水の乙女は愛を知る
国で王家に並んで最も高貴な身分である大公家の跡取りのご令嬢は、王位を継がない第二子の第一王子と婚約していた。しかしその婚約は、義妹の横やりによって影が差すことになるのだった。
「グロリアーナ・アップルガース大公令嬢、お前との婚約を破棄する!」
王立学園の卒業パーティーにて、第一王子コーニーリアス・キッシンジャーが朗々と宣言した。
コーニーリアスの隣には、可愛らしい少女が縋りついている。ケイティ・アップルガース、グロリアーナの義妹である。
いきなり指し示されたグロリアーナは、きょとりと瞬いて、ちらりと貴賓席に視線を向けた。
国王は真っ青になり、逆に王妃は得意げに胸を張っている。王妃がこの島国とは比べものにならない大国の元王女であり、第二子にして長男であるコーニーリアスを溺愛しているのは有名な話だった。
それだけで大体の状況を悟ったグロリアーナは、ことりと首を傾けた。
「それが殿下のお望みであれば、否やはございませんわ。手続きをいたしましょう」
頷けば、あらかじめ用意されていたのだろう書類が差し出される。その内容に眼を通して、グロリアーナは片方の眉を上げた。
「大変に失礼ですが」
「なんだ、不満でもあるのか?」
コーニーリアスがにやにやと笑っている。それを気にせず、グロリアーナが続けた。
「この、婚約破棄の責任としてわたくしが大公家の跡継ぎから外れて、殿下と新たにご婚約予定のわたくしの妹ケイティを跡継ぎになさるという部分ですが」
ちらりと妹ケイティに視線を向ける。ケイティがにこりと微笑む。
「これは不可能です。何故ならばケイティは大公家の血を一滴も継がない義妹であり、ケイティには元より大公家の継承権は存在しないからです。それでもなおケイティを跡継ぎに据えると仰るのであれば、それは法を無視した横暴ですわ」
「な、なんだと……?」
思ってもみないことを言われたように、コーニーリアスは愕然とした。
「だが、ケイティはそんなことは言っていなかったぞ!」
「ケイティが何を申し上げたかは存じませんが、自分が大公家の継承権を持っていないことは本人も知っているはずです。何か思い違いをしたのではありませんか」
そもそも、とグロリアーナは少しだけ声を張った。
「根本的なお話ですが、我がアップルガース大公家は建国より現在に至るまで、いつの世であってもいかなる状況であっても跡継ぎの候補はただ一人。例外はただの一度もありませんわ。そのただ一人の跡継ぎが亡くなるのであればアップルガース大公家はそれまで、次の候補は存在しません。そうやって今まで国とともに歴史を刻んできたのです。そして現在の跡継ぎは、このわたくしグロリアーナただ一人です。他に継承権を持つ者は世界中を探したってどこにもおりません」
言いながら、グロリアーナはコーニーリアスではなく王妃を盗み見した。
王妃は寝耳に水の話を聞いたような顔をしている。他国出身の王妃は、そもそもこの国の暗黙の了解には詳しくない。
ちら、とグロリアーナはコーニーリアスに視線を戻した。
「そんなことは、この国のまともな貴族であれば誰しも承知のことです。まさか殿下がご存じないとは、思いもしませんでしたわ」
わざとらしく驚いたように言って見せれば、侮辱されたと感じたのかコーニーリアスが顔を真っ赤に染めた。
「跡継ぎとはいえ一介の令嬢がどうしてそこまで言い切れる! 適当なことを言って惑わせようとするな、不敬罪で囚われたいのか!」
「言い切れますとも」
穏やかに、グロリアーナは微笑んだ。
「なぜなら建国以来、必ずアップルガース大公家はただ一人の女児だけを生み続けているからです」
内容が理解できなかったのか、コーニーリアスが虚を突かれた顔をした。
本当に何も知らないのかという落胆を押し込めて、グロリアーナは言った。
「第二子以降が生まれることも、男児が生まれることも絶対にありません。何があろうとも、仮に再婚などをしたとしても、当主が生むのはただ一度、長子長女が一人だけ。そうしてその長女が大公位を継ぎ続けて、今まで続いてきたのです」
何故ならば、とグロリアーナが続ける。
「何故ならば我が身、我が血筋、我がアップルガース大公家こそが、この島国そのものだからです」
あまりに当然のように、グロリアーナは言い切った。
理解が追いつかないらしいコーニーリアスに、事態を静観していた国王が諦めたように口を開いた。
「そもそも、その昔、ここに島など存在しなかったのだ。我らの祖先はとある大陸で迫害された少数民族であった。我らの祖先は追い詰められて海に逃れ、そこで一人の極めて強大な魔法士が海の幻獣と契約をすることでこの場に島を生み出し、我らの祖先はそこに国を興した。その魔法士こそが、アップルガース大公家の始祖である。この王国では王家の傍流であろうと最も高い身分で公爵家までだが、アップルガースが国でただ一つ大公家であるのはそのためだ。アップルガースこそが、この国なのだ。……時代がくだって人びとの魔法力が低下した現代では、仮にアップルガースが途絶えてしまえば新たに幻獣と契約を結ぶことのできるものはいなかろう。この国は丸ごと海に沈むことになるだろうな」
「そして幻獣との契約により、我がアップルガースは強大な魔法力と引き換えに短命の宿命を背負っております。そもそも長子長女しか生まれないのも、母親が自分の魔法力と生命力を丸ごと譲り渡すようにして娘を生むからです。どうあっても、第二子を生むことはできないのです。いまの当主であるわたくしの母は一族の中では随分と長生きしたほうですが、それでも恐らくあと数年も生きられないでしょう」
じわじわと理解が追いついたのか、コーニーリアスの顔が青ざめる。コーニーリアスは思い出したように、隣のケイティを突き飛ばした。
「騙された、俺は騙されたんだ!」
白けた国王の視線になど気づいてもいないように、グロリアーナに向けて媚びた笑みを浮かべる。
「そうだ、やっぱり婚約破棄は止めにしよう! 今まで仲良くやってきたじゃないか、だよなグロリアーナ? こんなのはちょっとした行き違いだよ」
「生憎と、仲良くした記憶はただの一度もありませんわね。ご自分が新たに貴族家を興すのではなく婿入りという立場になるのがお嫌だったのか、単純に婚約がわたくし相手なのがお嫌だったのか存じませんけれど、あちこちでわたくしの悪評をばらまいていたのを存じあげておりましてよ」
「生意気よ!」
急に甲高い声が突き刺さって、思わず全員が視線を向けた。王妃だった。
「王族の婿入りは名誉なことでしょう! 婚約を拒むなんて身のほどを知らないことね、家門ごと罰しても良いのよ!」
「ならん!」
怒号のように遮ったのは国王だった。
「アップルガース大公家の重要性を考えれば、たとえ第一王子であろうともろくでもない男を婿入りさせるわけにはいかん! そもそもコーニーリアスが言い出したことなのだから、その通りに婚約は破棄とする。王太子である第一王女に続いて王位継承権第二位の王族が、都合が悪くなればあっさりと前言を翻すなどあってはならん」
歯がみして、国王は王妃を睨みつけた。
「国で最も守るべき要人を不当に貶めようとした咎で、第一王子と王妃を投獄する! また王家と大公家の婚約を阻害した罪で、ケイティ・アップルガース大公令嬢も同じく投獄とする! 連れて行け」
三人が騎士に引き立てられてパーティー会場から去って行く。深く頭を下げて謝意を示す国王を、グロリアーナは笑顔でいなした。
***
「そもそもどうして、第一王子が貴族家を興すのではなくて大公家への婿入りを予定していたかと言えば」
鈴を鳴らすように可憐な声が、暗い牢獄に転がった。
「第一王子が叙爵されたとしても、最高で公爵位までだからよね。この国で大公位になろうと思ったら、アップルガースに生まれるかアップルガースに婿入りするしかあり得ない。わたしのように養子として迎え入れられる例外はあるけれど」
くるくると、細い指先が宙を描いた。鉄格子を間に挟んで、その様子をグロリアーナが眺めている。
「あの『ムチュコタンダイチュキー』な王妃様は、可愛い可愛い第一王子が一貴族であるアップルガースよりも低い爵位を授かることが我慢できなかった。だからすでに別のお相手と決まりかけていたお姉様の婚約に口を出して、無理やり第一王子とお姉様を婚約させたのよね」
手遊びを止めて、牢の中でケイティはグロリアーナに視線を向けた。にこっ、と悪意なく笑う。
「それで、お姉様は愛しの君と婚約はできまして?」
それをグロリアーナは、呆れたような面持ちで聞いていた。
「危うく死罪になるところだったのよ」
「わたしはね、お姉様」
令嬢としての教育は十分に受けさせたはずなのに、ケイティはどうしてだかどこか幼い。雛鳥のようにグロリアーナを追いかけるケイティを、グロリアーナは出会ったときから可愛がっていた。
「お母様と、お父様と、お姉様に、十分に幸せにして頂きましたから」
グロリアーナとケイティが出会ったのは、六年前、グロリアーナが十二歳でケイティが十歳のときだ。ケイティはずっと実親に虐待を受けていて、挙げ句に借金の代わりに売り払われそうになっていた。
この国では人身売買は違法である。グロリアーナの母であるアップルガース女大公はあっさりと関係者を検挙するついでに借金まで帳消しにして、実親と完全に縁切りさせたケイティを養子として引き取った。
あのときからケイティは、アップルガースのために生きている。
「本当に、馬鹿な子」
「ねえ、お姉様。お姉様は幸せになれますか? わたしが、お姉様たちにそうして頂いたように」
幼い様子で問いかけるケイティに、グロリアーナは呆れた顔を崩さないまま頷いた。
「えぇ、もちろん。あなたが犠牲になったぶん、わたくしには幸せになる義務があります」
「それは、よろしゅうございました」
本当に憂いなく微笑むケイティの前で、グロリアーナは立ち上がった。じゃらりと鍵を取り出す。
それが牢獄の鍵だということに気づいて、ケイティは首を傾げた。
「あなたは処刑されたことになります。お父様の遠い遠いご縁戚にお話をつけてありますから、何もかも忘れて、別のお名前で生きなさい」
グロリアーナが手ずから鍵と、扉を開けてやる。それでもきょとんとしたまま、ケイティは動かなかった。
「わたしが生きていたら、いずれお姉様のご迷惑になってしまうのではありませんか?」
「わたくしは、あなたの存在一つで揺らぐほど柔ではありませんわ」
グロリアーナは牢に入ると、ケイティの腕を掴んで強引に連れ出した。そうして、ずっとずっと言ってやりたかったことを口にする。
「あなたはわたくしたちへの恩返しなど考えずに、一人で勝手に幸せになればそれで良いのです。それこそが、愛されたものとして一番の恩返しなのだといい加減あなたは覚えるべきですわ」
可愛い可愛い義妹を抱きしめて、グロリアーナは別れを口にした。
「幸せにおなりなさい、わたくしの可愛いケイティ」
『必ず長子に長女が生まれ、それ以外の子どもは決して生まれない』という設定を使いたいがためだけに書きました
王妃はあれです、たまにいる『ムチュコタン可愛い』タイプの母親でした。なので第一子であり王太子である第一王女を嫌って第二子である第一王子を溺愛していた
本当は第一王女が王妃と第一王子の巻き添えで失脚するハメに、、みたいなことを考えていたのですが入れ損ねました。シュレーディンガーの第一王女です
これは雑談なのですがソファに放り投げていた毛布の下からほとんど買ったままのミカンの大袋が発掘されました。年末年始はミカンばっかり食べてたのよね。この一袋だけ買って忘れていたようです。うわー勿体ないことした
見える範囲ではカビは生えていないのですが もうなんか絶対正常なミカンの感触じゃないでしょみたいな 感触が している、、ぶにぶにしております。ぶにぶにしたミカンとは、、??
もう中身がどうなっているのか怖くて剥く勇気もないので、申し訳ないのですがこのままゴミ袋行きです。勿体ないことした、、やーん、、
【追記20260215】
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