第4話「教会と告白」
ある程度、撮影が進んだころ。
怜央さんが、お肉と野菜が盛られたお皿を持ってきてくれた。
「待たせてごめんね。お腹空いたでしょ?」
「ありがとうございます」
丁寧に受け取ったお皿には、香ばしく焼かれたお肉と、こんがりしたピーマンやナス、色とりどりの野菜たち。
……初めて食べた、バーベキュー。
お肉は驚くほどジューシーで、外はカリッと香ばしいのに中はやわらかくて。
野菜も甘くて、焼いただけでこんなに美味しくなるんだ……と、ちょっと感動してしまう。
煙の匂い、風の音、じゅうじゅうと焼ける音。
全部が目の前の“ごはん”を特別なものにしてくれる気がして……
なんだか、外で食べるって……いいかも。
「美味しい……」
思わずこぼれた一言に、近くで聞いていた怜央さんが「でしょ?」と笑ってくれた。
「あっつぅ~~~!!」
BBQの熱気もひと段落したころ、誰ともなく声を上げた。
「近くに川あんだろ?行こうぜ!」
「川!?マジで!?」
まるで子どもみたいなテンションで真央君が走り出し、それに釣られて遊里君と蓮君も、笑いながらあとを追いかけていく。
「……おい、あぶねーから気をつけろよ!!」
「セナ君もおいでよーー!」
真央君に呼ばれて、セナ君もふっと立ち上がる。
「おい、オレ行ったらマジでびしょ濡れにするからな」
「むしろそれが見たい~~!」
そんなやりとりをしながら、彼らは木々の間の小道を抜けて、川辺へと消えていった。
私はひとり、木陰のベンチに座って、その様子を眺めていた。
楽しそうな笑い声が、風に乗って届いてくる。
どうやら、本当に靴を脱いで川に入ってるらしい。
「……うわ冷てぇ!!」
「ちょ、ちょっと!かけないでってば!!」
「セナ君!それは反則!!」
水が跳ねる音、はしゃぐ声。
まるで、小学生の夏休みみたいな光景。
でも、どこか懐かしくて……
羨ましいくらい、キラキラしていた。
「っつめぇ~~~!!」
「でもめっちゃ気持ちよかった~~!」
川遊びを終えたセナ君たちが、笑い声とともに戻ってきた。
真央君は髪までぐっしょり、遊里君は足元をごしごしタオルで拭いている。
蓮君はちょっと照れた顔で、Tシャツのすそを絞っていた。
そして……
「……って、セナ君それ、ヤバない?」
「え?」
真央君の目が一瞬まんまるになって、ぷるぷる震える。
「なんか……なんか……」
「色気えっぐい!!!!」
「え、ちょ、遊里!!声でかっ……」
振り返った蓮君も、絶句。
「うわ……マジやん。白T……透け……って……うわあぁ」
「オレなんだから、そんなん当たり前だろ?」
水で濡れたセナ君のTシャツは、肌にぴったり張りついていて。
インナーの透けた向こうに、くっきりと浮かぶ輪郭。
濡れた髪から滴る水が、首筋を伝って鎖骨へと流れていく。
……確かに、これは……すごい。
「は~~いNG出ました~!もう一回川行きまーす」
声のした方を見ると、椿さんがスマホを構えてニヤニヤしていた。
その横で、信君もカメラをチェックしながら頷いている。
「セナ、お前今の絶対使うからな。予告で釣れるわ」
「撮れ高、高過ぎんだろ」
「どこぞの美ボディ俳優かよ……」
「これサムネ決定やな……」
「こっちはピュアに水遊びしてただけだっつーの!!」
顔を真っ赤にして暴れるセナ君は、いつもよりずっと“年相応”に見えて……
でも私は、目のやり場に困って、そっと後ろを向いた。
……なんか、ずるい。
この空気が、どこか浮ついてるのは。
きっと、気のせいじゃないと思う。
懲りずにまた川へ遊びに行っているセナ君たちを眺めていると、怜央さんがやってきた。
「お腹いっぱいになった?」
「はい!お肉もお野菜も美味しくて!食べ過ぎちゃいました!」
「なら、良かった。あいつら遊びモードに入ったら、まだしばらく戻らないから……少し歩かない?」
気がつけば、椿さんや信さんまでもがずぶ濡れになって、みんなとても楽しそうだった。
「お願いします」
怜央さんに続いて、敷地内をゆっくりと歩く。
軽井沢という立地もあるのだろうけど……
川のせせらぎ、木々のざわめき、ひんやりとした空気。
まだ残暑が厳しい季節のはずなのに、不思議と涼しかった。
しばらく歩いていると、木々の合間から三角屋根の建物が見えてきた。
「……あれは?」
「軽井沢高原教会。知ってる?」
テレビで見た記憶が、ふっとよみがえる。
たしか、芸能人の結婚式も挙げられたことのある有名な場所。
木造のシンプルな外観は、華やかというより、あたたかくて、静かで。
まるで、森の中にそっと隠れるように佇んでいた。
「へぇ……こんな場所、あるんですね」
「俺、たまに来るんだ。ロケとかじゃなくて、プライベートで」
「えっ、怜央さんが?」
ちょっと意外だった。
怜央さんは、もっと都会的で洗練された場所が似合うと思っていたから。
「……静かだし、落ち着く。誰にも見られずに物思いにふけるには、こういうとこがちょうどいい」
そう言って微笑んだ顔は、いつもより少しだけ“素顔”に近い気がした。
教会の前に立つと、木の香りとキャンドルの甘い香りがふわりと混ざって漂ってくる。
「……ここ、結婚式とかで使う場所なんですよね?」
「そう。でも今は何もやってない。見ていくだけなら問題ないよ」
「ありがとうございます」
歩いてきただけなのに、胸がいっぱいになる。
この場所に立つだけで、なにか大切なことを考えたくなる……
そんな、不思議な場所だった。
「そういえば、次のシングルのコンペの案内が来ました。怜央さん主演のドラマ主題歌だって」
「ああ、うん。ありがたいよね。主題歌も任せてもらえるって」
怜央さん主演のドラマの主題歌、確か……
“永遠の約束”を信じたくなるような、ストレートな愛の歌。
恋愛と人生の岐路を描く構成で、主題歌にも希望・不安・祈り・決意……
いくつもの感情の重なりが求められる。
とても、印象に残っていた。
「ラブストーリーなんですよね。主演、怜央さんで……」
「うん。俺」
怜央さんは、まっすぐ私の方を見つめていた。
「俺の役……初恋の人をずっと忘れられなくて。やっと再会して、気持ちを伝えるっていう役でさ」
「……」
「それ、めっちゃ役作りしやすかった。だって……」
一瞬、言葉を切る。
風が、ふわりと吹いて。
鐘が、カランと小さく揺れた。
「……俺、奏ちゃんのことが好きだから」
……今の、ドラマのセリフ?
空気が、凍りついたように感じた。
「ラブストーリーも何度も演じてきたし、ラブソングも何度も歌ってきたけど……」
怜央さんの視線は、ひたすらにまっすぐだった。
「俺は……次の曲は、君のことだけを想って歌うよ」
ゆっくりとした口調。
でも、そこに冗談や気安さのようなものは一切なくて……
教会の奥にあるステンドグラスを一度だけ見て、もう一度、私の目をじっと見つめてくる。
冗談じゃない。演技でもない。
そう思わせるだけの“重み”が、言葉に宿っていた。
ゆっくりとした口調。
でも、そこに冗談や気安さのようなものは一切なくて……
教会の奥にあるステンドグラスを一度だけ見て、もう一度、私の目をじっと見つめてくる。
冗談じゃない。演技でもない。
そう思わせるだけの“重み”が、言葉に宿っていた。
「それって……」
「恋愛感情だよ、ちゃんと」
胸の奥が、ズキンと痛む。
さっきまでの穏やかな空気が、現実の温度を取り戻していく。
「……あの……」
初めて受ける、真正面からの“告白”。
言葉がうまく出てこなかった。
「返事、今すぐじゃなくていいから」
私の視線が揺れたのを見て、怜央さんは静かに笑った。
「それでも、言いたかった。奏ちゃんに、ちゃんと伝えたかった」
静かな森の中。
風が葉を揺らす音だけが、かすかに響いていた。
教会のステンドグラスに差し込んだ光が、ふたりの間を淡く照らしていた。
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