第5話「雨とバスローブ」
「いきなり降ってきたなー……!」
空が急に暗くなったと思ったら、バケツをひっくり返したような土砂降り。
さっきまで川ではしゃいでいたメンバーも、慌てて走り出す。
私たちも急いで、ホテルのロビーへと駆け込んだ。
濡れた髪を拭きながら、窓の外を見つめる。
止みそうにない……
このままじゃ、帰れないかも。
「奏」
声がして振り向くと、セナ君がスマホを片手に立っていた。
「わり、……この雨じゃ、車出すの危ねぇわ」
「あ……うん。大丈夫。じゃあ私、新幹線で……」
「ばっか」
きっぱり遮られる。
「だから新幹線なんか乗せねって。この雨で途中止まったらどうすんだよ」
え……えぇ……
今、頭の中はさっきの怜央さんの告白でいっぱいいっぱいなのに、なんで突然、セナ君にバカ扱いされてるんだろう。
「お前も、ホテル泊まれよ」
「……え?」
「明日ロケ終わったら、一緒に東京戻ろ。すぐ部屋取ってくっから」
有無を言わせない口調でそう言い切ると、濡れた髪をぐしゃっとタオルで拭いて、そのままフロントに向かって歩き出した。
私は……
ぽかんと立ち尽くすだけ。
「……あいつの行動力、俺にはできなくて。ちょっと、羨ましくなる」
そう、自嘲するように呟いた怜央さんも、セナ君のあとを追っていく。
ふたりが並ぶ姿を見ていると、なぜか胸がざわついた。
今日だけで……
セナ君とアウトレットモールで手を絡めて歩いて、教会で怜央さんから告白されて。
何もやましいことなんてしていないはずなのに。
とんでもなく、悪いことをしているみたいだった。
やがて怜央さんは、みんなのカードキーを受け取り、それぞれに渡しに行く。
セナ君だけが、私のもとに戻ってきた。
「はい。部屋カード、これ。オレの名前で取ってあるから」
「あ……ありがとう」
「お前、濡れてるから先に部屋行ってろ。
後で、アウトレットで買った服、届けるから」
手渡されたカードキーを握りしめ、私は部屋へ向かった。
フロントの大きなガラス戸を抜けると、石畳の小道が、森の奥へと続いている。
スタッフの方に案内されながら、奥の棟へと向かった。
客室の扉を開けると、ふわっと木の香りが鼻をくすぐった。
「……わあ……」
小さな土間を上がると、広いリビングとベッドルームが続いている。
天井は高く、和紙の照明がほんのり灯っていて、全体的に落ち着いたトーンの内装。
壁際にはソファとローテーブル、奥には書斎のようなデスクも。
まるで、誰かの別荘に招かれたみたいだった。
……すごい。
でも……すごすぎて、なんだか落ち着かない。
窓の向こうには、うっすらと川が見える。
さっきまでみんなが笑っていた小川が、まるで夢だったみたいに、静か。
……静かすぎる。
雨の音。
水の流れる音。
ときおり風に揺れる木の葉の音。
それだけが部屋の中にも届いてくる。
「……ひとりで、ここに?」
声に出してみても誰もいない。
ほんの少し前まであんなに賑やかだったのに。
「……くしゅん!」
いけない。濡れたままだった……
バスルームにはすでにお湯が張られていて。
窓を少しだけ開けると、ここでも川の音がほんのりと聞こえてきた。
湯船に身体を沈めると、ふわっとラベンダーの香りが広がる。
「……すごい。温泉、なのかな……」
湯気の向こうに見えるのは、月と、木の影。
誰もいないのに、声をひそめてしまうような……
そんな静けさだった。
コンコン……
「……奏、オレ」
ドアの向こうから、セナ君の声。
私はあわててバスローブの前を合わせて、髪をタオルで拭きながら扉を開けた。
「セナ君、ありがとう。わざわざ……」
「っ……ああ、うん……」
一瞬、セナ君の動きが止まった。
紙袋を手に持ったまま、視線が泳いでいる。
「……ありがとう。本当に助かった」
バスローブの袖をぎゅっと握ってお礼を言うと、セナ君はその動きに目を向けて、すぐに視線をそらした。
「……あー、気にすんな。多めに服、買っといて良かったよ。
晩飯、どーする?みんなで食うか……それとも」
「え!?みんなで食べれるの?いいの?」
BBQだけじゃなくて、晩御飯までみんなと一緒にいられるなんて……!
「ふっ……いーよ。時間なったらまた来るな」
少し微笑んで、そう言い終えると、セナ君は玄関の小道を足早に引き返していった。
……なんだか、その背中がいつもより少し早く感じた。
扉を閉めて、私は手に持った紙袋を見つめる。
中にはセナ君が買ってきてくれた服が上下三セット。
どれもママが選んでくれるような服とはちょっと違う雰囲気。
「……じゃあ、これにしようかな」
鏡の前でそっと身にまとってみる。
思ったよりも丈が短いけれど、サイズはぴったりで……
ちょっと悔しいくらい、似合っている気がした。
やがてスマホに「今から行くわ」のメッセージ。
ふたたびセナ君が迎えに来てくれて、私は少し緊張しながら部屋を出た。
食事は、施設内のレストランの一角を貸し切って用意されていた。
夕食も終盤に差し掛かる頃には、真央君と遊里君がふざけ合いながらデザートを取り合っていて、椿さんは半ば呆れ顔で見守り、信さんと蓮さんは、静かに談笑していた。
怜央さんは斜め向かいにいたけれど、私とはほとんど目が合わなかった。
きっと……気を遣ってくれてる。
でも、それが余計に気まずくて。
……さすがに、何もなかったように振る舞えるほど大人じゃない。
私もうまく顔を見られなかった。
セナ君は、ひとつ置いた隣の席。
話しかけてくることは少なかったけれど、料理を取ってくれたり、お茶を勧めてくれたり……
気遣いはいつもと変わらずだけど、目が合うとちょっとだけ気まずそうに逸らされるのが、不思議だった。
「ねぇ、奏~?服さっきのと違くない?」
遊里君の声に、私は小さく笑いながら頷いた。
「あ、みんなと合流する前にね、セナ君とアウトレットモールに立ち寄って。買ってもらったの」
「うわーーーセナ君、慣れ過ぎてるやん~~」
ぱっと会話が切り替わって、場の空気が少しだけ和んだ。
少しだけ気まずかったけど……
思っていたより、ちゃんと楽しかった。
食事を終えて部屋に戻る頃には、空気も少し、柔らかくなっていた。
部屋に戻って、今日の出来事を思い返しながらiPadのピアノをぽつぽつと鳴らしていたとき……
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