官軍の嘲笑
父の四十九日を待たず、その「男」は現れた。
アパートの前に止まった黒塗りのセンチュリー。
雨を弾く漆黒のボディから降り立ったのは、
一寸の乱れもない高級スーツを纏った男、
西園寺景久だった。
西園寺家。
それは、幕末から現在に至るまで、
日本の中枢を「官」として支配し続けてきた一族。
五代家が「賊軍」として泥を啜ってきた歴史の裏側で、
常に光の当たる場所を歩き、この国のルールを書き換えてきた者たちだ。
景久は、黴臭いアパートの廊下を、
まるで汚物でも避けるような足取りで歩き、
無一郎の部屋のドアを蹴るようにして開けた。
「惨めなものだな、無一郎。
一族の幕引きに相応しい、薄汚れた終焉だ」
景久の瞳には、人間を見る温かみなど微塵もない。
そこにあるのは、害虫を観察するような冷徹な「選別」の目だ。
「西園寺……。あんたがなぜここに」
「確認しに来たのだよ。
我ら西園寺家が百五十年かけて行ってきた『掃除』が、
ようやく完了したかどうかを。
お前の父、誠一は最後まで抗っていたが、
結局は負け犬らしく野垂れ死んだ。
これでようやく、日本の『不純物』が一つ消えたわけだ」
無一郎は怒りで指先が震えた。
「父さんを……父さんをそんな風に言うな!
父さんはこの国の未来を守ろうとしたんだ!」
「未来だと?」 景久は嘲笑した。
「無一郎、お前は理解していない。
我々が築き上げたこの国の秩序に対し、
お前たちは常に、正義という名のノイズを混ぜようとする
『不純物』に過ぎなかった。
勝てば官軍、負ければ賊軍。
これは単なる言葉ではない。
我々が『官』として君臨するためには、搾取され、
踏みつけられる『賊』が必要なのだ。
それがお前たち五代家だ。
お前たちが不運に見舞われ、無様に死ぬたびに、
この国の特権階級の椅子は盤石になる。
民などは、搾取されていることに気づかず、
ただ我々のために資源として消費されていればいいのだ」
景久は無一郎の胸元を掴み、冷たく囁いた。
「お前も分をわきまえろ。
このまま誰にも知られず、泥の中で絶滅しろ。
それがお前たち賊軍に許された唯一の役割だ」
景久が去った後、無一郎は床に膝をつき、嗚咽した。
悔しさ、怒り、そして何より、自分たちの人生が最初から
「誰かの幸福のために不幸であるようデザインされていた」という
事実に対する絶望が、彼を打ちのめした__。




