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第13話「Only」

「奏……わり。オレ、朝から仕事なんだ」


ぼんやりとした意識の中、耳元で声がした。


「外、まだ雪がすごいから……いつ帰ってもいいし、なんなら帰らないでいてもいいから」


……え……夢……?


「いってくんな」


言葉と一緒に、髪に、キスをされた。


キス……された?


薄っすら目を開けると、見慣れない天井。

ふわふわの掛け布団の感触。

そして……まだうっすらと残る、セナ君の匂い。


「……夢、じゃ……ない」


跳ね起きて、布団を押しのける。

時計を見ると、午前6時を少し過ぎたところ。

外はまだ薄暗かった。


「セナ君……こんな時間からお仕事なの……?」


頭の中が一気にフル回転する。


昨晩ライブ円盤を観ながら、セナ君に寄りかかって、そのまま寝落ちして、ベッドに運ばれて……


……その後……


顔から火が出そうになる。


キス、された。

一つだけじゃなかった。

髪、頬、首、耳……


どこかくすぐったくて、でも、やさしくて。

全部、夢じゃなかった。


慌ててベッドを降りて、リビングに向かう。

誰もいない静かな部屋。

でも、テーブルの上には、マグカップがふたつ並んでいた。


片方には、少しだけ飲んだ形跡。

すでに冷めていたけれど、どこかぬくもりの名残があった。


LINEに通知が届く。


諏訪セナ:

冷蔵庫にヨーグルトとフルーツある。コーヒー淹れたけど、冷めてたらごめん。

好きに過ごしてていいから。

雪が積もってるから無理して帰ろうとするなよ。


ソファに座りなおして、マグカップを両手で包む。


もう冷めてしまったコーヒー。

でも、その温もりの名残を、なんとなく確かめたくて。

口をつけるふりだけして、そっとカップを置いた。


……えっと、状況整理……


今までのことを、ひとつずつ思い出していく。


軽井沢でセナ君から「好き」って言われた。

でも、あの時セナ君はお酒、入ってたし……


昨日は、セナ君が「泊まってけ」って言ってくれて……

お風呂入って、円盤観て、寝落ちして、運ばれて……

キスされて……たくさん、キスされて。なんか、すごいキスされて……


……いや、キスって、あれ夢じゃ……ないよね?


頬に触れた唇の感触、耳元にかかった吐息。 全部がはっきり残っていて、夢なわけがない。


でも。


付き合おう、って言われてない。

返事……してない。私からも、なにも。 そもそも、セナ君は「好き」ってはっきり言ったっけ?

記憶を探るけど、昨夜のセナ君の言葉は、どれも明確な“告白”じゃなかった。


優しかった。 触れ方も、目も、全部が特別だった。


でも、“付き合って”とは言ってない。


じゃあ、今の私たちって、どういう関係?考えれば考えるほど、よくわからない。 友達?でも、友達にあんなにキス、しないよね……?


「……っ」


モヤモヤした頭を冷やそうと、立ち上がって洗面所に向かう。

顔でも洗えば、少しはすっきりするかもしれない。


鏡に映った自分の顔。 少しだけ、目元がぼんやりしている。

髪をかき上げた瞬間…… 首の、鎖骨に近いあたりに、うっすら赤い跡があるのが目に入った。


「……えっ?」


思わず二度見する。 近づいて、よく見ても……やっぱり、ある。


……うそ、これ……


「……これって、ひょっとしてキスマーク……ってやつ??」


一気に血の気が引いた。 指先でそっと触れてみても、消えない。

夢じゃない。幻でもない。 これは、昨夜、セナ君につけられたもの。


「………………」


しばらく言葉が出なかった。 視線を逸らしても、鏡に映る“それ”が何度も目に飛び込んでくる。

声が震えそうになって、慌てて蛇口をひねる。

冷たい水で顔を洗っても、赤い跡は消えてくれない。


「……なにしてんの、私……」


午後を過ぎても、雪はまだ残っていた。


何度かスマホを見ては、LINEの画面を開いて閉じてを繰り返す。

「ありがとう」とか、「お疲れさま」とか、送りかけては消して、結局何も打てずにソファに沈み込んだ。


……帰ろうと思えば、今すぐ帰れたのに。


セナ君の「いつ帰ってもいいし、帰らなくてもいい」。 その言葉を、私はずっと胸の奥で繰り返していた。

……たぶん、ただの好意。やさしさ。 あの夜も、もしかしたら……気まぐれで、そうなっただけかもしれない。

わからない。聞けない。怖い。

もし「遊びだった」なんて言われたら、 私はもう、二度と、彼の目をまっすぐ見られなくなる。


だから……せめて、顔を見て帰りたかった。


夕方。


玄関の鍵が開く音がして、冷たい空気といっしょに、セナ君が帰ってきた。


「お、おかえり……!」


精一杯、自然な声を出そうとしたけど、顔を見た瞬間、胸の奥がぎゅっとなった。


「ただいま。……お前、まだいたんだ?」

「うん……もう少しだけいてもいいかなって」

「雪、まだ残ってるもんな」


まだ……って言い方に、いない方が良かったんじゃ……という気持ちにさせられてしまう。


セナ君はジャケットを脱ぎながら、ちらっと私の方を見て笑った。

昨日の夜と同じ、やさしい笑顔。 でも、その笑顔の意味が、今の私にはもう、読み取れない。


「……そろそろ帰るね」


私は立ち上がって、コートに手をかけた。


「送れたらいんだけど……」

「大丈夫。タクシー呼んだから」

「そっか。せめてエレベーターまで」


しばしの沈黙。 何かを言いたかった。でも、言えなかった。

胸の奥に渦巻く“あの夜”のこと。 確かめたい気持ちと、確かめてはいけない気がして……


エレベーターが到着して、一緒に乗り込んできたセナ君に壁際に追い込まれ、 また唇を奪われる。


「セナ君……」

「……またな」


扉が閉まる前に、セナ君はエレベーターを降り、私はただただ目を離せなかった。



帰宅して、クリスマスの夜のことを思い出すと、酷く胸が軋んだ。


なんとなく自分からは連絡ができなくて……

みんなから誘われた初詣も、どう返事をしていいかわからず、「都合が悪い」と嘘をついて断ってしまった。

心なしか、セナ君からの連絡頻度が少し増えた気もするけれど、それにどんな意味があるのか、私にはわからない。

怖くて、聞けないまま……

一度も会えないまま、1ヶ月が過ぎてしまった。


「スターライトパレードの御影怜央は、体調不良のため、本日の歌番組の出演を見合わせることとなりました。

ご心配をおかけいたしますが、何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします」


え……!?

パッと目に入ったSNSの告知。

確か今日が、音楽番組で『Only』の初披露だったはず……


怜央さん、大丈夫かな。LINE……いや、体調不良なら迷惑かも……

スマホを見つめていたそのとき、タイミングよくセナ君から着信が鳴った。


「はい、もしもし」

『オレ』

「さっき……SNSで怜央さんのこと見たよ」

『あー……インフルだったってさ』

「え!?大丈夫なのかな……」

『マネージャーついてるから、平気だろ』


どうしよう……やっぱり、言葉がうまく出ない。


『なぁ、奏ってさ。レオが“誰かひとりのために”歌ってる気がするって言ってたよな』

「あ……うん。レコーディングの時だよね?」

『オレも歌うから。……ひとりのために』

「え?」


『ちゃんと聴けよな』


そう言って、電話は切れてしまった。


胸の奥がざわついたまま、番組がついに始まる。


『本日出演を予定していたスターライトパレードの御影怜央さんですが、体調不良のためお休みとなりました。

ファンの皆さんもご心配だと思いますが、しっかり休んで、また元気な姿を見せてくれると思います』


「それでは、御影怜央さん主演ドラマの主題歌『Only』、お聴きください」


本当なら、怜央さんがセンターで歌うはずだった『Only』。

でも、今、そこに立っているのは……セナ君だった。


怜央さん不在の6人は、真っ白なタキシードに身を包んで、

静かにステージに整列している。


……こんなに、“白”ってまぶしかったっけ。


イントロのピアノが流れた瞬間、空気が一気に変わる。

強くて、優しいメロディが、スタジオ全体を包み込んでいく。


歌い始めたセナ君の声は、まるで誰かひとりを探しているみたいだった。

穏やかで、どこか切なくて、それでもまっすぐで、どこまでも優しかった。


……“誰かに届いてほしい”って、そう思いながら歌ってる……


気づけば、目が画面に釘付けになっていた。


歌詞に合わせて、手のひらを重ねたり、胸元に当てたり。

フリの中に、さりげなく手話が取り入れられていることに気づく。


“君” “想う” “守る”……

言葉だけじゃ足りない想いを、手の動きに乗せて伝えようとする姿に、

胸の奥が、じんわりと熱くなった。


“Only you, Only one”……


そのフレーズを歌った瞬間、ほんの一瞬、セナ君がカメラを見た。

……私のことを見たような気がした。


もちろん、そんなのは錯覚に過ぎない。

でも……


レコーディングで何度も聴いたはずのこの曲。

でも、こんなふうに歌うセナ君は、私は知らない。


たったひとりを想うように……その人だけに届けるように……

そんな歌い方をしているセナ君を、私は知らない……


この時、私に湧いた感情は、何だったんだろう。


瑞希ちゃんに対する恐怖とも、南條さんに対する悲しさとも、曲を奪われた悔しさとも、違う……


もっとドス黒くて、深くて、どうしようもない感情。

……セナ君。誰のために歌ってるの?

お願い。そんな歌い方、しないで。

私以外の誰かに……そんな目を向けないで……


あのとき、軽井沢で告白されたとき、ちゃんと返事をしていたら、今どうなっていたんだろう。

……あの言葉は、セナ君の中ではもう“なかったこと”になってるのかな。


クリスマスの夜。

何度も確認したかった。もう一度、言って欲しかった。

でも……

“あの言葉は酔った勢いだった”って言われるのが、怖くて、聞けなかった。


……あぁ、そうか。私は……


もうずっと前から、

セナ君のことが、好きだったんだ。

最後まで読んでいただきありがとうございました!


少しでも気になってもらえたら、フォローやお気に入り登録よろしくお願いします。


アンサーストーリ後編を【明日夜】更新予定です!


ぜひまた覗きに来てくださいね!

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