第10話「野心とイルミネーション」
「実力を磨く場であると同時に、“名前だけで見過ごされること”から、自分を守る手段にもなるんだ」
『Ignition』を……
守れなかった時のことを思い出す。
今でも、胸の奥がぎゅっとなる。
私は……私が歌を歌う人を選べるくらい……
もう二度と、誰にも私の曲を奪われないようになります……
KAIさんに言った、あのときの言葉。
もっと私に力があったら。
何度そう願っただろう。
……生まれて初めて、“野心”みたいなものが、心に芽生えた気がした。
「……パパ、ありがとう。私、藝大に行きたい」
3年間、本格的な勉強からは遠ざかっていたけど、ピアノの練習だけは、怠けた日なんて一日もなかった。
「私……何が必要かな?教えてほしい」
私の目を、じっと見つめていたママが、スマートフォンを手に取る。
「人前で弾けないって言ってたのはどうなったの?」
「……あれは、セナ君たちのおかげで克服できたの」
画面をタップしながら、ママがぼそりと呟く。
「そう。あいつらでも、たまには役に立つのね」
あ……やっぱり、みんなの話はまだママの地雷かも。
「白岩さんに連絡を取ってみるわ。藝大作曲科を出た信頼できる指導者よ。この時期からでも仕上げてくれる力がある」
その口調に、迷いはなかった。
「ただし……厳しいわよ。覚悟しなさい。不合格は許さないわ。その時は、今度こそフランスに行くのよ」
「作曲以外の筆記や面接の対策は、僕の方で手を回そう。必要な教材や模試の情報は、すぐに用意できる」
……私も、もう迷わない。
「君が……一ノ瀬さんの娘さん、か」
初めて会った白岩先生は、想像していたよりもずっと静かな人だった。
優しげな目元に、白髪混じりの寝癖がついた髪。
でも、その声には、ひとつひとつの言葉に“重み”があった。
「まあ、座って。聴かせてもらったよ。『shooting stars』や、この前発売された『Éternité』も」
……ママ、もう渡してたんだ。
「耳はいいね。音の運びに躊躇がない。情景を描く力もある。……でも」
先生はわずかに目を伏せて、短く息を吐いた。
「感覚だけで書いてる、でしょ?」
「……っ」
図星すぎて、何も言えなかった。
「感覚で書けるうちは、それでいい。でも音楽は、“再現芸術”なんだ。感覚は、他人には伝わらない」
「楽譜にすればするほど、ズレる。それを埋めるのが、理論だよ」
感覚じゃ……ダメなの?
「藝大の試験は、そういう“感覚”をいったん全部、置いてもらうところから始まる」
とりあえず……と出された課題を見た瞬間、私はフリーズした。
・4声体和声課題×10本(J.S.バッハ様式)
・楽典:調判定/非和声音の分類/変拍子対応課題
・聴音(旋律・複旋律・和音)
・新曲視唱(A~C難度3種)
・作曲課題:8小節自由進行+指定和声使用の32小節
「……え、これ、1週間分……ですか?」
「うん。最初のステップとしては、軽めだよ」
これが……軽め!?
「ピアノで音が並べられるのと、“楽譜で構築できる”のは別の話。
今、君のやってる作曲は“演奏家のための音”。藝大で目指すのは、“書き手のための音”。違い、分かるかな?」
……一音一音が音楽になるまでの距離が、思っていたよりも、はるかに遠く感じた。
でも、だからこそ。
きっと私には、この場所が必要なんだ。
というか……これを渡されたってことは……
「……で、週2回来れるのかい?」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!!」
助産師さんになりたいと話していた友達を思い出す。
私も……ここからなんだ。
レッスンは週に2回、それぞれ3時間。
筆記中心の和声・楽典。
感覚系&作品添削をする作曲・聴音。
もちろん、ピアノの練習も欠かせない。
ほんの1か月前は、レコーディングで連日みんなと会えてたのが嘘みたい。
蓮くんと椿さんの誕生日当日。
グループLINEを眺めるだけで、自然と笑みがこぼれてくる。
椿翔平:れ~~~~~ん!!!!
椿翔平:20歳!!!!!!!
豊田遊里:おめでとおおおおお
柊真央:成人!!!!かんぱーーーーーい!!!!
奏:蓮君、お誕生日おめでとう!
御影怜央:やっと飲めるね。……最初の相手、誰にする?
井上信:結構イケメン揃ってるよ?
天野蓮:ちょちょちょちょ、みんなテンション高すぎ!!
諏訪セナ:酔うとすぐ寝るタイプに100円賭けるわ
天野蓮:えっ、ちょ、やだやだそんな未来……!
柊真央:なんかさ~、蓮くん酔うたら、笑いながら泣きそ~ちゃう?
豊田遊里:わかる~!「ありがどぉ~~(泣)」ってなりそう!
天野蓮:否定できないのが悔しい……
椿翔平:成人祝いに大人っぽい服買ってやろうか?俺センスあるし
御影怜央:またダボダボの服着せようとしてないか
井上信:全身黒のコーデに蛍光緑のラインとか、前それやってたよね
諏訪セナ:コーディネート罪で有罪
天野蓮:ねえ今日、おれ主役だよね!?
奏:ふふっ、みんな蓮君のこと大好きなんだよ
柊真央:それ!!
豊田遊里:二十歳おめでと♡ほんとに!今年もいっぱい笑おうね
天野蓮:……うぅ……やっぱり泣くかも……
12月に入り、みんなは去年と同じように毎日のようにテレビに出ていたけれど……
私は、期末テストと受験課題に追われる毎日で、昨年みたいにのんびりテレビを観る時間もほとんどなくて。
ケンカしていても、していなくても……結局、会えないんだなぁ。
今日は、去年と同じ“彼氏いない組”でのお泊まり会。
でも、去年より少しだけ背伸びした私たちは、
夜のイルミネーションがきらめく街へ繰り出すことにした。
「今年こそ彼氏作るって言ってた人~~~?」
「え~~?そんな話したっけ~~~???」
「まぁまぁ、今年も“彼氏いない選抜”で乾杯しましょ♡」
ちょっと贅沢なディナーに、ケーキの食べ放題。
普段はなかなか言えない話や、ちょっとだけ本気の恋バナもして……
お腹がいっぱいになる頃には、すっかり外はクリスマスカラーに染まっていた。
「わ、イルミネーション綺麗~~~!」
「え、写真撮ろうよ!カップルに負けてられん!」
「むしろ今の私たちが一番リア充説」
スマホを掲げて、笑いながら写真を撮る。
恋人がいなくても、こんなふうに笑い合える友達がいるって、たぶん、それだけで結構幸せなんだと思う。
夜になって、部屋に戻ったらプレゼント交換タイム。
今年のテーマは「1000円で贅沢気分になれるもの」。
「私は入浴剤!“王子様の香り”って書いてあったからこれにした」
「え~~ちょっと男子ぃ~~~(笑)」
「奏は何にしたの?」
「え、私は……あの、キャンドル。ほんのり柑橘系の香りがするやつで……」
柑橘系の匂いを思い出すと、自然とセナ君の顔が浮かんできてしまう。
「よっし、じゃあ今年のパジャマ披露タイムいっくよ~~~!」
「第一モデル、奏ちゃ~ん♡」
「ちょ、やだやだやだ!!!」
強引に前に出されて、もこもこの部屋着姿でポーズ。
でも、みんなが「かわいい~!」って言ってくれて、ちょっとだけ嬉しかった。
「もうさ、来年のクリスマスは勉強でこんなんできないのかな~?」
「え~~~!!1日くらい騒ごうよ~~~!!」
去年のパジャマパーティの写真は、セナ君にだけ送ったんだっけ。
可愛く撮れたら……今年も、送ってみようかな。
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