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十二話 得体の知れぬ

あまり面白みのある話ではありませんが、物語の展開上必要ですので、読んでいただければ幸いです。

2011.7.28 十三話⇒十二話 に訂正

2011.12.3 「ケイオ大隊」⇒「ケイオス大隊」 に訂正

 城内にある第一王子の執務室に、煤けた普段着の男女が並んでいた。彼らの正面に腰掛ける軍服は短い赤髪越しに頭を掻き、苦い表情でペンを置く。


「それで、犯人は見当たらなかったんだな?」

「はい」

 ジクルスの問いに、シアは俯いたまま悔しそうに肯定した。警戒に当たりながらこの結果を出すのも失態だが、もう一つ報告しておかなければならないことがある。

 ああ言いたくない。シアが覚悟を決めかねていると、意外にも隣のカックが口を開く。

「中の人間はエルフォード王子の適切な指示で全員無傷でしたが、酒場は全焼。延焼も一軒あり、そちらは半焼しました。エルフォード王子はどうやら身分を隠してその酒場に通っていたようで、ラピスという赤毛の女給を気にしていました」

 ジクルスの指先がぴくりと動く。

 返ってきたのは、先ほどの質問よりも低い呟きだった。

「あの馬鹿、関わるなと言ったのに……」

「え?」

 シアの反射的な聞き返しには応えず、ジクルスはしばし考え込んだ。




――*――*――




 レインは特に理由もなく後宮の中庭を歩いていた。やはり侍女はつけないで貰っていたのだが、あちらこちらから視線は感じる。単に異国の姫への好奇心からのものがほとんどだが、時折刺すように冷たい視線も感じる。おそらく、戦争犠牲者の身内だろう。

 仮に己がウォールディア王国の一般人で、大切な人を戦争で失い、目の前にケイオス皇女がいたとしたら……。

 考えて、自分なら皇女より直接手を下した人に復讐するだろう、という結論に至ってしまった。しかし、それが誰なのかわからなければやはり、皇族を恨むのだろうか。


 不意に、斜め後ろから高めの声がかかった。

「レイン様、難しいお顔でいらっしゃいますが、考え事ですか?」

 マリアだ。ピンクを基調とした花柄のドレスが、よく似合っている。

 敵意や殺気には敏感なレインも、それらがまったくない気配は読み難い。近くまで来ているのに気付かなかった。

 とりあえず笑って誤魔化そうとしたのだが、それよりも早くマリアはレインの右手を両手で握った。

「此度の戦争で、貴女に憎しみを向ける者もいるようですね。誰かが許さねば終わらないという事実に気付くのは大変ですが、彼らもいつか分かるでしょう。どうか、お気を落とさないでくださいね」

 どうやらマリアは、レインが思っていた以上に鋭い感性を持っているらしい。言われてようやくレインは、自分が周囲の視線に少し辟易していたことに気付いた。

 これは強敵だ、と思いつつ微笑む。

「有難うございます」

 マリアもにっこり笑った。それからふと中庭の入り口に目を向けたマリアは、驚いた声でそこにいた人物を呼ぶ。

「エル兄様?」


 レインはそちらには気付いていた。マリアと話す前から、一人異質な気配を感じていたのだ。

 エルフォードは愛想笑いをしながら歩いてきた。

 マリアが駆けていって、その勢いのままエルフォードに抱きついた。エルフォードはたいしたことに転ばずに妹を受け止め、その頭を髪が乱れない程度によしよしと撫でた。

 その体勢のままレインを向く。

「レイン姫、ウォールディアでの生活には慣れましたか?」

 王子にしては質素な服の腰には、細身の剣が取り付けられている。エルフォードとて剣くらい使えるのだろうが、帯びているのを見るのは初めてだ。

 マリアは何かを察したらしく、レインに軽い挨拶をすると立ち去った。後には、レインとエルフォードのみが残される。


 エルフォードの愛想笑いは、レインのそれと同じくらい白々しい。

 そもそも、アラン王の方針で、エルフォードはレインに関わらないことになっていたのではなかったのだろうか。

「立ち話もなんですから、お掛けください」

 エルフォードは中庭に備え付けられたテーブル一式を指差す。愛想笑いは半分くらいに減っていた。レインも似たような表情をして座った。

 背の低いエルフォードはレインを見上げつつ、油断ならない目つきで話し始める。

「ここしばらく、城下で放火が相次いでいまして、そのせいで兄は中々姫のお相手をできないのです」

「左様でございますか。ジクルス様がお怪我をなさらなければよいのですが……」

 そこで王子はふっと笑う。

「その心配はないでしょう。兄は強い」

「お噂は伺っておりますが、万が一ということもございましょう」

 戦時中、ジクルスが小隊一つでケイオス大隊を破ったのは有名だ。しかし、戦歴の勇者でも死ぬときは死ぬ、とレインの思考は冷たい。

「ほう、ケイオスの女性は慎重なのですね。大抵の貴婦人は兄を英雄化して勝手に安心するのに」

「いいえ、私が変わり者なのです。剣を嗜んでおりまして、その際師がよく言ったのです。『皇女の腕は大抵の兵士にも及びませんが、それでも万に一つは刺客を負かすことがあるでしょう』と」

 実際にはずいぶん違う言われ方をしたのだが、皇女として遺脱しすぎないよう修正を加えておく。

「良い師をお持ちのようだ」

 これには本当に面白がられた。

「まったくです」

 冗談っぽく肩をすくめておいた。



 エルフォードはレインより三つ年下だが、侮れない人物だ。レインは無意識に武器になりそうなものを探してしまった。その行動には気付かれなかったものの、エルフォードは隙のない微笑を浮かべなおした。

「で、くだんの放火魔なのですが、兄の隊が捜索しているにもかかわらず、中々捕まらない。何か強大な組織が背後にいるのではないかと疑われているのです」


 これが狙いか。私を揺さぶることで、ケイオス帝国の干渉を探るつもりだな。

 確かにあの異母兄なら、放火などという国家間では余りに小さな嫌がらせもしかねない。


 レインは怪訝な表情を浮かべることにした。

「放火に、組織ですか。それは随分些細ですね……いえ、実際に住処すみかを失った人にしてみれば些細というのは不謹慎ですが、大きな組織が行うにしては、利のないことかと」

「ほう。では、単独の者が? 確かに、一度に火を放つのは一軒ですが」

「その線が強いと思います。組織立った犯行であれば何軒も燃やすのでは? 何らかの思惟があるのなら話は変わりますが……」

「仮に思惟があるとすれば、どうでしょう」

「仮に……例えば、ジクルス様をおびき出そうとしている、などでしょうか?」

 深くは考えずに予想を述べたのだが、エルフォードは不意をつかれたような顔をした。それまで年齢にそぐわない狡猾そうな表情を続けていただけに、本来の幼さが際立つ。

「そうか。確かに兄上なら、いつか出て行くだろう……。レイン姫、礼を申します」

「いえ、私は推測を述べたまでです」



 妙に毒気を抜かれてしまい、互いに話題をふれなくなったときだった。

 侍女の格好をした女が三人、中庭に出てきた。手には茶器を持っているのだが、どことなく殺伐とした雰囲気を漂わせている。

 レインは気付いた。

 彼女らは侍女ではない。レインと同じ種類の――殺しを生業にする人間だ。


 そのことに気付いたのか気付かなかったのか、エルフォードの表情も僅かに硬くなった。

 狙いはレインか、エルフォードか。

 侍女たちは丁寧にお辞儀をし、完璧な作法でレインとエルフォードの前に紅茶を出した。毒入りはどちらかか、両方か。


 飲まねば怪しまれるだろうから、口に含むかとレインがティーカップを持ち上げると、エルフォードが勢いよく立ち上がった。

 エルフォードは険しい表情でレインを制して、己のティーカップを掴むと侍女の眼前に突きつけた。

「飲め」

 短く一言、聞く者に恐怖心すら与える冷たい声だった。


 侍女たちはすぐに表情を変えた。後宮の侍女にふさわしい清楚さは消え、親の敵でも見るような目でエルフォードを睨みつける。そして三人は侍女の制服である丈が長く膨らんだスカートの下から、それぞれにナイフを取り出した。慣れた動きだ。

 エルフォードは茶器を捨て、帯びていた細身の剣を抜いた。しかし、刺客の人数には負けてしまうだろう。レインは思わず立ち上がった。

 何も考えられなかった。



 何故、私は動いているのだろうか。

 あたかも暗殺対象を守るように。



 気がつくと、レインの足元には首から血を流した刺客が二人、痙攣していた。レインは刺客から奪ったナイフを握っており、その刃先は正確に、最後の一人の刺客の頚動脈に添えられている。

「レイン姫、交代します」

 エルフォードの細剣がナイフに取って代わるのを確認し、レインは手を引いた。エルフォードの声から、その感情を読み取ることはできなかった。


 レインは椅子に座り込み、浅い呼吸を繰り返した。何かが恐ろしかった。自分が自分でなく、得体の知れない何かに動かされているような感覚が。

 人を殺した回数など、もう数えるのもやめた。それなのに、体が震えていた。



 遅れて駆けつけた衛兵が見たのは、刺客に剣を突きつける軍籍でない方の王子と、返り血を浴びて自失する異国の皇女だった。

んー、いささか急だったでしょうか。

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