を務めていた老練で、ジクルスの師だったのだが、退職した。シアはその次、つまり現時点では二番手のはずだ。それでもこのあしらわれ方なのだ、カックがあと一人と組んだところで勝てはしまい。

 カックとてそんなことは分かっていたので、強い者ではなく、弱い者を指名した。ジクルスは満足げに頷く。指名されたセルムは緊張した面持ちで前に進んだのだが――。

 様子が余りにもおかしかったので、シアは声をかける。

「待ちなさいセルム。それは剣じゃなくてタオルよ」

「え!?」

 それまでの緊張した空気が、一気に緩む。隊員から押し殺した笑いが聞こえ、ジクルスまで笑い出す。顔を紅潮させるセルムも、終いには笑い出した。

 暗い過去を持つ登場人物が多いですが、楽しい話も書けたらなあと思っています。

 この話には出てこないレイン(現代)は、無茶苦茶強い設定になっていますが、チートの類ではありません。そして、普段は中間管理職っぽいジクルスも、実は剣に生きる人です。早く二人を会わせたいですが、まだしばらくは別々ですね(汗

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