第15話 警告
「では、取引したのは、あくまでこのダンジョンなんですね?」
「ええ、刑事さん、なにかあったんですか?」
「捜査の関係上、詳しい事情は話せないんです」
「そうですか……」
ダンジョンから出た後、すぐに仙台支部へ連絡を取り、車を2台頼んだ。1台は仙台支部宮城史郎と運転手をしてもらっていた分析班の男性のお迎え用。もう一台が自分たち応援要請を受けた3人が移動するためのもの。
朝方ながら蔵元のところまで行って、ダンジョンの識別番号と魔石の種類を確認した。超法規的な措置で3人とも刑事という肩書を持っている。識別番号の照合のほか、魔石を撮影し映像解析に回したところ特に問題なかった。ちゃんと識別番号を持った登録された法人ダンジョン。魔石の方もただの滋養強壮剤で、すこし強めの効果のある栄養ドリンクのようなものだった。飯塚楼はこの蔵元を囮として犯罪のニオイをチラつかせ、それを嗅ぎつけた田中たちのような敵対あるいは競合する勢力を観測し、排除するために用意されたものだった。
今回の件は非常にまずい。
まさか、飯塚の罠だったとは思いもよらなかった。
仙台支部まで戻り、トンネルの中で回収した不正ダンジョンを提出した。業務報告を終え、各自解散となった。仙台へ向かう時はエージェント3名の失踪事件と非常事態であっため、ヘリなどを使ったが帰りは通常の移動手段で帰ることになっている。午前中には新幹線に乗れたので夕方には間違いなく家に帰ることができる。
一度、自分の所属する神籬世田谷支部に戻った田中は人工皮膚を脱ぐため、特殊なシャワールームへ入った。人工皮膚は人体に無害である溶液に触れると溶け出すため、人工皮膚を溶かした後、普通のシャワーへ切り替えて軽く体を流した。
「飯塚が?」
「はい、約13時間前に例の河川敷から姿を消しました」
シャワーを浴びた田中は神籬世田谷支部の分析班、コードネーム三七鹿、佐々木から会議室で報告を受けた。
13時間前といえば、ちょうど例の不正ダンジョンの中で飯塚と遭遇した時間帯と重なる。
魚型の赤外線式ドローンや超高倍率望遠レンズ付きの小型無音ドローン。2キロ離れたところに建っている高層マンションの上層階からの有人監視など万全の体制で目を光らせていたのに深夜に姿を消したそうだ。
後になってカメラの記録された映像をよく確認すると、夜中に堤防の法尻に大量のゴミをホームレスの何人かで投棄するのが映っていた。しばらくすると資源ゴミなどを無断で回収する軽トラックが不法投棄されたゴミの前で止まった。雑誌や大きな袋を持ち去ったが、その大きな袋の中に飯塚が紛れ込んでいた可能性が高いと分析班はみているそうだ。
監視カメラの映像記録を辿り、その軽トラックの行方を追ったところ、他にも何か所かそれらしいゴミが集積されているところを回っていた。その後、奥多摩方面へと向かい、カメラが少なくなったところで行方が分からなくなった。捜査三課特殊犯捜査部……〈SIT ── Special Investigation Team〉へ照合をかけた結果、車のナンバーも偽造されたものだった。軽トラは陸運局の管轄ではなく軽自動車検査協会。通称、軽車協での届出で済むため封印措置がされていないため、偽装しやすくなっている。
山奥で別の車に乗り換えたとしたら完全に消息が追えなくなってしまった。
「とりあえずネット上に姿を現すまでは待機となります」
「わかりました」
田中は、佐々木から報告を受けた後、自宅のマンションへと帰宅した。
「お父さん、なんか入ってたよ」
娘の亜理紗が、一郎に封筒を渡してきた。
一階の郵便受けから先に回収してくれたらしく宛先に「田中一郎様」と書かれている。
(東北ではまんまと逃げられちゃったね)
「──ッ!?」
飯塚楼……。
なぜ田中家にたどり着けた!?
読みながら、頭の中で原因を探り始める。
(NPCキャラに扮した謎の巨大組織の犬……面白いね)
亜理紗のダンジョンで使っていた偽装NPCのままでダンジョン送りされたところからここを突き止めたのか……。たしかにあのNPCの容姿は派手過ぎた。もっと無難な容姿にしておけばよかったと悔やまれる。
だが、まだ神籬という組織であることまでは把握できていないらしい。
(見たところ、セキュリティが高いから近づくのはやめておくよ)
マンションはおろか、一郎本人はもちろん、娘の亜理紗の学校や妻、百合子の務め先の病院、そしてその途中の経路まで密かに警備体制を敷いている。
(同業の巨大組織なら取引をしたい)
ダンジョンを巡る組織なら交渉の余地があるとみているらしい。提案に乗るなら指定された特殊な手段で連絡して欲しいと書かれている。
(だけど正義の旗を振りかざす輩なら警告するよ)
封筒の中に写真が一枚入っていた。
今日の早朝撮られたと思われる亜理紗の通学している写真。
(家族が大事なら俺を見逃してね。じゃないと……)
便箋に書かれているのはここまでだった。
続きが想像するに難くない脅迫文。
一郎は便箋を握りつぶし、普段は選択しえないある計画を実行を移すことを決めた。




