第3話「アウトレットとバーベキュー」
「あーーー、怜央たち、渋滞にハマったみたい」
LINEをチェックしていたセナ君が、ぽつりと呟いた。
「あとさ、お前……その格好でバーベキューするつもり?」
「え……ダメかな……?どんな服がいいのかわからなくて……」
なるべく“動きやすい”を意識したつもりだったけど、不安になる。
「んー……服も買いに行くか」
「え……?」
「ほら、次行くぞ」
そう言われて車に乗り込むと、向かった先は……
思わず目を見張るほど大きなアウトレットモールだった。
街みたいに広くて、でもどこかテーマパークのような雰囲気もある。
開放感にあふれた、明るいショッピングモール。
「……ここって……アウトレット……?」
「そう。“軽井沢プリンス”。有名だから知ってるだろ?」
「う、うん……テレビで見たことあるかも……」
「お前に似合いそうなの、あると思うよ。行こ」
そう言って、さっきと同じように差し出された手。
何度も繋いできたはずなのに……指を絡めるように、握られ心臓が飛び跳ねる。
「セ……セナ君……あの……手が……」
「あー、こうした方がプライベート感出て、声かけられるの減るんだよ」
そ、そういうものなの……?
でも……これは……
たまに、親指で手の甲をなぞられて。
くすぐったいのに、手はしっかり握られていて。
離すことなんて、できなかった。
とにかく心臓に悪い……
緊張しすぎて、顔を上げられずにいると……
「ぶはっ……!キンチョーし過ぎだって」
「仕方ないでしょ……こんなの全部が初めてなんだから」
「……そっか」
横目に見たセナ君は、サングラスとマスクで顔の大半が隠れていたけど。
それでも、とても楽しそうに見えた。
観光客らしき人も多くて、外国語が飛び交っている。
ウィンドウには、おしゃれなマネキンたち。
……こんな場所、来たこともなかった。
最初に入ったのは、ナチュラルな色味で統一されたセレクトショップ。
「これ、動きやすそうだし……お前、好きそう」
「えっ……あ、可愛い……」
「他に気になるのあったら試着していいぞ。オレ、見といてやるから」
「え、見なくていいよっ!?……ていうか、なんでそんなに手際いいの!?」
「だって……お前に似合うの、見たいし?」
さらっと言われたその一言が、思った以上に破壊力があって……
顔が熱くなるのをごまかしながら、そっと服を手に取った。
試着室から出ると、セナ君が軽く頷く。
「うん。いいじゃん。ちょっと袖まくって、髪、まとめたら完璧」
「ほんとに……?」
「嘘ついても、オレ、得しないしな」
「……そっか」
2~3着試着したあと、最初の服をもう一度着るように言われて出ていくと、セナ君の手には、いつの間にか大きな紙袋が……
「いくぞ」
「え……?あれ……?」
……お会計は?
「あの……セナ君……!私、今着てるこの服のお金払ってないんだけど……」
「あぁ、試着したやつ、全部もう払ってある」
「え!?全部!!???どうしよう、私あんまり現金持って来てなくて……!」
「だからな。オレがお前に金払わすわけねーだろ」
紙袋を片手に、もう片方では……さっきと同じように、手をしっかり握られていた。
車へと戻る足取り。
その間じゅう、心臓の音がずっと煩く鳴っていた。
「うわーーーん!!疲れたよーーー!!」
「みんな、お疲れ様」
私たちより遅れて、渋滞に巻き込まれていた怜央さんたちが到着したのは14時すぎ。
本来はお昼に始まる予定だったBBQも、今はもう15時近くになっていた。
「とっとと撮るぞ」
椿さんのひと言で、空気がピリッと変わる。
みんな一気にテキパキと動き出して、車のトランクからは三脚やカメラ、小道具がぞろぞろと現れる。
その段取りの良さに、思わず見惚れてしまった。
「普段はスタッフさんがやってくれるんだけどね」
信君が隣で、少しだけ苦笑いする。
「今回は突発の企画だから。あと、最近信君、動画編集ハマってるもんね?」
「素人なりに頑張ってるよー。あ、蓮、そこテーブル空けて。肉置こう」
怜央さんが箱に入った肉や野菜を次々と運んできて、それを蓮君と真央君がトングとトレーで受け取っていく。
「うわ、ちょっと!生の肉の上に野菜置くなって言ったろーが!」
「えぇ~?彩り重視してみたんだけどな~~」
「撮影前に食中毒になったらどうすんだ!」
「……ね、なんか私、手伝うことないかな?」
小声でセナ君に聞いてみると、すぐさま真顔で返された。
「お前は手ぇ出すな」
「えっ……」
「火とか刃物とか、お前が怪我したら終わりだから。マジで座ってて」
「……はい」
あまりにも真剣だったので、何も言えなかった。
しばらくして、真央君が焼きそば用の鉄板を探してあちこちゴソゴソしていて、信さんは食器を並べては撮影用に写真を撮り、また並べ直している。
怜央さんは火の調整をしていて、椿さんは全体のレイアウトに細かく指示を出していた。
……なんというか。
全員がプロなのに、仲の良い部活みたいだった。
その空間の中で、私はただ1人、何もせず、ぽつんと椅子に座っていた。
「ほら、これ飲め」
ふいに、冷えたペットボトルが差し出される。
「ありがとう……」
「うまそうなとこ焼けたら持ってってやるから。ちゃんと待ってろ」
そう言って、セナ君はまた炭のそばに戻っていった。
……ほんの少し、寂しいような。
でも、すごく嬉しいような気持ちだった。
「お肉……焼いてみたかったかも」
「はーーー、やっと食える!!」
真央君の声に、現場の空気が一気にゆるむ。
お肉を焼く準備が整って、いよいよBBQが本格的にスタートする。
カメラがまわると、みんなスッとスイッチが入って、テンションが一段階上がるのがわかる。
「まずはタンでしょ、タン!!」
「絶対コレ、一番美味いやつ~~」
「でも見栄え重視で、盛り付けも気ぃ使って!」
信さんが紙皿の上で肉を回しながら、真顔で「こっちの角度の方が映える」と言っていて、思わずくすっと笑ってしまう。
「つーか、焼き係交代しろよ。ずっと俺やってんだけど」
「だってセナ、トング握ったら離さないじゃん」
「握ったものは逃がさねぇ主義」
「それ、肉に言うことじゃないから」
わいわいと交わされる軽口と、香ばしい煙。
すぐそばで見ているだけで、なんだか楽しくなる。
みんな慣れた手つきで網の上の具材をひっくり返して、焼けた順に、どんどん盛り付けていく。
「レン、焼き野菜いっとけよ。さっきから肉しか取ってねーぞ」
「えー、野菜はいいかな……って言ったら、絶対怒られるパターンでしょ?」
「正解。ほら、ピーマン食え、ピーマン」
「俺、このまま行ったら米4杯いける」
「だから撮影中に白米いくなって。口パサパサになるから」
「お前さ~、普段こういうの絶対来ないくせに、今日なんかテンション高くね?」
「いや、ほら……野外、いいじゃん。空気うまいし」
セナ君は相変わらず焼き場から離れないまま、ときどきカメラの角度を確認して、ちゃんと全員が映るように気を配っていた。
「あっつ、めっちゃ跳ねた……!」
「だから言っただろ? オイル塗りすぎんなって」
「お前、油まみれになれよ動画用に」
「やだよw」
楽しそうな空気が、そのままレンズ越しに届きそうで……
撮影用の動画とは思えないくらい、自然体の笑顔がそこに並んでいた。
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