第6話「告白とラブソング」
コンコン。
ノックの音。
「……オレ」
スマホを見ると、もう23時を過ぎていた。
少し驚きながら、扉を開ける。
「……セナ君?」
「悪い。ちょっとだけ……避難」
ドアの前に立っていたセナ君は、手に空きかけの缶チューハイを持っていた。
顔がほんのり赤くて、髪はタオルでざっくり乾かしただけ。
Tシャツにスウェットのラフな格好も、なんだかいつもよりドキッとする。
「避難……?」
「マオとユーリ、マジでうるさくて」
「……そっか。うん、大丈夫。入って」
頷くと、「サンキュ」と軽く笑って、ふわりとした足取りで部屋に入ってきた。
「部屋違うのに、こっちの方が広いって突然来たかと思ったら、ずっとトランプしてんの。地獄」
「……それは……すごいね」
「レンはもう寝るって戻ったし、レオは外出てたし。オレ、ちょっと飲んでたし……無理だなって。
で、まあ……お前んとこ、灯りついてたから」
ソファに腰を下ろしたセナ君は、缶をもうひと口あおる。
「ツバキがあいつら甘やかすんだよ」
お酒を飲んだセナ君ってこんな感じなんだ……いつもより饒舌で……
いつもよりも……色っぽ過ぎるよ……
「へぇ……やっぱ広ぇな、スイート。
てかさ、ここの匂い……お前っぽいな。柔軟剤?」
「えっ……?あ、違う……備えつけの」
「ふーん……じゃあ、似合ってんだな。そういうのが」
何気ない言葉のはずなのに、お酒のせいか、声がいつもより少し低く聞こえて……
なんだか、くすぐったかった。
「……バスローブ、やばかった」
「え?」
「マジで。……あれは、あかん」
思い出したように頭を抱えるセナ君に、どう返していいかわからなくなる。
バスローブ……?
だって、みんなライブのリハ後に普通に着てるのに……
「……よくわからないけど……ごめんね?」
「知ってる。だからキツいの」
缶をテーブルに置く音が、やけに大きく響いた。
「……お前、無自覚だろ。
自分がどう見られてるかとか、全然わかってねぇじゃん」
静かにそう言ったあと……
こちらに視線を戻したそのときには、もうすぐ目の前にいた。
「……あ」
距離が、近い。
気づいたときには、手首を取られて引き寄せられていた。
強くはない。だけど……逃げられないくらいには、しっかり。
「お前のこと、ちゃんと好きなんだよ。
……いつも、我慢してんの。……今日も、今も」
息がかかる距離。
それだけで、胸の奥が跳ねた。
「……バスローブもやばかったし、今のその服もやばいし、素直に“かわいい”って言いたいのに、言ったら全部崩れそうで言えないの、マジで面倒くさい」
「……セナ君……」
私の名前を呼びそうな顔をして、でも呼ばなくて。
ただ、じっと見つめてきた。
……このまま、キスされるかも。
……けど。
「……だーめだ。今日のオレは信用ならん」
ふいに力が抜けて、セナ君は手をそっと離した。
そのままソファに倒れ込んで、天井を見上げて小さく笑う。
「やっぱ帰る。これ以上いたら、オレ、自分で自分のことムカつくから」
立ち上がるセナ君。
さっきより少しだけ熱を残したまま、ドアへ向かっていく。
「……おやすみ」
振り返らずに言ったその声は、少しだけ掠れていた。
「ちゃんと好きなんだよ」
……あれ、私……告白されたの?
「……俺、奏ちゃんのことが好きだから」
さっきまで怜央さんの言葉で頭がいっぱいだったのに、
……え?どっちが……何……?
私、なにか……した?
告白されるようなこと……した??
からかわれてる?ドッキリ?
だって、セナ君、ちょっと酔ってたし……
夢だったら。
勘違いだったら、すごく恥ずかしい。
でも……
もし現実だったら、すごく……すごく、嬉しい。
レストランの朝食会場は、窓から朝日が差し込んで、木の香りと焼きたてのパンの匂いがふんわり漂っていた。
メンバーたちはすでに何人か席についていて、遊里君がオレンジジュースを溢しそうになって、真央君が即座にツッコんでいる。
私は静かにビュッフェテーブルに向かって、サラダとヨーグルトをよそった。
……そのとき。
ふいに、視線が合った。
斜め向こう。
コーヒーを片手に立つ、セナ君。
一瞬、目を逸らしそうになったのに……
なぜか踏みとどまって、小さく頷いてきた。
「……おはよう」
少し掠れた声でそう言うと、セナ君も同じくらい小さな声で返してくれた。
「……はよ」
目を逸らすでもなく。
でも、何かを言うわけでもなく。
ただ、それだけ。
ほんの一瞬の静けさのあと……
「奏ちゃんおはよ」
明るい椿さんの声に引き寄せられて、私はそちらへ向かった。
ロケバスの時間に合わせて、メンバーたちは順番に部屋から降りてきていた。
「今日は一日徒歩かぁぁあ」
「……寝た気がしねぇ……」
「真央、それ2日目のテンションじゃん!」
誰かが笑えば、誰かがツッコんで、外に響くくらい賑やかで。
「じゃ、奏ちゃんまた後でね!」
「はい。みんな、気をつけてね」
笑顔で手を振って、玄関前の石畳でみんなを見送る。
……だけど。
その背中が見えなくなった瞬間、空気が一変した。
シン……
まるで映画のフィルムが止まったみたいに。
静かで、ゆっくりしていて。
……少しだけ、寂しい。
……置いていかれたわけじゃないのに。
……なんだろう、この感じ。
ふと目を落とすと、カバンからはみ出していたパンフレットに目が止まった。
「森ピアノ …… 本日開放中」
「……ピアノ?ここで、弾けるの……?」
案内の看板に沿って歩いていくと、トンボの湯の横、小さな広場に出た。
雨は上がっていて、地面はまだ少し濡れている。
でも空気は澄んでいて、木々の葉が風に揺れて、音が心に届いた。
広場の真ん中に、ぽつんと置かれたアップライトピアノ。
誰もいない。
スタッフもいない。
……まるで、私のために用意された舞台みたいだった。
椅子にそっと腰掛けて、試すように、鍵盤に触れる。
音が、森にすっと溶けていった。
……不思議。
この静けさが、怖くない。
昨日の夜のこと。
セナ君のこと。
怜央さんのこと。
全部を、飲み込むように。
ピアノの音が、心の奥をほどいていく。
気づけば、私は指を動かしていた。
それは、どこかで聴いたメロディじゃない。
いま、生まれたばかりの……
“誰かの幸せを祈る音”だった。
……ねえ、きっと。
こういうのを、「愛」って言うんだ。
「ちゃんと好きなんだよ」
あの言葉が、脳裏にこびりついて離れない。
でも、翌朝には何事もなかったみたいに振る舞われて……
私の中だけに、ぽつんと残された感情。
“誰かひとりだけのためのウェディングソング”
それって……
もう、誰かを選んだってこと、なんだよね。
でも私は、まだ……選べていない。
だから、今書けるのは
「その気持ちを胸にしまって、それでも幸せを願う歌」
私が、初めて作ったラブソング……
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