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「そういえば、さっき冷蔵庫を見たんですけど、寒川さん色んな食材を使うんですね。」
作りあげた食事もほぼ終わろうかという頃合いに、俺はふとさっき見た光景への感想をつぶやいた。
寒川さんの台所回りはとても充実していた。寧ろ俺の台所事情よりよっぽど豊かで、俺が普段買えないような食材や調味料の数々を発見した。寒川さんの暮らしぶりは俺に比べてべらぼうに良いようだ。
いや、それは置いといて、寒川さんへ食事を提供するきっかけとなったのは、彼の栄養失調が原因だ。あの時、寒川さんは医者へ食べるのも作るのも億劫で、気づいたら数日食べてなかった。と話していた。
だから、俺も当初は毎日料理を届けようとして、でも仕事との兼ね合いが難しくて悩んだんだよな。遅い時間に食事を持っていくのも失礼だし、それで週末に常備菜をごっそり作って持っていったら拒否されて。最終的に週末の3食分、作りすぎた時だけ受け取ってくれる事に落ち着いたんだった。
「君が心配するから。あれからは食事をとるように気を付けている。」
「本当ですか?寒川さんが元気に過ごしてくれて、俺めっちゃ嬉しいです!」
寒川さんの健康意識が上がり、俺は心の底から安心した。知り合いが倒れるなんて見たくないからね。
そこでふと、別の疑問も湧いてきた。
「あの、もしかして、俺が週末に料理を持ってくるのって迷惑になってませんか?」
そう、本来の目的は、寒川さんの栄養失調予防なわけで、既に自炊を完璧にこなしている寒川さんにとって、俺のお裾分けは下手したら迷惑極まりない。寧ろ自炊レベルも高そうで、俺の料理に不満を持っていたかもしれない。
その事実に気づき、再び顔から血の気が引いた。
「そんなことはない。」
そんな俺に対し、寒川さんはグッと声に力を入れ、俺と目を合わせてくれた。それから、逡巡しつつも俺との視線は外さず、続きを話した。
「…あの時から、君には感謝している。君さえ良ければだが、今後も届けてくれないか?勿論依頼する立場だ、相応の謝礼は用意するつもりだ。」
その言葉に俺の心臓は飛び跳ね、冷え切った指先にまで一気に血液が巡り体温が上昇した。
今日はなんて特別な日なんだろう。ほぼ一方通行だった寒川さんとの交流が、会話して、一緒に食事まで出来るようになった。
しかも、今まで俺が無理やり渡していたと思っていた食事に、価値をつけてくれた。
俺の心臓がぎゅうっと締め付けられ、ドクンドクンと鼓動が早まる。でも、それはさっきとは違ってとても心地がいい。
俺は「もちろんです!!」と満面の笑みを浮かべ全力で何度も頷いた。
「あの、迷惑じゃなければ、寒川さんの食材を借りて調理したものを提供するってのはどうですか?」
はい、やってしまった本日二度目の浮かれ具合。
特別な寒川さんをたくさん見て、認められて俺の心が図に乗ってしまった。言った瞬間、やってしまったと思ったが、時すでに遅し。
ならば、と俺は依頼されるのは嬉しが、プロ並みの料理はできないし、それでお金を頂くのも申し訳ない。また、寒川さん宅の食材たちが気の毒だと思っての提案だと、何とか説明した。
「それもそうか。君には気を使わせてばかりだな。」
「いや、もともと俺が勝手にやってることなんで。謝礼が出るのは嬉しいですけど、なんだか受け取るのが申し訳ないというか。」
俺は頬をかき、視線を泳がせつつ、何とか現状維持にならないかと考えていた。
勿論謝礼はありがたい。けど、俺のこのお節介は謝礼目的ではなく、もっと純粋に相手の笑顔やありがとうの声を聴きたいからだ。金銭目的になると、何か俺の信条とは反れるような気がした。
俺の心情なんて分からない寒川さんは少し思案し、「なら…」と小さく声を発した。その後に続く提案は、俺は一生忘れない自信がある。
視線も合わない、声もほぼ知らない、無表情で無愛想だと思っていた、あの寒川さんと初めて一緒に会話をし、食事をした今日。それを上書きするあまりにも衝撃的な言葉に、失礼ながら俺は動くことも声を発することも忘れてしまった。
「……なら、君が作れる日にここで作って、一緒に食事をすることを謝礼とする、というのはどうだろうか。」
お読みいただきありがとうございました。
ゆっくり更新ですが、頑張って書いていきますので、ぜひ二人の展開を見守っていただけると幸いです。