わたくしの婚約者が“運命の人”と出会いすぎる件
「もし、自分の婚約者が恋に落ちる瞬間を目撃してしまったら、どうしますか?」
そう聞かれたら、あなたはどう答えるでしょう。
もし、婚約者が恋に落ちる瞬間を目撃してしまったなら、わたくしは――。
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「フラニー、聞いておくれ!僕はまた“運命の人”と出会ってしまったんだ!」
そんな心からの歓喜が、学園のテラスに響きました。ふと顔をあげると、公爵令息であるジョフロワ・モキュレイ――ジョフが手を振りながらこちらに向かってきます。
その表情は、恋に心踊らせる初心な少年のよう。
一緒にお茶を楽しんでいた友人のご令嬢達は、ジョフの台詞に固まってしまいました。
だって彼は、侯爵令嬢であるわたくし、フランシーヌ・ベルレアンの婚約者なのですもの。
友人達からすると、わたくしの婚約者が『“運命の人”と出会った』なんて言い出したのです。驚くのも無理はありません。
けれど、わたくしは――
「あらあら」
と、頬に手を当てて、平然と微笑みました。
友人達は眉を寄せ、ジョフに鋭い目を向けています。それもそうですわよね。実は、学園でこのようなやり取りをするのも、一度や二度ではないのです。
「カディは素晴らしいよ!背が170cm以上あってね、とてもスタイルがいいんだ!女性であのような手足の長さは、滅多にお目にかかれないよ!」
「まぁ、そうなの?」
「今度、フラニーにも紹介するよ!そのことだけ、どうしても伝えたかったんだ。邪魔をして悪かったね!それじゃあ!」
ジョフは言いたいことだけを捲し立て、颯爽と立ち去っていきます。本当に嵐のような方だこと。
わたくしがくすくす笑っていると、「フランシーヌ様……」と声がかかりました。
「あのようなことを言われて、どうして笑っていられますの?」
「お噂の通り、モキュレイ公爵令息がフランシーヌ様の気を引きたいだけの作り話なのですか?」
「まぁ……ふふふっ」
ついに作り話と言われるようになってしまったのねと、更に笑ってしまいます。ジョフの言う“運命の人”をいくら学園内で探しても見つからないから、誰かがそう言い出したのでしょうね。
「……お砂糖、二つでよかったかしら?」
「もう!フランシーヌ様っ!」
「はぐらかさないでくださいませ!」
わたくしの身を案じてくれている友人達。心優しい方達で嬉しいわと目を細めた矢先、「あらぁ、フランシーヌ様!」と嘲笑するような声が響きました。
にこりと微笑みながら悠然と振り返ります。
「まぁ。ごきげんよう、バーベット様」
「……ふん。相変わらずのんびりした方ね」
忌々しそうにわたくしを見下ろしているのは、プレヴァン侯爵家のご令嬢――バーベット様。同じ家格のせいか、昔から何かと敵視してくる方ですわ。
「婚約者に女の影があっても何も言わないなんて。……いいえ、貴女は“言えない”のよねぇ?最低限の社交しかこなせない、“虚弱令嬢”だもの」
「モキュレイ公爵令息がフランシーヌ様をお選びになったのも、堂々と愛人を囲っても文句を言われないからではなくて?最初にモキュレイ公爵令息が“運命の人”と言い出してから、もう四人目ですものねぇ」
「そうでなければ、バーベット様を差し置いてフランシーヌ様が選ばれる意味が分かりませんもの」
バーベット様とその取り巻きのご令嬢達は、明らかにわたくしを軽んじた発言をこぼされました。同席していた友人達は「なっ!?」「なんて失礼な!」と怒りを露わにします。
けれどわたくしは、友人達に向かって首をふるふると横に振り、彼女達を見つめました。「ですが……っ」と悔しそうにしながらも、友人達は口を閉ざします。
「言い返せないの?もしかして図星なのかしら」
楽しげに笑うバーベット様。そのお顔は、さながら物語に登場する悪女のようです。
(噂や憶測が飛び交っていても、さして気にしていなかったのですけれど……。そろそろわたくしの考えを発言しておいた方がいいのかしら)
このままだと、いつか友人達とバーベット様達が言い争いに発展してしまいそうですもの。
わたくしはバーベット様を見上げ、嘘偽りない笑みを浮かべて答えました。
「言い返すも何も、ジョフが“運命の人”と出会うことを、わたくしは一切咎めませんもの。あのように生き生きとした顔を見られて、幸せを感じているくらいですのよ?」
「なっ!?」
バーベット様や取り巻きのご令嬢、友人達も一斉に目を見開きます。
「彼の婚約者であるわたくしが認めているのです。ですから皆様、わたくし達二人のことは、どうか気になさらないでくださいまし」
他者に恋する表情を浮かべる婚約者を見ても、咎めないどころか幸せすら感じる――。話を聞いていた誰もが息を呑んだようでした。
バーベット様は「話にならないわ!」と立ち去っていき、友人達は胸を痛めたように「フランシーヌ様……」と悲しげに眉を下げました。
――これで少しは落ち着いてくれるかしら。
そう願っておりました。
しかし、そんな願いは大抵叶わないものです。しかもそんな予期せぬ事態を持ち込むのは、いつだってジョフなのですから、本当に困ってしまいますわ。
それは僅か二週間後のこと。再び、友人達とテラスでお茶を飲んでいる時でした。
「フラニー、聞いておくれ!僕はまた“運命の人”と出会ってしまったんだ!」
ジョフはこれまでのように、わたくしに告げました。頬を火照らせ満面の笑みを浮かべています。
先日の一件で、わたくし自身がジョフの“運命の人”を認めていると発言したおかげか、微妙な空気になりながらも、誰もこちらの話に介入してくる気配はありません。
ですから、「あらあら」といつものようにを微笑んだのです。
そうしたら、
「君は知っているかい?子爵令嬢のドロエ・コロンブというご令嬢なのだけれどね!」
と、ジョフがついに、学園内の生徒であるご令嬢の名を挙げてしまったのですわ。その発言には、流石に場の空気が揺れました。
わたくしは目を瞬いてジョフに問いかけます。
「コロンブ子爵令嬢……?」
「そうなんだ!」
ジョフの様子はいつもと変わらず、嘘をついている様子はありません。わたくしは顎に手を当てて考え込みました。
かのご令嬢は、あまり評判のよい方ではありません。それに、ジョフが“運命の人”とおっしゃる理由も思い付きませんでした。
「……わたくしにもご紹介くださるの?」
当然のように話を受け入れ、令嬢を紹介するよう促すと、友人達は耐えきれないと言わんばかりに「フランシーヌ様!」と悲鳴を上げました。
しかし、友人達の声が耳に届いていないのか、ジョフはパッと花を咲かせたような笑みを浮かべます。
「勿論だとも!せっかくだから、今声をかけてくるよ。授業が始まるまではここにいてくれるかい?」
「えぇ、お待ちしておりますわ」
「ありがとう!早速連れてくるよ!」
ジョフはそんな言葉を残して、爽やかに立ち去っていきます。わたくしはひらひらと手を振って、その背を見送りました。
友人達は「あんなに目を輝かせて……」「どんな神経をしていらっしゃるの?」と憤り、わたくしを嘲笑うご令嬢達は「お可哀想!」「これほど意識されないこともあるのね!」と馬鹿にしていらっしゃいました。
気まずいお茶の時間を過ごしていると、「お待たせ!」とジョフが一人のご令嬢を伴って戻ってきました。
コロンブ子爵令嬢はジョフの隣に並んでいらして、勝ち誇ったような顔をこちらに向けています。
「そちらの方?」
「そうなんだよ!実は昨日、素晴らしいシーンを目撃してね!」
わたくしが問いかけると、ジョフは嬉々として話し始めました。
「黄昏時、生徒会の仕事で街に買い出しに出た時のことだよ。あまりにも夕焼けが美しくて、買い物を終えてから少し街を散策していたんだ」
「散策……?」
記憶を呼び起こしながら語るジョフに、首を傾げます。
生徒会の仕事の最中に、街を散策してはいけませんわよね?皆さんも同じように思われたのか、何とも言えない表情でジョフを見つめています。
(生徒会では、彼の奔放さを含めて受け入れてくださっているとは聞いていますけれど……。これは後で注意しなくてはいけませんねぇ)
わたくしは眉を下げながら、ジョフに話の続きを促しました。
「それでね、相手は同じクラスのご令嬢かな?その子にね、コロンブ子爵令嬢が路地裏で意地悪を言っていたんだよ!その時の表情、仕草、立ち振舞い、全てが洗練されていた!これぞまさに、悪役の風格だと感じたよ!」
と、一気に言い放ったのです。
シンと静まり返るテラス。我に返った誰かの「ん……?」とこぼした声で、ざわめきが広まっていきます。
コロンブ子爵令嬢は、真っ青な顔で「えっ!?」と慌て始めました。わたくしは「あらまぁ……」と頬に手を当てて、周囲の様子を伺います。
ジョフの発言が正とすると、コロンブ子爵令嬢は同級生のご令嬢を虐めていたことになります。
けれどジョフはそれを知りながら、あまりにもズレた評価をご令嬢に向けているため、皆さんどう解釈していいのか混乱なさっているようです。
状況が読めず顔色を悪くするコロンブ子爵令嬢。わたくしは小さく息を吐いたあと、彼女に質問をしました。
「コロンブ子爵令嬢、貴女はジョフに何と声をかけられたのかしら?」
「私を“運命の人”とおっしゃってくださったんです!」
「それを聞いて、驚いたり、何故?と聞いたりなさらなかったの?」
「だって、お二人の話は有名ですもの!私がモキュレイ公爵令息の“運命の人”として選ばれたのでしょう!?」
想像していなかった展開に、コロンブ子爵令嬢は“運命の人”に縋るように叫びます。
「そうですわねぇ……。間違ってはいないのだけれど、その言葉は貴女が考えているようなものとは違うのよ。貴女が聞いていれば、ジョフは答えてくれたでしょうに……」
「そんな負け惜しみ、信じませんよ!」
「負け惜しみでもないのだけれど。ねぇ、ジョフ」
会話を遮らないよう待っていたジョフは、話を振られて嬉しそうに瞳を輝かせました。
「何かな?」
「ジョフが、コロンブ子爵令嬢を“運命の人”と呼んで声をかけたのはどうして?教えてくれる?」
ジョフはきょとんと目を瞬いたあと、生き生きとした表情を浮かべました。そして両手を腰に当て、胸を張り――
「次の舞台、『リコリス姫』でヒロインを虐める魔女役にピッタリだと思ったからさ!!」
と、自信満々と宣言しました。全員が「は?」と間の抜けた声を上げます。
その空気に微苦笑してから、わたくしは渋々、コロンブ子爵令嬢や周りの人達に、これまで隠してきた事実を告げることにしました。
「ジョフはとても芸術肌の、ちょっぴり変わった方なのですわ。才能のある方を“運命の人”と呼んで、勧誘するのがご趣味なの」
わたくしの弁明に、友人達は「だから、フランシーヌ様は!」と納得したように頷きます。
「この間のカディさんは、女騎士の役者として稽古しているわ。実は、彼がパトロンになった多くの方が、役者や画家として活躍しているの」
「いやぁ、それほどでもないがね!」
ジョフはからからと笑うも、聞いていた令息令嬢は呆気に取られています。
椅子から立ち上がったわたくしは、ジョフの方へと足を向けました。コロンブ子爵令嬢がジョフの隣から後退していくのを、「お話は最後まで聞きましょうね」と制します。
コロンブ子爵令嬢をその場に留めながら、ジョフの正面に立ち、彼の頬に手を添えました。
「でも、今回のはいけないわ。役とは違って、虐められていたご令嬢がいらしたのでしょう?劇の中とは違うのよ、ジョフ。コロンブ子爵令嬢のしたことはいけないことでしょう?」
わたくしが静かに諫めると、ジョフはへにゃりと眉を下げ、子犬のような表情へと変わりました。ぺたんと耳が伏せているように見えるのは気のせいかしら?
「あぁ……そうか。そうだね……すまない。僕はまた周りが見えなくなっていたようだ」
「それに、そちらのご令嬢は、貴方の婚約者もしくは愛人にしてもらえると考えていたようよ?」
横目に指摘すると、コロンブ子爵令嬢はビクリと肩を跳ねさせました。勝気な顔をしていた様子から打って変わって、俯き震えています。
ジョフは目を見開いて硬直したあと、視線をこちらとコロンブ子爵令嬢との間を行き来させます。そして、わたくしの両肩をガシッと掴まれました。
「何故だい!?何故そんな誤解を!?」
「ふふっ、本当に仕方のない方。婚約者でもないご令嬢を“運命の人”なんて呼んでいたら、普通はそう思うものよ」
わたくしの回答に、ジョフは衝撃を受けた顔のまま周囲を見渡しました。
友人達は少し怒りを含んだ表情で、途中から聞いていたのでしょうバーベット様は苦いものでも飲んだようなお顔で、そのほか居合わせた令息令嬢はみな呆れた様子で、同時に頷きました。
その場の雰囲気や皆さんの面持ちから、心の中で「紛らわしいわ!」と叫んでいるのが伝わってきます。
ガーンとショックを受けてよろめくジョフ。自身が連れてきたコロンブ子爵令嬢を見下ろしたあと、慌てふためいて打ち明けられました。
「ぼ、僕にとっての“運命の人”は、そこら中に転がっている才能の原石達のことを言うんだ!決して愛人や……ましてフラニーを押し退けて婚約者になんて、有り得ないよ!」
いえ、その誤解を与え続けたのは貴方でしてよと、面白くてくすくす笑ってしまいます。……あぁ、いけないわ。わたくしもその誤解に一役買っていますのに。
「すまない。君には悪役としての才能を見出したのだけれど……そもそも役ではなく君は悪いことをしていたのだね?それはいただけない」
「なっ!?」
「それに、フラニーの座を奪おうとするなんて……それだけは何があっても許せそうにないよ。“運命の人”は沢山いるけれど、“唯一の女神”は彼女しかいないのだからね!!」
恥ずかしげもなく声高に言明され、わたくしは「んっ」と喉を詰まらせながら目を伏せました。じわじわと顔が熱くなっていくのが分かります。
「フラニー以外に結婚するなんて考えられないし、愛人なんて要らないよ。こんな僕を理解してくれるのは彼女だけなんだ!ときめきや恋とは違う、僕の愛はフラニーにしか捧げていないのだから!!」
パトロンとして舞台を見ることも多いからでしょうか。ジョフは、まるで本物の役者のように身振り手振りで叫びます。わたくしは居た堪れなくて、顔を覆ってしまいました。
ちらりと指の間から皆さんの様子を伺うと、全員が信じられないものを見るようなお顔をされていました。きっと、「女神って何……?」「これってただの惚気よね?」とお思いなのでしょう。
「ジョフ、お願い。そのくらいにしてちょうだい……」
「どうしてだい!?どうやらみなには、君への愛が伝わっていなかったようだからね!この機会にきっちり語っておかないと!!」
この出来事は『運命の人騒動』と呼ばれ、学園の珍事として広まってしまいました。人騒がせな……!と皆様呆れたことでしょう。お恥ずかしい限りです。
騒動の巻き添えで罪が暴かれてしまったコロンブ子爵令嬢は、被害者のご令嬢への謝罪と、三日間の停学が課せられることになりました。
しかし、ジョフが見出した才能を捨て置けず、わたくしは彼を伴って、帰ろうとする彼女を呼び止めました。
「コロンブ子爵令嬢。今度は弱い者虐めではなく、ご自身の矜恃のために、悪役を学んでみませんこと?」
すると彼女は、憎々しげにこちらを睨みながらも逃げ出しませんでした。
「役者でも悪役でもやってやりますよ!絶対に……絶対に、身分の高い婚約者を見付けてみせるんだから!」
それはまるで、毛を逆立てる猫のようで。悔しげに唇を噛み、拳を握りしめて啖呵を切りました。強い信念のある方は、道さえ誤らなければ自然と伸し上がっていくでしょう。
ふふっと笑みを向け、わたくし達はその場を立ち去りました。
――勿論ジョフのことも、生徒会の方々と一緒にみっちり叱りましたわよ。
先生にも反省文を提出いただく予定ですが、わたくしがしっかり監視しようと思います。だって、ジョフのことですから、脱線して反省文ではなく感想文を書き出しそうなのですもの……。
その日の夜、わたくしは懐かしい夢を見ました。わたくしがジョフと親しくなった、十年近くも前のことを。
病弱で屋敷の外に出られないわたくしのために、お父様が連れてきてくださったのが、親しいモキュレイ公爵家の令息――ジョフでした。
幼い頃のジョフは天使のように可愛かったのですが、変わり者と言われ、屋敷の中でも浮いていたそうなのです。
えぇ、彼は昔からこういう人だったのですわ。多くのものに興味を惹かれ、多くの人に関心を示し、時には感極まった様子で褒めたたえていました。
彼のご両親は、ジョフに節度ある態度を身に付けさせ、特に令嬢との距離感を学ばせたかったようです。
それぞれの屋敷の中だけでもそのような調子なのですから、外に出たらどうなってしまうのかと公爵様が懸念されるのも頷けます。
わたくしはある日、ジョフに問いかけました。
「ジョフロワ様は、どうしてそのように周りの方に興味を持たれるのですか?」
と。するとジョフは、幼く丸い目を更に真ん丸にして首を傾げました。
「どうして?逆に聞くけれど、何故みな周りの人に関心を持たずに生きていられるんだろうね?」
「え?」
「僕にはないものを、みな持っている。多くの才能や力に溢れている彼らを、どうして無視していられるんだい?」
そのあまりにも素直な返答に、彼の澄みきった信念を感じました。
そこで、我が家でジョフに声をかけられていたメイドを部屋に呼び、「この子には、どんな力があって?」と聞いてみたのです。
「どんなって、聞いたままだよ!とても美しい声をしているだろう?声楽を学ばせたら、素晴らしい歌手になれるんじゃないかな」
とても嬉しそうに、そしてまっすぐ答えるジョフに、わたくしは息を呑みました。
邪な気持ちもなく、こんなにも純粋な思いで他者を評価出来るなんて、とても希少なことではないかしら……と。
ですから、わたくしはお父様と公爵様に訴えかけることにしました。
「彼のよさを矯正すべきではないと思うのです。その熱を活かし導けたなら、きっと素晴らしい人材を得ることが出来るのではないでしょうか」
そうお伝えしたのです。
そのやり取りを、ジョフは部屋の外で聞いていらしたのね。話を終えて退室すると、彼は泣きながらわたくしを抱きしめてきました。
「僕のことをそんなふうに言ってくれたのは、フランシーヌ嬢が初めてだよ。みな、僕のことを『気味が悪い』『早口で変なことばかり言う』と言っていたのに……!」
きっとこれまでは、話半分にしか聞いてくれない方や笑って流す方ばかりだったのでしょう。彼をあやすように、背中をぽんぽんと叩きました。
「ジョフロワ様は人の長所を見付けられる、素晴らしい方ですわ。わたくしは、素敵な力だと思いますよ」
「……君は、僕の女神だ。これから僕が綺麗なものを沢山見付けて、君に見せると誓うよ。体の弱い君でも、外の世界を感じられるように」
「ジョフロワ様……」
そんな言葉を向けられて、気付けばわたくしも涙を流していました。
「僕のことは、これからジョフと呼んでほしい」
「それならわたくしのことは、フラニーと。ジョフが沢山の方の才能を見つけてくださるなら、いつかわたくしは、そんな方々を支えられるような令嬢になりたいですわ」
その時、わたくしに向けられたジョフの笑顔は、恋に落ちたものや、ときめきで目を輝かせるようなものではありませんでした。
――その瞳に宿っていたのは、居場所を見つけたような安心感と慈しみ。
あの優しく穏やかな微笑みを知っているから、わたくしの心が乱れることはないのです。
ただの幼い子供の誓い――。けれどわたくし達にとって、今でも宝物のように大切な思い出なのですわ。
次の休日。
屋敷にやって来たジョフは、ずっとわたくしを抱きしめて離そうとしませんでした。周囲に誤解されていたことが、余程ショックだったようです。
「僕が愛しているのはフラニー、君だけだ。君は分かってくれているよね?」
「えぇ、分かっておりますわ。公爵様に無理を言って、わたくしを婚約者に願ってくださったくらいですもの」
お互いの名前を愛称で呼ぶようになってすぐ、ジョフはわたくしを婚約者にと願ってくれたそうです。
いくら家同士の仲がよくても、体の弱い令嬢を公爵家嫡男の婚約者にするなど、容易ではなかったでしょう。けれど彼は「フラニーじゃなければ嫌だ」と、わたくしを選んでくださいました。
あの日からずっと、この方はわたくしに綺麗なものを見せ、楽しませようとしてくださっているのです。
ですからわたくしも、“運命の人”の誤解を正すより、彼が見出した才能の居場所を守ることを選んでしまいましたの。
実はわたくし、投資家として活動しているのですわ。
ジョフは才能ある個人を見付け、パトロンに。わたくしは、彼らの場所を守る投資家になりました。
けれど、ジョフはともかく、令嬢が劇場や美術館へ投資活動をしていると、快く思わない方もいらっしゃるのです。女のくせに出しゃばるな――と。
決して金儲けのためではなく、利益が出た分を次の施設の資金に回しているのですけれどね。そう説明したところで納得されない方もいらっしゃるのですわ。
そのため、名を伏せ、イニシャルで活動していたのです。わたくしは病弱で有名ですから、まさか投資活動をしているなど思わないでしょう?
ですが、ジョフの言う“運命の人”について詳細を話せば、いずれわたくしの存在に勘付く方も現れたはずです。
ですから、投資をとやかく言われるよりも、高位貴族らしく愛人を受け入れているように振舞っていた方が、都合がよかったのですわ。
周りが何と言おうと、わたくし達の心は揺るがないのですから。
「また貴方の出会った、“運命の人”を聞かせてくださるのでしょう?」
「あぁ、勿論だとも!この間出会ったのはね……」
そうして今日も、わたくし達は“運命の人”の話で花を咲かせます。だって彼の語る“運命の人”は、彼がわたくしを喜ばせるために探し出してくれた、才能溢れる原石達なのですもの。
その運命の出会いは、いつしか国を彩る才となり、またわたくし達を楽しませてくれるのです。
いつまでも、ずっと――。
お読みくださり、ありがとうございました!
ジョフロワみたいな芸術肌の猪突猛進キャラは、書いていて凄く楽しかったです。フランシーヌだからこそ成り立つカップルだったといえるでしょう。ちょっと……いや、かなり独特すぎる関係性ですが(苦笑)
こちらの作品は、
▶短編の新シリーズ:恋落ち目撃シリーズ
の2作目として投稿いたしました。
毎週金曜日20:30頃に、4週続けて投稿を予定しております!
多種多様なカップルや展開をご用意すべく、濃いキャラクター達が集ってしまったやもしれません(苦笑)
「このキャラ好き!」と感じていただける作品もあれば、「自分の好みとは少し違うけれど、こういうキャラが刺さる方もいそう」と感じる作品もあるかと思います。寛大な心でお読みいただけますと幸いです。
来週の公開予定タイトルは、
『恋のお相手はわたくしではないのでしょう?』
です。どうぞお楽しみに!
また、少し宣伝させてください!
先週完結:
【 入れ替わり令嬢はもう黙らない。〜モラハラ婚約者を捨てたら公爵令息が味方に!?鏡合わせの私達は幸せを掴みます〜 】
こちらが先週完結いたしました!
是非合わせてご覧ください!
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応援宜しくお願いいたします( .ˬ.)"




