第20話 豪華客船への潜入
羽田空港から福岡空港へ行き、そこから神籬の用意したヘリに乗り換え対馬にある空港へ降り立った。そこにはすでに京極梨泉の手によって、近未来の乗り物が用意されていた。
「これは?」
「ジェットボードです」
ランドセルのように燃料を背負い、噴射口のついた分厚いボードに乗る。さらに両腕にバランスコントロールをするための水空両用ジェットアームを装着する。この技術はアメリカやロシア、中国などでは、おそらく極秘裏に開発されているだろう。だが、正式な発表は、まだどの国も行っておらず、各国共、密かに軍事利用を進めているものだと思う。神籬もまだ入手できていない未知の機体を昭和、平成、令和と3つの時代において闇社会で君臨してきた怪物はどこから手に入れたのだろうか……?
腹の方には強襲用の装備を入れた防水鞄を抱き、ヘルメットを被る。
現在、大型豪華客船は対馬の南西約12キロの位置に停泊しており、目的は不明だが、約20時間ほどその場に留まっている。
そして先ほど約15分前に米の偵察衛星が亜理紗と亜理紗を拉致した見られる傭兵の姿が高速船から大型客船へと渡る瞬間を撮影していた。
大型豪華客船は、パナマ船籍で持ち主はドイツの大富豪となっている。だが、ここ数年は超VIPクラスの富豪に転々と貸し出しているそうだ。
しかし、現在の借主は不明。
並行して乗組員なども含めて調査中となっている。
対馬の南西端にある豆酘埼灯台まで車と徒歩で移動した。そこからジェットボードを利用して一気に船まで移動する。
事前に打ち合わせていた豪華客船まで残り3キロの地点で海へ着水し、ジェットボードと燃料の浮袋を膨らませた。そこから海中へ潜航して進む。水陸両用のジェットアームの推進力で時速約20キロの速さなので10分足らずで豪華客船の元へ辿り着く予定。
被っているヘルメットは後部に小型の酸素ボンベが搭載されている。5メートルくらいの深さであれば、15分くらいは潜っていられるので、計算上は特に問題ない。
船体を触れられるところまで来たので海面へ顔を出す。舷側にいたので、もう一度、潜って船尾側へ回り込んだ。
船尾の斜め角に当たる部分は船上から見下ろしても死角になっている。そのため、ジェットアームとミニボンベ付きヘルメットを脱いで、強磁力のフックに提げた。そこで手の平より少し大きなマグネット式の電動単輪機にぶら下がり、スイッチを押す。すると2人の身体は海面から浮き上がり、船上に向かって移動した。
手すりをよじ登って、船に乗り込んだ2人は光学迷彩服を起動させて、周囲の景色に溶け込む。
「入ってすぐのところに銃器を持った人間が2人立ってます」
中から人の気配は感じたが、正確な場所や人数までは分からなかった。田中は小さな声で船内の状況を説明した李 錫永をチラリと見た。
移動中の飛行機の中で気が付いたが彼の右目は義眼だった。それもただの義眼ではなく、望遠・顕微鏡機能、暗視、サーマルセンサー、録画機能などがついており、現実世界のチート能力といって過言ではない。
李は手にナイフを握っており、船内の武装している人間を殺傷する気でいる。
「ここは任せてもらいます」
今度はこちらが見せる番。
田中は普通にドアを開けると、いきなりのことで呆然としている見張りの男2人へ順に麻酔銃のような針を撃ち込んだ。
「行きますか」
「……ええ」
李が戸惑うのは無理もない。男たちはただ呆けて突っ立っているだけで、視線が天井を向いて彷徨っている。針は氷で出来ており抜く必要がなく、数十秒経ったらただの水になる。
「それは?」
「短時間の記憶を消去するものです」
意識を取り戻すのは1分後。
意識が朦朧となった状態から10分間の記憶がなくなる。
記憶がなくなると言っても、対象者は覚えているものが一瞬で10分間経過するのではない。記憶を無くす直前の状況と10分後の状況から、その間の記憶が自動的に補完されることとなる。例えると、記憶を失う直前にボクシングの試合を観戦していて、10分後に意識が回復した時に片方がKOされたシーンが画面に映し出されていたら、その10分間におぼろげに双方が殴り合っていて、倒した側がなんとなく優勢だった、と脳に自動で疑似記憶として埋め込まれる。そのため、自分が記憶消去されたと自力で気づける者はとても少ない。
どうやら一般の乗客は乗っていなさそう。
途中で遭遇したものはすべて見張りの男や乗組員のみ。
田中が記憶消去銃を持っているおかげで、騒ぎも起きずに船内を自由に移動できた。
ある扉の前で李がこの先に多数の反応があることを教えてくれた。
内視鏡をさらに細くしたような針金状の極細のカメラで部屋の中を覗く。
ようやく、飯塚楼を視認できた。
扉のこちら側からギリギリ視界に入っているのは娘の亜理紗。
田中一郎は娘の姿を確認して安堵しつつも気を引き締める。
豪華客船のほぼ中央にある巨大なカジノに突入する準備を始めた。




