第1話「進路とフラペチーノ」
メールを開くと、最初に飛び込んできたのは「ふたりでひとつ」「名前を呼ぶたび、心が強くなる」……
……え、何このワード集。すでに歌詞じゃん……!
一通り読んだあと、そっと椅子にもたれた。
「……細かっっ!!」
思わず声に出してツッコんでしまい、ふっと笑ってしまう。
そこには、“ただ曲を作ってください”じゃなくて、ちゃんと誰かの物語に寄り添ってほしい、っていう真剣さがあった。
……こんなふうに、曲に“意味”を託してくれるんだ。
キーボードに置いた指先が、じわりと熱を帯びていく。
だったら私も……その気持ちにちゃんと応えなきゃ。
適当に弾き飛ばせるような話じゃない。
「怜央さん主演のラブストーリーのドラマ、かぁ……」
昨年、怜央さんの車でお台場に行った時のことがふと蘇る。
『大人はね、逃げ道をつくるのが仕事なの』
……あんなことをさらっと言えちゃうような“大人の男性”は、どんな人を好きになって、どんな恋の歌を歌うんだろう。
曲は……やっぱりピアノが印象的に残るようなものにしたい。
キーボードの音もすごく再現性が高いけど、やっぱりグランドピアノの音がいい。
防音室に向かおうとした、そのとき……LINEに通知が届く。
諏訪セナ:来週末、翌日ロケの前乗りで時間取れてメンバーでBBQ行くんだけど、都合空いてたら来いよ
BBQ……バーベキュー!?
え、行ったことない! 自分でお肉焼いたりするんだよね? 焼いたことない!!
『行きたい!』
諏訪セナ:12日朝8時に迎えに行くから。動きやすいカッコでな
「え……凄い楽しみ……!……動きやすい格好、って?」
動きやすい格好……BBQに適した服装って、どんなの?
当日
結局、“BBQに適した服”の正解はわからないまま……
なるべくシンプルなワンピースに、カーディガンを羽織って。
約束の時間にあわせてマンションを出る。
「はよ」
「……あっ、おはようございます」
「なんで敬語なんだよ」
「だって……」
朝からこんな格好いい人を見たら、眩しすぎてこんな反応になるのは、仕方ないじゃん……!
助手席のドアを開けてもらい、乗り込む。
この車に乗るのは2回目。
前回はシートベルトがうまく着けられなかったんだよね……
運転席に乗り込んだセナ君が、ニヤニヤしながらこっちを見てくる。
「……ベルト、付けてやろっか?」
「!つけれるよ!?」
とは言ったものの、後ろに手を回してもやっぱり上手く掴めず……
「ぷっ。しょーがねーな」
運転席から身を乗り出してくるセナ君。
あの時と同じようにシートベルトを引っ張ってくれる。
ふわっと香る匂いも……あの時と変わらず。
ただ……距離が、前よりも近い気がする。
本当に、胸に顔をうずめるみたいになってしまって。
ふと頭に何かが当たったような感触を感じてパッと顔を上げると……
目の前にセナ君のきれいな顔があって。
……薄い色素の瞳に、思わず見とれてしまう。
あ……これ、キス、できちゃうかも……
「ん?」
視線に気づいたのか、目が合った瞬間、正気に戻る。
……付き合ってもいない人相手に、何を考えてるの私……!!
恥ずかしくて、思わず顔を両手で隠してしまった。
「結構距離あるから、なんかあったらすぐ言えよな」
助手席から離れていくセナ君の背中が、ちょっとだけ、名残惜しく感じてしまって。
……やっぱりこの距離感、心臓がもたないかも。
「あれ?高速に乗るんだね?」
「言ってなかったっけ?軽井沢向かってる」
「えっ!?そうなの???」
そんなに遠くに行くとは思っていなくて、思わず声が裏返る。
どうやら他のメンバーは、怜央さんがそれぞれ迎えに行って、現地集合になるらしい。
「明日、向こうでロケなんだよ。前乗りして今日のBBQも、YouTubeで公開な」
「そっか……帰りの新幹線取らなきゃ……!」
急いでスマホで座席検索を始めようとしたそのとき……
「心配すんな。ちゃんと送るからさ」
……え?
“送る”って、また軽井沢から往復して戻るってこと……?
「えっ!?ダメだよ!?明日、1日お仕事なんでしょ? 疲れちゃうよ!」
「いーの。新幹線の方が心配で、そっちの方が疲れるわ」
それでも……
「来ない方が良かったんじゃないかな」なんて、つい思ってしまう。
「お前はさ、何も心配しないでいーんだって」
どうしてそんなに優しくしてくれるの?
……勘違いしちゃいそうになる。
車の中ではドームのライブの話。最近のお仕事の話。
そして、ずっと流れていたのは……私のピアノアレンジの曲。
なんだか、こそばゆくなってくる。
「曲……変えない?」
「なんで?」
「だって……自分が弾いたピアノがずっとリピートされるのって……」
「だーめ。ぜってー変えねーから」
優しいのか、いじわるなのか。
……心がかき乱されてしまう。
「SA寄る?」
「えっ、SAって……高速道路の、あのサービスエリア??」
「……うん。行ったことないの?」
「みんなが出てるバラエティで観たことあるくらい!」
「じゃ、決まりな」
初めて立ち寄ったSAは、想像よりもずっと広くて……
美味しそうな匂いがあちこちから漂ってきて。
それに、東京から少し離れているせいか、空気が澄んでいて気持ちいい。
車から降りてきたセナ君が車のドアを開けてくる。
キャップを深くかぶって、サングラスにマスク。
でも……それだけでは隠しきれない。
ルックスもそうだし、ただの一般人とは違う、漂う雰囲気まで……
「まずトイレな。出たら、あの辺で待ってて」
言われた通りトイレを済ませて出ると……
セナ君は見当たらない。
「待ってて」って言われたけど……
ふと漂ってきた甘じょっぱい匂いに、吸い寄せられるように歩いてしまった。
「……焼きまんじゅう?」
串に刺さった、小ぶりな茶色い団子。
タレの香りを纏いながら、網の上でジュウジュウと音を立てている。
買い物している家族連れや、学生グループが列を作っていて、
店のおばちゃんが手際よく串を渡していた。
「食べてく?」
……突然、頭の上から声がして。
セナ君が私の頭に顎を乗せていることに気づいて、心臓が飛び跳ねた。
「あっ……セナ君!」
「だから言ったろ? 出たらあの辺で待ってろって」
「ご、ごめん……でも、いい匂いで、つい……」
怒られるかと思ったけれど……
「しょーがねーな。並ぶか」
「え、ほんとに……?」
「初SAなんだろ? 全部楽しめよ」
そう言って、セナ君は私の前に立ち、すっと手を出してくれた。
慌てて小銭を探そうとすると……
「違うって。手ぇ出せよ」
そう言って、手を握り
「黙って好きなの選べよ」
「えっ、でも……」
「なに、“ごちそうさま”言えない系女子?」
わざとらしく肩をすくめる仕草が、もう優しさしかなくて。
何も言えなくなってしまった。
「ありがとう……ごちそうさま」
焼きまんじゅうを受け取って、2人で建物脇のベンチに腰を下ろす。
熱々の串を手に、はふっとかぶりつくと、甘じょっぱいタレが口の中いっぱいに広がった。
「……おいしい!」
「だろ」
「なんか、ピクニックみたいだね」
「……ほんと、お前ってさ」
「え?」
「そーゆー素直なとこ、ずるいわ」
彼はそう言って、キャップのつばを深くかぶり直した。
空気は澄んでいて、風はほんのり甘くて。
この時間が……なんだかとっても特別に感じられた。
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