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第12話「ケーキと雪」

「そのカッコじゃ寝れねぇだろ。ちょっと待ってろ」


そう言って寝室へと姿を消すと、クローゼットの引き戸が開く音、ハンガーが擦れる音が聞こえてきた。

何かを探している気配。


私は突然の展開に頭の整理が追い付かず、ソファに座ったまま窓の外の雪をぼんやりと眺めていた。

しんしんと降る白い雪が、現実味をなくして、まるでドラマの中みたいだった。


「……はい、上はこれ。下は……これでいっか」


手渡されたのは、柔らかそうなスウェットのセットアップ。

生地の感じとサイズ感からして、間違いなくセナ君のもの。


「……ありがと」


受け取ると、今度は洗面所の方へ向かっていく。


「風呂、湧いてるから。先入ってきな」

「えっ、え?」

「タオルは中にあるやつ使って。化粧落とすやつも、たぶんある」

「あの……私……」

「あとで風邪ひいたとか言われんの、面倒くせぇから。行けって」


ぶっきらぼうな口調のなかに、優しさが混じってる。

押しつけじゃなくて、「その方がいいよ」って、そっと背中を押してくれるような。


「……あれ?」


湯船に浸かって、ふと我に返る。


促されるまま服を受け取り、お風呂に入って……

……え?私、もう泊まる前提みたいになってる……?


「……ちょっと、流されすぎじゃない……?」


ぽつりと呟いた声が、浴室にやけに響いた。


お風呂から上がって、髪をタオルでくるみながらリビングへ戻る。


ふわふわのスウェットは大きめで、袖が手の甲まで隠れてしまう。

ズボンも長くて、押さえないと引きずってしまうくらい。

でも、あったかくて、いい匂いがして……

ふわっと胸の奥がくすぐったくなる。


「あの……お風呂、ありがとう」


セナ君はソファにもたれ、テレビをぼんやりと眺めていた。


外は大雪。

部屋の中は間接照明の灯りだけ。

夜の静けさのなかで、彼の横顔がやけに映えて……

心臓が、跳ねるのがわかった。


なんで……さっきまで平気でケーキ食べれてたんだろう、私。


「ぷっ。ぶっかぶかだな」

「むー……仕方ないでしょ」


ソファに座ったまま手のひらを見つめる。

スウェットの中はぽかぽかしてて、身体の芯まであたたかい。


さっきまで降る雪に焦ってたのに……

促されるままお風呂に入って、さらっと着替えて、いまの私は、あたたかい部屋で、セナ君の服を着て、リラックスしてる。

しかも、今さりげなくドライヤーまでしてくれているんだけど……


……なにこれ。

え、私、ほんとに何してるの……?


そんなとき、背後から声がした。


「じゃ、オレも風呂入ってくるわ」

「……え?」


顔を上げたときには、セナ君はすでに洗面所へ向かっていた。

ラフな足取りのまま、すっとドアの向こうへ消えていく。


扉が閉まる音。

ポコポコと鳴る加湿器の音だけが、妙に耳に残った。


身体はぽかぽかしてるのに、胸の奥だけが、変な温度でざわざわしていて……


「……落ち着こ」


ソファの上には、さっきまで彼が座っていた、ぬくもりが残っていて。

余計、落ち着かなかった。


バスタオルで髪を拭きながら戻ってきたセナ君は、私の姿を見るなり、少し驚いた顔で言った。


「……あ、まだ起きてんのか」


そのまま、ソファに腰を下ろす。


「オレ、今日はここで寝るから。お前はベッド使えよ」

「え、でもそれは……」

「いーの。オレの家なんだから」

「……じゃあ、一緒に寝ればいいじゃん。ベッド、広いし」

「は?」


明らかに目が泳いだ。


「だって!明日もお仕事でしょ?ちゃんと休まないと……!」


言いながら、自分でも顔が熱くなっていくのがわかる。

セナ君は髪を拭く手を止めて、ジトッとした目でこっちを見つめてきた。


「……お前、もうちょっと自覚持て」


その小さな声が、やけに真っ直ぐで、思わず目を逸らしてしまう。


「じゃあさ……代わりにさ……」


思いついたように口を開く。


「ライブの円盤、観てもいい?スターライトパレードの」

「……は?」


一瞬、時が止まったような沈黙。


「え、あそこにあるの、そうだよね?」

「……マジで、今観る……?」

「観たいっ」

「マジかよ……」


セナ君は小声でぼやきつつも、しぶしぶプレイヤーを立ち上げてくれる。

やっぱり、なんだかんだ優しい。


ディスクが読み込まれ、画面にオープニングのロゴが映る。

歓声と照明の音がスピーカーから溢れて、静かな部屋が一気に“ライブ会場”に変わっていく。

ペンライトが無いのが残念っ……!


「うわぁ……これ……!」

「最初のライブのやつな。懐かし……」


セナ君がぽつりとつぶやいた。


その声が、どこか遠くを見ているようで……

胸が、すこしだけきゅっとなった。


私にとってはみんなに夢を見せてもらったステージ。

でも、彼にとっては、そこに至るまでのたくさんの努力や悔しさや、誰にも見せない涙も詰まってるんだろうな。

……そう思うと、目の前の映像が、なんだか少し眩しく見えた。


一方で、あったかいスウェットと、ほんのり残るお風呂の余韻、そして安心感みたいなものが混ざり合って……


私のまぶたは、だんだんと重くなっていった。


気づけば、画面の中ではセナ君がパフォーマンスをしていて……

その隣には、ほんもののセナ君がいて……

私は、そっとその肩に頭を預けていた。


「……おい、寝んなよ」


耳元で囁かれた声が、くすぐったい。

でも、それに返事をする間もなく……

私の意識は、静かに落ちていった。


「……マジで寝たし」


ぼんやりとした意識の奥、隣から聞こえてきたセナ君の声。

たしかに聞こえた気がしたけど、体がぽかぽかしていて、目を開けようとは思えなかった。


「まったく……ほんっと、ガード甘すぎ」


そして、ふわりと身体が浮く感覚。


……あれ……ここ、地面じゃない……


ゆっくりと揺れるような感覚。

胸の近くから伝わってくる、ドクンドクンというリズム。

それに重なるような、規則的な足音。


「……あれ……ふわふわしてる……?」


気づけば、ふんわりとした柔らかい感触に包まれていて……

そっと、ベッドの上に降ろされた。


その瞬間、腕の中の温もりが離れようとしたのがわかった。


「……やだ……」


自分でも驚くほど、弱々しくて、素直すぎる声が漏れた。


「……離さないで……」


その一言で、セナ君の動きがぴたりと止まる。


……あれ……私……いま、声に出してた……?


「そういうの……マジで、わかってやってんの?」

「あ……あの……」


さっきまで微睡んでいたのが嘘みたいに、一気に目が覚めた。


「わかってやってんの?……って聞ーてんだけど」


低くて、喉の奥で震えるような声。

空気が、一瞬で変わるのがわかった。

触れているところだけ、じんわりと熱を帯びていく。


セナ君の瞳が、じっと私を見つめていた。

何かをこらえるように。抑えるように。


その目は、怒ってるようにも見えて、でも、どこか……苦しそうだった。


私は、何も言い返せなかった。

ただ、目を逸らせなくて、呼吸すら忘れそうで……


セナ君の手が、そっと私の頬に触れた。

その瞬間、心臓がひときわ大きく跳ねた。


でも、その手がゆっくりと髪に滑り込んできて……

柔らかく、でも確かな熱を帯びた指先が、耳の後ろをなぞる。


もう片方の手は、私の指を絡めたまま、離さなかった。


「……こんな顔、オレにしか見せんなよ」


低く、かすれた声。


そしてそのまま髪を撫でながら……

彼の唇が、そっとおでこに降りてきた。


あたたかくて、やさしいキス。

それが終わると、すぐに頬に。

片方だけじゃなく、反対の頬にも。

吐息の混じったキスが、そっと置かれていく。


心臓の音が、もう聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい、早くなる。


「……っ」


息を呑んだ私の首筋に、すっと彼の指が触れた。

そして……髪をかき上げられた瞬間、耳たぶに、柔らかな唇が触れる。


「……ピアス、似合ってんじゃん」


ひとこと囁いて、もう一度、ピアスのすぐ近くにキスが落とされた。

肌がひりつくように熱くて、思わず肩が震える。


「セナ……君……」


声にならない声が漏れた。

彼の手が、そっと私の背に回り、抱きしめるように強くなる。


でも……それ以上は来なかった。


どこかで、セナ君が深く息を吸ったのがわかった。


「……やっべ。オレ、今ならなんでもできるわ」


苦笑まじりの、少しだけ困ったような声。


私は、なにも言えないまま……

何度キスをされたかもわからなくなって、ただ、彼の腕の中で、心臓の音を重ねていた。

外は雪なのに……この部屋だけ、とても熱く感じた。

最後まで読んでいただきありがとうございました!


少しでも気になってもらえたら、フォローやお気に入り登録よろしくお願いします。


最終話は【明日夜】更新です!


ぜひまた覗きに来てくださいね!

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