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「そういえば、君の仕事はどんなことをしているんだ?」
あの衝撃的な提案から2週間。寒川さんとの食事会も順調に3度目を迎えた。
流石に週末、毎食の提供は申し訳ないと寒川さんに言われ、今は朝食を一緒に取ることで収まった。勿論、俺は毎週末・毎食作る気でいたから、それを言うと「勘弁してくれ」と驚かれやんわり却下された。そうです、ちょっと図に乗りました。
「仕事ですか?俺は機械の中身を調整したり、新規に作ったり、機械の設計関係をやってます。」
寒川さんとの会話も驚くほど発展し、今では打てば響くキャッチボールを続けている。
寒川さんと過ごしているうちに、どうやら彼は無表情でも不愛想でもないことが分かった。
仕事等で忙しく余裕がなくなると、優先順位の低いものは全て放棄してしまう性格のようだ。朝のインターフォンで不機嫌そうと勘違いされるのも、単純に朝が弱く眠いせいだったと判明した。仕事で昼夜逆転することもあり、昼過ぎまで寝ることもざらに有るらしい。
ならば朝食を一緒にとるのは負担じゃないかと聞けば、「体内時計の調節にちょうど良いから」との理由から朝食は押し通された。
因みに、栄養失調事件が起きた背景は、仕事に忙殺され、校了した時に空腹に気づき外出、力尽きて道端で倒れた所を救急車で運ばれたからだとか。うん、切り捨て方が潔すぎる。考え方を改めてくれて本当に良かった。
他にも、一緒にいるとちょっとした変化が出てきた。
「寒川さんの仕事は何ですか?」
「執筆関係の仕事、だろうか。」
「あ、だからいつも自宅で過ごしてるんですね。また一つ、寒川さんの謎が解けました!」
俺がふへへへっと笑って見せれば、寒川さんは「謎も何もないだろ」と返しつつ、ふっと口元を緩め笑みを浮かべた。そう、あの寒川さんの表情に変化が現れ始めたのだ!!
控えめに言って、この寒川さんの微笑みの衝撃は凄まじい。まさに爆弾だ。俺の心臓も爆発する勢いがある。
日常的に寝不足等で眉間に皺を寄せ、口もへの字が常な寒川さんが見せる、一瞬の柔らかい微笑みの威力は絶大なんだと皆に主張したい。
その表情がみたくて、つい寒川さん寒川さんと何度も彼に声をかけてしまうのは仕方がなかろう。
それに、寒川さんの魅力があまり知られていない事も残念に思っている。
だから、俺は密かに計画していたことを提案した。
「寒川さんは、今日この後の予定は何かありますか?」
俺は食べ終わった食器類を下げつつ、何でもないかのように声をかける。
いつもの流れだと、食後の片づけをして次回の食事内容を提案して解散する。今日もそうだと思われているので、俺のこの質問も寒川さんには雑談程度にしか受け取られていない。
「特に何もないな。」
「っなら、一緒にこの後出かけませんか?」
よし言えた!
そう、俺の計画とは、寒川さんと一緒に過ごして「彼は無害で優しい人ですよ!」とアピールすることだ。
寒川さんはこんな性格だから、周囲の人に勘違いされがちだ。寒川さんは近寄りがたい人だと俺が聞いたのも近所のおば様で、皆一歩引いた所からしか寒川さんを見ようとしない。それがなんだか悔しいと思った。
「明日の朝食の買い物とか、何なら寒川さんの行きたい所とかでも構いません。俺一緒に出かけたいです!」
人と一緒にいる姿を見せれば、きっと皆の反応は良い方に変化すると思う。
そんなメッセージを込め、じっと寒川さんを見つめれば、久しぶりに視線を逸らされた。何てことだ。
「勿論時間は取らせません、短時間で良いんです。…ダメ、ですか?」
もう一つ、寒川さんを人から遠ざけている理由として、彼があまり外に出たがらないことがある。
必要な買い物なんかはほぼインターネットで済まし、仕事も主にメールでのやり取りだけ。顔出しが必要な時はタクシー利用と、人との接触が限りなく少ない。
俺が出会えたあのタイミングも、どちらも仕事が忙しく、冷蔵庫内の食材がことごとく悲惨な状況になり止むに止まれずの外出だったらしい。
俺は諦めきれず、再度寒川さんを伺い見た。手には食器を持ち、流しへ運ぶ途中だったけど関係ない。
隣で一緒に食器を運んでいた頭一つ分高い寒川さんをじっと見つめ、「出かけたい」と更に強く目に力を込めて見上げた。
そんな俺の熱いメッセージを受け取ってくれたのか、視線を右に左にと泳がせゆっくり目を瞑った寒川さんは、ふーっと深呼吸してから「分かった」と小さく答えてくれた。
「ほんとですか!やった、ありがとうございます。そうと決まったらチャチャっと片付けて、出かけましょう!俺全力で片付けてきます!!」
心の中で、俺は両手で拳を作り高く掲げ、全力のガッツポーズと雄たけびを上げた。
お読みいただきありがとうございました。
ゆっくり更新ですが、頑張って書いていきますので、ぜひ二人の展開を見守っていただけると幸いです。